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5-2


「あと一人だ、我が側室よ」


 レイトは落ちていった。


 あれはどう見ても致命傷だった。

 あたしはレイトを殺したんだ。


 しかし感慨にふける時間はないらしい。


 命令はまだ半分。

 レイトを殺したことで衝動はガクッと落ちたが、またじわじわと増えていく。


 自分が案外冷静なのに驚く。

 婚約者を殺してもこの程度なのか。

 何か沸き上がりそうな感情を感じたが、その感情には蓋をした。


 ミアを探す。

 どうやらかなり遠くに逃げてしまったようだ。

 しかし気配を隠す気はないのか、この位置からでも場所は分かってしまった。


 なぜ?


 これだけの距離があったら、気配を消しておけば分からないはずだ。


 なのになんで?


 あたしは衝動に身をゆだねるしかない。

 夜の空を駆ける。


 でも本当になんでだろう?

 ミアはさっき《初撃の加護》を使ってしまった。初撃という言葉から分かるように、その加護は最初の一撃だけとんでもない一撃になるというものだ。でもあたしはそれをさっき受けた。


 ……いや、違うかも。

 剣で受けたから、もしかしたら《初撃の加護》の対象は剣で、あたしじゃないってことになるのかも?


 だとしたらあたしがミアを殺せるかは分からない。

 相討ちなら絶対に殺せるけど、自分が無傷でってなると難しいと思う。

 さっき分かったけど自分の身に危険が迫っているときは、“命令”は減衰する。だから最悪あたしは相討ちは選択しないってことができる。ミアを殺すようなことは絶対にしない。心に誓った。


 ミアは王都を囲む塀を超え、森の中へと消えた。

 それでも気配を消す気はないらしい。

 あたしはミアの気配を追う。

 フーガも上空からあたしたちに付いてきていた。



 10分以上走ったと思う。

 ようやくミアの動きが止まった。


 直後、あたしも追いついた。


 ここは――


「常春の森、その中心にそびえたつ最古の樹。やっと追いついたね、マーシャ」


 ミアとの冒険で行った場所だった。

 いやあのときは中心までは行かなかった。ふもとの辺りでうろついていただけだ。


 ここはその中心に位置する“春の世界樹”だ。

 真下から見上げる春の世界樹は、一面桜色で全貌が見えないほど大きい。


「光ってる?」


 今は夜。それなのに春の世界樹は当然のごとくその桜色を放っていた。


「うん、この桜は特別だから……」


 ミアがそう言った。

 遅れて空からフーガも降りてきた。そして語る。


「春の世界樹は桜という概念を持っている。魔力の次元よりも上、魂の次元で桜という存在が確定しているんだ。だからこそ概念に惹かれ魔力と物質はこの樹を桜にするんだ……つまり、この姿は最も桜らしい姿なんだ」


 フーガが珍しく知的な発言をして、あたしは内心驚いた。


「それで? お前は何がしたんだ? ミア・ヘルンダ?」


「え? なんでフーガが知ってるの?」


 あたしは反射的に聞く。


「知ってるさ。ヘルンダ王国の姫。《初撃の加護》を持ち、冒険者として世界各地を放浪している。ただこの前の暗殺、あれは迂闊すぎやしないか? あれじゃあ、気付く人には気付いてしまう。殺人犯が誰かってな……まあ賢い依頼主ぐらいしか分からんだろうがな」


 フーガは自分のことを“賢い”を称すが、今は反論する気が起きなかった。


「で? ミア・ヘルンダ、お前は何がしたいんだ? 我が国に戦争を吹っ掛けるつもりなのか?」


「え……違くて、戦争なんてそんな。私はただ……」


「ただ、なんだ?」


「ただ、マーシャを救いたかったんです!」


 そっか……あたしはミアにひどいことを言ったのに。ミアは優しい。


「ハッ」


 フーガは軽く嗤った。


「ただの自作自演じゃねーか!! 自分で王様殺して、そのせいでマーシャが苦しんで、それを助けるって……おまっ」


 ぶぶっとフーガは笑う。堪えられない笑いらしい。


「でも! あなただって一緒です! 自分のせいでマーシャのお父さんが死刑になったのに、それを対価にして側室になって貰うなんて!!」


「ククク、違いない」


 飄々と認めたフーガ。

 ミアは拍子抜けといった感じだ。


「その通り。一緒だ、一緒。俺とお前は同じ穴の狢。ククク、提案がある。俺の味方になれ。そうすれば見逃してやるよ」


「同じじゃないです! それに誰があなたみたいな人の味方になりますか!」


「でもいいのか? 俺の味方にならないのなら、今ここで殺すぞ? それもお前の大好きなマーシャの手でな!! お前が強いのは認めるが、マーシャには勝てんぞ?」


「ぐ……」


「賢明な判断がどちらかなんて、もう分かっているだろう?」


 そう言って、フーガは懐から輪っかを取り出した。


 それは――


「隷属の首輪!?」


 ミアが驚きの声を上げる。


「そうだ。俺は味方と言っても口先だけなんて信用しないからな」


「ぐ……そんなの、味方なんて呼びません! 奴隷になるくらいなら死んだ方が!」


「だが本当にいいのか?」


 冷たい夜風が吹いた。


「ククク、マーシャと一緒に2番目の側室にしてやってもいいんだぞ?」


「そんなのもっと嫌です!」


「じゃあ表向きは正妃ってことしにてやるよ」


「それは関係ないって!」


「本当にそうだと思うか? ヘルンダの姫と王になるこの俺が結婚するとはどういうことは、分かっていないのか? ヘルンダ王国は三つの大国に囲まれてさぞ大変そうではないか」


 ミアは「それはそうですけど……」と迷ったように言う。


「ミア! ダメだよ! そいつの口車に乗せられちゃダメ! 隷属の首輪をはめたら自由はなくなるんだから! 奴隷になったとしてもミアの国をこいつが助ける保証なんてないんだよ!」


 あたしは説得する。


「そう……ですよね」


「そうだって!!」


「ククク、ならば――マーシャをもって、お前を殺すことになるが?」


「ぐ……」


「大丈夫! ミアの《初撃の加護》があれば、あたしは殺せない」


「相討ち覚悟で殺せっていう命令を出せば問題ない」


 え?

 えええ?

 そんな命令の出し方できるの??


「マーシャ、分かっていないようだな。さっきお前の命が危なくなったとき命令が弱くなったのは、こっちでそういう設定にしたからにすぎん。無くすには惜しい駒だからな」


「駒って!!」


 ミアの怒声。


「ククク、まあ無くすには惜しいがそれでも相討ち覚悟ならお前を殺せるってことだ。それに比べれば、俺が2人同時に愛した方が互いに幸せだと思わないか? しかもヘルンダは救われる上、マーシャの父親まで救ってやろう? どうした? いいこと尽くめじゃないか」


「う……」


「ミア! 騙されちゃダメだって!」


 あたしは何とか説得を試みる。


「ホントダメだって。こいつは平気で嘘をつくんだから!」


「でもマーシャ、このままマーシャに殺されるくらいなら……私は」


「大丈夫! 相討ちで殺すなんてただのはったりだって!」


「ククク、そうか、はったりだと思うか」


 フーガはそれは愉快そうに嗤った。


「じゃあ、こういうのはどうだ? 【死ぬ気でミア・ヘルンダを殺せ】」


 !?


「っんああああああ!!!!!!」


 今までとは比べ物にならない衝動が全身を貫く。

 体中から衝動を感じる。

 ヤバい。

 ヤバいヤバいヤバい。


 文字通り死ぬ気の衝動。


 あたしは超高速で駆けていた。

 ほんの一瞬でミアの目の前に移動してしまう。


 そして流れるような動作で手刀を繰り出す。

 ミアはなぜか動かない。

 目と目が合う。

 しかしあたしは止まれない。

 右手の手刀がミアの首へと走る。


――【止まれ】


「ぐっ!!」


 あたしは止めさせられた。

 しかし、手刀がミアの首に当たっている。


 つうっと一筋の血がミアの首から流れ出ていた。

 皮一枚だけだ。

 致命傷には程遠い。

 しかし脅しとしては十分すぎた。


 あたしはもう蚊帳の外のような気分で、客観的にそう思ったのだった。


「ククク、どうだ? これで決心がついたか?」


 フーガは本当に楽しそうだ。


「……」


 ミアは押し黙る。


 命令が解除されたようだ。すぐにミアから離れるあたし。もうなんと声を掛ければいいのか分からなかった。


「……」


 沈黙が場を支配する。


 静寂を打ち破ったのはミアだった。

 ミアは小さくコクリと頷いて、


「……あなたの奴隷になります」


 そう言った。


 あたしは何も言えなかった。

 だってあたしにもそれが正しい結論だって思えてしまったから。


「【首輪をミア・ヘルンダに付けろ】」


 フーガの命令によってあたしは動く。

 首輪を受け取りミアの前へ。


 目が合ったが、ミアは目を逸らした。

 なぜか気まずい。

 あたしも命令による束縛がなければ目を逸らしてたと思うし。


「【早く!】」


 フーガの命令が強くなる。

 あたしは首輪をミアに取り付けた。


「んっ」


 ミアが小さく声を上げた。

 隷属の首輪に支配されたのだろう。


「【奴隷の譲渡をしろ】」


 どうやってやるの? って思ったけど、直後それは直感的に理解できた。

 魂の次元の話ゆえに、魂が譲渡を思えば良い。それだけだ。

 あたしは頭に浮かぶ奴隷ミアを頭の中でフーガに渡した。


「ククク……フハハハハハハ!!!!!! すごいぞ! すごいぞ! 加護持ちが二人も手に入った!! 俺の時代だ!! フハハハハハハ!!!!!! 俺がこの世界の王になるんだ!!!!!! フハハハハハハ!!!!!!」


 フーガの高笑いが夜桜を揺らす。


 あたしとミアはただそれを見ていることしかできなかった。




 しばし待て。

 もうすぐ飛空艇が来る。


 そうフーガに言われ待つこと30分ほど。

 その時間は誰も何も話さなかった。


 たった一言、フーガが「安心しろ、悪いようにはしない」と思いついたように突然言ったのを除いて。


 待っていた間、あたしとミアは横並びで座って待っていた。春の世界樹の下、雪のように降り舞う桜の花びらの中、手を繋ぎただ座っていた。


 その間いろいろなことを思っていた。

 まずは未来への漠然とした不安。でもミアには悪いけど、ミアが同じ次元に落ちてくれたことであたしの未来は少し明るくなった気がする。

 次にレイトのこと。あたしが殺してしまったレイト。命令されてやったことだからあたしは悪くないし、そもそもレイトが突撃してきたのが一因でもあるんだし……でも殺したくはなかった。

 三つめはお父さんのこと。この後、助かったらお父さんは喜んでくれるのかな? でもこの首輪は見られたくない。


 他にも考えていたけど、全部は思い出せないし、あたしの頭は全く整理されていなかった。


 ただそれとはまったく別に、あたしは体の中で真っ黒いものが渦巻いていくのを感じていた。


 これは何なんだろう?

 何かヤバイもののような気がする。


 あたしはなるべく考えないように、意識しないようにしていた。


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