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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

時代が変わるその時まで

作者: 酒屋さん

時代を飛び越えます

あと三十分で時代が変わる


時代が変わるとはいえ、それはあくまでもこの国における元号が変わるだけのことだ。


六畳一間の狭い一室に横たわる布団の下からようやく発見したリモコンでテレビの電源を点けた。


一通りチャンネルを回してみたのだが、特に目ぼしいものはなかった。

小さい頃、家庭になくてはならない存在であったテレビもこの時代の終わりには、部屋のスペースを圧迫するただのインテリア的存在へと成り果てる。


この平成という時代の始まりから今この時までの変化を鑑みるに、既に時代の遷移は完了しているのではないか。

平成から令和へと移るその瞬間に何か失われるものなどあるのだろうか。


「そんなどうでもいいこと考えている暇があったら先のことでも考えなよ」


ハッと顔を上げるとそこには彼女の姿があった。

ショッピングモールで大量に売り叩かれているような上下灰色のスウェットにモコモコのルームソックス。


「・・・いつも思うのだけれど、その靴下似合わないね。」


先程まで答えの見えない思考に耽っていた僕は上手く笑えず、少しばかり顔を伏せて口の端を僅かに引っ張っただけだった。

モコモコのルームソックスが似合わないのは灰色のスウェットのせいだと僕は言いたかったのだが彼女にそれがちゃんと伝わっているのか不安になり、恐る恐る、いつもとは目線の高さが異なる彼女の顔を見た。


なんとも言えない顔だった。

その表情が彼女の不機嫌を表す記号だと理解できたのはつい最近のことだった。


「ご、ごめん・・・君に似合わないとかそういうことを言ったんじゃなくて・・・その部屋着に似合ってないよねっていう・・・」


そう・・・とだけ彼女は呟いた。

彼女の足元より少し離れた場所に座り込んでいる僕、その間の空間に彼女は目線を落とす。


「言葉足らずなとこ・・・やっと気づいたんだね」


寂しげな口調なのに表情は少し嬉しそうだった。


「もう・・・手遅れだけどね」


「そんなことはないよ、ほら」


そういって彼女は膝を折ってテレビの左上に表示された時刻を指さす。


さほど興味のない、この状況で時計の代わりになってしまった画面を見る。


23:57


「あと三分しかないよ!この時代は」


「・・・カップラーメンでも作る?」


「そしたら二人で食べられないじゃない、私は次の時代に行けないの」


「・・・それなら僕も此処に残るよ」


彼女の電波のような発言も僕には理解できる


「だーめ、君はまだやらなくちゃいけないことがたくさん残ってるでしょ」


私のために・・・彼女は一呼吸置いてからいじらしくためて吐き出す。


「今の君ならできるでしょ?」


「・・・勇気、いるよな」


「私をこんなことにしておいて今更勇気も何もないでしょ」


「あれはっ・・・勇気なんてものじゃないよ。」


ケラケラ笑う彼女の方を今まで感じてきたどんな罪悪感よりも重い罪の意識に阻まれ直視することが出来ず、目をそらす。


少しの間の沈黙の後に、ねぇと彼女が切り出す。


「知ってた?実は今でも君のこと、嫌いになれないんだよね」


おかしいよね、と長らく手入れされずに無秩序に伸びた僕の髪を手に取る。


「・・・よしっ」


床に座り込んだ僕を起こすように思いっきり手を引く。

いつも彼女は唐突でいつも僕の予想のつかないことをする。

彼女のそんな突拍子のないところが愛おしいと思うことはなくても好きだった。


「あと三十秒で革命が始まる!さぁ、私たちも時代に取り残されないようにその瞬間を迎えよう!」


日付が変わるときにせーのでジャンプね、と彼女は耳元でボソボソと伝えてきた。


「わざわざコソコソ説明しなくてもこの部屋には僕しかいないけど・・・」


まぁ、彼女らしいといえば彼女らしい。


「準備して!」


5、4、3、2・・・


最後の合図で僕は思いっきり足に力を込める。

どうせならこの瞬間を楽しもう。


彼女から発せられるいーちっ!の合図が終わりを迎えると同時に僕は跳んだ。高く、跳んだ。


一瞬だけ時間が止まったように思えた。

実際に止まっているわけでは決してないのだけれど、この景色を一生忘れることはないと断言できるくらいには脳に焼き付いた。


閉め切ったカーテンの上から漏れ出る街の光、思ったよりも散らかっている部屋、視線の遥か下にいる彼女。


目が合った。


「これでお別れだね」


「まっ・・・!!」


待って、と言い終えるころには両足が地に着いており、僕一人に恥ずかしい思いをさせた彼女の姿はなかった。


「・・・そうか」


彼女は平成に留まることしかできなかった。

それでも最後の瞬間現れたのは僕にけじめをつけさせ、新しい時代に足先を向けさせるためだったのだろう。


「革命・・・ね」


机の上に置いてある家の鍵とその隣に置いてあるバイクの鍵を取った。


こんな時間に尋ねるのは気が引けるが、まだ誰かいるはずだ。

それに、行動を起こすのは今しかない。


勇気をもって家から出る、もう必要なくなったが鍵は念の為に持って行こう。




『これでお別れだね』




彼女の涙を見たのはこれで二回目だった。


時代が変わった瞬間


彼女を僕が殺してしまったとき。



もういちどすべての文章を理解したうえで読み直すとオチが伝わるはずです。

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