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ダレイオスさんに連れられて、地下牢から戦うことなく戻ってきた。
「でも良かったです。マーシャがハーフ天使ってことは驚いたけど、罪を重ねなくて……でも大丈夫? 最奥へ行くとき兵士を倒してたけど」
「う~ん、今のところ大丈夫みたい」
ちゃんと兵士さんのことも考えて、なるべく優しく意識を刈り取ったしね。
罪にはなっていないようだ。
でも未だ自分自身、自分が天使と人間の子供なんて信じられない。
ダレイオスさんは別れ際、『君の加護が強すぎるのは、多分ハーフ天使だからだと思います。参考までに』と言っていた。
加護が強すぎるなんて史上あたしが初めてみたいだし、やっぱりあたしはハーフ天使。お父さんのお話は正しいのだろう。
王宮を歩いていると、びゅううと不意に強風が吹いた。
でも世界最高峰の実力を持つあたしたちのスカートは舞わない。
風の吹いた先からは、薄緑色の髪の男が現れた。
「ちっ、誰の了見でパンツ隠してるんだ?」
第一王子のフーガ・アシュガルドだ。
無視しよう。
あたしはレイト以上にこいつのことが嫌いなのだ。下品だし。
「ミア、行くよ」
「う、うん」
「ちょっと待てよ!」
あたしは無視して歩く。
「ちょっと待てって!!」
「何?」
あまりにもうるさいので、立ち止まり振り返る。
「いい情報を教えてやろう」
「何?」
「喜べ、お前の父の死刑が決定した! 俺たちの時代の幕開けだぞ!」
……。
お父さんの死刑……
大丈夫なはずだ。
大丈夫だから、こうして戻って来たんじゃないの?
何が起きているのか、よく分からない。
なぜか真っ暗闇の中に放り込まれたような気持ちになった。
でもなんでそんな気持ちになるのか分からない。
その問題はさっき解決したばかりなんじゃないの?
あたしには何も分からなかった。
「俺は王に、お前は伯爵になるんだ! 俺たちが新世代の一番手だ! 喜べっ!」
「マーシャ、行こ」
ミアに促されるまま、あたしは王宮を出た。
「マーシャ、大丈夫?」
王宮前の広場のベンチまで連れられると、ミアに促されるままベンチに座った。
ぼんやりと景色は変わってしまった、と思う。
ゴーレム暴走によって破壊された広場は、ほとんど直っていない。
しかし、ゴーレムはどこにもいない。その残骸もない。
「ねぇ、ミア。あたし、お父さんを助けたい」
ミアの返答はない。
何と言えばいいか言葉が見つからず、困っているのだろう。
あたしはそれを分かった上で続ける。
「あたし、お母さんいないじゃん? お父さんまでいなくなったら、天涯孤独になっちゃう。レイトとは婚約破棄したし、本当にひとりぼっち……嫌なんだ、そんなの」
「うん」
「だから、助けるの」
日が隠れ、辺りが暗くなる。見上げるとウサギ型の雲が太陽を隠していた。
その雲は時間が経てば流れていくのだろう、と思う。
ミアは「えっと」と言った後、少ししてから、
「犯罪をする?」
と聞く。
「しないよ」
この返答にミアはほっと息を吐いた。
「でもじゃあ、どうするの?」
「黒幕を見つける」
「え……」
「ゴーレムを暴走させ、王を殺した犯人を見つける」
「それは……」
「何? 無理だと言いたいの? でもお父さんのことがなくたって、このまま黒幕をのさばらせたままでいいはずがない!」
そう。
犯罪者がのうのうと生きていていいはずがない。
お父さんを助けたいのが最大の目的だけど、それ以外にも理由はある。
「……」
ミアは黙っている。
なんで何も言わないの?
「ミア、どうしたの?」
「えーと……なんて言おう? えっと、犯人捜しをするんですか?」
「そう、黒幕を捜すってさっきから言ってるじゃん」
「私と?」
「え、そのつもりだったけど……」
え、一緒にしてくれないの?
最高の友達のミアなら絶対一緒に捜してくれると思ってたけど、よくよく考えたらミアにだって予定とかあるもんね……
「えっと、ゴーレムを暴走させ、王を殺した黒幕を捜す?」
「そう」
「マーシャ、そんなに顔を青くしないで……」
今の自分はそんなに顔色が悪いかな。
テンションが低いのは認めるけど。
「私、マーシャのことは大好きだし、本当に悪いと思ってます……でも、きっと私が協力できるのは半分だけ」
「え? 半分?」
「うん」
ミアは口角だけ上げた作り笑顔で、頷いた。
ミアに案内され、少し歩く。
広場の端。
王宮に近い側のそこには、巨大なクレーターがあった。
「これもゴーレムがやったの?」
直径20メートルはありそうなそのクレーターは、中央部分はかなり深くへこんでいる。
「でもお父さんのゴーレムでも、こんなの無理だと思う……」
「これはゴーレムじゃないから」
え?
ミアの口調は淡々としていた。
冗談を言った風には聞こえなかった。
「とある暗殺者がやったんです」
「暗殺者?」
「暗殺者は、王がこの下を通ったタイミングで上から叩き潰したんです……ゴーレムの暴走の際、王は地下道を使って逃げました。万一に備えて、中央広場には逃走用の地下通路があったんです。その通路はこのクレーターの真下を通っていました」
口が渇く。
……まさか。
ミアの反応で何回か違和感を抱いたことがあった。その理由が分かってしまった。
しかしこれを口に出したら多分、終わってしまう。
あたしはただ何もできずにミアの語りを聞き続けた。
「その暗殺者は暗殺ギルドに所属しています。暗殺ギルドでは依頼主と暗殺者が互いに分かりません。その暗殺者は依頼を受け、依頼主の指示通りに任務を遂行しただけです。しかし殺人は殺人です」
ミアの顔をチラリとみると、本当に悲しそうな表情だった。あたしは見てはいけないものを見た気になって、再び俯く。
「その暗殺者は小国の姫として生まれました。その小国は大国に挟まれいつ滅亡してもおかしくないような、ギリギリでなんとか生きている国でした。彼女は国を救いたかった。幸い、彼女は加護という強力な力を持っていました。彼女はそれを活かそうと考え、冒険者になりました。そしてたくさんのお金を稼ぎます。
しかしそれは小国とはいえ一つの国というスケールから見れば微々たるものでした。それでも彼女はめげず、冒険者稼業を行いながら、もっと稼げる方法を模索し続けました。そして辿り着いてしまった、暗殺者ギルドというものに」
ミアの声色すらとても悲しそうで、あたしは聞いていられなかった。
「……もう、いい!! もう言わないで!! 聞きたくない!!」
「マーシャ、私もつらいです。けど……」
「消えて!! 二度とあたしの前に現れないで!!」
あたしは声を荒げていた。
気付けば自室のベッドの中にいた。
なんか最近似たようなことがあったっけ?
ああ、そうだ。婚約破棄されたときも同じ感じだった。けど、ぜんぜん違う。こんなに痛くはなかった。頭が割れそうなほど痛い。
「考えたくない」
あたしはもう無理だ。
死んだ方が良いかもしれない。
レイトのこと。
お父さんのこと。
ミアのこと。
そして――
『消えて!! 二度とあたしの前に現れないで!!』
自分のセリフ。
頭が割れそうになる。
生きてると考えてしまうのなら、死んでしまうべきなんだろう。
あたしは暗闇の中、光明を見た気がした。
床に落ちた剣を拾い、左手の甲に突き刺してみる。
激痛とともに、血が流れ出る。
ダメだ。
あたしはこういう痛みには慣れている。昔にどれだけやったことか。
「でも少しはラクになったかも」
その光明が幻覚だったとしても、今は縋りたかった。
溺れる者は藁をもつかむ、とはこういう心理状態なのかもしれない。
そんな風に、自分の中の冷静な部分はどうでもいいことしか考えていない。
あたしはふらふらとした足取りでキッチンへ向かった。
ここらへんにワインがあったような……
あったこれだ。
左手からはまだ血が流れていたが、あまり気にならない。
真っ赤なワインを手に取り、グラスへそそぐ。
ワインは18歳以上じゃないとダメ?
あたしは16歳だからダメ?
知るか。
あたしは考えたくないんだ。
グラスに注がれた真っ赤な液体を、一気に飲み干すのだ。