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1-2


 あたしはゴーレムの右足に、レイトはゴーレムの左足に座っていた。


 豊穣祭が始まったようで、おっさんたちが入れ替わりで話していく。


「今年は天候に恵まれ、大豊作だった。より一層、王国の繁栄は強固なものになることを願っている」


 一人のおっさんの言葉が終わり、また別のおっさんが壇上に立った。


 はぁ……長い。


 おっさんたちのつまらない話は、永遠と思えるほど長い。


 今、何人目?

 もういいでしょ……


 とりあえずあたしたちは会場に居ればいいという役目なんだけど、こうやって座っているのも疲れてきた。てかゴーレム固い。背中が痛くなってきたよ。


「というわけで、史上稀にみる大豊作だったこと心より――」


 あー、長いなぁ。


 空に浮かぶ雲をぼんやり眺める。

 あたしも雲になろうかな。そうすれば座るのももっと楽になる気がする。


 なんで何もしていないのにこんなに疲れるのかな……


 あたしは、ただいるだけの任務を遂行する。


 そんな時だった。


――ギイイイイイイン


 何か、金属音が会場に鳴り響いた。


 なに?


 ギイイイイイイン

 ギイイイイイイン

 ギイイイイイイン


 音源が増える。

 それは不協和音となって、辺りを包む。


「なんだ!? この耳障りな音は!」


 レイトが騒ぐ。


 しかし、会場を見ると音源は明白だった。



――ゴーレムが動いていた。


 え?


 あたしの脳内で警告が鳴る。


「もしかして何かやるのか?」


 レイトはぼんやり呟いた。

 相手にしない。あたしは冷静さを維持したまま、注意深く座り続ける。


 すべてのゴーレムが動き出している。

 あたしたちが背もたれ代わりにしていたゴーレムも、例外ではなかった。


 ギギギギギギ


 見上げると頭上のゴーレムは腕を天に振りかぶっていた。


 来るっ!!



――直後、ゴーレムの拳が放たれた。


 しかし狙いはあたしたちではなかった。

 真下を攻撃せずに少し離れた一番攻撃しやすい場所へこぶしを叩きつけていた。


 狙われたのは30歳くらいの男の人だった。

 武術の心得があったようで即死は避けられたみたいだけど、かなりの重症だった。腕はあり得ない方向に曲がり、その他、骨の数本も折れてしまったようだ。また内臓にもダメージが入っているようで、口から吐血を吐く。もしかしたら既に致命傷かもしれない。

 その男がゴーレムに殴られた光景を間近で見てしまった令嬢は腰を抜かし、悲鳴すら上げられない。


「マーシャ! やべえ! 逃げるぞ!」


 レイトも状況のヤバさにやっと気付いたらしい。


 ……遅すぎない?


 他のゴーレムも人々を襲っているようで、地響きのような轟音が響いている。


――ドオオオオオオン!!! ドオオオオオオン!!! ドオオオオオオン!!!

――きゃああああああ!!! きゃああああああ!!! きゃああああああ!!!


 轟音と悲鳴が絶え間なく、辺りを包んでいた。


 これは、惨劇になる。

 あたしは思った。


 この轟音の一発一発が、即死級の攻撃だ。

 武術の心得があったとしても、即死を免れるという程度である。

 そんな攻撃をゴーレムは人々に放ち続けていた。


 なんで?


 ゴーレムは戦争兵器だ。

 それは間接的に王国の人たちを守るものでもあるはずだ。


 それなのに、なんで守るべき人たちを攻撃しているの?


 すべてのゴーレムが人々を攻撃している。


 遠くにあるお父さんのゴーレムも動き、攻撃している。

 その標的は、一番近くにいる人――つまり、王様たちだった。


 もちろん近衛兵たちがいるからそう簡単に王様が死ぬとは思えないが、お父さんのゴーレムが非常に高性能なのも事実。もしこのゴーレムの突然攻撃が計画的なものなら――


 計画的なものなら?

 それってお父さんがこんなひどいことをするってこと? でもそうじゃないとお父さんのゴーレムが人々を攻撃するなんてありえるの?


 ここに置かれているゴーレムはロックされているはずだ。万が一にも暴走しないよう安全機構としてロックされているのだけど、ゴーレムが攻撃してるってことはロックが解除されていると考えざるを得ない。でもお父さんがロックを解除するとは思えない。なら考えられる可能性は一つなのか?


 あたしは自分の出した答えに愕然とする。


 お父さんが死んだ。


 でもこうとしか考えられない。


 未だ地面に座り続けるあたしの腕はレイトによって取られた。


「ぼーっとすんな! 死にたいのか! 逃げるぞ!」


 現実に引き戻される。

 先ほどの刹那の思考で導き出された答えが本当に正しいのか、検証する時間はないらしい。


 頭上のゴーレムがこちらを見ていた。


「やべえ!!」


 レイトは咄嗟にあたしを突き飛ばし、その反動で自身もギリギリでかわす。


 ゴーレムの拳は何もない地面を叩くだけだった。

 だがそれだけでも暴風が生まれ、砂塵が舞う。


 もう昔のことだけど体は覚えているらしい。

 あたしは突き飛ばされた勢いを殺すことなく、前転し、立ち上がった。


 あっ、誰かにパンツ見られたかもっ!?

 って思い辺りを見回すが、見ていたのは一人だけだった。


 いや、一体だけと言った方がきっといい。


 昔、修業してたときはスカートじゃなくてズボンだったし……と脳裏で思いつつ、ゴーレムが腕を振り上げたのが見えた。


 あー、こいつあたしのこと狙ってる。

 どうしよう?

 体動くかな?


 でもこの程度何とでもなるという妙な確信があった。

 危機感はなかった。


 この場で危機感を持っていたのは、あたしじゃなかった――



――レイトだけだった。


「どりゃああああああ!!!」


 レイトはあたしの前に立ち、ガン! と迫りくるゴーレムの腕を剣で受け止めた。

 ちなみにレイトはどんなときも剣を携帯している。剣士として譲れない一線なんだとか。


 ギギギギギ

 剣で受け止め続けるレイトの背中はいつもより大きく見えた。


「案外レイトにも男らしいところあるじゃん」


 別にレイトなんて嫌いだけど、ちょっとだけ格好良く見えた。


「あ、本当にちょっとだけなんだからねっ!? ほんのちょっとカッコ良かったってだけなんだからね!? それに、ゴーレムの腕の影のせいでちょっと暗いからっていう目の錯覚が99%だし!」


「案外って何だ! 俺はいつだってカッコイイだろ!」


 レイトはゴーレムの腕を受け止めたまま、背中越しに不満を言う。


「いつもはわけのわからない棒っきれで遊んでるだけじゃん」


「じゃあ、その訳分からない棒っきれに助けられたマーシャはなんなんだろうな?」


 どうやらレイトの中では、あたしを助けたことになっているらしい。


 焦ってあたしの前に割り込んできたもんね。


「でも別に頼んだわけじゃないし? そもそもこの程度の攻撃、攻撃の内に入らないし」


 危機感感じなかったし。

 実際レイトが何もしなくても、問題なかった。(多分)


「素直に――ありがとうございます!! レイト様っ!!

――って言えばいいのになっ!」


 とレイトは裏声を使った。


 少し不快感を感じた。


 でもあたしは優しいので聞いてあげる。 


「え? 今の誰の真似??」


「マーシャに決まってるだろ!!」


「えー、あたしそんなに気持ち悪い?」


「なんだとっ!? ……てかやべえ、この体勢つらくなってきた」


 ずっと同じ姿勢を取り続けているレイトの限界がやって来たらしい。


「マーシャ、ちょっと逃げといてくれないか?」


「はぁ……ったく仕方ないわね。貸し一ね」


「嘘だろっ!? 俺が助けたのに、俺に貸しが付くのかよ!?」


 レイトは分かっていない。

 女の子を助けたと言い張るなら、女の子に『ちょっと逃げといて』とか頼みごとをしちゃじゃダメだ。颯爽と現れてお姫様抱っこをしつつ、余裕でぶっ倒すくらいの格好良さを見せつけないとダメだと思う。


 あ、別にレイトにお姫様抱っこされたいとか、そんな妄想してるじゃないからねっ!?


 あたしはわざとゆっくりと歩いて距離を取る。

 十分離れたところで、レイトはゴーレムの腕を受け流し、剣を構えなおす。


「はぁ……もうなんも言わね」


 レイトは疲れたように何やら呟いた。

 その彼はゴーレムの目線の先にいる。


 ふと気になって周りを見てみると、未だゴーレムたちは暴走しているようだ。悲鳴は鳴りやまず、戦闘音は響き続ける。

 特にど真ん中、王様がいた辺りはひどい。お父さんの最強ゴーレムがあらかた破壊している。魔法使いの兵士たちがなんとか食い止めようと頑張っているがなかなか難しそうだ。近接の兵士の数が異様に少ないのは、普通の兵士じゃお父さんのゴーレムとやり合っても秒と持たないからだろう。


 お父さんのではない他のゴーレムは、すでに破壊されているものもあるようだ。かなりのダメージを負っているのも見受けられる。お父さんのゴーレム以外はなんとか収まりそうか……と他人事のように思った。


 キンキンキン!


 レイトとゴーレムの戦闘は一見すると同じことの繰り返しだ。

 ゴーレムの攻撃は高威力だけど、大振りで予測しやすいものなのでレイトにとってはかわしたり受け流したりするのは簡単のようだ。

 ただ流石はこういった場に並べられるほどのゴーレムだ。お父さんのゴーレムほどではないにしろ非常に高性能で防御力が高い。何の金属が使われているのかは分からないけど、もともとかなりの硬度がある材質にさらに魔法的な補助を加えらえていて、レイトの攻撃も大したダメージが入っているように見えない。


 ……う~ん、やっぱり金は表面だけなのかな。内側に鋼とか硬い金属が使われてるっぽい。


 キンキンキン!

 キンキンキン!

 キンキンキン!


「これじゃあ埒が明かねえな! はああああああああああああ!!!」


 レイトの剣に魔力が集まる。


 やっぱりこういう戦闘シーンは、現実だといいね。

 当然と言えば当然だけど、小説よりも現実の方が鮮明だ。


 金髪の男の眼は、集中しているときの眼だ。


 彼の剣に魔力が集中していく。


 その魔力は、剣に力を与える。強く、強く、ただ強く。

 剣はエネルギーを持ち、それゆえに熱を持つ。


 いつもの剣を小さな灯火だとするならば、これは灼熱の炎だ。


 たった一本の細い刀身に極限のエネルギーが集中する。しかしそれは不安定ではなかった。炎のような荒れ狂う力を感じさせながらも、落ち着いていた。


 基本に忠実な技だ。

 けれどこれほどの魔力を込めて平然としているのは、やはりその剣士の技量の高さが表れている。


 純粋に魔力によって強化された剣。

 その剣の一撃は、当たり前のようにゴーレムに吸い込まれた。


 小さな灯火は白銀の雪を照らすだけだった。

 しかし、灼熱の炎は分厚い雪を突き抜ける。


 ゴーレムは剣の一撃の前に、無残にも破壊された。

 バラバラとなり、ピクリとも動かない。


「これじゃあ、直らない」


 あたしは不満を呟いた。

 ただこの独り言は、独り言のまま消えたようで、


「マーシャ、大丈夫か?」


「う、うん」


 レイトが近づいてきた。


「良かった。怪我はなさそうだな」


 レイトの距離はいつもより一歩、近い。


 金髪の彼は、あらためて見るとやっぱり顔が整っているな、って思った。

 少し汗のにおいがした。


「……レイト」


「何だ?」


 そう言ったレイトは、いつにも増して優しそうだった。


「別にあたしは助けられたとか、思ってないけど……でも助けてくれて、ありがと。ちょっとだけ嬉しかった」


 あたしはそう言った。

 でも――



――ほんのちょーと、ちょっとだけなんだからねっ!?


 そう!

 せっかくレイトが助けてくれたのにゆっくり歩いて離れたり、流石に自分でもやりすぎだった気もするから! そのお詫びとして、少し感謝してあげるってだけなんだからねっ!?


 あたしが内心言い訳をしていると、


「マーシャ、そこにいろよっ!! 俺は他のゴーレムを止めに行くから!!」


 そう言ってレイトは走って行った。


 え?

 あたしはぽかんと口を開けた。


 ……え??


 いや、確かにこの場所ならまあ、安全だろう。

 ここはゴーレムが並んでいた場所の一番端。つまりもともとこの一体しかいなかったわけで、そのゴーレムがいなくなったんだから、安全という理屈だろう。


 だけどこのタイミングであたしから離れる選択肢ある??


 婚約者としてはどうなんだ!

 混乱に乗じて手を出してくる不届き者がいるかもしれないし……そもそも貴族令嬢の時点で普通は一人で出歩かせたりはしないからね? 今回はレイトがいるからいないってだけで。まああたしの場合はいなくてもなんとかなるけどさ。


 もうかなり小さくなったレイトをぼんやりと眺める。


 ひどい。

 やっぱりレイトなんて嫌いだ!


 でもまあ、ここで待っててもつまんないし、見物にでも行こうかな。剣が封印されていても、自分の身を護るくらいのことはできると思うし。


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