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1、行方不明者を知るのは私だけ。

「早乙女! 今回の英文スピーチ金賞おめでとう。流石は生徒会長だな!」

 教師に手放しで褒められ、早乙女晴夏(さおとめはるか)は恥じらうように笑った。


「先生、その件ではテスト期間が近い中、手伝って頂き本当にありがとうございます」


 そして褒められたことへの所感はひとまず置いておき、彼女は発表までの間お世話になったことに対する礼を先に述べた。


「ははは、いや添削はしたが、ほとんど手直しの必要なんかなかったじゃないか? 私は早乙女を生徒に持てて実に鼻が高いよ」


 そう言い、英語教諭である鏑木は照れたように大きな口で笑う。


「では先生、生徒会の仕事がまだ残っているので、失礼します」

「ああ、引き止めて悪いな」

「いえ、結果を聞けて私もとても嬉しいです」


 晴夏は背筋の伸びた角度四十五度の綺麗なお辞儀を鏑木に見せ、すっと静かに上体を戻すとその場をあとにした。

 着崩していない規則通りに着られたアイロンの線がピッと入った制服。

 ドアを閉める音もかすかで、歩く歩幅は一歩として乱れず、線に沿うような足はこび。

 あごのあたりで揃えられた黒髪のショートボブは一度も染色の経験がなく、光の反射が自然に輪になっている。

 賢明な光が宿る黒目がちの瞳、それに並行して並ぶ少し太めの眉。

 筋の通った真っすぐな鼻の下には、きゅっと引き結ばれた薄目の唇。


 早乙女晴夏は、優等生のイメージそのものをそのままパッケージングされた姿をしている。

 

 また事実として晴夏は品行方正な優等生だったため、高校二年に上がった今年から先代の生徒会長に任命されその役目を引き継いでいた。


 晴夏は自分のホームともいうべき生徒会室の扉の前に着いた。


 部活連の最上階一番奥。

 西日で夏は暑いものの、そのおかげで遅くまで生徒会室は明るい。

 中が賑やかだとなおさらそう感じるというものだ。

 その賑やかさに、晴夏は中で何かあったことを察した。


 案の定そこには半べそをかいた会計担当の一年生、飯山が晴夏が来るのを今か今かと待ちわびていた。

「~~~~~~しぇんぱーい! どうしよう……全然計算が合わないんですうぅ!」


 茶色いお団子頭を乱し、ぐすぐすと泣きついてくるのは果たして今年何度目だろうか?


「まみちゃん。わかったからノートを見せてもらってもいいかな?」

「こ、これですう……」


 晴夏はサーッと流し、四ページ目で一点をゆび指した。


「ほらここ、先週バレー部が体育館のネットが破けてたから一時的にこちらで代わりに予算を出したじゃない。そのこと抜けてない?」


 それに飯山真美の表情が、ぱあッと明るくなった。


「ほ、ほんとうだあ! さすが、早乙女先輩!」

「緊急のお金の出し入れは、その場でメモしてその日のうちに必ず会計ノートに記帳するようにね」

「はーい!」


 解決したことに、飯山はぴょんぴょん跳ねるように……いや、実際はねて席に戻る。


「さすがは頼れるはるちゃん! やるう」


 そう軽口をたたくのは書記の七瀬だ。


「七瀬君も先輩なんだから、見てあげなよ」


 しかし七瀬は悪びれることもなく。


「真美ちゃんにそれで毎回頼られたら割に合わないもん。はるちゃんはいい先輩だね?」


 七瀬は悪い奴では無いのだが、あまり率先して仕事をするタイプでも面倒見のいいタイプでもない。


「いや、もう、私も手が離せない時もあるのだけど……?」


「でも、そもそもそれは先輩をサポートする副会長がいないからですよねえ……というか副生徒会長不在ってあり得なくないですか? そのせいで私達すっごく忙しいし!」


 飯山真美も話題に乗っかる形で愚痴る。とはいえ、ミスは本人の心がけと対策次第なのだが。


「仕方ないじゃん。誰も候補者がいなかったんだから」


 飯山の言葉に対し七瀬も飯山に同感ながらも、お手上げとばかりに手を振って見せる。


「……」


 しかし晴夏だけはそのことに触れず、何も言わなかった。


 夕方になり部活動に明け暮れる生徒も帰っていく中。

 晴夏も生徒会の仕事に区切りがついたので帰りの支度をはじめる。


(帰ったら、予習と塾の課題をしなきゃ……)


 晴夏はスマホを取り出し時間を見ようとした。だがそのスマホはすぐに鞄にしまわれてしまった。


「いけない、間違えちゃったわ」


 そしてもう一つのスマホを取り出し、時間と明日の授業の予定を確認する。


 それを終えると、晴夏は先程しまったスマホを再度取り出した。

 待ち受け画面には、晴夏と一人の同年代の男の子が、テーマパークに行った時の並んだ姿が映っていた。

 明るく屈託のない表情と、少し癖のある色素が薄目の髪。


「…………」


 晴夏はそれを黙って見つめた。


「どこに行っちゃったの? ……千尋」


 本当はこの学校には自分と同じように選ばれ、生徒会副会長になった者がいる。

 その人物の写真があり何より彼が愛用していたスマホが、ちゃんとこうして重みをもって手の中にある。

 たとえ晴夏以外の誰も覚えていなくても、彼は間違いなく過去にここに存在していた。


「あの雷の渦が、また現れさえすればもしかしたら……」


 晴夏は、スマホをぎゅっと握りしめていた。

ちょっと異質な異世界転移ものになります。

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