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皇国転移  作者: 金剛ジャック
第一部 日本国の動揺
14/25

閑話

次の話はどうしても長引くのでちょっと閑話でお茶を濁します

伏線たっぷりでお送り致します

 西暦2021年8月2日 日本国内某所


「あちー…」

『竹島奪還!』『危険な那覇から嘉手納と美しい下地島へ空自移転!』『千島列島復帰!』などといった見出しの踊る画面をスクロールしながら、少年は画面を睨む。

 ある見出しが少年の目に留まった。

『オージア大使館、「つぶやいたー」アカウント開設!』

「え?はっや…仕事速過ぎだろ…」

 転移に伴い外国の各種ネットサービスが止まるため、転移発表から現在に至るまで国内ではそれらを代替するべく類似のサービスが雨後の筍の如く現れ、ネット戦国時代の様相を呈していた。「元からネットは戦国時代だろJK」等の意見は受け付けない、なぜなら鎌倉時代は戦国時代ではないし、鎌倉武士よりは戦国武士のほうが幾分行儀がいいからだ。…一部外国に起因する騒ぐ理由(ネタまたは資金源)がなくなった分だけネットは平和になった。つまり今日もいつも(平常運転)ネット(武家社会)である。ともあれそうして多数のサービスが国内の事業者によって代替されたが、その中の一つにSNSもあった。「つぶやいたー」は、そのうちの一つにして大本命であり、転移後すぐ、つまりつい4ヶ月前に稼働したばかりであった。

 少年はその見出しへネズミを走らせクリックした。内容は見出しの通り、オージア連合王国の大使館が早くもそのSNSに公式アカウントを開設した、というものである。某国大使館の跡地に引っ越しを終えたオージア大使館は、早速半世紀以上先の情報インフラに手を出したのだ。

 少年が見ているページでは、いくつかの「つぶやき」も紹介されていた。挨拶のような当たり障りのないものから、オージア連合王国の紹介、例えばエルフや小人族などの種族や魔法について、さらには日本国内の報道で独裁的との批判もある自国の政治体制の擁護や、ジェンダーや報道の問題など一部政治的なものや社会問題に斬り込むものまであった。

「…あいつら本当に異世界の住人なのか?…ここは日本より進んだ異世界なんじゃ?」

 少年に一瞬そう錯覚させるのも無理ないほどに、オージア大使館アカウントはSNSを使いこなしていた。

「ぶっっっ!!」

 画面をスクロールしていた少年が突如噴き出した。残念ながら麦茶は大麦の不足で少年の口の中にはなかった。

「何やってるんだあの白い人…」

 それは、何度かテレビカメラの前に現れその特異な容姿――異様に低い背丈と尖った耳、そして驚くほどに白い髪と肌――で話題をかっさらったオージアの特使が、いわゆる「手乗り戦艦」をしている写真だった。

 いやなんであんたそれを知ってるんだよ!ネット民か!という叫び(ツッコミ)を飲み込み、少年は「つぶやき」を読む。

「『こちらは王立海軍最大の戦艦、オージア級戦艦です!大きいでしょう?50.8cmの大砲を8本載せています!』か。数え方の罠に引っかかってるあたり外国人らしいが…50.8cm砲だと!?馬鹿な、51cm連装砲は死んだはずでは…」

 少年は写真に釘づけになる。特使の掌の上に乗った(ように見える)戦艦は、威風堂々たる佇まいであった。





 アメイヤ暦2996年7月6日 アーサ自治領領都アーサポルト旧市街


「よし、と」

 オージア連合王国の対日特命全権大使であり、そして引き続き駐日大使として日本との外交にあたることが決まっているナギは、クロード・ユリア国務大臣以下数名と共に総督夫妻の私的な招きを受け、旧アーサ伯爵邸、現アーサ自治領総督官公邸を訪ねており、その屋敷の割り当てられた客室にて、日本製のカメラを弄っていた。

 そこへ、ノックの音と共に客人が現れた。

「ナギ君、私だ」

 その女の声がする前に誰が来たのか悟っていたナギは、ドアの前に先回りし、間髪入れずにドアを開ける。

「どちら様ですか?国務大臣閣下ですか?」

「扉を開けるまでの間の短さからしてわかっていたのだろうが」

「まさか。私は透視能力など持ちあわせてはおりませんよ」

「国務省執務室の音を盗み聞きしておいてよく言う」

「はて?なんのことでしょう?」

 一通り茶番を終えると、二人は部屋に入り、翌日へ向けた最後のすり合わせを始めた。


 しばらくして一通りすり合わせを終えると、唐突にクロード国務大臣が全く別の話題を振った。

「ところでそれはなんだ?…カメラか?」

「ええ、日本製のです。どうかしました?」

「いやなに、()()()()工業製品の信徒である君が、外国の工業製品を躊躇なく持っているのを見ると違和感が凄まじくてな」

「失敬な。私は優れたものであればなんでも使う主義なだけで、別に()()()の信徒というわけではございません。偶々それが最も優れていただけございますれば」

 際どい当てこすりに対して、クロードは特に顔色を変えることもなく流した。

「それが最も優れたカメラであると?」

「私の知る限りでは、ですが」

「ふむ、俄然興味が湧いた。どう優れているか御教授願おうか」

「ええ、構いませんよ。小型軽量であることはまぁ見ればお分かりいただけると思いますが…まずですね、フィルムを用いない電子的な方式での映像保存により、こうして撮影した写真や映像を自在に再生することができます」

 そう言ってナギは液晶に撮影した写真を表示する。

「…なんと。現像せずに写真を見れるのか」

「ええ。無論、専用の機械を用いれば現像…というより印刷も可能です。しかし彼の国ではどうやら既に物理的な媒体よりも電子的なデータとしての使用のほうが主流になりつつあるようで、こうして撮影された写真は必ずしも現像されるわけではないようです」

「ほう、それも興味深いな。…で、なんだ、この写真は」

 クロードが怪訝な表情を隠しもしないその写真は、ナギが掌の上に戦艦を載せている…ように見えるように、遠近法を使って撮影したものであった。

「見ての通り「手乗り『オージア』」ですが」

「それは見ればわかる。国務省国防総省海軍省に私的に喧嘩を売るために撮ったのではあるまい?」

「国益を鑑みますと今の国務省と私闘することついてはやぶさかではございませんが」

「で?…何に使うつもりだ?」

「相変わらず冗談の通じない方だ。…これはですね、日本での情報発信に用いるつもりで撮影したものです」

「新聞社に公表すると?」

「あちらではテレビも含めてマスメディアですが…そうではなく、大使館が自ら広報活動に用いるためのものです。無論、世間に向けて公開されます」

「多少のユーモアのある写真を広報に用いることについては構わないが…大使館自身の広報活動だと?そんなものが有効なのか?結局はマスメディア頼りになるのなら、優遇する社を決め…」

「有効なのですよ。かの国にはそれを可能にする手段がありましてね」

「…なんだと?」

「そーしゃる・ねっとわーきんぐ・さーびす…とかなんとかいうやつでして、もっぱら『エス(S)エヌ(N)エス(S)』と言われております。これが何かというと…報告書は御覧になられましたね?」

「流石にあれ全部はまだ無理だ」

「それは残念だ。頑張って書いたのに」

「いつあのふざけた量を書いた。あの人員で数ヶ月で書ける量ではないはずだ。お前は時間を巻き戻す魔法でも使えるのか?」

「…『インターネット』については?」

「概略は。先進的な情報インフラだとか…なるほど、あれを用いれば確かにマスメディアに頼らない広報も可能か」

「インターネットサイトを開設した程度では難しいでしょうがね。ですがSNSがある。これがなんなのかというと、『即時かつ双方向の情報発信手段』なのですよ」

「…何やら不穏な単語が聞こえた気がするぞ」

「我々もまだ把握しきれていない部分があるため詳しい説明は追加の報告書にて行いますが、インターネット内で情報の伝達が最も先鋭化された空間であると考えてください。つまり、誰もが発信者となり、どこにいる誰とでも社会的地位の別なく会話し、即時の情報拡散が行われる。いわば国家規模、いえ本来であれば世界規模の()()()()()です」

「…」

 絶句するクロード国務大臣。

「これを駆使することは、情報発信と情報収集、つまり情報戦において優位に立つ手段の大きな一つとなり得るものと確信しています」

「それが…そんな出鱈目なものが…新聞やテレビをすらも凌ぐ情報発信力を持っている、と…?」

「まだそこまでは。現時点ではテレビの発信力には及ぶべくもないでしょう。ですが新聞にならあるいはわかりませんし、将来性はあります。もっと言えば…」

 ナギは、囁くようにクロードの尖った耳に口を近づける。

「これを用いることで、マスメディアによって加工されていない生の情報を自ら発信できるのですよ。これにインターネット掲示板による情報拡散やインターネットサイトを使った地に足の着いた情報発信も加えれば…その拡散力は、かの国において信頼を失いつつあるテレビに対抗することも不可能ではありません」

「…なんと。なんと、なんとなんと!」

 小さく叫んだクロード。その声には興奮がこもっていた。

「あの鬱陶しい記者共に煩わされる必要もないわけか!いい、これはいいぞ。我が国でも早期の導入を進めるべきだ、売った恩で支援を受けてでもな。日本政府にその旨伝えてくれ」

 興奮のあまり非常に嬉しそうな顔(最大限オブラートに包んだ表現)をするクロード。

「了解です」

 そう返事するナギも、極めて嬉しそうな顔(最大限オブラートに包んだ表現)をしていた。

「ふむ、それじゃあ新聞社はデマゴーグとマッチポンプをばら撒き民衆の不安を食い物にする売国奴のところをぶっ潰して、テレビは統制して国営と公共の二社体制にするか。どうせ電波というインフラを握ってるのは我々だ、如何様にでも料理できる」

「その方向が望ましいかと。ああ、公爵財団傘下のものについては手出し無用ですよ」

「チッ、抜け目がないな。だがまぁ、例の西方植民地の鉱山で手を打とう」

「そのあたりは応相談ということで、我が主(公爵)と話し合ってくださいまし。まぁそれはともかく、日本市場への参入を見据えてテレビ局については少数は生き残らせておいたほうがいいのは確かですし、日本に限らず新規市場への参入を見据えますと、体力を付けさせる意味でも整理統廃合と公的資金の注入は最善かと」

「うむ、そうだな。新聞社はそのあたりどうだ?」

「言語が違いますから。最早紙では食っていけない時代になりつつありますしね、かの国は」

「なるほど、ならやはり市場そのものを叩き潰すのが一番か」

「ネット新聞が増えるだけではありますが、要は信頼性というブランドを確立させない・平等化し破壊することこそが肝要ですし、その方向性でよろしいかと」

「紙の輸入量を減らし貿易赤字を局限化する意味でも、インターネットの普及は急務だな。どちらも外国製になるのなら片方に絞ってしまった方がいい。だが結局そのあたりを含めインターネットに取って代わられるだけ、ということにはならんか?」

「ある程度は致し方ありません。ですが報道業界という情報発信者の絶対性を破壊できますし、何より衆愚でしかない連中が特権階級化し暗君と化す前に「市民の平等」によってそれを叩き潰せるのです。法によって十分に制御されるなら、衆愚の中から出でた特権階級も名君になりえます」

「…うむ、よし、わかった!」

 流れるように国内の言論統制を決定した後、唐突にクロード国務大臣は立ち上がった。

「それじゃあ私はそろそろ行こう。やることが増えたわけだしな」

「カメラの高性能さについてはもうよろしいので?」

「細かいスペックなんぞ聞いても私にはわからん。私にカメラ趣味はない」

「左様で」

 冷めた白い小さなエルフを他所に、超大国(オージア)の行政の頂点に君臨するTheクソエルフは、意気揚々と部屋を飛び出していった。





 アメイヤ暦2996年8月2日 シンクロード とある高級レストラン


 この日、オージア最大の経済都市シンクロードのとある高級レストランで、二人のエルフが会食を行っていた。

「それで?私を呼びつけた理由は何です、国務大臣」

 私は暇ではないのですがね、田舎者の貴女と違って。という含みを全力で相手の尖った耳に叩きつけるのは、やや若さに陰りが見え始めたものの、それによって却って強烈な貫禄を放っているエルフの淑女。

「二つございます。まぁゆっくり一つずつ話してゆきましょう」

 しかしもう一人のエルフの淑女…未だ若さに陰りの見えないクロード国務大臣は、相手の、視線だけで人を射殺せるほどのそれを受け流しつつ、冷静かつ慇懃に応える。

「まず、戦略級魔導師についての件で」

「何度も言ったはずよ。もう当分あれは戦場には出せない」

 食い気味で返してきた貫禄ある淑女の声は若干低く、それだけで死人が出そうなほどの殺気を隠しもせず乗せていた。

「ええ、それについては私も実際に本人に会って確かめました。あの状態で戦場に出すわけにはまいりません。間違いなく壊れます」

「だからあれほど言ったのよ。あれを戦場に出すなと。あの腐れ魔術士共に国を売り我が公爵家の至宝を崩壊寸前の状態にしておいてよくもぬけぬけとそのような口がきけたものだ」

「ですから、最低限前大戦開始時の程度まで回復するまでは運用はしないことを確約致します」

「それだけでは不十分ね。そちらの落ち度なのだから賠償はしてもらわねば」

「といいますと具体的には?」

「澱を取り除く施術費用の全額負担が最低限。これでも最大限に事情は考慮したつもりです」

「…わかりました。折半で」

「巫山戯るなよ」

 部屋が凄まじいまでの殺気に包まれる。護衛達が危うく飛び出しかけたが、続く相手の落ち着いた声で辛うじて自分を止めた。

「そうは申されましても、こちらとしても根回しの可能な最大限の譲歩をしております。これ以上となると議会の同意を得られません」

「貴様らがあれに甘えて外交努力を怠った結果が今の状態なのだろうが。戦争であれだけ膨らんだ予算がどうなったかは全て把握している。我が財団を甘く見るな」

「戦時国防法をご存じない?貴女ともあろう方が?」

「最早戦後でしょう」

「まだ戦争は終結してはおりませんが」

「国民はそうは思っていないでしょうね」

「まさか啓蒙君主ごっこでもなさるおつもりですか?この非常時に?国益を何より重視する公爵家はどこへ?民衆が嘆き悲しみますよ?」

「内憂を撃ち滅ぼせるのなら十分に国益に適うでしょうね」

 さらっと物騒なことを言い放つ目の前の人物に対し、クロードは主従は似るものだなどと不遜なことを考えていた。

「忘れないことね、我々は譲っているに過ぎないのよ」

「まぁ具体的な内容については追って協議を。それより()()()()()()()()()()()()、もう一つの用件に移りましょう」

「いいわ。それで?」

 含みを返されるも、特に気に障った様子もなく淑女は声に乗せていた殺気を全て引っ込めた。護衛達は安堵した。

「特使との情報交換で、日本国の優れた情報インフラの情報を得ることができました。あなた方はインターネットとSNSについてはどの程度ご存知ですか?」

「馬鹿にしているの?あれは私たちの人材を貸しているのよ」

 再び声に殺気が乗り、護衛達の背を冷たい汗が流れるが、クロードは躊躇なく煽った。

「ふむ、機密事項なのですが」

「人材の提供と情報の共有は交換条件となっているはずだけれど」

「そのような法の文言はどこにもございませんが」

「連合協定を違えるというのならこちらにも考えがあるわよ」

「…冗談の通じない方だ。ともあれ、あの先進情報インフラ群を早期に導入するべきであるとの結論に私と特使は達しました。貴女方も同意してくださるものと思います」

「…そうね。あれは導入を進めていくべきです」

 再び殺気は消え、護衛達は安堵した。以降護衛達が自らの職務上の本能を抑える必要に迫られることはなかった。

「そしてその普及を支援するために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()する必要があると思うのですが…」

「ああ、財団傘下企業の話?便宜を図るというのならリターンは用意しましょう。望みはなんです?」

「例の西方の鉱山を」

「なるほど。それじゃあ折半で」

「…もう一声、お願いできませんかねぇ。相当に横車を押すことになりますので。材料が不十分では派閥の説得ができかねます」

「それはそちらの問題でしょう」

「議会が決めれば貴女方とて逆らえませんがよろしいので?」

「議会は貴女の専有物ではなくってよ。まぁ、追って協議ということでいいのではなくて?」

「ふむ、これは一本取られたかな?」

「勝手に取られていなさいな。それじゃあ失礼します。私は忙しいので」

 そう言うと淑女は立ち上がり、自分の護衛を連れて去っていった。

 後に取り残されたクロードは、独り言ちる。

「全く、これだからあの方は苦手なんだ。なんだってこうも殺気を剝き出しにされるのか。貴人ともあろう方が、少し品がないのではないだろうか」

 それならそんなに煽らないでくれ…そんな護衛の心の叫びは、部屋に差し込む優しい冬の日差しの中に消えていった。


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