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学園付属の神殿で、あたしは内心ため息をついた。
脳裏に浮かぶのは魔力適正の結果。
火、水、風、地、光、闇。
そのすべてが平均的で、取り立てていいところもない代わりに悪いところもない。
これは魔法使いを目指す人にとっては絶望的だ。
魔法使いの戦闘力とは、どれだけ多くの種類の魔法が使えるかではなく、どれだけ強力な魔法が使えるかにかかっているからだ。なのですべての能力が平均的であるよりも、他が壊滅的でもいいから、たった一つの属性がピカイチな方が絶対にいい。
ただため息の理由はこれじゃない。
別にあたしは魔法使いになりたいわけじゃないし。
その理由は、もう一つ脳裏に浮かぶ、普通の人には現れない表示のせいだ。
――《剣の加護》
そう確かにある。
だけど今後、この加護を使うことはないだろう。
あたしに加護を抑えるために常に銀のネックレスを身に着け、そして《剣の加護》が活性化しないよう、あの日以来一度も剣に触れていない。当時のあたしにとって、剣とは生活そのものだったから、本当に剣に触れない日々は大変だったけど、もう4年が経ち今では普通の女の子になっていた。
だから今のあたしにとって、その表示は負の遺産だ。
だって剣に触れられないし、ずっとネックレスを付けていないといけないし。
でも、今でも剣は好きだ。
だからこそあたしは彼のことが好きになれないのかもしれない。
――そんな風に思いながら、マーシャは自分の鼓動が速くなっていることに気付かないふりをした。
金髪のイケメンが学園の片隅で剣を振っている。
顔立ちはかわいい系だけど、その目は真剣そのものだ。
彼の名はレイト。この国の第二王子であり、あたしの婚約者でもある。
「来たのか」
「ええ、仕方なくね」
――マーシャの鼓動が速くなる。
「そうか、なら来なくても良かったのにな」
――しかしそう言われた瞬間、マーシャの心は傷つき、いつもの『レイト嫌い嫌いモード』へと移行してしまう。
あたしはコイツが嫌いだ!
婚約したのは2年前だけど、仲は全く進展してないし、あたしには進展させようという気もないんだ!
確かにイケメンだし、剣を振っているお陰で体も引き締まっている。
それに頭脳明晰で、このまま何事もなければ首席で学園を卒業できるほどらしい。魔法もある程度は使える。
こうやって要素を並べるととんでもない優物件なんだけど、唯一にして最大の欠点がある。
それは剣バカということだ。隙さえあればずうっと剣を振っている。剣の腕前は悪くない。このあたしから見てもなかなかのレベルだとは思うけど、デリカシーがなさすぎると思う。だってあたし、剣に触れられないんだよ!?
それになかなかなレベルとは言ったけど、私なら10歳のときにはもうその次元には到達してたよ。いくら他のことが凄くても一番力を入れていることがあたしのレベルの足元にも到達していないなんて、幻滅せざるを得ない。男は自分を守ってくれるような人じゃないと! まああたしより強いのは無理だとしても、魔法とかそっちの方を伸ばしてたら魅力的だったかもね。
……まあ百歩。もとい一万歩譲って、剣を頑張るのは良しとしてみよう。
あたしは《剣の加護》のことを隠しているし、そもそもレイトが剣をやっているのは婚約する前からだし。
でもやっぱり剣バカはダメだ!
剣のことを考えすぎて、あたしに対する態度がおざなりになっているなんて!
はぁ……
レイトはあたしのことなんて見る気もないらしい。
一度もこちらに視線を飛ばすことなく、剣を振り続けている。
「ねぇ……行くよ、もう時間ないんだから」
「行くってどこに?」
「……ほんと呆れるわ。今日はお父さんのゴーレムを見に行く予定でしょ?」
「あー、あれか。豊穣祭か」
分かってるじゃない。
ほんと無駄な会話。
「レイト、行くよ」
「ああ、あと10回素振りしたらな」
「はぁ、早くしてよね」
レイトはきっちり10回素振りした後、剣の訓練をやめた。
急いで馬車に向かうと『お嬢様、お婿様、時間がございません。飛ばしてまいりますため、揺れにはご注意を』を言われ、宣言通りに馬車は無茶苦茶揺れた。
向かう先は王宮前の大通り。
そこで豊穣祭が行われる予定だ。あたしのお父さんのゴーレムも参列するということで、ちょっぴり楽しみだったりする。
というか別の言い方をすると、それ以外に楽しみがない催しでもある。
だって毎年毎年同じようなものだもん。
今年の大豊作を祝ってうんちゃらかんちゃらと、べらべらとおっさんたちが喋るだけ。
これ、豊作でもなんでもなくても大豊作って言っちゃうお祭りだから、聞いても知識にすらならない。本当につまんないお祭りなのだ。
まあそれでも楽しそうな人たちはいる。
でもあたしはつまらない。それは大体レイトが悪いと思う。
『精神統一の修行に充てるか』
って言っていっつもこういうときはずうっと何も言わないし。
何か面白いこと言ってくれればいいのに……ほんと、二人で来ているのに、全然ずっと喋らないし、なんなんだ。何のために来てるのか本当に分かんないよ。
結局、あたしはこういうとき、小説のことを考えている。
剣を失った私は、その分生まれた時間を本に充てた。
本の中でも、特に冒険小説だ。
剣を振れない不満を本の世界で発散したかったのかもしれないけど、今となっては本当にそうなのかは分からない。
何はともあれ、あたしは冒険小説にはまった。
今では純粋に冒険小説が大好きで、この世にある冒険小説はポピュラーなものは全部読んだ。マイナーなものもたくさん読んでいる。
そうやってたくさん読んでいく中で、大好きな小説というのを見つけられた。あたしはそういう小説を頭の中で考えるのが大好きだ。特に、もしこうなったらな~って自分で勝手に展開を考えたりするのはいつでも楽しめる。
かたや精神統一をして、かたや小説の妄想をする。
ある意味似たもの同士のような気もするけど、間違えないでほしい! あたしは被害者なんだ。レイトがお話しするつもりだったらちゃんと聞くつもりはあるし……でもレイトが精神統一の修行をするとか言うからいけないんだ。
「あっ、見て! ゴーレムが見えるよっ」
行く先にゴーレムが並んでいるのが見えた。
「あれは……第3世代のゴーレムだよっ! しかも金色! 初めて見た!」
隣を見ると、目を閉じてぼーっとしている奴が。
ふん、結局、興味ないんだ。あたしがせっかく話しかけてあげたのに、うんともすんともいわない。つまんない男だよ、ホント。
王宮前の大通りは、大通りというかちょっとした草原なくらいの広さがある。
王様や第一王子と言った、重要人物の姿も見える。
ああ、そういえばこの男も第二王子か……
とあたしは隣で未だ精神統一をしているらしい金髪の男を見る。
目の焦点が合っていない。
虚構を見つめているようだ。
周りの令嬢たちが『きゃー、黄昏ているレイト様も素敵っ!』とか言っているけど、黄昏ていないし、素敵でもない。
あたし的に素敵なのはやはり大通りに並ぶゴーレムだ。
最新鋭の第三世代で、しかもボディが金色だ。金は高価だけど魔法耐性が高い金属で、ゴーレムの強化につながっていると思う。どのくらいの厚みの金を使っているのか分かんないけど……
やはりゴーレムの弱点は魔法だ。物理攻撃にはめっぽう強いが、魔法だとあっさり倒されてしまうこともしばしば。だから金を使うというのは面白い発想だと思う。まあ逆に金は物理攻撃に弱いからちょっと微妙なところもあるんだけど。もしかしたら金は表面だけで、中は鋼鉄だったりするのかな?
ゴーレムは合計20体並んでいる。
ゴーレムはひとつ作るのに、職人が1ヶ月以上付きっ切りで作り続けなければならない。長いものだと半年以上かかるものもある。高価な素材を使い、職人の命を削って作られたゴーレムは非常に強力な戦力であり、こうして20体も並んでいるのはこの国、アシュガルド王国の力を見せつけている。
前方、王様の横にいる6体はお父さんの作ったゴーレムだ。世界最高のゴーレム職人と言われるお父さんのゴーレムが6体も並ぶのは、とても珍しい。
並んでいるゴーレムは大小さまざまだけど、比較的大きめで4~10メートルくらい。他のゴーレムもお父さん自慢の弟子が作ったもので、レベルはかなり高いらしい。
でもこうやって貴族や有力な富豪が一堂に会しているのに、全然ゴーレムに視線を向けている人がいないのは、残念だ。
こんな綺麗なゴーレムなのにね。
金色のボディは強く輝いている。
天気は快晴。
少し肌寒くなってきた季節だけど、今はむしろ少し暑いくらいだ。
突然レイトは首を動かし前――王様たちがいる方へ向いた。
ん?
精神統一は終わったの?
あっ、それね。
遅れてあたしも理解する。
直後、
――びゅうぅぅぅううう!!!
と暴風が巻き起こった。
――きゃああああああ!!!
黄色い悲鳴が響く。
令嬢たちのスカートが宙を舞い、男どもの視線は楽園をさまよう。
「変態」
「べべっ、別に見てないだろっ!?」
「見えなかったの間違いじゃない?」
あたしは確かに、レイトがチラッとこちらを見たのが見えた。
ホント、最低。
最低すぎる。
あたしの中には、嫌な感情しか湧かない。
あたしに興味あるんだ! とか、
他の令嬢を差し置いてあたしの方だけを見てくれた! とか、
そんな風にポジティブに捉えて嬉しくなっちゃうなんてこと、絶対にない。
ホント、レイトは最低だと思う。
暴風が来るのに気付いたから精神統一を解いて、こっちをチラリと見てきたんだよ? 終わってる。バカなんじゃないの? このあたしが気付かない訳ないでしょ?
あー、でもレイトって未だに私を普通の令嬢だと思ってるんだっけ。《剣の加護》のことを教えていなくてもあたしの立ち振る舞いを見ていれば、あたしの実力を推し量ることくらいできそうなものなんだけどね。
あたしの真の実力は、世界最強クラスだ。
だから、あたしのスカートは決して舞わない。
これでも12歳、《剣の加護》を封印するまでは剣を振り続け、剣聖となる一歩手前まで行ったんだ。剣がなくたってスカートの奥に秘められたものを守るくらいはできる。
……しかしレイトの兄はもう残念というかなんというか、振り切れているよね。
遠目だからよく分からないけど、王様に怒られているように見える。
レイトの兄、フーガは第一王子で《暴風の加護》を持つ。彼が参加するパーティではほぼ毎回暴風が巻き起こっているのは偶然ではない。彼が故意に起こしているのだ。
パーティ会場にいるすべての令嬢のスカートを捲り上げる技術は確かに素晴らしいものがあるけど、使い方を間違っているとしか思えない。まあ魔法を使って同じことを再現できるのは世界に数人ってレベルだと思うから、《暴風の加護》を正しく使えてるって言えなくもないところがちょっとやるせない。
しかしこちらもレイト同様、スペックだけは高いから、この世は駄目だと思う。
薄緑色の髪に、ちょっと怖い系の顔立ちのイケメン。魔法や近接戦闘とすべてが隙なくこなせ、《暴風の加護》まで持つ。頭もいい。ただ20歳になるのに婚約者すらおらず女遊びばかりしているという噂だ。
「はぁ……レイト、あっち行って座ろ」
「あ、ああ……」
疲れた。
レイトなんて嫌いだけど、婚約者同士はパーティ中は一緒にいないといけないという縛りがあるので仕方ない。
とあるゴーレムの下。
草原に座り込み、ゴーレムの足を背もたれ代わりにする。
「よっこらせ、と。はぁ……ホント疲れた」
なんか精神的に疲れた。
「おい、地べたに座るなんて下品だぞ!」
……は?
誰のせいで疲れたと思ってんの!? 誰のせいで!!
あたしは内心、怒った。
しかしここは一応フォーマルな場。
怒鳴り散らすようなことはしない。
「ふん! 誰かさんが下品な行動をしたから、下品が移ったのよ」
だからあたしはとても小さな怒り方をした。
「……」
珍しくレイトはだんまりである。
あ、そうなんだ!
どうやらさっきのチラ見は言い訳不能らしい。
ほほほ。ほっほっほっほっほぉ~
これは楽しい。しばらくはレイトをいじれるよ。
あたしは自分でもにっこにこになっているのが分かる。
あ~、これレイトを煽っちゃってるわ~でもそれすら楽しい。
「ふん!!」
レイトはそう言ってあたしの横に座ってくる。
「せっかく人が楽しそうにしているんだから、邪魔しないでほしいな。狭いし。こっちの足は定員オーバーなんだから! あっち行け!」
右足の背もたれは一人用だ。左足に移って欲しい。
「ふん! 知るか! 誰かさんの下品が移ったんだ」
「それは今関係ないでしょ!?」
「あるね。だって一人の席に二人で座るのは下品だろ?」
「そういう意味じゃないって! そもそも下品はそっちが最初でしょ!? あたしは被害者なの、加害者があんたなの、分かる?」
「下品に加害者も被害者もねーよ。マーシャの下品がこっちに移ったってだけの話だ」
「は? もともと下品はそっちが先でしょ?」
「……そうかもしれねーが、それがマーシャに移り、そしてまた俺に移ったって話だ」
「はぁ?」
レイトの下品があたしに移って、
あたしの下品がレイトに移ったって?
「そんなこと言ったら、今度はあたしに下品が移るってこと? 気持ち悪いんだけど」
「……永遠に下品が移る……下品スパイラルってか?」
「……は? つまんないんだけど」
「おもしれーし!」
いや、ホントにつまんなかった。
しかも話題が下品だし、いいところなしだ。
「~♪~♪」
レイトはあたしの真横で、我関せずと言った態度で口笛を吹き出した。
「むっ」
レイトはあたしの隣に居座り続ける気のようだ。
折れないね……
自分から左足に移動するのは、なんか負けた気がするから絶対にしない。
あたしは最終手段に出る。
「うおっ!?」
暴力だ。
レイトの肩へ攻撃、レイトを吹き飛ばした。
あたしは12歳まで最高の環境で剣を学んでいた。剣しか学ばなかったけど、体術の基礎くらいは身についている。だから体格差のある相手を吹き飛ばすくらいどうにでもなったりする。
「ったく、不意打ちはずりーぞ」
そう言ってレイトは左足に座った。
あたしの体術には疑問を持たないらしい。