王都出発
どこかで鳥が鳴く。鳴き声からして雀だろうか。残念ながら姿は見えなかった。
鳥の鳴き声を聞きながら、肺いっぱいに朝の空気を吸い込む。元の世界と違って、周りにアスファルトやコンクリートがない。
そのためアスファルトの独特なにおいがしないので、空気がとてもおいしかった。
もちろん人が生活しているので、それなりの匂いはする。だが日本の都会と違って、車が行きかい、工場が煙を吐き出していないのでかなり澄んでいる。例えるなら、田舎の祖父の家の近くと同じような空気だ。
俺は王都を出ていくため、城の前に出てきていた。荷物は事前に少しずつ準備してきていたので、朝早くに出ていくことができる。と言っても時計があるならば、時刻は7時半だろうか。
食料・お金はインベントリにしまっている。内部は時間が停止しているため、腐ることはない。
そして城の倉庫の管理人からタダで貰った鉱石や、ダンジョンで手に入れた魔石も入っている。
もちろん銃も入っているが、リボルバーのみである。今後旅をするうえで必要になってくるので、時間のある時にでも他の銃を作らなければならない。
また「このお金は旅の旅費に使え」と、昨日の夜に団長からごく少量だが渡された分のお金もインベントリに入っている。
だがかなり前に、女王からみんなに渡されたお金もある。必要なものを買うようにと渡された分だ。食事の時に聞こえてきたのだが、他の奴らは使い果たした者が大半のようだった。
王都を出ると計画していたので、俺はすべて取って置いていたのでほとんど減らずに残っている。
詳しくは数えていないので正確な金額は分からないが、今は全部で大銀貨10枚に銀貨20枚銅貨50枚ほど持っている。
唯一言えるのは、次の街に行く金額は絶対に入っていると言うことだ。
お金はすべてインベントリに入れているため、重たくないうえに落として無くしたりしない。
貨幣は、白金貨・大金貨・金貨・大銀貨・銀貨・大銅貨・銅貨がある。あまりにもテンプレすぎて、始めて見たときは笑いそうになった。単位は“ルート”を使っている。ただ普段は、銀貨何枚というように使われているので単位であるルートは使われていないことが多い。
硬貨は、それぞれ10枚で上の硬貨に交換できる。それぞれを数字に直すと下のようになる。
白金貨 10,000,000
大金貨 1,000,000
金貨 100,000
大銀貨 10,000
銀貨 1,000
大銅貨 100
銅貨 10
日本円に変換する際は10倍と考えていいそうだ。
そしてこの世界には奴隷制度がある。
男性なら10万ほど、金貨1枚。女性なら高くなり50万ほど、金貨5枚で買えるらしい。
もちろん獣人やエルフの奴隷もいる。買うとなれば獣人は5000万――白金貨5枚。エルフは1億――白金貨10枚ほど。
金額が高い理由はどちらも戦闘力は高いが、めったに出回らないかららしい。また金額が金額のためエルフを買うのは貴族ぐらい。
いれば戦力にはなると思うが、もちろん俺は買うつもりはない。不要であり邪魔だ。
行くか。
軽く背伸びをすると俺は歩き出した。
この国を出る予定はある程度考えている。まず、朝早いが馬車に乗れる場所に向かう。事前に調べたが、馬車が集まる場所はギルドの近くにある。護衛をする冒険者が集まりやすいためにギルドの近くにあるそうだ。
乗るつもりの馬車はとにかく南に向かって進む物。理由は南側の国がこの国の王都から1番近いため。今は一刻も早くこの国から出たい。
ちなみにこの国ではギルドに入らない。嫌いな国でギルドに入りたくない。また、ギルドに登録することで、行き先がばれるかもしれないので警戒したため。行き先がバレないと判断でき次第登録するつもり。
馬車があるところまで移動すると、もうすぐで出発しそうな雰囲気があった。いそいで聞き込みをすると幸いなことに、今回は王都から南に行く商業用の馬車が出るとのこと。そしてその団体と一緒に、相乗りの馬車も一緒に移動する。人数が多い方が安全だからだ。その分、護衛の冒険者も多くなる。
そしてありがたいことに、その集団は南へ向かうとのこと。駆け込みだが、乗せてもらえることになった。価格は銀貨5枚と高かった問題ない。
「京崎くん! どこに行くのですか!」
お金を払い、馬車に乗り込もうとした時に、後ろから名前を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。振り返ると、校長先生と担任の白石先生が息を切らせながらこちらに走って来ていた。
面倒な奴らが来たな。
俺は馬車に乗るのをやめて2人を待つ。ちらっと見ると全員が俺の方を見ていた。居づらい。俺は2人に歩いて近づく。
「京崎くん! どこに行くつもりですか!」
「さあ?」
「なぜ、出ていくのですか!」
「自分の力で魔王を倒す方法を見つけるため」
会いたくない人に会ったので、素っ気なく答えてしまう。直すつもりはない。
まさかここで捉まるとは思いもしなかった。
「なら、みんなで探した方が――」
「足手まといになるだろ」
「そりゃ、あなたは足手まといになりますが、騎士団の方が何とかしてくれます」
「他の奴が、足手まといになると言っているのですが?」
ようやく王都から出ていけると思ったが、思わぬ邪魔が入ったのでイラつく。俺の言葉にとげが出て来たのが分かったが、直そうとはしない。こいつらのために直すつもりなんてない。
話は変わるが、馬車にそろそろ乗り込まないと、他の乗客に迷惑がかかる。下手をすれば置いて行かれる。
「宮崎君ではなく、ほかの人が足手まといになると? とぼけるのはいい加減にしなさい!」
さっきまでは息を整えていた『元』担任の白石先生は息を整えることが出来たようで、怒りながら詰め寄ってくる。背が低いうえに、元からの声が優しいので怖くない。
「なぜ俺が足手まといになると言い切れるのですか?」
「あなたは最弱なのですよ?」
「ふーん……。で?」
「せ、先生に向かってなんて態度ですか!」
俺のイラつきが抑えることができなくなってきたので、答え方が荒くなってくる。その態度に対し、担任の先生が怒鳴る。近くの木に止まっていたであろう鳥が空へ羽ばたいて行った。
「先生? あなたが先生? 笑わせないでくださいよ」
「な!」
「生徒を最弱と言い、無視をしたり手を差し伸べない人達を先生と言えません」
「え……」
俺の言葉が衝撃だったようで、先生が唖然とする。どうやら『元』担任は、自分の事で精一杯だったため、周りのことに気が付いていなかったようだ。
生徒の人数が多かったので全員を見ることが出来なかったというなら、仕方がないといえる。
しかしここに来てから担任の先生は、騎士団の人から好意を寄せられているようで、一緒にいるところを何度か見た。そして先生はまるで恋人と話すように、騎士団の人と楽しそうに話していた。そんな姿を見て、生徒を見ていなかったから仕方がないといえるのだろうか?
校長先生の方はわずかだが目をそらした。校長先生も影では、俺の事を最弱と呼んでいたようだな。
「それに、俺には学校から一緒に来た仲間なんていませんよ。それでは失礼します。次に会うときは敵同士にならないようにお祈りします」
俺はそう言い、馬車に乗り込む。
すると準備が終わっていたらしく、合図がでて出発した。馬車がゆっくり動き出す。今回の馬車は積み荷用が6台。乗車用が4台の計10台。人数は、行商人が8人。一般の人が15人。護衛が10人の大所帯だ。
これほどの規模なら盗賊は、まず来ないだろう
先生は俺の言った言葉に茫然としていた。意識を戻したときには、俺はとっくに馬車に乗り込んでおり、何もすることが出来ないでいた。
街を囲う壁にある門の前で馬車が止まる。するとすぐさま、門にいる兵士が荷物の検査や、乗客の検査を行い始める。入るときはもちろんだが、出るときもきちんと行うようだ。もし、スラム内に潜む危険人物が外に出るとそれだけで危険だからだ。ただ、武器の実験のため1人で外に出た時とは違って、この集団を調べるため時間がかかっていた。
検査が終わると、馬車は門をくぐり草原にでる。馬車はそのままスピードを落とすことなく王都から離れる。
離れていく王都を見ながら心の中で仲間だった奴らに向けて、誓うのだった。
王女、元先生、そして元生徒ども。
俺を切り捨てたことを必ず後悔させてやる……
道中は、途中でゴブリンが数体出てきた以外は何事もなく、いいペースで進んだ。レールン王国の王都から近隣の街までは約3日かかる。場合によっては遅れるから「約」が付く。馬車だから仕方がない。車を作ることが出来れば、それで移動したいが無理だろう。
道中は何事もなかったので、止まることなく予定通りに進む。
明日の夕方には、次の街に着くとなった2日目の夕方。俺は固まりそうになった足を動かすために、付近の森を散策していた。休憩の時以外、ずっと馬車の中にいるから腰が痛くなってくる。
森に入る前に護衛の冒険者に聞いたところ、このあたりの魔物は小型の狼らしく、一人でも倒せるそうだった。護衛の冒険者はついてくると言ったが、魔物ぐらい倒す力はあるから大丈夫だと言って断った。
狼ぐらい銃があれば倒せる。
適当にぶらぶらしていると、ガサガサと草の音が聞こえてきた。俺は素早くインベントリから銃――リボルバーを構える。いざという時のために、素早く出す練習をしていた。
周りから見たら、手を前に突き出した瞬間、銃が出たように見えるだろう。それほど出すのが早くできるようになった。
音の方向がした方向と、一緒に馬車に乗って移動していた人の配置を頭の中で確認する。それなりに森に入ったので、付近に人はいないはず。なにより一緒に馬車に乗った人は森には入って来ていないはず。
かなりの速度で頭を回転させる。俺はゆっくりと音を出さないよう、音のした方向に物音をできるだけ立てないように1歩1歩慎重に足を進める。音を出した犯人が急に飛び出してくるかもしれないので、常に銃口は音がした方向に向けている。だが目は常に左右に動かして、警戒をする。
そのまま一定の距離まで近付き、一度止まって相手の動きを確認。距離は3メートルほどだろうか。
1分ほどかけて相手の行動を待つが、一向に襲ってこない。物音もしない。ここで油断すると危険であることはわかる。どんなことでも最後に油断するのはいけないので一層集中する。
草むらをかき分けるが、銃口は前に向けたまま、ゆっくりと進んで確認する。ついに音を立てた正体が分かった。そこにいたのは……
「女の子? ……っておい! 大丈夫か!」
そう。音を立てたのは、少女だった。いや、大人と言っていいだろうか。見た目だけでは判断できない。肌は汚れているので分からないが、きっと白いのだろう。髪は長く、薄い紫色だ。意識は失っているらしく目を閉じて動かない。体は傷がいくつかあったが、命に関わるような傷はないように見える。服はボロボロで、あちこちに切り傷がある。
まるで何かから逃げてきたように見える。しかし周りには、攻撃したであろう魔物の姿は一切見えない。
こいつを助ける意味はなく、何よりも今後厄介ごとに巻き込まれそうだったが、そのまま置いて置くのはためらってしまう。結局今日の野宿スペースに連れていくことにした。
少しだがレベルが上がったためなのか、少女が元からそうなのかは分からないが、背負った時に軽く感じた。
少女を襲った何者かがまだ近くに潜んでいる恐れがあったので、俺はリボルバーを手にしたまま森の中を移動する。そのまま森から出ると、護衛をしていたうちの1人の男性がこちらをちょうどうかがっているところだった。俺に気が付いたと同時に顔の色を変えて走って近づいてくる。
「おい! その子どうした!」
「分かりません。森に入っていたら、倒れていました」
男性は尋ねながら俺の背中にいる少女の様子を見る。俺は、森のなかで起きたことを簡単に説明する。
「詳しい事は後で聞こう。まずはその子を手当てしないと! 俺の仲間に、回復魔法を使えるから、そいつに頼もう!」
「わかりました。お願いします」
「ああ。こっちだ!」
男性はすぐに判断すると手当てすることを伝え、ついてくるよう言う。判断が迅速なので、ベテランの冒険者なのだろう。俺は男性の後をついて行き、回復魔法を使える人のところに向かう。
向かう途中で、すれ違った冒険者の人にも聞かれるが急いでいるので、森で少女が倒れていたので連れてきたと軽く答えて急ぐ。
すぐに回復魔法を使える人の所についた。すでに報告が言っているようで、女性は待っていた。
女性は俺の抱いている少女を見ると、すぐに馬車の中に運ぶようにと言ってきた。俺が少女を馬車に運び終えると、女性は馬車の中に入り扉を閉める。
1分も経たずに女性が馬車から出て来た。どうやら手当てが終わったようだ。女性はこちらを見ると、近づいてきた。
「一応、手当はしましたが起きません。2、3日様子を見ないとだめですね」
女性が、少女の治療が終わったことを報告する。手際がよかったため、レベルが高いことが想像できる。
「服も破れていたので、私の着替えを代用しました」
「ありがとうございます。代金の方は……」
「あ。大丈夫ですよ。私たちは護衛なので、助けることが当たり前です。それに、服は安いので気にしないでください」
どうやら少女の服を変えてくれたようだ。心配になり尋ねると、女性は微笑みながら代金を断った。女性の心使いに感謝をして、俺は今回の護衛のリーダーと、俺が乗る御者に会いに行った。理由は、少女を運んで貰う許可を貰うためだ。
ある程度、広まっていたらしく、簡単に説明し、運んでもらいたいことをお願いする。
「……というわけなので、お願いできないでしょうか?」
「大丈夫だ。もちろん捨ててはいかないつもりだ。だがその少女から、街まで運んだ分の代金を貰わないといけないが、いつ起きるか分からないからな……」
「それなら、俺が払いますよ」
「兄ちゃんが!?」
俺が持ち込んだことなので、ある程度の事は俺が引き受けようと思っていた。そのため、前もって考えていたことを伝える。見ず知らずの人の分の代金を払うことに、御者の男性は驚いていた。
「はい。そもそも俺が連れてきたので、俺がどうにかしないと」
「俺は問題ないが、兄ちゃんはそれでいいのか?」
「はい。問題ありません」
御者の男性は再び俺に確認をとってきたので、問題が無い事を伝える。言ってはいないが、少女が起きたら俺が払った分の代金は貰うつもりだ。
御者の男性は少し考え事をし、口を開いた。
「分かった。では街までの運賃を貰おう。といってもわずかばかしだがな。食料は食わないだろうから、その分は抜きだ」
話はまとまった。俺は袋からお金を取り出し、少女の分の代金を払う。ここから街までの分だ。それを払い終わったら、解散になった。
その後、遅めの夕食をとり、就寝となった。
翌日になっても少女は目を覚まさなかった。理由はわからないが、何かしらの理由があるのではないかと、昨日手当をしていた女性が言う。
朝食をとり終えると、それぞれ出発の準備を行う。俺はすることがないので、少し歩き回った。
少しすると、準備ができたと冒険者の男性が言いに来たので馬車に乗る。全員が乗り込んだのを確認すると、馬車は移動を開始する。
移動最終日の3日目は魔物が襲ってきたが、数が少なく護衛の冒険者がすぐに倒していた。
それ以外は何事もなく無事目的の街につくことができた。決してがっかりしてはいない。
着いた街の名前は【ハルーフ】。王都の次に大きい街。ここにも王都ほどではないが、ダンジョンは存在する。また王都付近の街のため、各地から集まった行商人が王都行の前に休憩するために立ち寄ったりする。そのため物資は王都より少し少ない程度。
関所で手続きを済まし、そのまま街に入る。馬車はまっすぐ冒険者ギルドの近くの駐車場に向かう。そこで一緒に王都から来た人たちと分かれることになっているからだ。
冒険者ギルドにつくまでに少女は起きると思っていたが、結局起きなかった。悩んだ結果、俺が仕方なく預かることにした。
幸い近くに宿があったので、そこに泊まることに。2人部屋をたのんで部屋に入る。受付の人は人間の女性だった。少女が起きるか分からないため、1泊分と夕食、体を拭くためのお湯を頼む。
宿泊の価格は、2人部屋1泊銀貨2枚。食事は1食銅貨5枚。体を拭くお湯が銅貨1枚だった。
鍵を貰い部屋の説明を受ける。部屋は防音にはなっていないらしい。鍵は、部屋から出る際は必ず閉めるようにすること。もし閉めていなくて物を盗まれても責任は取らないそうだ。
部屋の説明が終わると、言われた部屋に向かう。
少女をベッドに寝かせ、夕食を取りに行くことにした。宿では、追加料金で夕食を食べる。夕食は、パン・スープ・ワインだった。ワインを飲む気はなかったので近くの客にやる。かなり喜んでいたのは言うまでもない。いつ起きるか分からないから、食べ終わるとすぐに部屋に戻る。
知らない間に起きて逃げられなかったことが幸いなのか、それとも目を覚まさなかったから残念なのかはわからないが、起きていない。
少女が起きてこなかったのを確認すると、布団に入って寝ることにした。さすがにいつ起きるか分からないのに、自分がいつまでも起きておくわけにはいかない。明日は少女が起きるか起きないかで予定が変わるので考えない。
王都を脱出して早々、面倒ごとに巻き込まれそうな気がする俺だった。