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4-3


 カチャリ。

 それは私の首の大きさにぴったりで、窮屈さは感じない。


 ピカッ


 首輪が光り輝いた。


「んっ」


 首輪から何かが伸びて、あたしにまとわりつく。

 ツタが家の壁を伝っていくように。

 それは物理的なものではないみたいだ。魔力的なラインがあたしの体を這い、食い込む。


「んんっ……はぁっ」


 魔力ラインはどんどん深いところへ入り込んでいく。


 ダメッ! それ以上、深いところに入ったら!!


「あ、んっっ!!」


 到達した。

 そう感じた瞬間、魔力の光はなくなった。


「はぁ……はぁ……」


 あたしは呼吸を整える。

 フーガは「ハハハ」とあざ笑った。


「しかし伯爵の地位よりも奴隷を選ぶとは物好きもいたもんだ」


「だってお父さんがっ」


「そうだな、お前が奴隷にならなかったら死んでたもんな、当然だよな……だが、別にこのまま死刑にすることもできるんだぞ」


 ……え?


「お前は奴隷! 何も言っても無駄だ!」


「どういう……それに、奴隷奴隷って! 側室でしょ!」


「確かに法律上はそうだが、実質的には王の性奴隷と変わらん。そんなことも知らずに側室になったのか?」


「う……で、でもっ、お父さんが助かるならっ」


「そうだな、それはこれからのお前の活躍次第だな。ちゃんと今夜俺を楽しませてくれたら、助けてやってもいい」


「そんなっ! 側室になったらお父さんが助かるって約束じゃなかったの!?」


 フーガは冷たい視線でただじっと見てくる。


 何を言っても無駄だ。すべてはこいつの気分次第ということが分かってしまった。


「……頑張る、よ」


 あたしは翻してそう答えたのだった。


 実際今のあたしには何もできない。隷属の首輪をつけてしまったのだから……


 隷属の首輪をつけてしまうと、その主人を傷つけることができなくなる上、命令されたことに背くと死ぬ。

 まあ実際のところ命令に背いて死ぬのは難しいらしい。人は走り続けたら死ぬけど、じゃあ死ぬまで走り続けられますか? っていうと無理なのと同じ。死に近づくにつれ生存本能が顔を出してくる。


 隷属の首輪はアーティファクトと呼ばれるもので、純粋に魔法的なものではなく、霊的・概念的なものだ。加護と同じ根源的なレベルでの事象であり、超能力の類である。

 ヒエラルキー的には、魂>魔力>物質の順で下位のヒエラルキーが上のものに影響を与えるのはほとんど不可能だと言われている。つまり魂の次元にある隷属の首輪に対抗する手段はないのだ。


「何だ、早く来い」


 フーガは奥に置かれた巨大なベッドに腰掛けて、そこから声をかけてきた。


「くくく……【早く来い】」


 !?


 何かが首輪から流れ出てきた。それは命令という概念。体の表面を這うようにして伝わり、あたしは逆らえない衝動を感じた。


【早く来い】


 気付いた時には、足は出ていた。


 あっ、パンツ!

 短すぎるスカートのせいで、しましまパンツが見られた!


 でもあたしは命令を遂行する奴隷。

 感情を無視し、命令という衝動に身をゆだねている。


 あたしはフーガのすぐ目の前まで来ていた。


「ひどい。隷属の首輪の力を使うなんて!」


「側室は奴隷だからな。当然だ」


 フーガはクククと嗤う。


「何よ!」


「いや……【スカートをたくし上げて、パンツを見せろ】」


 ふざけっ――


「ッ!?」


 命令が衝動となって、全身の表面を這う。


 んっ!!


 衝動に縛られる。

 あたしは耐えようとするが、体中から痛いほどの衝動が伝わってくる。


 短すぎるスカートを持ちあげた。


「最低」


 最大限睨んで言った。

 でも顔は真っ赤だから、多分効果はない。


 あたしはすぐにスカートを下げた。


「かわいいな」


「そんなこと言われても、気持ち悪いだけ!」


「本当にかわいいな」


 そう言ってフーガは手を伸ばしてくる。


 あたしはそれを振り払おうとするが――


【主人に攻撃してはならない】


 首輪に組み込まれた命令があたしを縛る。

 命令は体中を這い、左腕に集中する。そして腕を減速させた。


 フーガの手にやわらかく左手の甲が当たった。


「何だ? そんなに俺と握手したかったのか?」


「嫌っ、違っ!」


 左手が捕まれた。

 しかし振りほどくことができない。


 手を引かれても、なすすべはない。


 あたしはベッドへ倒れこむしかなかった。


 フーガの体に密着する。真下から感じる体の感触は硬い。男を意識させられる。


 むにゅっ!


「ちょっと!?」


 むにゅむにゅっむにゅっ!!


「ちょっと! んんっ、ホントにやめて!」


 胸を揉まれる。


 早く逃げたいけど……

 左手は繋がれてるし右胸はシャツの上から揉まれていて、動くに動けない。


「はぁ……んっ、あああ、やめっ……ホントに!」


 体が熱い。

 顔も熱い。


 熱い。


「あ、これ以上……あたしっ」


 突然、フーガの手は止まった。


「……え?」


「やめてやったぞ」


 我に返ってみると、胸も手も解放されている。

 それなのにフーガの上に抱き着くようにしているあたし。


 すぐに距離を取った。

 恥ずかしい。


「しかしこれから何をやるのかは分かっているんだろう? 何をやるというか、ヤルんだがな」


 下品すぎる……

 嫌いだ。

 でも熱は冷めない。


「今度はそっちからアプローチしろ」


「何、アプローチって?」


「具体的に言えばキスだ」


「き、キスぅ!?」


 それをあたしからやれって?

 無理無理無理!

 無理に決まってる。

 好きな人ならいざ知らず、こんな嫌いな男に自分からキスなんてできるはずがない。


「何だ、できないのか? まあやらんというのなら、それでもいい。しかしお前の父の死刑は明日だ。分かるだろ? これが最後のチャンスだって」


「う……」


「キスをするか、父を殺すか。単純な二択なはずだ」


 そうだ。

 お父さんのためなんだ。


 あたしは意を決する。


 フーガはベッドに腰掛けている。

 あたしはその横まで歩き、隣に座った。


 フーガはこっちを見ずに前を見ている。


 ど、どうすれば?


 立って前からキスする?

 それって抱き着く感じにならない?

 無理!

 どうしよう?

 声をかけるしかないかな。

 でもなんと声を掛ければ……


 いざ自分から話しかけようとすると無茶苦茶緊張する。

 しかもそれがキスをせがむためのセリフだなんて……


 無理。

 あたしには無理だぁ……


 でもお父さんを助けるためにも、頑張るしかない。


「あの……こっち向いて?」


「誰に言っているんだ?」


 フーガは前を見たままそう返してくる。


 いじわる。

 でも文句を言っても意味がないことはもうあたしは理解してしまっていた。


 頑張るしかない。

 意を決す。


「こっち向いて? フーガぁ……」


「ああ、なんだ? 向いてやったぞ」


 フーガはこっちを向く。一気に顔が近づく。


 あたしは反射的に顔をそむけてしまった。

 無理無理無理!

 やっぱ無理だ。


 直後、押し倒された。

 真上にはフーガの顔が。


「かわいすぎんだろ」


 小さな呟きだったけどはっきりと聞こえた。

 耳まで赤くなるのを自覚する。


「な、なによ。あたしからなんじゃなかったの?」


 あたしは顔を背けて言った。


「やめた」


 フーガの手があたしの顔に伸びる。

 強制的にあたしはフーガと見つめ合った。


 フーガの顔が近づいてくる。


 キスされちゃ――



――直後、爆音が響いた。

 薄暗かった部屋が一気に明るくなった。


 何が!?


 あたしの唇には何の感触もなかった。


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