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1-3


 とある少女にゴーレムのこぶしが迫る。

 その少女の顔には恐怖の色がにじんでいる。


 そこに金髪の青年が割って入る!


「やめろおおおおおお!!」


 青年はゴーレムの腕を斬り飛ばす。


 金属の腕が豪快に地面を転がった。

 少女に傷はない。


「よかった」


 青年は安堵の声を上げる。


「あ、ありがとうございますっ!!」


「いや、安心するのはまだだ」


 ゴーレムは右腕を失ったが、まだ負けてないと言わんばかりに、再び攻撃を仕掛けようとしている。

 確かにまだ終わっていない。


 金髪の青年は、一気に加速し地面を蹴った。そしてその勢いを剣に乗せて、ゴーレムの胸に剣を突き立てる。


 ギギギギギギ


 ゴーレムの核が壊され、活動が停止する。


「ふぅ」


「本当にありがとうございます! あなたは私の命の恩人です! 私は――」


 少女は金髪の青年へ、頬を赤らめて話す。


「ごめん、まだまだゴーレムは暴れているから」


 金髪の青年はさらなるゴーレムを求めて、走り出す。


 もちろんこの金髪の青年というのはレイトのことだ。

 見なければ良かったよ。

 てか今、相当魔力使ったよね?? あたしの時はかなり魔力を抑えめで戦っていたと思うんだけど、何? この差は? あたしが婚約者なんだよね?? なのにその女にカッコイイところを見せたいから、無駄遣いするの??


 残された少女はレイトの後ろ姿をぼーっと眺めている。

 顔を赤らめて、惚れてしまったのだろうか? でもレイトはあたしの婚約者だ。


 くそっ!

 ちょっとかわいいからって調子に乗んなよっ!!


 あたしは少女を睨みつけた。


 少女はビクッと体を震わせ、キョロキョロと辺りを見回す。

 あたしは瞬間、無関係ですよ~という雰囲気に切り替えて、てくてく歩く。


 別に本気で睨みつけたわけじゃない。

 最強クラスの実力者が本気で睨めば、一般人ならまず間違いなく失神するからね。


 ん~、でもレイトはまだ戦うつもりなんだ。

 もう2体も倒したんだし、レイト一人の活躍としては十分のような気もするけど。

 それに魔力ももうほとんど残ってないんじゃないの?


 しかし、レイトは暴走し続けるゴーレムへ駆けていく。

 あたしはそれを遠くからこっそりと追うのだった。



 ※



 なんでまたピンチな女がいるんだろう?

 しかもタイミングはある意味完璧で、レイトが頑張ればギリギリ助かりそうっていうのがなんとも……


 恐怖で腰が抜けゴーレムを眼差しで見上げている女は、やはりというか何というか、なかなかの美少女だ。年齢はあたしと同じか少し低いくらい。


 ゴーレムの拳がいまにも振り下ろされようとされているその刹那、レイトは疾走する。


 そしてその少女が死を覚悟し目をつむった瞬間、レイトの腕が少女に届いた。

 少女は予想される人生最悪の衝撃がやってこないことに気付き、数瞬の後、恐る恐る目を開いた。


「もう大丈夫だ」


 レイトはお姫様抱っこした少女へニコリとほほ笑んだ。

 それは作り笑いではなく、心の底から良かったと思っているのが伝わってくるような笑顔で――



――あたしは腹が立った。


 なんでお姫様抱っこしてるわけ??


 ずるいずるいずるい!!!


 別にお姫様抱っこしてほしいわけじゃないけど、おかしいじゃん!


 だって婚約者にも、お姫様抱っこしてないんだよ?

 それなのに見ず知らずの女相手に、颯爽と現れてお姫様抱っこするとか!


 別にあたし自身はお姫様抱っことか、どうでもいいけどね……


 はぁ……


 どうでもいいか。

 確かにどうでもいいかも。


 レイトのこと自体、どうでもいい。


 そもそもあたしなんで、こんなこそこそストーカーみたいなことやってんだろう?

 いいや。

 別にどうでも。

 帰ろ帰ろ。

 いっそ家に直接帰ろう。

 よく考えたら待ってる義理なんてないし。

 うん、それがいい。

 お祭りは中止。そんなのゴブリンにだってわかる。

 ならあたしがここにいる意味って? ないよね? なら帰ればいいじゃん。


 レイトが戻ってきたら、あたしがいないことに慌てるのかなぁ?

 そんなことを想像したら、気分はなぜか軽くなった。


 踵を返し、壊れたゴーレムを視界に収めながら、秋のそよ風をこの身に感じた。


 春は遠い。長い長い冬を越した先にしか現れない。

 でもそれでもいいのかもしれない。

 剣を失った日常も、案外悪くないと思う。


 家に帰って本を読もう。

 『ミイの冒険』の新作が読みかけだった。

 あれは面白い。出てくる魔物をすべて一撃で倒していまう美少女ミイが主人公という、冒険小説としてそれってどうなの?? っていう内容なんだけど、実際魔物が出てきたときにはあと1ページなんてこともざらな小説だ。けれどチープではない。ちゃんとひとつひとつ丁寧に描写してある。ただミイの一撃がぶっ飛んでいるというだけのなのだ。その爽快感がたまらなく好き。


 小説のことを思うと、いつの間にか気分は上向きだった。


 ちょっとスキップでもしてみようかと思った。



――その時、遠くから悲鳴が聞こえた。


 後ろからだ。

 その悲鳴には聞き覚えもないが、なぜだか自分とは無関係ではない気がして、あたしは振り返った。


 遠くにまだ動いているゴーレムが何体か見えた。

 自然と目を凝らす。もちろん魔力を使って。すると、先ほどレイトに助けられたはずの2人目の少女の顔には血がついていて、緋想に暮れている様子が見えた。


 まさか。


 血濡れの少女の視線の先を追う。


 嫌な予感がした。


 一瞬、何かが見えた。

 直後、その何かへと動くゴーレムによって遮られる。


 刹那の間しか見ることは叶わなかった。


 でも脳裏に焼き付いていた。


 自慢の剣を自身の血で濡らしながら、杖代わりにしてなんとかギリギリ立つ男。

 金髪にも血が付き、自分の知っている様相とはあまりにも異なっていたが、すぐに分かった。


 レイトだ!!


 そう自覚した瞬間、体の中で熱いものが暴風のように駆け巡った。

 その熱は頭をも巻き込み、うねる。バチバチと思考が暴走する。


 このままだと死んじゃう!?

 身の程をわきまえないから……

 浮気するんだから自業自得よ!!

 レイトが死んだら、あたしはどうなるの?

 ゴーレムがレイトに攻撃する。今のレイトじゃ、きついんじゃ……

 あたしが助ける?

 でもレイトには実力を隠してきたし。

 レイトは頑張ってたじゃん。今だって純粋に人助けのために頑張ったのかも。

 あたし、レイト嫌い。

 レイトが無様に転がる。

 死んじゃ、嫌。


 脈絡のない思考に気付いたとき、あたしは地面を転がるレイトに駆け寄っていた。

 なんとかゴーレムの攻撃をギリギリで受け流したようだ。致命傷は避けている。


「よかった……」


「マーシャ、なぜ……ぐほっ」


 レイトは口から血を吐いた。


「これ、借りるね」


 レイトはこんな状態になっても、決して剣を放していない。

 でも大した力で握っているわけではなかった。それほどの力は残っていないのだろう。あたしはその血濡れの剣を優しく、レイトの手から手に取った。


 ああ、4年ぶりか。


 剣を捨てても心の奥底ではずっと、剣を握りたかった。あたしは将来、最期には剣を振って死ぬつもりだった。思う存分これ以上ないくらい振って、死ぬ。そんな最期を思い描いていた。そんな風に思わないと、剣を捨てた心は持たなかった。


 もしかしたら今が死に時なの?

 あたしは死ぬの?


 ドクンと加護が流れてくるのを感じた。


 ああ、この感覚だ。


 剣が軽くなる。

 《剣の加護》には疲労軽減効果と剣の耐久性向上効果しかない。何度振っても疲れないし剣は折れない、というだけのしょぼい加護だ。だがそれがどれだけ剣士にとっての安心感になるか。信頼感になるか。もともと凄まじい技量を持った剣士に、そんな信頼が加わればワンステージ上の次元に到達できる。


 ふふ。

 あたしの技量を見せてあげる。


 あたしは気負いなく悠然とゴーレムへ歩を進める。


「お、おい……マーシャ、無茶だ、げほっ」


 そのレイトの発言すら心地よく感じた。

 最高の気分かも。


 ゴーレムはあたしを捉えたようだ。

 こぶしを振り上げ、力強く振り下ろす。


 あたしは最小限の魔力を使い、受け流す。

 その瞬間、こぶしとすれ違いざまに地面を蹴った。


 あたしは跳んだ。

 そして、すとんとゴーレムの腕に立つ。


 完璧な技術だ。

 自画自賛しつつ、ゴーレムの腕の上を悠然と歩を進める。


 ゴーレムはあたしが鬱陶しい。当然、反抗した。力強く腕を振り上げる。


 しかし、あたしのバランスは崩れない。

 あたしは崩れることなくその力を受けて、天高く舞い上がった。


 そして、ただ自由落下する。

 ゴーレムは当然チャンスと見て、腕を振り、あたしを狙う!


 あたしは迫るゴーレムの攻撃を受け流しつつ、回転エネルギーに変換。

 高速回転する。

 そのままゴーレムの頭にぶつかる直前、体をぴたりと停止させる。すると回転エネルギーは右腕から剣身に伝わって、斬撃エネルギーへと変換された。


 一瞬の静寂に包まれた。

 時が止まったかのような静寂。


 そんな中であたしが地面に降り立つ微音が、妙に大きく聞こえた。

 そして時は動き出した。


 ギギギギギギ

 ガタン!


 ゴーレムは真っ二つに割れ、左右に転がる。


 じんわりと心の雪を溶かすような温かな灯火を感じた。


 こんなに剣って、楽しかったっけ?


 本当に楽しい!

 本当に嬉しい!

 本当に最高っ!!


 あたしは心からの嬉しさを感じた。


 衰えていない。

 いや、衰えていないどころか、昔の記憶でもこれほどのものだったか?

 と疑うほどの素晴らしい完璧な剣技だった。


 ただ純粋に嬉しい。


 しかし、もう加護の封印は解かれてしまった。

 きっと昔みたいに高熱を出すだろう。最悪、死ぬかもしれない。


 だからこそ、この剣を試したい。


 突如生まれた満開の桜の世界に雪はない。

 例え桜は散る運命だったとしても、満開に咲くのを邪魔する雪がないことに喜ぶ。


「あたし、お父さんのゴーレムも倒してくる!」


 走る。

 一陣の風が桜並木を揺らすように。


 この世界にもう雪はない。


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