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3-3


 ダレイオスさんに連れられて、地下牢から戦うことなく戻ってきた。


「でも良かったです。マーシャがハーフ天使ってことは驚いたけど、罪を重ねなくて……でも大丈夫? 最奥へ行くとき兵士を倒してたけど」


「う~ん、今のところ大丈夫みたい」


 ちゃんと兵士さんのことも考えて、なるべく優しく意識を刈り取ったしね。

 罪にはなっていないようだ。

 でも未だ自分自身、自分が天使と人間の子供なんて信じられない。


 ダレイオスさんは別れ際、『君の加護が強すぎるのは、多分ハーフ天使だからだと思います。参考までに』と言っていた。


 加護が強すぎるなんて史上あたしが初めてみたいだし、やっぱりあたしはハーフ天使。お父さんのお話は正しいのだろう。


 王宮を歩いていると、びゅううと不意に強風が吹いた。

 でも世界最高峰の実力を持つあたしたちのスカートは舞わない。


 風の吹いた先からは、薄緑色の髪の男が現れた。


「ちっ、誰の了見でパンツ隠してるんだ?」


 第一王子のフーガ・アシュガルドだ。


 無視しよう。

 あたしはレイト以上にこいつのことが嫌いなのだ。下品だし。


「ミア、行くよ」


「う、うん」


「ちょっと待てよ!」


 あたしは無視して歩く。


「ちょっと待てって!!」


「何?」


 あまりにもうるさいので、立ち止まり振り返る。


「いい情報を教えてやろう」


「何?」


「喜べ、お前の父の死刑が決定した! 俺たちの時代の幕開けだぞ!」


 ……。

 お父さんの死刑……


 大丈夫なはずだ。

 大丈夫だから、こうして戻って来たんじゃないの?


 何が起きているのか、よく分からない。


 なぜか真っ暗闇の中に放り込まれたような気持ちになった。


 でもなんでそんな気持ちになるのか分からない。


 その問題はさっき解決したばかりなんじゃないの?


 あたしには何も分からなかった。


「俺は王に、お前は伯爵になるんだ! 俺たちが新世代の一番手だ! 喜べっ!」


「マーシャ、行こ」


 ミアに促されるまま、あたしは王宮を出た。




「マーシャ、大丈夫?」


 王宮前の広場のベンチまで連れられると、ミアに促されるままベンチに座った。


 ぼんやりと景色は変わってしまった、と思う。

 ゴーレム暴走によって破壊された広場は、ほとんど直っていない。


 しかし、ゴーレムはどこにもいない。その残骸もない。


「ねぇ、ミア。あたし、お父さんを助けたい」


 ミアの返答はない。

 何と言えばいいか言葉が見つからず、困っているのだろう。


 あたしはそれを分かった上で続ける。


「あたし、お母さんいないじゃん? お父さんまでいなくなったら、天涯孤独になっちゃう。レイトとは婚約破棄したし、本当にひとりぼっち……嫌なんだ、そんなの」


「うん」


「だから、助けるの」


 日が隠れ、辺りが暗くなる。見上げるとウサギ型の雲が太陽を隠していた。

 その雲は時間が経てば流れていくのだろう、と思う。


 ミアは「えっと」と言った後、少ししてから、


「犯罪をする?」


 と聞く。


「しないよ」


 この返答にミアはほっと息を吐いた。


「でもじゃあ、どうするの?」


「黒幕を見つける」


「え……」


「ゴーレムを暴走させ、王を殺した犯人を見つける」


「それは……」


「何? 無理だと言いたいの? でもお父さんのことがなくたって、このまま黒幕をのさばらせたままでいいはずがない!」


 そう。

 犯罪者がのうのうと生きていていいはずがない。

 お父さんを助けたいのが最大の目的だけど、それ以外にも理由はある。


「……」


 ミアは黙っている。

 なんで何も言わないの?


「ミア、どうしたの?」


「えーと……なんて言おう? えっと、犯人捜しをするんですか?」


「そう、黒幕を捜すってさっきから言ってるじゃん」


「私と?」


「え、そのつもりだったけど……」


 え、一緒にしてくれないの?

 最高の友達のミアなら絶対一緒に捜してくれると思ってたけど、よくよく考えたらミアにだって予定とかあるもんね……


「えっと、ゴーレムを暴走させ、王を殺した黒幕を捜す?」


「そう」


「マーシャ、そんなに顔を青くしないで……」


 今の自分はそんなに顔色が悪いかな。

 テンションが低いのは認めるけど。


「私、マーシャのことは大好きだし、本当に悪いと思ってます……でも、きっと私が協力できるのは半分だけ」


「え? 半分?」


「うん」


 ミアは口角だけ上げた作り笑顔で、頷いた。


 ミアに案内され、少し歩く。

 広場の端。

 王宮に近い側のそこには、巨大なクレーターがあった。


「これもゴーレムがやったの?」


 直径20メートルはありそうなそのクレーターは、中央部分はかなり深くへこんでいる。


「でもお父さんのゴーレムでも、こんなの無理だと思う……」


「これはゴーレムじゃないから」


 え?

 ミアの口調は淡々としていた。

 冗談を言った風には聞こえなかった。


「とある暗殺者がやったんです」


「暗殺者?」


「暗殺者は、王がこの下を通ったタイミングで上から叩き潰したんです……ゴーレムの暴走の際、王は地下道を使って逃げました。万一に備えて、中央広場には逃走用の地下通路があったんです。その通路はこのクレーターの真下を通っていました」


 口が渇く。

 ……まさか。

 ミアの反応で何回か違和感を抱いたことがあった。その理由が分かってしまった。


 しかしこれを口に出したら多分、終わってしまう。


 あたしはただ何もできずにミアの語りを聞き続けた。


「その暗殺者は暗殺ギルドに所属しています。暗殺ギルドでは依頼主と暗殺者が互いに分かりません。その暗殺者は依頼を受け、依頼主の指示通りに任務を遂行しただけです。しかし殺人は殺人です」


 ミアの顔をチラリとみると、本当に悲しそうな表情だった。あたしは見てはいけないものを見た気になって、再び俯く。


「その暗殺者は小国の姫として生まれました。その小国は大国に挟まれいつ滅亡してもおかしくないような、ギリギリでなんとか生きている国でした。彼女は国を救いたかった。幸い、彼女は加護という強力な力を持っていました。彼女はそれを活かそうと考え、冒険者になりました。そしてたくさんのお金を稼ぎます。

 しかしそれは小国とはいえ一つの国というスケールから見れば微々たるものでした。それでも彼女はめげず、冒険者稼業を行いながら、もっと稼げる方法を模索し続けました。そして辿り着いてしまった、暗殺者ギルドというものに」


 ミアの声色すらとても悲しそうで、あたしは聞いていられなかった。


「……もう、いい!! もう言わないで!! 聞きたくない!!」


「マーシャ、私もつらいです。けど……」


「消えて!! 二度とあたしの前に現れないで!!」


 あたしは声を荒げていた。




 気付けば自室のベッドの中にいた。

 なんか最近似たようなことがあったっけ?

 ああ、そうだ。婚約破棄されたときも同じ感じだった。けど、ぜんぜん違う。こんなに痛くはなかった。頭が割れそうなほど痛い。


「考えたくない」


 あたしはもう無理だ。

 死んだ方が良いかもしれない。


 レイトのこと。

 お父さんのこと。

 ミアのこと。


 そして――


『消えて!! 二度とあたしの前に現れないで!!』


 自分のセリフ。


 頭が割れそうになる。


 生きてると考えてしまうのなら、死んでしまうべきなんだろう。


 あたしは暗闇の中、光明を見た気がした。


 床に落ちた剣を拾い、左手の甲に突き刺してみる。


 激痛とともに、血が流れ出る。


 ダメだ。

 あたしはこういう痛みには慣れている。昔にどれだけやったことか。


「でも少しはラクになったかも」


 その光明が幻覚だったとしても、今は縋りたかった。


 溺れる者は藁をもつかむ、とはこういう心理状態なのかもしれない。

 そんな風に、自分の中の冷静な部分はどうでもいいことしか考えていない。


 あたしはふらふらとした足取りでキッチンへ向かった。


 ここらへんにワインがあったような……


 あったこれだ。


 左手からはまだ血が流れていたが、あまり気にならない。


 真っ赤なワインを手に取り、グラスへそそぐ。


 ワインは18歳以上じゃないとダメ?

 あたしは16歳だからダメ?


 知るか。


 あたしは考えたくないんだ。


 グラスに注がれた真っ赤な液体を、一気に飲み干すのだ。


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