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7 蝶花

7 蝶花

そんなある日のことだった。ポンバは食べ物となる山芋やキノコ、木の実なんかをさがしに森に入っていた。

突然、近くでざざざっと大きな音がした。はっとしてふりかえると、枯れ葉に覆われた斜面にまっしろい生き物が倒れていた。「いたたた…」うめく声がした。そちらに向かうと、ユキヒョウだった。どうやら斜面で足を滑らせてしまったようだ。「あ、あの、だいじょうぶ?」ポンバは枯れ葉の海を泳ぐようにして、せいいっぱいのスピードでユキヒョウのもとにかけよった。

ユキヒョウははっとしたようにポンバを見あげた。「あ、アメフラシ…」

「あ、はい、ポンバです…」

ユキヒョウは腰のあたりまで枯れ葉に埋まっていた。

「葉っぱの下に穴があったみたいで…」ユキヒョウはもがいたが、なかなか立ち上がれない。

「つかまって」ポンバはかたわらの木をつかむと、もう片方の手をさしのべた。

ユキヒョウは彼の手をつかむと、「えいっ」と気合をかけながら、ようやく分厚くつもった枯れ葉から抜け出て立ち上がった。

「ありがとう、あたしはミア、よろしくね」とポンバとつないだままの手を振った。

ミアは、「空はけっこう得意なんだけど、こういうごちゃごちゃした森の中はね…」とあたりを見回しながら照れ臭そうに笑った。それからもう一度、「ありがとね…」といって、からだじゅうについた枯葉を両手ではらい落とした。

「けがはない?」ポンバは心配そうに聞いた。

「だいじょうぶよ、このくらい…」ミアはすらりとした足をちょっと振ってみせた。

「あんたこそ、こんなところで何してるの」

「あ、ええと…」

ポンバはちょっといいよどんだ。

「た、食べ物を探しに…」

ミアはポンバが肩からさげているよれよれの布のかばんに目をやった。ふたのはしからは、木の実のついた枝がのぞいていた。

「ええと、あまった分は町で売ったりもしているんだ…」と付け加えた。なぜかいいわけみたいな言い方になってしまった。何も悪いことをしているわけではないのに…。

「ふうん…」

「ミアさんは何しに来たの」とポンバは聞いた。

「ええと…」ミアは下を向いた。これまで森でユキヒョウを見たことはなかった。

「パピヨーゼの花をさがしに…」ゆっくりと枯れ葉の散り敷いた地面に腰をおろしながら静かに言った。

「パピヨーゼ?」ポンバはくびをかしげた。

「知らないの? とってもめずらしい、きれいな花…このへんに咲いているってきいたんだけど…」

「どんな花?」ポンバはミアのとなりに腰をおろしながら聞いた。

「藤色でまるでちょうちょうみたいな花…」

ミアはうっとりした目つきでつぶやくように言った。

「ちょうちょうみたいな…」

ポンバはぼんやりと繰り返した。それから目を輝かせ、手をたたいた。

「あ、そういえば、あるよね…めったに見ないけど…」

ミアはおどろいた顔でポンバを見た。

「知ってるの…」

「うん」ポンバはうなずいた。

「たしか、あっちのほうで見たことがある…」ポンバは後ろを振り向いて、うっそうとした森の奥を指さした。

「あたし、どんなにさがしても見つからなかったんだけど…」

「うん、大きな木の陰とかにひっそりと生えてるから、なかなかわからないんだよね…」

とポンバは言った。

「ミアさんは、お花が好きなんだね。やっぱり女の子だね…」と思わずポンバは言った。ミアはきっと彼をにらんだ。「やっぱり? それ、どういう意味よ」

「あ、いや」ポンバは懸命に手をふった。なんとなく男っぽく、ぶっきらぼうに見える、とはとても言えなかった。

ポンバはあわてたように立ち上がった。

「ねえ、その花、探してるんでしょう、ぼく案内してあげるよ」

「え、ほんと」とミアもうれしそうに言って立ち上がった。

ポンバは枯れ葉を踏みしめ、森の中を歩き出した。ミアはその後に続いた。木々の間を透き通った太陽の光が差し込んで、森をまだらに染めている。二人の枯れ葉を踏みしめる音と、ときおりあがる鳥の澄んだ声だけが響いた。

ポンバは大きな木の陰などを覗いたが、蝶に似た花はなかった。

森に来るときは、けっこう、目のすみでぼんやりと見ていたような気がするのに、改めて探してみるとなかなか見つからなかった。

「たしか、こっちのほうにあったような…」

ポンバは記憶を頼りに歩き続けた。

森の奥に進むにつれ、木々は大きくなり、太い枝を伸ばして空を隠した。夕方みたいに薄暗くなってきた。

でも、いくら森の中をさまようにように進んでも、パピヨーゼは見つからなかった。

「あ、あれ、おかしいな」ポンバは必死にあちこち覗き込んだ。

心のなかでため息をつく。(やっぱり、ぼくはどじだな。ろくに知らないくせに、花のあるところに案内しようとなんかして…。ぜんぜん見つからないで、きっとミアさんは、いらいらしているに違いない…)

そう思うと、体が固くなって、さらに、かえって探すスピードがのろくなってしまった。ぎこちない動きでポンバは前に進んだ。


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