ダンジョンに潜る準備
街の外で実践を取った夜。銃の調整をしていると誰かが部屋を訪ねてきた。
すぐさま調整中の武器をインベントリにしまって、机の上には何も残っていないことを確認すると、ドアを開ける。
そこにいたのはイスバーン団長だった。鎧を着ているので仕事中だろう。
「夜遅くに済まない。少し話したいのだがいいだろうか」
「ええ。大丈夫ですよ。どうぞ」
俺は団長を部屋に招きれる。団長は一礼すると、部屋に入ってきた。その時に着ている鎧をガシャガシャいわせる。
椅子は1つしかないので、団長には椅子に座ってもらって、俺はベッドの端に腰を掛ける。こういう時は何を言ったらいいのかわからないので、俺は黙ったままでいる。
「単刀直入に聞く。レイ君、君は今後どうするつもりだ?」
「今後ですか? 鍛冶師として頑張るつもりですよ」
「それは本当なんだろうな?」
「疑うのですか?」
団長がじっと俺の目を見てくる。まるで俺が隠している本当のことを探しているような気がして居心地が悪い。
「実は今日街を出たと聞いたので、何か隠しているのではないかと思ってな」
「そりゃ、人間なんて1つや2つぐらい隠し事をしていると思いますよ?」
俺は出来る限り何事もないように返すが、内心焦っている。こういうことを言う人に限り、すべてが分かっている場合が多いのでものすごく怖い。
俺は何事もないように返したが、団長はじっと俺を見たままだ。俺はついため息をついてしまった。
「実は近々ここを出ていこうと思っておりまして」
「ほう?」
団長は動揺していないように見える。
逆に俺が追い詰められそうで怖い。
「それの準備として鍛冶師である自分も使える物を作っておりました」
「まあ、自分の身を守れる物ぐらい必要だろう」
「また、ダンジョンの10層のボスを倒す準備も進めています」
「何?」
今度は明らかに動揺を見せた。
俺もあまり考えがまとまっていない。今さっき考えたような感じになっている。
「本で読みましたが、この街のダンジョンは10層ごとに地形が変わる。そしてその堺にある10層の最奥にはボスがいると書いていました。1種の力試しで挑もうと考えています」
力試しと言ったが、これはあくまでも建前。本当はこの街を出ていくための条件とするつもり。
その条件を提示する相手が学校の先生。
団長を含む騎士団はそこまで俺をこの場にとどめようとしないはず。だが先生は生徒を守ろうとするはず。その時に力があることを見せつけ、王都から出ていけるようにしようと思っている。出ていく理由は、学校の奴らから離れ、別行動をしたいから。ただそれだけ。
といっても、先生にはまだ言っていない。これから言う必要がある。
「本当に力試しで挑もうと考えているのか? 別の理由があるんじゃないのか?」
「……ええ、ありますよ。この街を出ていこうと考えています」
どこまで考えを読まれているのか分からなくなってきた。
だが変にごまかすと怪しまれる。俺は説明を始めた。
「俺は学校の奴らにいじめを受けた。それは命さえも落とすようなものだ。いじめられた理由は非戦闘だから。それだけだった」
俺はそこで言葉を止めて、その時の事を思い出す。団長は言葉を発しないで、俺の言葉を待っていた。
「奴らは言った。『お前は役立たずだ』って。だから俺はあいつらと協力して、日本に戻る方法を探すつもりはない。俺には1人で生きていく力がある。もちろんその力は今は弱い。だがいずれ、強力な力となるぐらいは分かっている」
俺の言ったことは、他の奴らが聞けばバカにするようなものであることは分かっている。しかしそれは俺のことを知らなければだ。
『俺のこと』。
それはスキルや俺の外見のことではない。見えないこと。知識の方のことだ。
俺には銃の知識がある。それをうまく使えば、100人の兵士など簡単に殲滅できることだってできるだろう。もちろん今の俺ではそんなものを作るのは無理だ。だがいずれ作れるようになるだろう。
――いや、作る。
団長は、ただ静かに俺の言葉を聞くだけだった。すると団長がため息をついて、口を開いた。
ため息を聞いて、俺は「それでもここに残れ」と言われると思った。だが違った。
「非戦闘職は役立たずではない」
団長は一言だけ言った。俺は意味が分からなかった。
非戦闘職は何もできない役立たず。俺はそれを理解している。だから非戦闘職である俺は、自分の力を使って、戦闘職の奴より強くなろうとしているのだ。
俺は言い返そうと思って口を開く。すると団長は手を挙げて言葉を制してきた。
俺は反論したいのを我慢して、何も言わずに待った。
「戦闘職の人たちだって、武器が無ければ戦闘できない。そしてその武器を作るのは鍛冶師だ。戦闘職の人たちがけがをしたとき、ポーションを使う。そしてそのポーションを作るのは薬剤師だ。戦闘職の人たちは、非戦闘職の人たちに支えられているから戦闘が出来るのだ」
団長はそう言って、椅子にもたれる。確かに考えてみればそうだ。戦闘職の人たちは非戦闘職の人たちに支えれているから、戦闘ができるのだ。
しかしそれとこれとは違う。
俺は一度死にかけたのだ。なのになぜそいつらを助けないといけないのか分からない。
「それと、いじめを受けていたのは君だけではない。他の非戦闘職の子も受けていた。それだけは忘れるな」
俺の俺の表情からだろう。意思が変わらないと理解した団長は俺にそう言うと、立ち上がって静かに部屋を出ていった。
もちろん、そんなことを言われたからと言って、ここを出ていこうと思う気持ちは変わらない。俺は明日の訓練に備えて、寝ることにした。
団長が尋ねてきた次の日。とある理由で、本来なら訓練中の時間の中俺は廊下を歩いていた。
とある理由とは、校長先生と担任の先生に俺の意志を伝えるため。朝食が終わった後に担任の先生に今後のことについて話したいというと、快く承諾してくれた。
ちょうど中庭が見える位置に差し掛かろうとしていた時、声が聞こえてきた。見ればいつも以上に全員が必死になって練習している。
食事の時に聞こえてきたが、ダンジョンでの訓練が行われるようになったから。
初日にダンジョンに入った者が話していたが、魔物の恐ろしさに体が固まる者、恐怖で逃げ出しそうになる者。泣き出す者が後を絶たなかったようだ。
決死の思いで魔物に立ち向かったとしても、訓練と実践ではあまりにも違いすぎたため、けがをしそうになった者もいたとか。
こちらに向けてくる魔物の目には、殺意しか見えなかったとも言っていたはずだ。
それでも騎士団の人は、最初はみんな魔物の前では恐怖で固まると言っていた。しかしそんなことを聞いて納得する者は少なかった。
それを聞いたためか、ダンジョンでの訓練が始まった翌日の訓練からは、いつも以上に全員が必死に頑張っていた。
俺はそんな奴らを尻目に担任の先生がいる場所へと向かう。
ある1つの部屋の前まで来るとノックをする。部屋の中から返事が聞こえたので入る。
予想では2者面談のように担任の先生と話すだったが、どうやら3者面談になるようだ。3人目は校長先生。
部屋は小さい。机と椅子に本棚と、まるで会議室のような場所。
校長先生と担任の女性の先生が並んで俺の方を見ている。
「失礼します」
俺はそう言って、向かいの席に座った。
「さて、宮崎君。今後のことについて話したいと言っていましたが?」
「単刀直入にいいます。俺はここを出ていく」
「……なっ!?」
俺の言葉を聞いた担任の先生が一瞬間を開けて驚愕した。
隣にいる校長先生も驚いていた。
「なっ、なにをいっているのですか! ここほど安全な場所なんてないのですよ! そもそもあなたは戦闘に向かない職業じゃないのですから、おとなしくしていないと!」
担任の先生がマシンガンのごとく次々と話す。
聞いている限り、先生の方には生徒全員の職業が教えられているのだろうか? そうでないと戦闘に向かないと分からないはずだ。
「先生は間違っています。この世界に安全な場所なんてありません。ここは日本とは違う」
そう。ここは日本とは違う。
そもそも元いた世界とは違うのだ。それは、元の世界のルールが一切通用しない。何が起きても不思議ではないのだ。街の中でも常に命の危険があると考えるのが妥当だろう。さらには城の内部も危険と勘がるべきだ。
ではそのような危険から身を守るにはどうすればよいか。
答えは簡単だ。強くなればいい。誰にも手の届かないような強さを手に入れればいい。そして、その強さを手に入れるためには、いつまでもここにいてはいけない。
「それに今は弱くても、スキルの使い方によっては強くなれます」
「で、では証拠は!」
割り込むように校長先生が声を上げる。
普段の校長先生は優しく、ほぼいつも生徒が登校する時間帯に校門前に立って、挨拶をする。そして声を上げはしないのだ。
なのに声を上げた。少々驚きだ。
「今は証拠を出せません。ですが後5日で証拠は出せると思いますよ?」
「どうやって!」
「ここの地下にはダンジョンがあります。それはここに来るまでに確認済みです。5日以内に10層を踏破します」
団長に話したことと矛盾が生じないように話す。
それを聞いた校長先生がため息をついた。
「できるのだな? もしできなかったら、おとなしくここにとどまりなさい」
「分かりました」
「わかりました。退出しなさい」
「失礼します」
俺はそういうと、部屋から出ていった。
その後はいつも通り。残りの午前と午後は鍛冶をする。といってもほとんどすることはやりつくした感じ。そろそろ本格的に装備類を作ってはどうかと言われた。
それから数時間後。
食事や入浴が終わってあとは寝るだけとなった俺は、銃の最終調整に入っていた。
最後の最後まで、メンテナンスには手を抜かない。
団長には夕食の時に明日ダンジョンに入ることを伝えた。突然だったために驚いていたが、承諾してくれたので良し。
最後の調整をしているにもかかわらず、俺は緊張している。それが、ボスへ挑むことへの恐怖からなのか、王都を無事に出ることができるか心配な気持ちから来ているのかは分からなかった。
もちろんこんな気持ちだったら、調整に支障をきたしそうだったが、止めずに続けた。
持っていく武器を考えた結果、主要武器はリボルバー。単発銃に関しては、いまだに動作不良を起こすので使うことができない。そのためメインがリボルバーになった。
貰った分の資源が尽きたことと部品の微調整が難しくできなかったため、オートマチック拳銃は作れなかった。
弾薬は事前にたくさん用意したので問題ない。そのため途中で尽きることは無いはずだ。
戦場――この場合はダンジョンだが、そこでの弾薬切れは命に関わる。
またスピードローラーも即席で用意した。リロードの時間を短縮するのが目的だ。
迷った結果、サブに近接用の剣を入れることにした。もちろん単発銃も持っていく。
迷ってしまったが、よくよく考えると荷物は全てインベントリに入れるので迷う必要はなかった。
そのことに気が付いて、つい机に突っ伏してしまった。
この前のダンジョンでの実践の時も同じだったが、本来なら訓練を行っているときのメンバーでダンジョンに潜る。つまり40人の大規模な集団でダンジョンに潜ることになる。
だが今回は、俺は最初から1人で行くつもりだ。もちろんそれについては、とっくにイスバーン団長に言っているので大丈夫なはずだ。
ちなみに昼間は普通に鍛冶の練習を行った。その時に資源を貰い損ねたのが痛手だった。
「これでいいか」
緊張から、なかなか集中できなかったために時間がかかってしまったが、最終確認を終えた俺はベッドに潜り込んで、すぐに眠った。明日は1日中ダンジョンに潜ることになるだろう。そのため疲労は完全に無くしておきたかった。