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筋肉ムキムキの大男がずしずしと音をたてながら、鈍重そうな体をゆったりと動かして近づいてくる。
「嬢ちゃんみたいなガキが来る場所じゃねーんだよ! なんだその綺麗な身なりは!? そういうお遊びで来る奴が一番タチが悪い! そういう奴らは吟遊詩人の冒険譚に憧れてやって来る身の程知らずどもだ! そいつらの末路を知ってるか!? せいぜいがゴブリンに殺されるってところだ!!」
上から見下ろしてくる大男。
大声がうるさい。
本で読むと面白いけど、実際こうしてその場面に出くわすと面倒かも。
それに私は吟遊詩人の語りに憧れたわけじゃない。冒険小説だ。一緒にしないでほしい。
私はムッと大男を睨み上げる。
「かわっ……な、なんだぁ? や、やんのかゴラァ……」
大男の威勢が落ちる。
なぜか顔を赤くして、少し後ずさる。
ん? どうして?
と思った直後、大男が爆音を出した!
「ゴラア!!! そっちがその気ならやってやんぞゴラア!!! 表に出ろ、クソデブがア!!!」
えー、脈略なさすぎでしょ……
と自分の中の冷静な部分が告げる。
と同時に私の心は、デブじゃないよ!! と叫ぶ。
いやホント断じてデブではない。どちらかというと細い方だ。胸も小さめだし……
ホントに!
でもデブじゃなくてもデブって言われるのは嬉しくないんだね。あたしは一つ勉強した。
「外、行くぞ!!! 冒険者の辛さを教え込んでやる!!!」
大男はそう言って私の腕を掴もうと手を伸ばす。
こんな男に触れたくもない。
どうしよう?
逡巡するが、多分何もする必要がないんじゃないかって気付いた。
横から美少女が現れる。
それは、黒髪の美少女だ。
このタイミングで割り込むってことは、あたしを助けてくれるってことだよね??
でもその手は何??
中指と親指で輪っかを作っている。
デ、デコピンだよね??
「ご、ごめんなさい」
そう言って、彼女のデコピンが大男の腕に放たれた。
すると大男は冗談のように宙を舞った。
「……へ??」
今ってただのデコピンだよね??
「ごめんなさい。で、でも襲われているようにみえたから……」
そういって彼女は少しおどおどしてる。
この雰囲気、もしかして……
セミロングの黒髪に、東方の“セーラー服”と呼ばれる女学生が着る服。
膝上のスカートからは、美しい2本の足が伸びる。体は小柄で、全体の印象からは小動物のような雰囲気を感じる。
やっぱり。
「も、もしかしてあの『ミイの冒険』の主人公ミイのモデルの方ですか!? 本の後ろにはいつもとある冒険者をモデルにして書いてるってあるけど!」
「すごい! なんで知ってるんですか!? そうです、私がミイのモデルのミアです」
ミイではなくミアというらしい。
「あの、私、あなたの大ファンで! 小説でイメージしていた通りのお姿だったからすぐに分かりました! でも本当はデコピンを使うんですね! 小説だと息を吹きかけるだけで雑魚を蹴散らしますけど!」
『ミイの冒険』の主人公ミイは、一撃で相手を沈める。
それは《初撃の加護》という加護のお陰だ。
相手に対する最初の一撃の威力がとんでもなく増幅されるというもの。《剣の加護》とは比べ物にならないほど、直接的な効果のある加護だ。
「でもあれ、読んでいる人いるんですね……」
ミアは何気なく、本当に何気なく今知った、かのような言い方をした。
あたしは内心、盛大にツッコミを入れる。
そりゃいるよ! 界隈では結構有名な本なのにっ!
「なんか、作者の人、いちいち事細かく聞いてくるから……ちょっとウザかったんです」
「大変かもしれませんが、状況を詳細に書くのに必要なんです! そして最後はワンパンで沈めてしまう痛快さがいいんですよ! 特に私が好きなところは3巻のスタンピードのお話ですねっ、暴走した魔物で消え去るはずだった街をたった一人で守り切るっていう! 本当に憧れてて……もし一緒に冒険できたらいいなーなんて思ったり……あ、もちろん無理なのは分かってますから!」
「えーと、じゃあ、一緒に冒険してみる?」
「え!? いいの!? ……じゃない、いいんですか?」
「あの、普通の口調で大丈夫ですよ」
「やった!」
あたしはガッツポーズを取る。
しかも普通の口調でいいって言われた!
口角が勝手に上がるのが分かる。やばい。口が閉じない。変な人って思われちゃうかも。
「ふふっ、何その顔」
「ちょっ、見ないでっ!」
変な顔、見られた!
あたしは顔を手で隠すけど、もう遅すぎだ。
「あ~もう、レイトのせいだ」
「レイト?」
「いや、こっちの話」
ホント、婚約破棄とかされなければ、もっと落ち着いてミアと知り合えたはずなのに!
あたしに起きる不幸の99%はレイトのせいなんだから。ホントに!
※
「ほら、こっちです」
かなりの距離を歩いた。
歩いたというか半分走ったけど。
技術的な部分は衰えてないようだけど、肉体は衰えてるようだ。
ミアは全然余裕そうだけど、あたしはもうかなりつらい。
緑の丘の上からミアが手を振る。
あたしは何とかそこまでたどり着いた。
「見て! ここが【常春の森】です! すごいでしょ?」
わぁ!
ここからは辺りが一望できる。
確かにすごい。
眼下に広がる景色は、一面が淡いピンク色で覆われている。
全部桜だ。
しかも満開。
今は秋なのに……だからこそ【常春の森】と言うのだろう。不思議だ。
そして遠くにはひときわ大きな桜の木が見えた。
「あれは?」
「【春の世界樹】と呼ばれてて……世界で最初に生まれた木のうちの一本って言われてます」
「あれが……」
こんな遠くからでも、そこに桜の大木があるのが分かる。
……すごい。
「この中なら【金サクラ】を探せばいいんだよね?」
「うん、そうです」
ミアは嬉しそうに笑って頷いた。
その仕草は小動物的だったけど、全身からこれでもかというくらいご機嫌なことが伝わってきて、それだけで嬉しくなる。
「でもこの中から探すのって大変そう。どのくらいあるの?」
眼下は一面、満開の桜色だ。
「多くはないです、でも一時間に一個くらいは……」
「ええ!? むっちゃ少ないじゃん!」
「でもすごい高いから」
「え? どれくらい?」
「えっと、一個で家が買えるくらい?」
「うっそだぁ」
「ホントです!」
黒髪のセミロングの美少女は視線を斜め上にあげて、あたしを見る。
目が合った。
不快感は何もない。
あたしたちは笑い合った。
楽しい。
なんであたしは初対面の人とこんなに楽しく話せているんだろう? って気持ちになった。しかもあの『ミイの冒険』の主人公のモデルとなった人と!
でもミアのステータスは関係ないかも。
ただ純粋に、ミアと仲良くなりたかった。
2年前、レイトと婚約するまではあたしにも少し友達はいた。
友達と言っても、プライベートで会おうとまでは思わないような友達。学校で席が近くだからという理由で、他愛もない話をするだけの友達ならいた。
そしてレイトと婚約すると周りからの対応が変わった。面と向かって何かされるってことはほとんどなかったけど、話しかけても無視されたりとか。
そして今は、友達ゼロ人だった。
「ね、ねぇ! ミア!」
「マーシャ、どうしたんですか?」
あたしは勇気を振り絞る。
「も、もしよければあたしと友達になってください!」
すると、
「いいですよ。なりましょう、友達に」
ミアは笑顔でそう答えてくれた。
「やった」
あたしは内心ガッツポーズしつつ、さらに調子に乗る。
両手を前に出してみた。
『ハイタッチしようぜ!』の構えである。
学園のクラスメイトがやっているのを見る度に、あたしもやってみたかった。
……。
ミアは何かに迷うように視線をさまよわせる。
……え。
しないの?
あたしの気分は一気に急降下しそうになる。
ミアがあたしの目を見た。
あたしの悲しそうな目に、気付かれる。
ミアはニコリと笑った。
そして、
――両手を合わせてくれた。
パンという音がする。
「あ、《初撃の加護》って大丈夫?」
今更ながらに気付いた。
でももし発動してたらあたしの腕は爆発していることだろう。
リーンは笑顔で、
「大丈夫ですよ。私が攻撃だと思わなければ、加護は発動しませんから……」
と答える。
「でも私、実はハイタッチしたの初めてです……」
「え? そうなの?」
「はい、私とハイタッチすると《初撃の加護》を喰らって死ぬって思う人ばかりで……」
あ、あたしも思ったけど……
「本当に嬉しいです」
ミアはニッコニコの笑顔でそう言ったのだった。
※
満開の桜の森の中で、あたしたちは【金サクラ】集めをする。
「あっちにある気がする」
「え、またですか!?」
「なんとなくだけど」
なんとなくだけど【金サクラ】のある方向が分かる気がする。
薄いピンクの森の中を、あたしたちは歩く。
地面には散った桜の花びらが、つなぎ目のない絨毯のように敷き詰められていた。
上も下も桜色の世界を2人で歩く。
あたしが先頭に立ち、ミアが後ろからついて来る。
「本当にまた??」
「うん、多分」
あたしは【金サクラ】に惹かれるまま、歩いていく。
そして、満開の桜の中、金色に光り輝く桜の花を見つけた。
「あれ」
あたしはそれを指で指す。
「あ、あった! マーシャ、すごいです! まだ一時間くらいしかたっていないのに、もう5個目です!」
「えへへ」
「……やっぱり《剣の加護》のお陰なんです?」
ミアは言う。
「え、どういうこと?」
「『桜』と『剣』は概念的に近いと言われています。【黒サクラ】が剣士に嫌われたりしますし……」
「へー、そうなんだ」
「一つの説ですけど」
全然知らなかった。
ちなみに《剣の加護》のことが知られたのは、あたしが普通に使ったからである。
というかほとんどの魔物はあたしが倒した。そもそも今回、冒険者になったのって剣を使うためだし。
【常春の森】は、入り口付近の浅いところだと推奨ランクCだけど深くなるにつれ上がっていく。最深部、あの春の世界樹のふもとになるとAまであがるらしい。冒険者ランクはS、A、B、C、D、E、Fの7段階で、推奨ランクも同じ。例えば推奨ランクランクAなら、ソロなら冒険者ランクA以上、パーティでも構成員全員ランクB以上が望ましいとされる。
「でもマーシャが加護持ちだったなんて驚きでした」
「じゃあどう思ってたの?」
「駆け出し?」
「まあ確かに、今日登録したばかりだけどね」
「私が守るつもりでしたが、何もすることがないです」
ミアは苦笑いをする。
【常春の森】は最大でも推奨ランクAだが、足手まといがいればそれ以上の実力が必要になる。
しかしミアはSランク冒険者でしかも加護持ちだ。例え駆け出しの子と一緒だとしても、十分な実力だろう。
穏やかな空気が流れる。
「なんか、今日初めて会ったとは思えないかも。ずっと前から友達って感じがする」
「うん……私も。マーシャと友達になれてよかった」
ミアは笑う。
あたしはミアの笑顔が好きだ。
ミアは美少女だし、笑顔が魅力的なのは当然なんだけど、なんだろう? なんか安心するんだよね。居心地がいい。
「ねぇ、ミアって婚約者とかいる?」
何気なく聞いた。
ミアは口を小さくつぐんで、頭を横に振る。
「いません。マーシャはいるんですか?」
「いないかな?」
レイトとはもう赤の他人だ。
「悲しそうな顔をしないでください」
え?
別に悲しくなんてないけど……レイトなんて。
「大丈夫。最悪、私が……」
「私が?」
「貰っちゃいますから」
ミアが抱き着いてきた。
彼女は頭半分、あたしより小さい。綺麗な黒髪が視界に映る。
「ありがと」
そう言うと、なぜか急に胸が熱くなった。
やばい。
涙が出る。
あたしは必死に耐えようと踏ん張った。
そのせいで少し強くミアを抱きしめてしまう。
ミアも強く抱き締め返してきた。
え?
その体は震えていることに気付く。
「……ひっぐ」
泣き声が聞こえた。
あたしが出しちゃった?
ううん、違う。
あたしはギリギリ耐えていた。
「……っぐ、ひっ」
ミアが泣いていた。
そのことに気付くと、直後、あたしの踏ん張りは簡単に決壊した。
涙が溢れ出てくる。
なんでだろう?
昨日の夜、ずっと頭痛くて、ずっとなぜか泣きたくて、でもずっと泣けなくて。
そんな状態だったのに、あたしは今、簡単に泣いている。
「ミアっ……なんでっ……っうう、泣いてるっ、のっ」
「そっち……ひっく、そっちこっそっ」
何だか面白くて、あたしは笑った。
ミアも笑っている。
泣き笑いの変な声が2人分聞こえている。
泣き疲れても、その声は続いた。
嬉しいのか悲しいのか、楽しいのか苦しいのか、何が何だか分からなくなっちゃったけど、多分良かったんだろう。
やっと落ち着いたとき、
「なんかすっきりした!」
「うん、すっきり」
頷いて微笑んだ彼女の笑顔は、今までで一番のように感じられたから。
満開の桜に囲まれたこの場所で、あたしは確かに幸せを感じた。