8 パピヨーゼ
「ええと、こういうごつくて大きな木の根元なんかに…」
黒くごつごつした木の周りの地面に目をちかづけ、丹念に見た。その木の反対側に回ろうとしたときだった。
「ひっ」突然、足元の地面が消えた。ひゅうっとおなかの底のあたりに冷たい感覚が走る。自分の体がどうなったのかわからなかった。気がついたら、ポンバは枯れ葉が散り敷いたうえに転がっていた。
「ねえ、大丈夫?」澄んでりんとした声が、上から降ってくる。見上げると、崖の上からミアのしろい小さな顔が見下ろしていた。ポンバはようやく自分が崖から落ちたのだと分かった。崖ぎりぎりのところに、あの黒黒とした大きな木は立っていたのだ。
ポンバはゆっくりと起き上がった。特にひどく痛むところはなかった。小さな崖だったので助かったのだった。でも、体中、土やら葉っぱや木の実だらけだった。体がねちょねちょしているので、やたらくっついてしまったのだろう。
ざざざっと音をさせてミアが崖をすべりおりてきた。
「ねえ、大丈夫、葉っぱのおばけみたいになってるよ」とミアが言った。
ポンバは口の中に入った泥をはきだしてから、片手をあげた。
「いや、ぜんぜんだいじょうぶです…」
そのときだった。近くにあった倒れてこけむした大きな木の陰にぼおと光るものが目にはいった。
「あれ…」
ポンバは葉っぱだらけのまま、よろよろとそこに向かった。横たわった木の下に隠れるようにして、薄紫にぼおと光る花が一輪咲いていた。ひっそりと咲くその花の形は羽をひろげた蝶そっくりだった。
「え」ミアも、その木の根元に駆け寄った。
「ねえ、これ、ええとなんだっけ…」ポンバはミアを振り返った。
「パピヨーゼよ…」とどこか放心したみたいにミアは言った。
「かわいい…」ミアは花のかたわらにしゃがみこんだ。
ミアは、しばらく何もいわずにじっと薄紫色の花びらを眺めていた。あたりはしんとしてときどき、風が木の葉をゆする音がするだけだった。
彼女は小さくため息をつくと立ち上がった。
「ごめん…」とミアは唐突に言った。
ポンバは、ぽかんとして彼女の顔をみあげた。
「ほんとはあたし、べつに花が好きなわけじゃないんだ…」視線を宙に漂わせ、独り言みたいに言った。
「この花はね…薬になるの…」
そよかな風にちりちり震える可憐な花をじっと見ながらミアが言った。
「薬?」
ポンバはミアの横顔を見た。
ミアはそれには答えず、またしゃがみこんだ。
花びらをやさしくなでながら静かに話した。