第64話 エルフの郷への帰還
翌日の朝、獣人やエルフ達全員の準備ができたので出発。
途中まで国王が送っていこうか聞いてきたが、ほとんどの獣人やエルフの傷は回復している。足が欠損しているために歩くことが困難な者もいるが、力のある者が背負うこととなった。
大きな理由としては、ウーラをはじめとするエルフたちも場所を知られたくないと言うことで辞退することになった。
レールン王国王都を出発し、ウーラが言っていた早く移動するための『あれ』の場所へと向かう。
まさか俺も以前使ったことのある物が、レールン王国王都の近くの森の中にあるとは思わなかった。
道中、休憩を挟みながら向かう。人数は30人近く。亡くなってしまったメルクールの母親は俺のインベントリの中で眠っている。村についたら出してあげるつもりだ。
移動だが獣人は身体強化を、エルフは風魔法と身体強化を併用し、ほとんどの時間を走り続けていた。
俺を含む6人も同じようにするが、シュティアは運動が苦手なため、俺が背負って走る。その分、シュティアが治癒魔法の中の疲れを取る魔法を使用して俺を助けるので、そこまで苦しくはなかった。
ウーラは他の同族と同じようにして移動する。
メルクールとヴェーヌは俺と同じく身体強化をしていた。
カナに関しては、エルフの女性に背負って貰っている。
森に入る前に昼食を取る。保存食だった。
そして食事が終わると、再び移動。
森の中は魔物が多い。
いくら早く移動するからといって陣形を崩すわけにもいかず、進むスピードは落ちた。また前がつっかえると、一気に後ろも影響を受けるなど、大人数での森の中の移動は苦労した。
陣形はエルフを中心に集めて、獣人が周りを護衛するかのように移動する。
ただ人数が多かったためか、魔物は姿を見せない。
結局あたりが暗くなり始めた夕方、ウーラの言っていた早く移動することができる物――転移するための魔法陣に到着。
以前使った時と同じように、隠すために洞窟の中にあると言うことで、洞窟の中へと入っていく。
「ウーラ、本当に使ってもいいんだな?」
「いざとなったら、私に責任を押し付けていいのよ?」
魔法陣を前に俺が心配になり尋ねる。ウーラ曰く、同族のために使うので問題はないといっていたが、やはり心配だ。
引き返そうとしても、すでに引き返すことはできない。
魔法陣は洞窟内に作られている。そのため、洞窟に入ろうとしている獣人やエルフによって戻ることが出来なくなっている。
そもそも引き返すつもりはないが。
「頼む。やってくれ」
「ええ」
ウーラは頷くと、最初に送るエルフと獣人がきちんと魔法陣の中に入っていることを確認する。もし出ているときちんと送ることが出来ないそうだ。
ウーラが魔法陣を起動させるために、その場にしゃがみ片手を地面について目を静かに閉じた。
すると光の柱が下から出てきて周りを覆う。
間を置かず光の柱が下から出てきて、魔法陣の中にいるエルフと獣人を覆った。
数秒後には光が収まったが先ほどまでいた獣人とエルフの姿は見えない。無事成功したようだ。
それを見ていた他の獣人が驚いていた。エルフ達は知っていたのか、それとも見慣れているのかは分からないが、驚いていない。
「驚いていないで、早く入って頂戴。後ろが渋滞いるわよ」
驚いている獣人たちに向かってウーラが言った。
それを聞いたエルフと獣人は次々と魔法陣の中に入っていく。魔法陣の中が満員になると、そのたびにウーラが魔法陣を起動させ、次々と送っていく。
魔法陣が小さかったために4回ほど送ってようやく、俺たちも魔法陣に入ってエルフの郷へ向かった。
「ようやく来たか。待っていたぞ」
「ごめんなさい。移動時間が少し長引いてしまったの」
エルフの1人が俺達を出迎えてくれた。見たことのある顔だが、誰だっけ……
それより待っていた? まるで来ることが分かっていたような言い方だ。ウーラが連絡を取っている姿を見たことがない。
ウーラが相手をしているので、俺は疑問を持ちつつ周りを見回す。相変わらず綺麗な場所だ。
先に送ったエルフたちはすでにこの場にはおらず、獣人たちは別の魔法陣の方に並んでいた。
「まあいい。長老会がお前とレイを呼んでいる。行ってこい」
「分かったわ」
突然俺の名前が出てきたために驚いてしまった。
だがウーラはまるで最初から分かっていたかのように洞窟の外へと向かう。俺は付いて行こうとしたが、先にしなければならないことに気が付き、足を止めた。
「ウーラ。少し待ってくれ」
「わかったわ」
ウーラの許可が下りたので、魔法陣のところに並んでいる獣人たちのところへ向かう。
それよりも大事なことを忘れていた。
「メルクール。来てくれ」
「あたしですか?」
「ああ」
きょとんとした表情をするメルクールを引き連れ、獣人たちのところへ向かう。
俺とメルクールが近づいたためか、獣人たちがこちらを伺ってくる。
「すまないが、メルクールの母親を弔ってあげてくれ」
そう言いながら、布でくるまれているメルクールの母親の遺体をインベントリから出す。地面には置かず、抱き抱える。ろくに食べ物を食べていなかったせいか、ものすごく軽い。
「わかった。引き受けよう」
「頼む」
メルクールと同じ狼人族の男性が近づいてきたので、俺は落とさないように男性へと渡す。
男性も落とさないよう気をつけながら受け取ると、獣人達の方へ戻っていった。
「メルクール、行ってこい」
「……へ?」
獣人の男性が戻っていく姿を――正しくは母親が離れていく姿を名残惜しそうに見ていたメルクールに声をかけると、訳が分からないというかのように俺を見てくる。
「どのような弔い方をするのかはわからないが、母親と一緒に過ごす最後の日になるかもしれないんだぞ。行ってこい」
「で、でも……」
「王都にいる獣人たちを回収するために明日出発するかもしれないが、すぐに戻ってくる。それに今は俺達よりお前の母親のことの方が大事だろ」
「わかりました」
最初は躊躇していたメルクールだが、俺の言葉を聞いて決断したのか、獣人達の方へと向かって行く。
だが突然止まり、振り向いてきた。どうしたのかと思い、俺はメルクールの方をじっと見る。
「レイさん。必ず戻ってきてください」
「ああ。安心しろ。だからきちんと母親を見送ってやれ」
俺の言葉を聞いて安心したのか、メルクールの表情はわずかに和らいだ。だがすぐにメルクールは獣人たちの元へと向かって行った。
これですることはした。では俺は俺でしなければならないことをしよう。
と思って振り返ると、シュティア達4人と数人のエルフ達が温かい目で見てきていた。
「優しいわね」
「ウーラ、そんなこと言っていないでさっさと行くぞ」
「照れなくてもいいのよ?」
この場から逃げるように、長老会のある場所へと向かう。そのあとをウーラは微笑みながら付いてくる。シュティアとヴェーヌは自分たちでどうにかするだろう。
夕陽を浴び、木の影がエルフの郷全体に覆う。僅かばかし肌寒い。
幸いにも、すぐに大木の中へと入っていくのでそこまで寒く無くなった。
先ほどまでの様子はどこへやら。ウーラは黙々と長老会のある場所へと向かう。ウーラでも長老会の人達と合うのは緊張するのだろうか。
何も話さず歩くだけなのはさみしいので、到着するまでにどうしても気になったことを尋ねておく。
「ウーラ。先ほどの会話だが、相手はまるで来ることが分かっていたような言い方だったが、いつ来るといって言った? そもそもどうやって伝えた?」
「……ごめんなさい。まだ教えられないわ」
ちょうど角を曲がったために顔に影が差したことが影響したのか、暗くなったように見えた。
わずかに間を開けてウーラが答える。さすがに答えられないのに無理やり聞きだす気にもなれない。俺は触れないようにする。
代わりに別の質問をする。
「長老会に呼ばれた理由はわかるか?」
「十中八九エルフや獣人のことでしょうね」
「やはりそうか」
その後は2人とも黙る。
空気がさっきよりも重たくなったことを感じた。
大きな木の内部にある迷路のような通路をどんどん進み、長老会のメンバーがいる場所へと向かう。
長い間エルフの郷にいたが、長老会に顔を出したのは片手で数えることが出来るほどしかこなかった。そのため場所はほとんど覚えておらず、前を歩いているウーラの後をひたすらついていくだけだった。
しばらくして長老会のいる場所に到着した。大きな扉でウーラが止まる。
扉の両脇には警備らしきエルフ2人が立っており、こちらを見ている。
俺の様子を伺うようにウーラが俺を見てきたのでうなずいて大丈夫であることを伝える。それを確認したウーラは警備のエルフたちを無視するかのように扉を開けた。
最後に来た時と同様、内部は大きい部屋になっている。ただ前とは違い、中心部にはテーブルがあり、覚えている限り8人が椅子に座っていたが、今はそのうちの7席が空席となり、1人のハイエルフの女性しか座っていない。
そして今も長い年月を生きたためか、普段感じないようなオーラを出している。数少ない期間しかあっていなかったが、僅かばかし慣れているので多少の余裕はある。
「ウーラ、ただいま戻りました」
「おかえりなさい、ウーラ。それにレイも」
「ご無沙汰しております」
ウーラがあいさつをし、俺も挨拶をしておく。女性は微笑んで俺を見ている。
「先にレイ、あなたと話しましょうか。もう少しこちら来なさい」
女性が促してくるので俺は一瞬ウーラの方へと視線を移す。近づいていいか判断を仰ぐためだ。
だがウーラはハイエルフの女性をじっと見るだけで、俺が視線を向けたことには気が付いていない。俺は再び視線を女性の方へと向ける。女性はただただ微笑んで俺の方を見るだけだ。
内心ため息をつき、近づく。このくらいかなと思うところで足を止める。
かなり近づいた。
「まずはお礼が先ね。よくレールン王国に捕まっていたエルフと獣人達を開放してくれました。エルフをまとめている者としてお礼お言わせてもらうわ。本当にありがとう」
聞いている者を落ち着かせるような、深くゆっくりとした声で話す。俺は軽く会釈する。
「褒美は……」
「いりません。貰っても困ります」
「そう言うと思っていたわ。一応尋ねるけれど、無理にでも渡すといったらどうするのかしら?」
「その時はその時ですかね。あまり考えていません」
「そう。残念ね」
残念と言いつつ、ハイエルフの女性は微笑んでいる。
そこでふと思ったことがある。ついでに、というのは少々失礼だが、気になったので尋ねる。
「そう言えば、名前を伺っていなかったのですが……」
「名前? 言っていなかったかしら?」
本心からなのか、女性は少し驚いた表情を見せる。反応を見た限り、本人はすでに言ったと思っていたのだろうか。
「私の名前はヴィルヘルミーナ。覚えるのが難しいなら、長老会の中で1番偉い人とでも覚えておいて頂戴」
「ヴィルヘルミーナさんですね。わかりました。これからも末永くよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそいい関係を続けることが出来るように祈っているわ」
それっぽいことを言ってみたが、気分を害したような感じではないので、ひと安心。
「それよりも、ひとつ気になることがあるの。他のエルフや獣人に関してよ」
「他のエルフや獣人たちは、アルール王国の方で保護されているので、今から受け取りに行きます」
「そう。でももうすぐ夜よ。泊って行くのはどうかしら」
「……それではお言葉に甘えさせていただきます」
「わかったわ。家は前に使っていたところを使ってちょうだい。話は以上よ」
「失礼します」
どうやら話は終わったようだ。俺は一礼して部屋を後にするため、扉へと向かっていく。
ウーラとすれ違う時、少し視線をかわす。ただいつものウーラと違い、機嫌が悪いように見えた。
俺は不思議に思いつつ、そのまま部屋を後にした。
大木を出た時には、日はすでに落ち、遠くでふくろうの声が聞こえた。家々から漏れる光があったとしても少々暗い中、道を進む。
そこまで長話をしたつもりはなかったが、長かったのだろうか……
一度シュティア達を回収しようと思って洞窟へ向かう途中、数人のエルフから声をかけられたので返しておく。よく見ると、ここにいた時に何度か話したことのある人達だった。どうやら覚えてくれていたらしい。
いつまでいるのか聞かれたため、少なくとも明日には出ることを伝えるともっとゆっくりしていきなさいと言われた。
ただ、エルフたちのゆっくりは、数十年単位なのでそんなにもいるつもりはない。
洞窟へと向かったがシュティアとヴェーヌ、カナの3人はすでにいなかった。
ちょうどエルフが1人通り過ぎるところだったので尋ねると、家に向かったと答えてきた。
お礼をいい、家へ向かう。
再び歩いてしばらくすると、前に使っていた家に到着。かなり久しぶりだ。
日本とは違い、靴のまま部屋へと上がる。廊下を進み、リビングへと入ると、シュティアがソファに座ってカナの髪の毛を梳かしていた。
「……おかえり」
「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「ああ。ただいま」
シュティアとカナがほとんど同時に声をかけてくる。俺も返す。
3歩も進まないうちにキッチンの方からヴェーヌが出てきた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「ウーラさんは帰ってきていないんですね」
「ああ。ヴィルヘルミーナさんと話している」
「ヴィルヘルミーナさん……」
「長老会の女性だ」
ヴェーヌは誰なのかが分かっていなかったようなので、分かりやすい言い方をするとわかったようだ。シュティアも分かったという表情をしている。
ここで俺は1つ、どうしても気になることができた
「夕飯はどうした?」
見た限り誰も作っているようには見えない。そもそもシュティアが料理をしているところなんて見たことがない。ヴェーヌの場合は料理を作ることが出来るが、一緒に出てくる野菜ジュースが不味いので止めて欲しい。
「それが止まることが確定したのが突然だったみたいで、何も用意されていませんでした」
ヴェーヌが残念そうに言ってくる。
良かった。不味い野菜ジュースは飲まなくてよさそうだ。
ヴェーヌが俺の方をじっと見てくる。感づいてはいないよな?
嫌な予感がする。
「じゃあ、適当に何か作ってくる」
「私も手伝います」
「……頼む」
一瞬断ろうかと思ったが、断ったら断ったで色々と言われそうと感じ、頼むことにした。頼まれたヴェーヌは嬉しそうにキッチンへと向かったので、俺はヴェーヌについていくように移動する。
夕飯だが、手伝うと言っていたヴェーヌがメインで動き、俺は補助を行う。
といっても、ヴェーヌが何を作っているのかさっぱり分からなかったために俺はほどんど何もできなかった。
調理を開始して1時間近く時間が経ち、ついに夕飯が完成した――が。
「……で、これはなんだ?」
「名前は忘れてしまいましたが、昔店で食べたことがあるんですよ。それでもう1回食べてみたいなと思って作ってみました。スペアリブのような物なので味は保証しますよ?」
「……美味しそう」
食卓の上に乗っているものを指さしながら尋ねると、ヴェーヌは嬉しそうに答える。もちろん食卓の上にあるのはスペアリブのような物のみではない。きちんとサラダもパンも乗っている。食べきれるかはわからないが……
匂いにつられたためかシュティアもキッチンへ来て、出来た料理を見ていた
確かにおいしそうなのはおいしそうだ。
ヴェーヌ曰く、日本でいうスペアリブなのだとか。確かに見た目も匂いもスペアリブその物。ただ骨付き肉を使わず、厚切りにしたオーク肉を使って作られている。
ちなみにオーク肉はエルフの郷にあるダンジョン内でドロップしたものを使用。インベントリの中は時間が停止しているので、保存が効くので便利だ。
「ともかく食べましょう!」
「ああ。そうだな」
それぞれが席に着席すると、食事を始める。
カナも席に座ってはいるが、食べているのは魔石を砕いてクッキーのような形にしたもの。味は変えられないと思うが、もう少しいろいろな形にしてみるのもいいかもしれない。
「……メルクールとウーラがいないのは、珍しい」
「……そう言えばそうですね」
突然シュティアがぽつりとつぶやいた。何かを思い出すかのように首をかしげたヴェーヌが少し時間を空けた後、賛同する。
確かにシュティアの言う通りかもしれない。いつもは6人一緒が多いが、今日は珍しい組み合わせかもしれない。
その後も食事を続ける。
シュティアはかなり満足しており、また作って欲しいとヴェーヌに頼んでいた。俺もこれなら頼んでもいいかもしれない。例外は野菜ジュースだ。あれだけは許さぬ。
片付けは俺が行い、ヴェーヌとシュティアはソファーに座ってお茶を飲みながらくつろいでいる。
油もの調理器具や食器の量が多かったので片付けに少し手間取った。俺もシュティア達と同じようにソファーに座って寛ぐか。
と、そんなことを考えていると、玄関の方で扉が閉まる音が聞こえた。どうやらシュティア達3人も気が付いたようだ。
メルクールが帰ってくるにしては早すぎる。それなら帰ってきたのはウーラか。
「ごめんなさい。遅くなったわ」
俺の予想は的中。廊下からリビングへとウーラが姿を現す。それと同時に俺達ウーラを除く俺たち4人は動きを止めてしまった。
姿を見せたウーラの表情は、普段の彼女がする表情を知っている俺でさえ驚くほど、額に縦皺を寄せ不機嫌であると言っているほどのものだった。




