第60話 レールン王国王都陥落(下編)
2か月半ほど前に見た以来、この城の内部は見ることがなかった。それでもなんとなくは覚えていたと言うこともあり大広間への道を進む。
その間、兵士1人どころかメイド1人も見ていない。当たりは静まり返っている。まるで1人だけ別世界に来たような感覚に陥る。
静まり返っている中、小さな爆発音が聞こえた。つい足を止めて窓の外に視線を向ける。遠くの方で煙が上がるのが見えた。何があったのかはわからない。
ただ、シュティア達5人が安全であって欲しいと願うのみだ。
再び走り出し、まるで迷路の中を走っているかのように、右へ左へと曲がっていく。そしてついに広間へとたどり着いた。
あまりにも人がいないため、兵士が最後の防衛として扉の前にいると思ったがいない。逆に罠なのではないかと思ってしまうほどだ。
兵士はいないが、かわりに金や銀などで装飾された扉はしっかりと閉まっている。
仮面をきちんとつけていることを確認した俺は、扉の取っ手にゆっくりと手をかけると扉を押す。思いのほか軽かった。
扉が開いたため、俺はアサルトライフルをインベントリから取り出し、大広間へと入る。
扉の前にいなかったため大広間にこそ兵士がいると思ったが、大広間にも人はいなかった。
「来たわね」
いや、女王以外いなかったと言った方が正しい。
女王本人はと言うと、玉座に座ってこちらをじっと見ている。
初めて会った時と同じように純白のドレスに身を包み、綺麗な金色の髪のうえには黄金の冠を乗せている。
記憶が薄いため確証はないが、この世界に来て始めて女王に会った時と同じ服装だ。
そして幼さが残っている顔は微笑を浮かべていた。
ただ女王という役職の者が足を組んでると言うこともあり、少々行儀悪く感じてしまった。
それでも、後ろには大きなステンドガラスがあるということもあり、まるで女神が地上に降りたかのように錯覚してしまう。
残念ながら俺は女王を捕縛するために来たと言うこともあり、のんきに見とれている暇もない。
「レールン王国女王……降伏してもらおうか」
「降伏……ね……」
王女と言ったあとに名前を言うつもりだったが、肝心の女王の名前を忘れてしまったと言うこともあり、変な空白ができてしまった。名前何だっけ?
だが、女王はスルーしたので良しとしよう。
相手は女王。ろくに戦闘訓練を積んでいないはず。俺の手にはアサルトライフルが握られている。女王には逃げ場はない。
にも関わらず、女王は先ほどとかわらず微笑を浮かべており、どこか余裕があるような表情だ。
『何か』がおかしいと感じたが、その『何か』が何なのかが一切分からない。
「降伏しない場合、力づくで捕縛することになります。もしくは殺すことになる」
「そう」
俺はなおも警告をするが、女王は余裕があるように返す。余裕があるというより、興味がないと言った方がいいだろう。まるで自分は関係がないというかのように。
「そこじゃあ遠いでしょ? 近づいてきてもいいのよ?」
俺の立っている場所が扉の近くであると言うこともあり、女王はまるでお茶を進めるかのように促す。
そんな女王の態度に警戒しつつ、俺は近づく。
大広間に入った時点で、インベントリからはすでにアサルトライフルを取り出していた。だが近づくと言うことで警戒をしておかなければならない。いつでも引き金を引けるようにトリガーに指を掛けている。重工は下に向けているが、いつでも女王に向けることが出来る。
「まさかここまで状況を覆されるとは思わなかったわ。特に飛行船を落とされたのは痛かったわね」
痛いと言いつつ微笑を浮かべた表情は崩さない。
感情を表情に出さないと言うことでさすが女王と言うべきか、人が大勢死んだにも関わらず自分は関係ないと思っているその雰囲気に怒りを覚えるべきか。
「あなたに1つ提案があるのだけれど、どうかしら?」
「聞くだけ聞こう」
俺はある程度近づいたと言うこともあり足を止める。多分だが俺と女王の間には10メートルほどの距離しかない。
玉座が置かれている場所は数段高くなっていると言うこともあり、女王に見下ろされるような形だ。
銃口はまだ下に向けている。すでにここまで追いつめている。そのため別に焦らなくてもいいと判断したからだ。
それでもなぜか不安になる。怖いという感情に似た、何かだ。
「私と手を組まないかしら? 本当の意味で、この世界の半分をあなたにあげることが出来るわ」
「あいにくだが、興味がないな。俺は日本に帰りたいだけだ」
「そう? 世界と言っても、この惑星だけではないわよ? 宇宙空間も含まれるわ。場合によってはそれよりもさらに先でさえも。貴方の世界もよ?」
「それでも俺は――」
そこで俺は違和感を感じた。
この世界の天文学はあまり発展していないはず。にも関わらず、惑星や宇宙空間という言葉をなぜ女王が知っているのか。明らかにおかしい。
俺はすぐさま手にしていたアサルトライフルの銃口を女王に向け、構える。指はあと1ミリでも引けば銃弾が発射されるところまで曲げる。
だがそれでも女王は微笑を浮かべたまま。
だがその微笑は、大広間に入った時に見た時に女神のように感じた微笑とは全く別物に見えた。まるで、悪魔の微笑に見える。
背筋を嫌な汗が伝う。恐怖に似た感情からなのか、全身がわずかに震えている。
だがそれでも、俺は女王の目から視線を外さずじっと見る。端から見れば、俺が女王を睨んでいるかのように見えるかもしれない。
「残念ね。どうやら手は組めそうにないわね」
女王はため息をつきながらそう言うと、組んでいた足を入れ替える。それと同時に体を傾け、肘掛けに肩肘をついて顎を載せる。
「まだ騎士団はこないわね。少し話をしましょう。そうね……戦争を仕掛けた訳でも話しておこうかしら?」
女王が微笑みながら俺を見てくる。一瞬、すぐにでも捕まえた方がいいと思ったが、先ほど女王が言った事がどうしても頭から離れない。そしてこの話で情報を何か聞き出せるかもしれない。そう思うと、体が動かなかった。
「先に行っておくわね。捕まえた日本人から聞いているかもしれないけれど、戦争を起こした訳は別よ。アルール王国が魔族と手を組んでいるなんて思っていない」
「じゃあ――」
「なぜ……ね。1番の理由は、私がただ単に戦争をしたかっただけ。それだけよ。別に人が何人死のうが、私には関係ないし、興味はないわ」
そう言った女王はまるでどこか遠くの方の出来事を見ているかのように……どこか楽しんでいる雰囲気を出している。
この女王は明らかに狂っている。俺は心の底からそう思えた。
そんな俺をよそに、女王はさらに話す。
「別の理由としては、この世界を……いえ。これはまだ早いわね。また今度にしましょう。それじゃあ、アルール王国の王が聞きたいでしょうし、この戦争についてもう少し詳しく話しましょうか」
女王は友達と話すかのように、どこか楽しそうに話す。
その間も俺は、女王の頭に銃口をしっかりと向けている。
「多分だけれど、アルール王国の王は思っているわ。あまりにもひどい戦いだったと。もちろん、こちらがひどいと言うことよ? 作戦もなし。ただただ力押しでの戦闘」
俺には戦術という物がわからない。だが女王がそう言うのであれば、そうなのだろう。
あとで国王に聞かれそうなので、俺はしっかりと耳を傾けたままにしておく。
「先ほども言ったように、私はただ戦争をしたかっただけ。人がたくさん死ぬ戦争をね? だから飛行船を使ったの。でも失敗したのよね。まあ、人がたくさん死んだからいいわ。案外楽しかったし。もちろん、私は前線での指揮をしていないわよ?」
前線での指揮をしていないといっているが、まるで近くで見ていたかのような言い方だ。情報が回ってきていたのか? 本当にこいつはどこにでもいるような女王なのか?
考えれば考えるほど分からなくなってきた。
なんて思っていると、突然女王が立ち上がる。
「もっと詳しく話したいけれど、そろそろ時間ね。じきにアルール王国騎士団が来るわね」
「動くな! 手を上げてその場に座れ!」
俺は叫ぶように声を出す。だが――いや、ここまで来るとやはりと言った方がいい。
俺は叫んだが、やはり女王は微笑を浮かべたまま。指示に従うつもりはないようだ。
女王が突然、玉座を回り込みステンドガラスの方へ向かう。
「どこに行く! 止まれ!」
俺はさらに距離を詰めながら全力に近いほど叫んだ。
緊張からなのか、それとも別の理由からなのかはわからない。心臓がバクバクと音を立てている。
「レールン王国の北部に1つ国があるわ。そしてそれの向こう側にもう1つ国があるのよ」
ステンドガラスの前に移動した女王は、突然こちらに振り向くと話し始めた。何を言いたいのかがさっぱり分からない。
女王がこちらに振り向くと同時に俺は足を止める。そして銃口をしっかりと女王に向け、指にいっそう力を入れた。
だが状況がわからないからなのだろう。迷うべきではないと思うが、俺は引き金を引くべきか引かないべきかで迷ってしまう。
「私はそこで待っているわ。いつか来てね? そのときにでもまた話しましょ? 宮崎零」
「なぜ――」
ここに入ってから仮面を取っていなかったにも拘わらず、最初から知っていたように女王が俺の名前を口にする。それに動揺してしまう。
だが気が付いたときには遅かった。
まるで彼女を中心に何かが広がった。まるで体全体を見えない壁で押されたかのように感じる。
影響を受けたのか、ステンドガラスはすべて粉々に砕け散り、雨のように女王に降り注ぐ。ステンドガラスは光を浴び、キラキラと光り輝いている。
もちろん被害を受けたのはステンドガラスだけではない。俺も被害を受けた。
車にぶつかったかのような衝撃を受ける。後方へと飛ばされた。
地面に衝突するわずかな時間で、少しでも衝撃を吸収しようと体を丸める。床にぶつかると同時に地面を激しく転がる。だが痛いのには変わりなかった。
衝撃で銃はどこかに飛んでいったようで、手元には見当たらない。すぐさまインベントリからハンドガンを取り出す。
銃口を女王に向ける。それと被るかのように、女王は割れた窓から飛び降りた。一切の躊躇がない。
重力に従うように落ちていったために一瞬見えなくなるが、まるで翼が生えたかのようにすぐに空へと向かって上がっていく。
俺は割れたステンドガラスを踏みながら窓へ駆け寄った時には、すでに女王は空へと昇っており、銃弾は届きそうにない。スナイパーライフルならば届くかもしれないが、すでに遅いと思ったために出さない。
何もできない俺は、空の彼方に飛んでいく女王の後姿をじっと見ているしかなかった。
しばらくして、後ろから足音が聞こえる。一瞬、入り口で撒いたレールン王国の騎士団だと思い、銃口を向けながら振り向く。
だが大広間に入ってきたのはレールン王国の騎士団ではなく、アルール王国騎士団10名程とシュティア達5名だった。
兵士たちの鎧は敵兵士の物なのか血で汚れている。
もちろんシュティア達5人のコートにも血が付いていた。前衛であるメルクールにヴェーヌについている血は、敵兵士のものと思われる。後衛であるシュティアとウーラに付いている血は治療するときにでも付いた見方兵士の血なのだろうか。
状況が分からないためなのだろう。大広間には走って入ってきていたが、徐々にスピードを緩め最後にはその場に止まった。
「逃げられた。女王は北に向かった」
「そうか。逃げられたか」
状況を伝えるために、俺は必要であろう情報を伝える。それを聞いたアルール王国騎士団の団長は復唱するかのように、つぶやくだけだった。
『向かった』より『飛んでいった』の方が正しいが、詳しい情報は後ほど伝える時間があると判断した。
団長が復唱して部下に指示を出しているその間に、俺は女王が出した衝撃波のような物の影響で、本人の頭から部屋の隅に飛んでいった王冠を回収し団長の元へ近づく。
手に持った王冠はどうしていいか分からなかったので団長に渡した。
女王が逃亡してから王都での戦闘が集結するまではさほどかからなかった。
というのも、女王が逃亡する姿は多くのレールン王国の兵士が見ており、ただでさえ士気が下がっていた兵士は見捨てられたことに気が付き、士気はどん底へと下がった。また、勝てないと悟ったのか、こちらが呼びかけるまでもなく、次々と降伏してくる。ただ、投降せずに逃げ出した者もいたようだ。
敵ながら、見捨てられた兵士が気の毒に思う。
こうしてレールン王国の王都は陥落。
歴史上初めて戦争で飛行船が使われ、少ない人数ではあったが勇者が動員された、アルール王国とレールン王国の戦争は終結した。
投降してきた敵兵士をそのままにしておくわけにはいかないので、ロープで縛って捕縛していく。いくらここが城と言えど、敵兵士全員を収監しておくほど広い牢屋はない。
そのため捕縛したレールン王国の兵士は、城の内部にある中庭へと置かれている。なかなかの大きさがあるのでそこまで困らなかった。
また、生き残っていた日本人も捕縛。いくら日本人と言えど、戦争に参加したのには変わりない。
捕縛した際、国王が俺にどうするか聞いてきたが、レールン王国の兵士たちと同じように扱って貰って構わないと言った。そのため日本人は日本人で中庭の端に固められ、監視をされている。
人数に関しては、俺は把握を出来ていないので詳しい数が分からない。
様子を確認するために日本人を遠目で見る。捕まっている人数は8人。男子生徒5人に女子生徒3人。そのうちの男子生徒が2人何やら叫んでいる。
「さっさと俺らを開放しろ! 仲間が黙っていないぞ!」
「そうだ! 解放しないと勇者が来るぞ!」
ふと気になったが、俺が会った日本人があまりにも少ない。こいつらが見捨てられた……とは考えにくい。
他の日本人がどのような行動をとっているかが気になったので、遠回しに聞いてみることにした。
俺が近づくと、警備をしてる兵士たちが気付いたようで俺を見てくる。捕まって座らされている日本人もこちらを見てくるが、そのうちの男女2人がまるで睨むかのようにじっと見てきた。よく見ると、女王を捕縛しに行くときに遭遇した男女2人だ。
そんな2人は放っておいて、俺は叫んでいた2人へ向かう。
男子生徒は座っていると言うこともあり、見下ろすような形になった。
「見捨てられたのに、助けに来ると思っているのか?」
「見捨てられた? 違う! 戦争が嫌で逃げただけだ!」
挑発するように話しかけると、乗ってきた。こいつは逃げたと言っているが、戦争に巻き込まれないように脱出したといったほうがいいと思う。
俺はそのまま続けることにした。情報はあればあるだけいい。
「ほう? じゃあ聞くが逃げた奴の内、何人助けに来てくれるんだ? 10人か? 20人か?」
「460人全員だ! てめえらなんてすぐに死ぬぞ!」
脱出したのは460人か。
俺の予想では550人ほどこの世界に来ているので、参加したのは100人ほどか。多いな。女王は、魔族であるといった以外にいったい何を言ったのかが気になる。いくら魔王とアルール王国が組んでいるから戦争を仕掛るという理由だけでは、日本人は参加しないと思う。
それはともかく、参加した人数は分かった。だがもう1つ気になることがある。他の日本人の行方だ。
「逃げたのに戻ってくるのか?」
「戻ってくる! 俺らが捕まったと聞いたら戻ってくるぞ!」
「ほう? 遠くに逃げたくせに?」
「例え隣国に逃げていたとしても戻ってくる!」
向かった場所は隣国か。レールン王国はアルール王国と同じ、海沿いに存在する国。
レールン王国の隣国は確かいくつかの小さな国が集まった連合国だったと思う。本に書いてあったが、そこには確か大規模なダンジョンが存在したはず。
逃げるついでに、そこに行ってレベリングでもするのか?
いや、待てよ?
隣国ならレールン王国の上にある国も指す。
だめだ。分からなくなってきた。
ともかく避難したことに変わりない。この話は終わりだ。
「そうか。せいぜい期待していろ」
頭の中で考えながら話を終わらせようとすると、悪役がいいそうな言葉が口から出てきた。
この戦争でフラグを立てすぎているように感じるが、問題はないよな?
肝心の戦闘をさせられていた奴隷の獣人やエルフだが、命令の効力がまだ発揮されていると言うことで、ロープで縛った後、場所がなくなってきたために大広間に固めて置かれている。
ただ、俺が譲り受けると言うことは国王が伝えているので、丁重に扱われていた。俺が正式に譲り受ける際に、奴隷であることを示す首輪を外すそうだ。
エルフの男性が言っていたのだが、城内には他にも獣人やエルフの奴隷はいるはずとのこと。放っておくわけにはいかず、見つけ次第大広間に連れて行くことにした。
捜索は、多くのアルール王国の兵士たちは周囲の安全確認をするということで、数少ないアルール王国の兵士と俺が探す。
また、どうしてもと言うことでメルクールが付いて回る。シュティア達には獣人やエルフがいるところで待機兼見張りをして貰っている。
メルクールのように付いてこなくていいのかウーラに聞くと、別にいいとのこと。無理に連れていくつもりはないので、ここにいてもらうことにした。
「メルクール、どうした?」
「へ?」
捜索している間、メルクールの様子が変だった。詳しく言うと、どこか焦っているような感じで、ずっとそわそわしている。廊下を歩ているときに尋ねると、変な声を出して俺の方を見てきた。
そこまで突然だったのだろうか?
「様子が変だぞ?」
「そうですか?」
どうやら本人は気が付いていないようだ。
俺としてはますます俺は心配だ。
「どこか焦っているように見えるが……」
「そ、そんなことないですよ?」
「だが……いや、分かった」
明らかに動揺したように俺を見る。何かを隠している。
俺としては知っておきたいが、知らなくていいこともある。俺は追求しかけたところで言葉を止める。
きっとそのうち分かると思って。




