聖剣の力
「そ、当分の間しかこの戦意喪失状態は続かない。さっさと走り抜けるよ!」
「もういい」
「え?」
燐は唖然とした表情でこちらを振り返る。
「このままじゃ運営に消されるんだよ? 早く逃げないと!」
「なんだか知らないが、俺自身が異常だということは分かる。他のNPCたちは、こうやって自我を持って人間と話したりしない。話したりしないんだ! 俺みたいなのはさっさと消されるべきで……」
「そうだね。あなたは他のNPCとは違う。でも、違っているということは悪いことなの?」
「それは……」
確かに、悪いとは言い切れない。だが、俺のせいで無駄な争いが起きるなら、さっさと消えてしまった方が皆のためだ。
「あなたはAIなんか比にならない、れっきとした人格を持った人間よ! 肉体がないだけで。だから私は、あなたを助け出すのを諦めない!」
「そ、そうか……」
「いいから走る!」
なんだか燐の熱量に押し負けてしまった。
だがこいつ、何のためにわざわざ俺を助け出しに来たのだろうか? とても慈善事業でやっているとは思えない。何か裏がありそうだ。
だがしばらく走ると、行く手を阻む大型モンスターが現れた。
ドラゴンだ。銀色に輝く鱗を纏っている。
「クリスタルドラゴン……魔法を反射する特性持ちね。いいわ。聖剣を使う!」
聖剣? 確か近いうちに実装される予定の武器だ。まだ入手のためのクエストすら解禁されていなかったはずだが……
「まさかあんた、チートに手を出してるのか?」
「仕方ないでしょ、あなたを救うためなんだから」
燐が虚空を掴むような動作をすると、禍々しく波打った刀身の剣が顕現していた。とても聖剣と呼べそうな見た目ではない。
「【オートクレール】。行くわよ」
聖剣の銘を叫ぶと、燐はクリスタルドラゴンに向けて突進する。相手は炎を吐いてくるが、聖剣を手にした燐は、驚くべき俊敏さで火球を避け続け、敵に肉薄する。
そして。
「御首頂戴!」
大仰な掛け声を共に、燐はクリスタルドラゴンの首を刈り取った。ドラゴンは光の粒子となって消え去る。
「あー、たまんないわねぇ、この爽快感! これだからゲームは止められない!」
燐はしばらく恍惚とした表情を浮かべていたが、俺の視線に気づくとハッとして自制し、険しい表情に戻った。