別視点 飛行船乗組員
本日1話目です
「嘘だろ……」
多くの者が逃げ場のない飛行船の中で慌てふためく中、1人冷静なものがいた。彼はレールン王国のとある町に住む青年。大商人の家の1人息子でもある。
彼の薬指には、指輪が付けられている。婚約指輪だ。
相手は下級貴族の娘。互いの両親が戦略結婚に近い状態で会わせたが、両家も驚くほど、青年と娘はものすごく意気投合し、結婚も秒読みのところまで来ていた。
だが数週間ほど前、レールン王国の王女から手紙が来たことにより生活は一変。手紙の内容は、アルール王国との戦争を行うための招集命令だった。
大商人と言うこともあり、飛行船が存在した。そのためそれを持って出頭するよう言われた。
もちろん商人にとって、戦争で飛行船を使用するという考えが理解できなかったが、何かしらの考えがあるのだろうと判断し、1人息子だった青年に、父親は泣く泣く行くよう言った。
もちろん飛行船を出すように言われたことはうれしくはなかった。
だが幸いにも、この世界で飛行船を攻撃する鳥類系の魔物は数少ない。ドラゴンも存在しているが、それはダンジョンを除くと、山岳地帯にしか生息していない。そして戦場においては、魔法や矢が届かないであろう上空にいることは、ものすごく安全となる。
父親はそれに気が付くと、すぐさま息子にそれを伝える。そしてそれを聞いた息子は胸をなでおろした。
準備は着々と進む。息子を飛行船の司令官にし、その他十数名を操舵手や観測手に割り当てる。
食料に至ってはできる限り積み込む。長期化したときに、困らないようにするためだ。
そうこうしている間に、出発の準備がすべて整った。魔道具を起動させる。無音だ。
父に見送られながら、息子が乗った飛行船はゆっくりと浮かび上がった。そしてある程度の高さまで上昇すると、王都へ進路を変更。これもゆっくりとした動きだが、何もない空を進めると言うこともあり、王都まではさほどかからない。
王都に着くと、指定された場所に飛行船を下ろす。すでに4機の飛行船が来ていた。2機並ぶことでもかなりの驚きにも拘わらず、それが5機並ぶ。
興奮からなのか、それとも恐怖からなのか。青年は全身に生えている産毛が逆立つのが分かった。
それからも飛行船が到着する。指定された前日には、合計10機の飛行船が並ぶこととなった。王の飛行船の発着場は広いといっても、10機も止まれるはずもない。急いで増設された場所に止まることとなった。
どうやら呼ばれたのは10機のみのようで、飛行船部隊の司令官から説明を受ける。作戦内容は敵陣地への空爆というもの。
最初はぴんと来なかったが、言われたとおりにしていればいいと言われ、それに従うことに。
飛行船の存在を知られるのは良くないと言うことで、地上部隊とは遅れて出発をする。
青年は、出発する部隊の中に異世界から来た『日本人』を見つけた。人数は数えていなかったので分からないが、かなりの人数のはず。
だが青年は知らなかった。
この日本人たちが空爆を提案したことを。
数日後、飛行船部隊が出発。全部で10機の飛行船が隊列を組んで前線に向けて進む。1機は騎士団が所有している物で、それには司令官が乗っている。残り9機には大商人や貴族の関係者が乗っており、乗組員に指示を出す手はずになっている。
地上から見た飛行船の隊列は、さぞかし圧巻だっただろう。
出発してから数日後、前線に近い位置まで飛んできた。一度地上に降り、そこで見方の兵士に情報を貰う手はずになっていた。よほどのことがない限り、そのまま離陸すると前線に向かうはずだった。
「問題が発生した。王都へ行った先行隊が壊滅近くまで追い詰められた。さらには前線が後退したようだ」
飛行船部隊の司令官が伝えてきたものは驚きの事実だった。
移動中の飛行船の中は案外暇。そのため青年は仲間内で話したのだが、この戦争は人数差が大きなレールン王国が圧勝するはずという結論に至っていた。
飛行船部隊の支援が必要になると思った一行は、すぐさま飛行船を離陸させ、移動を開始。
それからほどなくして、味方と合流。
地上部隊と飛行船部隊の司令官が話し合った結果、地上部隊は丘を背にして敵を攻撃するとこに。飛行船部隊は丘の後ろに隠れ、いざとなった時に空爆をするという作戦になのだった。
だが……
「暇だな」
「ああ」
あまりにも暇だった。遠くからは両者戦っている音は聞こえるが、こちらは何もない。全員完全にくつろいでいる。
青年はいつでも出撃指示を聞けるように外に待機していた。乗組員は全員飛行船の中。
そこへ1人の兵士が馬に乗って来る。かなり急いでいる様子だ。
馬に乗ってきた兵士は、近くにいた兵士に何やら報告し、前線へ戻っていった。報告を聞いた兵士は、飛行船部隊の司令官のいる所へ向かう。そしてそれを聞いた司令官はすぐに立ち上がって近づいてきた。
「出撃命令だ! 全員飛行船に戻れ!」
司令官がそういうと、その場にいた9名は一斉に自分の飛行船にかけだす。青年も同じように駆け出すと、飛行船に戻った。
「出撃だ! 急げ!」
「「「はい!」」」
船内に入ると、声を張り上げる。乗組員は返事をすると、持ち場に走って行く。
すぐに準備はできた。
それは他の飛行船も同じで、次々と空へ登っていく。それに続くかのように、青年の指揮する飛行船も空へ登っていった。
魔法が届かない位置まで上昇した飛行船は、全身を始める。眼下には無数の人が見えた。
もし日本人が乗っているのであれば、言ったであろう。人がごみのようだと。
レールン王国の兵士たちや飛行船に乗った者達は、誰しもが思ったであろう。飛行船が出た限り、相手には勝ち目がない。
反対にアルール王国の兵士たちは、誰しもが思ったであろう。なぜ飛行船が出てきたのかと。
まるでそれを表すかのように、地上では士気が大きく変わった。
レールン王国の兵士たちの士気は大きく上がり、反対にアルール王国の兵士たちの士気は大きく下がった。アルール王国の兵士たちの中には、逃亡をしようとするものも出始める。
だが誰も予期しないことが起きた。
飛行船がちょうど見方の上に来た時、事態は一変する。
それに気が付いたのは、青年が乗る飛行船の搭乗員の1人。そしてその搭乗員の人は報告を入れた。
「アルール王国側から、何かが空に上がりました!」
「何か? 何かとはなんだ?」
「遠いのでわかりません。言えるのは、黒いことのみです」
青年は前方に移動し、身を乗り出すかのようにそのものを見ようと試みる。だが遠いため、その物は何なのかはわからない。だが青年は分かった。生き物でも、魔法でもないと言うことを。
「どうしますか!?」
「司令官の飛行船は前進を続けている。そのまま進め!」
「はい!」
操舵を行う人から指示を仰ぐ声が聞こえた。青年は一度司令官の乗る飛行船に一度視線を向けると、指示を出す。
青年の言う通り、司令官の乗る飛行船は止まったり反転することなく、敵のいる位置まで前進を続けていた。
もし青年がこの場で反転して逃げていれば助かっただろう。だが青年は指令所に怒られることを恐れ、前進の指示を出した。そしてこの選択が間違っていたことを数十秒後に思い知らされる。
「あれは……謎の飛行物体です! 謎の飛行物体が接近してきております!」
「飛行物体? 生き物ではないのか!?」
「はい。魔法でも、生き物でもありません!」
観測手が声を上げた。ここにきてようやく詳細が分かった。だが時すでに遅し。黒い物体――ドローンは射程圏内の400メートルに入っていた。
飛行船の材質は主に動物の皮。
人が乗るゴンドラは木であったり鉄を使われているが、特殊な気体を溜めておくガス袋は動物の皮でできている。そのため銃弾にはめっぽう弱い。
ドローンは青年が乗る飛行船とは反対側の一番端にある飛行船に、その体を向けた。
全員がその様子を見るなか、ドローンは牙をむく。
銃身を回転させながら火を吹く。射撃は2秒も続かなかった。だが布でできている飛行船にはそれで十分だ。
弾丸は柔らかい動物の皮を貫通し、魔道具まで到達。
いくら浮きやすいからと言っても、少しでも軽くするために金属で包まれていなかった魔道具にいくつもの傷をつける。銃弾の中には、魔道具に書かれている記号のような物を削る物もあった。
魔道具にとって記号のようなもの――魔法を発動させる文字は命ともいえる。それが削られるとどうなるか。答えは簡単だ。
それを表すかのように魔道具は機能を停止。高価な魔道具があっという間に使い物にならなくなった。さらにガス袋に無数の穴をあけられたために気体が外に漏れる。つまり浮遊力を失うのだ。
浮遊力を失った飛行船は、空気を失った風船のように地面に真っ逆さまに落ちていく。
もちろん搭乗員は逃げることはできない。地面に激突するのを待つしかない。
そんな飛行船に興味を失ったかのように、ドローンは真っ黒な機体を今墜落していっている飛行船の隣にあった別の飛行船に向ける。
この時、飛行船に乗っている者は皆思った。こいつにはかなわない。逃げなければならないと。
もちろん、飛行船にもわずかながら防御用の装備は積んでいる。船に積まれているような小さな大砲が両舷に2門ずつ、計2門。だが実際に戦闘で、相手を撃破できる可能性のある射程は100メートルほど。
対するドローンは400メートルほど離れている。ほとんど当たらない距離だ。
最初の犠牲が出て、次の犠牲となる飛行船をドローンが狙い始めた瞬間、すべての飛行船が船体を180度回転させ始める。
だが所詮飛行船。動きがゆっくりしているために、180度回転させるころには残り3機までに減らされていた。7機はすでに地面に落ちて行っており、始めの2機は味方がいるところ――それもほとんど、ど真ん中に落ちて原形をとどめていないほどまで壊れている。
さらには火薬も積んでいたということで、爆発して味方の陣営に大きな被害を与えている。
もちろん、飛行船部隊指揮官の乗る飛行船は墜落していっている。
「急げ! 全速力だ!」
180度旋回したために、青年が操舵者に大声を上げる。だが操舵者はすでに、飛行船を限界までスピードまで上げていた。それでもドローンの最大速度と比べればあまりにも遅く感じる。
幸い青年が乗る飛行船は最初の飛行船とは反対側に位置する。落とされるまでに、まだ2機間にある。それまでに距離を話すことが出来れば、逃げ切れるかもしれない。
青年はそう思っていた。
だが現実はあまりにも無残だった。
飛行船の前方を塞ぐかのように、ドローンは飛行船の上を越えてきて回り込んできた。
この時、3機飛行船に乗っていた者は思う。逃げ場はない。死を待つのみだと。
だがすぐそこまで死が迫ってきていても足掻くのが人間。残る3機の内の1機はドローンに突っ込むようにまっすぐに進む。もう1機は再び旋回を始める。
そして青年の乗る飛行船は……
「少しでも高度を落とせ!」
「な、なぜですか!」
「墜落しても、低い方が衝撃が少ないはずだ!」
すぐに判断した青年は、操舵者に指示を出す。理由を聞いた操舵者はすぐさま高度を下げようとするが、飛行船はゆっくり下がっていく。
あまりにも遅い。
その間にも、ドローンは2機の飛行船を攻撃、墜落させていく。青年の乗る飛行船のすぐ近くを2機の飛行船が飛行船より早い速度で墜落していった。残るは青年の乗る飛行船のみ。
見逃してはくれないだろうか。誰もが思った。
だがその願いは伝わらず、ドローンが銃身を回転させ火を吹く。他の飛行船と同様、たった2秒の射撃。
それでも十分な銃弾を吐き出す。銃弾は青年の乗る飛行船のガス袋に穴を開け、内の魔道具を破壊。ガスが一気に漏れ出す。
あっという間に飛行船は速度を上げつつ地面に落下していく。残念ながら、地面まではかなりの高さがある。落下の衝撃による死は免れない。
搭乗員は死を目の当たりにし、いろいろな行動をした。ある物は最後まで墜落させないように操縦桿を動かし、ある物は神に祈る。ある物は狂ったように笑う。
だが青年は何もしなかった。
ただ、目を閉じて心の中で故郷の地に置いてきた婚約者のことを思う。
(すまない。戻るという約束を果たせそうにない。君とはもっと話したかった。いろいろなところに出かけたかった。笑顔を見たかった。幸せな家庭を築きたかった。いつまでも2人一緒に仲良く過ごしたかった。だができそうにない。せめて幸せになってくれ。愛しの――)
青年が最後に婚約者の名前を心の中で呟こうとした瞬間、青年が乗る飛行船は他の飛行船と同じように地面と衝突。その衝撃によりゴンドラは大破。衝撃で火薬が爆発。中に乗っていた人は全員衝撃により死亡。
こうして1人の青年は、婚約者に会うこともなく、そして名前を心の中でつぶやくことを出来ずに、この世を去った。




