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3-1


 レイトに会うという名目で王宮に入った。

 婚約破棄だって言われたけど、まだ婚約は続いている。正式に婚約を解消するには書類にサインしないといけないからだ。そもそも一方的に婚約破棄をするなんて相当な理由がない限り角が立ってしまい、双方にメリットがない。今回のような場合は互いに平等な立場で婚約を解消するのが普通だ。


 そんなわけで一応まだ婚約者なので、こうやっていきなり来ても簡単に入ることができた。

 ミアは付き人枠である。Sランク冒険者でちょっとした有名人なわけだけど、大きな黒縁眼鏡をかけて変装はばっちりだ。


 ただアポなしなので、客室で少し待たされている。


「マーシャ、何もしなくていいんですよね?」


「そうだね! というか、何もしないで! 話しかけられても何も言わないで! あたしの斜め後ろで微笑んでいればいいから!」


――マーシャの鼓動は速くなっている。そのせいでハイテンションになっているが、マーシャ自身は気付かない。


「うん。でも上手く佇んでられるかな」


「まあ相手はレイトだし、別に失敗してもいいよ」


「えっと、婚約者なんですよね?」


「まあ、今は(・・)そうなんだけど、実は――」


 答えようと思ったところで、ドアがノックもなしに開いた。


「ふん」


 現れた金髪の男は、不躾に鼻を鳴らした。


――そしてマーシャの心は傷ついた。マーシャはいつもの『レイトなんて嫌いだモード』へと移行してしまう。


「は? 愛しい婚約者が来てあげたのに、何その態度? 死ねば?」


 あたしはレイトが嫌いなことを態度でアピールした。


「どうでもいいだろ、もうすぐ赤の他人になるんだし」


「でもまだ婚約者でしょ?」


「ふん、ずっと人の修行を内心バカにしてたクソ女なんて、婚約者と呼ばねーんだよ」


 レイトはそう言って、ソファに座らずミアへと近づく。


「ねぇ、君、マーシャの侍女か何か?」


「……」


「レイトには関係ないことよ」


「おいおい、もしかしたらこの子が俺の将来のお嫁さんになるかもしれないだろ?」


「……」


 ミアはあたしの指示通り何も言わない。


「無反応じゃん。でも仕方ない。レイトみたいな気持ち悪い男に話しかけられたら、普通困っちゃうよ」


「気持ち悪くねーよ」


「話しかけてあげてるあたしに感謝した方がいいわ」


「だから気持ち悪くねーって!」


 レイトはどさっとソファに座った。


「で、何? 何の用で来たんだ?」


「さあ?」


「さあって……でも婚約破棄の件、マーシャが謝るって言うなら、考えてやってもいいぞ」


「はあ?」


「もし父親が捕まったこと気にしてるんなら、大丈夫だ。俺はそんなに狭量じゃない」


「はぁ……つまり、あたしが謝れば婚約を続けるってこと?」


「まあ続けるかどうか考えてやる」


 レイトは腕を組んで言い放つ。

 何その偉そうな態度。腹立つんだけど。


「そもそもあたし謝るようなことしてないし」


「そんなんだから友達が一人もいなんだ!」


「はあ?」


 友達なんて作ろうと思えば作れるけど、必要ないから作ってないだけだし。

 それに、友達……いるし!


 あたしは立ち上がって、最高の友達を後ろから抱き締める。


「友達いるもん。ね、ミア?」


 ミアは顔を赤らめてコクリと頷いた。

 同性のあたしから見ても、その仕草はとてもかわいい。


「あ、レイト。この子に惚れないでよ? ……行こ、ミア。じゃあね、ばかレイト」


 ミアと手を繋いで客室を出ようとしたところで、「ちょっと待った!」と声がかかる。


「何?」


「なんだ、どこに行くつもりだ?」


「別に……レイトに言う義理はないし」


「おいおい、俺たち婚約者だろ?」


「まぁ……」


「なんだよ、まぁ、って!」


「いますぐ婚約の解消にサインしてあげる。これなら文句ないでしょ?」


「ふん!」


 レイトは再び鼻を鳴らして、懐から封筒を取り出した。

 その封筒からは三つ折りにされた紙が出てきた。


「俺のサインはもう済んでいる」


 紙の一番上には『婚約解約同意書』と書かれており、一番下には汚い字で『レイト・アシュガルド』と書かれていた。


「だけどもしマーシャが謝るっていうのなら――」


 レイトはあたしがペンをとってすらすらと名前を書くのを見て、口をつぐんだ。


「はい。これで赤の他人ね」


「お、おい!? 本当にいいのか!?」


 なぜかレイトは動揺しているようだが、あたしの知ったこっちゃない。


「本当にいいのかって、そっちが先に言いだしたことでしょ?」


「先なのはマーシャだ! 剣を振ってる俺をずっとバカにしてたんだろ!」


「はぁ……」


「なんだ? 図星すぎて言い返すこともできないのか?」


「いや、違くて」


 なんか言うつもりはなかったけど、このまま誤解されたままもウザいし、言っとこう。


「あのさ、別にレイトのことバカになんてしてないからね?」


「は?」


「いや、レイト本体はバカだと思うけど……剣を振るのをバカとか思ってないから」


 ちょっと恥ずかしい。

 自分の気持ちを伝えるのは、どんなバカ相手でも恥ずかしいものだ。


「俺はバカじゃねーし! それに絶対にバカにしてただろ! そうじゃないって言うんなら、なんでずっと隠してたんだよ!」


「それは……言いたくない」


 加護を封印したから。

 でもそれは言いたくなかった。

 命を落とす可能性すらあったのに、ばかレイトを助けたなんて絶対に知られたくない。


 うん、あのときのあたしはどうかしていた。

 黒歴史だよ、黒歴史。

 結果的には良かったけど、冷静に考えるとレイトなんて見殺しにしておけばよかった。


「なんだよ! 結局、俺をバカにしてたってことじゃねーかよ!」


「だから違うって」


「運よく与えられた才能のお陰で強くなってあぐらをかいているんだ」


「ねぇ、あたしだって無茶苦茶努力したんだからね? 才能は確かにあると思うけど、人一倍努力したのだって事実なんだから」


「ハッ、それもどうだか。歴代の《剣の加護》持ちが全員グルになって嘘ついてるのかもしれねー」


 ムッとなる。

 それは冒涜だ。

 剣を振る者たちへの冒涜だよ。


「ふざけないで! ……いいよ、あたしの実力を見せてあげる」


 そして中庭にやって来た。


「勝負はシンプルに。レイトが木剣を持って、一度でも私に当てられたら勝ち」


「は? 剣の加護を持つお前に勝てるわけねぇだろ!」


「いえ、私は剣を持たないわ」


「え、剣を持たない?」


「うん、そう」


 あたしはミアに剣を預ける。


「……」


「私が過去にどれだけ鍛錬を積んだのか教えてあげる。だから私は素手で戦うわ。そしてレイトの勝利条件は私に一発当てること。いい?」


「さすがに調子乗りすぎじゃねぇか? 一発当てるどころか、普通に戦っても楽勝だろうよっ! 《剣の加護》の意味が全くないんだから、負けるはずねぇ!」


「なら勝負する?」


「ああ! 勝確の勝負なんだからな!!」


 互いに向かい合って距離を取る。

 見守るのはシナ。


 あたしは草原の上で軽くジャンプした。


「さあ、いつでもかかって来ていいよ」


「一瞬で終わらしてやる!!」


 レイトは一気に間合いを詰めると、横なぎに木剣を振り抜いた。

 あたしはバックステップでかわす。


 今度はこっちから!

 ジグザグに動きながら、高速で近づく。しかし、相手に近づくにつれ、少しづつ減速しながら近づく。


 そして木剣が来るタイミングで体勢を低くして、一気に加速!

 木剣をすり抜ける。

 そして、


「ぐおっ!?」


 鳩尾に拳を叩き込んだ。

 レイトは派手に吹っ飛ぶ。


「まだ続ける?」


「……」


 レイトはごほごほとせき込みながらこっちを睨む。

 でも何も言わないようだ。


「なら終わりだね。じゃあね、レイト」


 ミアの手を取って中庭を出た。


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