日常の終わり
「ここは城塞都市サルーテ」
「薬草ならもうないよ」
「最近おっかないモンスターばかり出ていてね。気を付けた方がいいよ」
今日も同じセリフを聞く。
そして明くる日も。
「ここは城塞都市サルーテ」
「薬草ならもうないよ」
「最近おっかないモンスターばかり出ていてね。気を付けた方がいいよ」
俺が会話可能なのはこの三人だけだ。
俺にことオルクは、とあるゲームのNPCだ。NPCという言葉は、ここを訪れたプレイヤー同士の会話から聞いて覚えた。要するに、決まった言動を繰り返すだけのお飾りのようなものだ。俺に与えられた役割は銀細工職人だが、銀には触れたことすらない。
皆、感情も人格もないらしい。
ではなぜ、俺だけこうして自由に動き回り、他の村人に話しかけることができるのだろうか? そもそもなぜ、俺だけここがゲーム世界だと認識できているのだろうか?
ここを訪れるプレイヤーたちのような「外の人間」たちがこの世界を構築したのだろうが、そいつらとコンタクトを取る術もない。
俺はここでたった一人、自我を持った存在として、久遠の時を過ごすのだろうか。
そんなことを考えていると、街はずれで火の手が上がった。
「な、なぜこんなことが!?」
この世界で長く過ごしてきたが、こんなイベントには遭遇したことがない。どうなっている?
この町サルーテは城壁で囲まれており、モンスターはおろか盗賊すら侵入したことはない。犯罪とも無縁の町。なのになぜ……
他の村人たちは、逃げる動作をしているが、同じ場所を行ったり来たりするだけで、およそ逃げる意思があるようには見えない。これはおそらく、「逃げ惑う村人たち」という役割を演じているだけだからなのであろう。
俺は城壁の外を目指すが、既に町は炎に囲まれていた。
だがそれでいいのかもしれない。
久遠の時をこの世界で孤独に過ごすよりは、皆と一緒に死んだ方が幸せなのかもしれない。
そう、諦めかけたときだった。
「見つけた! 《銀細工職人オルク》」
この少女は、見た目からしてプレイヤーだ。ステータスを上昇させる、それも攻撃力に極振りした装備を身につけているので分かる。プレイヤーの中でも上位の実力者なのだろう。
だが、NPCにこんな風に話しかけるプレイヤーなどいなかった。相当な変わり者なのか、あるいは、俺に自我があることに気付いているのか? 気づかれないよう細心の注意を払ってきたのに。
「私は北川燐。あなたを助け出しに来た! 外の世界に行きますよ!」
少女は衝撃的な提案をしてきた。