閑話2
新年あけましておめでとうございます。
新年初夢スペシャルでお送りしております。いつもよりノリで書いているので輪をかけて読みにくいかもしれません(汗)
密林の大河が時空の彼方へ流れ去り、フードデリバリーサービスが次元の狭間へ撤退し、日本の物流は大混乱を来たす…ことはなかった。なぜなら日本には新宿西口の家電量販店を超えたナニカがあり、蕎麦の笊をシェイクやスムージーにすることなく配達する出前のあんちゃん達がいるからだ。深刻な労働力不足に続いて深刻な不景気が到来しかけている日本において、転移前は労働力不足への対策から、転移後は人件費削減のために、労働の効率化は急務となっており、また新たな市場の開拓の為に、ソバ屋の出前に限らず電子書籍などでも企業の枠組みを越え業種を統合したそうしたサービスや各種アプリなど、転移前の日本が米国を中心とするグローバル企業に対して遅れを取っていたそうした分野は急激に発展を見せていた。各種権利関係が地球に置き去りになり、また生活水準維持と地球技術・文化の継承のために日本政府がそれらのデッドコピーをむしろ積極的に後押しすらした背景もあった。
ちなみに電子マネーの普及拡大は順当な範囲にとどまっている。QRコード決済などなくとも、都市圏の住人は非接触型ICカードと、その技術を用いた携帯端末をいちいち操作しなくとも使用できる電子決済を、首都圏ならば確実に10年は昔から使ってきているからだ。それが普及していない地域は未だ現金信仰が強い。現金の冗長性の高さと日本円に対する信頼もその背景である。今後は電子マネーを知らない異世界からの訪日外国人も増えると予想されることから、災害大国日本にあって当分現金は消えそうにない。現在政府と民間企業連合において煩雑化した各種電子マネーの統合に向けた話し合いが行われており、転移による経済の大混乱に直面した民間企業の経営を効率化したいという思惑もあって予想以上の伸展を見せている。
そんな今日も、東京湾に輸送船が入ってゆく。大洋(地球における太平洋に相当)上も概ね情勢が固まってきたこともあり、オージアによる護送船団無料サービスは期限を終了しており、既に大洋の日本に近い側の治安維持は日本の責任において行われている。幸いにして目立った脅威足りえるのは、それほど敵対的ではないハラーマ帝国と友好的なイーリス王国以外は日本の排他的経済水域周辺においてはないのが救いであったが、時々あらぬところから小型の漁船が排他的経済水域に流れ着いたりもするため、海自と海保は大わらわであった。
しかし、この日はオージア海軍艦隊もやって来た。しかも複数の戦艦を含む艦隊である。それらが旧在日米海軍横須賀基地、現海上自衛隊横須賀基地に停泊している。
数日後、海自と王立海軍による初の共同訓練が行われる予定である。まだ軍事同盟という話は出ていないが、オージアとしては自らよりも先進的な海軍の在り方を学ぶ機会、官民問わず行われている技術導入の一巻であり、また日本としても戦艦などを含む昔の艦艇、つまりこの世界における仮想敵との戦闘を想定した貴重な情報となるからである。
言語の問題についてだが、オージアはイーリス王国の翻訳魔法の存在を知るや、大規模なインフラ整備を対価として直ちに技術導入のための使節団を大々的に派遣、既に複数人の魔法使いが十全に使用可能なレベルで習得していた。今回の合同訓練にもイーリス王国に派遣されているそれらの魔法使いのうちの二人を日本に呼び寄せていた。ちなみにイーリス王国と日本は距離が近いほか、オージアによる簡易飛行場整備も終わっていることから、行き来は日本オージア間よりも簡単である。また日本もイーリス王国への技術支援を対価として魔法についての研究の支援を受けようという動きがあったが、国内の経済的混乱によって思うように進んでいなかった。しかしオージアによって科学技術を基幹とするインフラが整備されればその後の進出が楽になることから、敢えてオージアの動きは黙認された。
ちなみに日本の異世界への技術支援を最も受けている、いや「買っている」のはそのオージアである。石油食料資源の輸出で支援分を抜きにしても大量の日本円を得たオージアは、せっかく得た日本円の価値が下がる前に(史上最悪クラスの貿易赤字であり、またデフレ対策もあり日本政府が円の大増刷(インフレ政策)に踏み切る可能性がある)と日本の技術を手あたり次第買い漁っていた。中国人も目ではない、国レベルでの爆買いであった。オージア本国では高速鉄道を含む鉄道網の敷設や、飛行場の整備計画などが進んでいる。
通常、こういったことになると地元(この場合はオージア)の企業の市場や雇用が奪われ、進出してくる国(この場合は日本)への恨みが募り、経済侵略と見做されるようになる。しかしオージアはそのままでは開発しきれないほど広大な植民地を持っており、現在オージア企業は植民地の開発ラッシュに沸いているため、国策として技術導入を後押ししていることもあって、然程大きな問題にはならなかった。
ある蒸気機関車狂いの日本人技師が極めて先進的な蒸気機関車の機構をオージアにもたらし、オージア国鉄はその機構を取り入れた既存の蒸気機関車の改良型を新型主力機関車として電車を差し置いて大量生産することを即決し、さらに採掘量の関係で入手の容易な石炭に注目が集まっていることから日本でもこの先進蒸気機関車が注目され、すわロマンの復活かと日本全国の鉄オタが俄かに活気づいているのは別の話である。この件についてJR各社は具体的なコメントを差し控えている。
それはともかく、初の合同訓練のために横須賀にやって来たオージア艦隊を出迎え視察するため、先日信任状捧呈式を終え正式に着任したナギ大使が横須賀を訪れた。
オリハルコン級(大型)駆逐艦からリサ女王級戦艦まで艦隊全艦の視察を終えた大使は、元々自身がオージア海軍創成期のフリゲート乗りの海兵であったこともあり、水兵達と話し込んで盛り上がった挙句オージア国務省外交局の付けた護衛という名のお目付け役を暗示と薬品併用の幻術で多角的に煙に巻き、上陸の許可が出た艦隊の水兵達を多義的に担ぎ上げ、残る全ての仕事を無かったことにして横須賀の町へと繰り出した。
「しかしあんなものまで使って勝手に抜け出してよかったんですか?」
「いやもういい時間じゃないか、そのことに気が付いたら猛烈に、腹が、減った。…んだよ」
「なんですかその声?」
「誰かの真似ですか?」
「この国で人気の、おっさんが一人で飯を食べるテレビドラマさ。そのおっさんの真似だよ」
「なんですそれ?なんでそんなのが人気なんです?」
「観ればわかるさ。そういうのもあるんだ」
そのドラマがシーズン10にまで突入した長寿番組であることを聞き、水兵達は驚く。
その後も下戸な独身貴族のグルメ番組を水兵達に一通り布教した後、酒場に沈んだ水兵達と別れたナギ大使は、どぶ板通りにある、とあるハンバーガー店にて、黙々と目当てのものを食していた。
「第七艦隊バーガー」。よこすか海軍カレーと並ぶ横須賀名物、ヨコスカネイビーバーガーの一種である。
残念なことに既にアメリカ海軍第七艦隊は横須賀におらず、スターウォーズ計画をぶち上げ冷戦を終わらせた偉大なる合衆国大統領の名を冠した原子力空母ももういない。後釜に来る原子力空母もいない中、件の原子力空母の名を冠したバーガーなど、量の多いメニューは転移に伴う食料品の不足もしくは価格高騰もあって、大幅な値上げや、出すのをやめている店も増えつつあった。そんな中「つぶやいたー」で早くも話題になりつつあったオージア大使が脱走騒動をやらかして食べに来た結果、話題性から再び人気が出たため、値上げを伴いつつもメニューが維持された。なお、大使が「第七艦隊バーガー」を一人で平らげたことを「つぶやいたー」に投稿した結果、外務省をはじめ大使の接待に関わる人々が戦慄し大使館に確認の電話が相次ぎ、辟易した大使館職員によって大使の仕事量が増やされ監視が強化されたことは別の話である。
さて、第七艦隊の原子力空母の後釜に来る空母はいないが、代わりに今後しばらくの海上自衛隊のフラグシップとなる海自史上最大の艦、「28000トン型多機能輸送艦」の予算が既に計上されている。一番艦は補正予算にて「多用途防衛母艦」からの設計変更のための予算が既に通り「03LHD」と呼ばれ始めており、この冬公開された令和4年度予算の概要に二番艦となる「04LHD」の取得のための予算が掲載された。マニアの間では艦名予想が始まっており、概ねこれまでの輸送艦の命名規則に従う「半島名」派と、ひゅうが型以降の全通甲板化した(要するに所謂空母型の)ヘリコプター搭載護衛艦と同様の「旧国名」派に割れている。
「第七艦隊バーガー」を平然と平らげ結局自ら出頭するまで監視役に捕まらなかったナギ大使は、オイルマネーで買わせた川松重工製の民間用小型ヘリコプターに放り込まれ大使館へ強制送還された翌日、信頼性の高い若手ライターの書いたネット記事や「つぶやいたー」の界隈のつぶやきも参考にしながら、この予算概要の分析にかかっていた。
(ふむ、なんだ、やっぱり航空機も全然余裕で造れるんじゃないか。やはり隙らしい隙は拳銃と機関銃くらいだね。民間市場が狭いから銃全般経験は少ないようだけど、少なくともライフルはかなりのものを作っていることは私自身が確かめたし。散弾銃も欲しいんだよなぁ…よし、今度武千代社を視察しよう)
ごく自然に私事を仕事にすり替えながら、検討を進める大使。
(装甲車は是非欲しいね。装輪は無駄に高性能過ぎても持て余しそうだけど、装軌車両のほうは絶対に役に立つな。10式戦車は無理としても共通装軌装甲車のほうは量産効果をエサに交渉してみよう。これをもとに軽戦車とか造れないもんかな?技術的参考として装輪装甲車のほうも少数は欲しい。電子戦関係は厳しそうだ。軍艦関係のシステムも流石に高価過ぎるしまともに運用できるか不安しかない。あとは…)
茶を飲み、一息つくと同時に声に出して呟く。
「やっぱり飛行機か…」
最も性能の進歩の著しいそれを、オージアは欲している。いやオージアに限った話ではない。ただ運用体制の構築コストを含めて高価過ぎてそうそう簡単には手が出せないだけである。事実、シライト帝国は中島重工製ヘリコプターの購入交渉を進めている。
(公爵財団としてBK117 D-3は買った。…大使館用と化してるけどまあいいや。これも公爵財団向けで公爵家の方々を始めVIP輸送用に明治重工のUH-60Jも購入は決まって内部の改装についての検討中。テントー王国の飛行場の件も本決まりになったし、国としてMSJも買う。問題はUH-60J以外の軍用機、特に固定翼機だが…)
考えながらナギはPCの画面に映し出された、ある軍事ジャーナリスト(件の若手とは別人、あまり評判のよくない人物)の記事と、それに対する「つぶやいたー」の反応に目を落とす。
(この記事自体はともかく、特にコアな人達のこれに対する反応、そしてこっちで得た情報から考えるに、元々の市場規模の小ささのせいで生産能力と開発能力が飽和しかかってるのは事実っぽいんだよな…さてこれに付け入るには…)
目の前に積み上がった書類に辟易し、空を自由に飛びたいと思いながらも思考は止まらない。そしてある兵器の名前が目に留まる。
(…C-130J?Jってことは日本仕様?だが海上自衛隊のも航空自衛隊のも別の記号だったはず…)
そして茶を飲みながらこの兵器について調べたことが、大使の脳裏にある閃きを齎した。




