第54話 切り札と切り札
飛行船。
それは、空気より比重の小さい気体をつめた気嚢によって機体を浮揚させ、これに推進用の動力や舵をとるための尾翼などを取り付けて操縦可能にした航空機の一種。
使用される気体は主にヘリウム。過去には水素を使用した国もあったが、爆発を起こし、使われなくなる原因となったそうだ。
だが、ここ異世界では違う。魔道具により特殊な気体を発生させる。その気体はあまりにも軽いと言うことで、ガス袋とほとんど同じかわずかながら小さい程度のゴンドラをつけることが出来る。
使用用途としては元の世界と変わらず、人員の輸送。
商人も使っているが、その場合は商品を輸送するために使われている。
ただ問題もある。あまりにも高価であるということだ。そのため上級貴族や大商人にしか買えない。
価格は簡単に言うと、この世界の平均的な国家予算の1/5。つまり5機あれば1年分の国家予算になる。
そしてそのような物を果たして戦争に持ってくる者がいるだろうか。ましてや場合によっては壊されてしまう恐れが前線に投入するなど、考えようがない。
――だが現実は違った。
兵士たちがざわつき、それにつられるように俺達が見た空の先には、間違いなくこの世界の飛行船が存在した。それも10機。
そもそも1機いるだけでもおかしいにもかかわらず、まさかの10機も存在している。つまり平均的な国家予算2年分。それをレールン王国は投入してきた。
気が付いたのは、指令所付近にいる人たちだけではなかった。戦場にいる兵士たちも気が付いているのが雰囲気で分かった。
アルール王国の兵士たちは驚き、一方でレールン王国の兵士たちは士気が上がったように見える。
「零さん」
「ああ。どうにかする」
ヴェーヌが心配した表情で俺を見てくるので、俺は返事をするとすぐさま移動する。視界から国王が消える瞬間、何か言おうとしているのが分かったが、今はそれどころではない。
多分だが、相手は空爆を仕掛けるつもり。そこそこの高さがあるので、魔法でも矢でも届かないはず。そうなればこちらの兵士は手が出せないままやられるしかない。
どうにかすると言ってもここでは少々危険なので、指令部がある位置よりもさらに前線から下がったところまで移動。
移動する際には何人もの兵士とすれ違ったが、相手が飛行船を使ってきたために大半の兵士がどうしていいか戸惑っていた。
「ここまで離れてきたと言うことは、何か作戦があるのよね?」
「ああ」
俺が地面を確認していると、ウーラが尋ねてきた。もちろん作戦があったからここまで下がってきた。ただ、その作戦は少々危ない。失敗したらとんでもないことになるものだ。
「何をするつもりですか?」
「まあ見てろメルクール」
俺は平らな場所を見つけたので、インベントリから筒を1本取り出す。長さが1メートル近く、直径が10センチメートルほどのある円柱。
それを地面から垂直に立てる。これは垂直に立てなければならない。そういうものだ。
「カナ。頼む」
「はい。お兄ちゃん」
「……結局、カナちゃん……頼み」
近くにいたカナに声をかけると、こちらに近寄ってきた。シュティアがあきれた声を出した。表情は仮面をかぶっていると言うことで分からないが、きっと呆れた表情で俺を見ているに違いない。
別にカナに頼まなくても大丈夫は大丈夫だが、しっかり狙わないといけない。それに、相手の飛行船はまだ相手陣地の上空。まだ2キロメートルほど離れているにもかかわらず、カナに頼らずに自分で狙うには少々不便だ。
「それを見ていると、なんだか嫌な予感がするのですが……」
「ああ。相手にとっては嫌なもの以外なんでもない」
俺が今から使う物の最終確認とカナとの接続をしていると、ヴェーヌがため息をつくのが分かった。
4人とやりとりをしている間にも準備が進む。
実はと言うと、今から使おうとしている物は試験運用なんてしていない。エルフの郷で作ったのだが、試験運用をする時間がなかった。そのためぶっつけ本番となる。
試験運用無しの切り札。なかなかカッコいい。
ただ切り札と言っても、いくつかあるうちの1つだが……
「……使うの?」
「ああ、見てろ。凄いものが見れるぞ」
俺は立ち上がると少し離れる。カナに視線を向け頷く。カナも頷き返してくれた。
ここからはカナの仕事になる。
カナは俺より1歩だけ筒に近づくと、じっと見る。
そして――
「お兄ちゃん。起動しませんよ?」
「……え?」
「何が見てろですか。失敗しちゃっているじゃないですか」
カナは振り向きながら首をかしげてきた。確証はなかったが、てっきり成功すると思っていた俺は間抜けな声を出してしまう。だがすぐに気持ちを切り替えると、筒に近づき手を突っ込む。
そんな様子を見ながらなのか、ヴェーヌがため息交じりでつぶやく。振り返ると他の3人もため息をついているところだった。
筒の中に手を入れると、入っている物をつかんだ感触があったので、一気に引き抜く。
中から出てきたものは、筒より若干小さい円柱。だが先端は 空気摩擦を減らすために円錐となっている。
ここまで来たら、分かる人にはわかると思う。
「零さん。それってもしかして……」
「ああ。対ドラゴンのために作ったミサイルだ」
下級のドラゴンなら対物ライフルでどうにかなる。だが上級のドラゴンになるとかなり硬くなり、対物ライフルでも表面にわずかな傷しか残せないことが多い。そこで作ったのが対ドラゴン用のミサイルというわけだ。
結局試験運用せずに残っていたと言うことで使おうとしたのだが、起動どころかカナとの接続が失敗した。
飛び方はドローンに使われている原理と同じ。
ドローンの羽のところに書かれている記号が噴出口に書かれており、魔法で空気を運出して飛ぶ。方向は尾翼を動かして決めるが、それもドローンと同様にカナが操作する。
見た目はペットボトルロケットと言ったところだが、ペットボトルにしては縦に長い。
中には燃料代わりの魔石の粉と、魔石を粉にして爆発寸前の1歩手前までの物を入れている。後者の魔石は爆発代わりだ。
魔石は一定量魔力を受けると爆発する。これを利用したものがこれだ。
動かなかった原因だが、見た限りどこにも問題はない。
そうこうしている間にも、敵の飛行船が前線の上に到達しようとしている。かなりまずい。
予定変更。別の方法で落とすことにした。
すぐにインベントリからドローンを取り出す。カナは理解したのかドローンをすぐさま起動させる。
真っ黒な機体が空高く飛んでいく。ある程度の高さまで上がると、飛行船の方に進路を変更して向かって行った。あとはカナに任せよう。
これで高いところからの一方的な攻撃を受けないと言うことで、ひと安心だろう。
「……メルクール、どうしたの?」
ドローンを見送っていると、シュティアの声が聞こえてきた。
見ると、メルクールが一点を見ている。耳はピクピクと動いており、まるで肉食動物が獲物を探しているかのようだ。
「うーん? 音?」
「……音?」
シュティアがオウム返しのように尋ねるが、メルクールは音に集中しているのか、アルール王国の陣営が置かれている側面の方を見ている。もちろん何もない。あるのは200メートルから300メートルほど離れた位置にある小高い丘のみ。
「あ。足音ですね!」
メルクールはようやく音の正体に気が付いたようで、俺の方を見てきた。仮面をかぶっているのでわからないが、きっとものすごく笑顔なのだろう。
だがおかしい。
何がおかしいのかというと、足音のする方向と今の時間だ。
最初に脳内に出てきた足音の正体は、魔物ではないかという考え。だが方向は草原。森であれば魔物という可能性がある。草原にも一応魔物がいるにはいるが、ここは戦場と化している。草原にいる間物は比較的臆病と言うこともあり、ここに近づこうとはしないはず。
次に出てきたのは、別動隊の味方が来たということ。おおよそ海方向ということで合っている。別動隊は王都を出ると、方向が違うと言うことで別れた。合流しに来たという考えが浮かんだが、明らかに早すぎる。
なら一体何の足音なのか。残る答えはたった1つだけ。そしてそれはすぐに当たることとなる。
「敵……かしら?」
「ああ。敵だ。それもそこそこ多いな」
丘の頂上に敵の集団が姿を表した。人数はおよそ150人。前衛後衛の比率は半々と言ったところ。かなりまずい。このままでは十字攻撃されることとなる。
ただでさえ飛行船が出てきて焦っているアルール王国側にこのようなことをされると、すぐに崩壊する。
「敵兵だ! 海方向より敵が攻めてきたぞ!」
指令所がある方向に向かって全力で叫ぶ。もちろん今回だけ仮面を外した。仮面をかぶっていると声がくぐもる。それが原因で、もし伝わらなかったら叫んだ意味がない。
どうやら聞こえたようで、指令所にいた警備の兵士たちが動くのが分かった。
だが敵の人数と比べると明らかに少ない。やはり残っている人数が少なかった。本当はしたくないが、俺も参加せざる負えない。
別に働きたくないと言うわけではない。働けば働くほど褒美を貰えるかもしれない。そうなれば獣人達をこちらに譲り受けることのできる人数も増えるはず。そうなれば、獣人たちに恩返しではなく、恩を売ることだってできるはずだ。
我ながら最低だが……
ともかく理由は他にあるが、いまは考えている暇はないようだ。敵兵士たちが、鎧をガシャガシャと言わせながら我先にと走ってくる。
まだこちらの準備は整っていなさそうだ。
「零さん! どうするんですか!?」
「仕方ない! 見てろ!」
俺はそう言うと、今だ手に持っていたミサイルをやり投げのようなフォームで構える。ヴェーヌがさっき失敗していたじゃないですかと言っているが、俺のフォームを見た瞬間言葉を止めた。
ただ単に力いっぱい手を後ろに引いたフォーム。そんなフォームのまま、俺は思いきりミサイルを投げた。
もちろんあまりにも適当すぎるフォームのため、本当ならそこまで飛ばないはずだった。
だがこの世界にはステータスという物が存在する。しかも俺のステータスはかなり高い。そのため100メートルの距離を飛んだ。
運がいいのか悪いのか。ちょうど敵兵士の先頭から10メートルも離れていないであろう場所に落下。
ここでもう1つミサイルについて説明する。
これは先ほども言った通り、対ドラゴン用に作られている。そのためドラゴンに当ているのだが、相手はあまりにも硬い。本当は体に刺さるといいが、いくら何でも無理がある。
そのため表面にぶつかると、その反動で本体の中に入っている爆薬代わりの飽和状態の魔石の粉が爆発する仕組みだ。
もちろんそのままぶつけるだけでは爆発しないので、先端にスイッチのような物をつけ、内部で魔力を持っている少量のポーションが魔石の粉に触れるようにした。
つまり、飽和状態を超えると言うことになり爆発。
何が言いたいかと言うと、先端から硬いものにぶつかると爆発する――それもドラゴンでさえ衝撃で空から落っこちるような爆発が起きる。
いくら頑丈であるドラゴンでも、爆発によって落ちると言うことはそれなりの威力がある。それが人間のような弱い相手が、10メートルも離れていないところで食らうとどうなるか。
簡単だ。
俺が投げたミサイルが地面に衝突する。それと同時に飽和状態を超えた魔石の粉が爆発。着弾地点を中心に、衝撃波があたりに広がる。それとほぼ同時に土煙が間欠泉のように空に立ち上った。
「嘘……でしょ……」
「零……さん……」
ウーラとヴェーヌが消えそうな声を出した。見れば2人とも仮面の上から口を押えている。
シュティアとメルクールは棒立ちになってじっと見ていた。
土煙で状況は分からなかったが、徐々に見えるようになってきた。そのころにはアルール王国側の兵士たちも近くまで近寄ってきていた。
だが、目の前の状況を見てシュティア達と同じように棒立ちとなっている。それは戦闘にいた副団長も変わらない。
そうしている間にも、どうなっているかが見えるようになる。
状況は予想以上の状態だった。
着弾した場所の地面はえぐれ、クレーターが出来ている。クレーターの半径10メートルほどだと思う。底は立っているところが遠いため見えないが、クレータの大きさから見て深いと思われる。
衝撃波により、レールン王国兵士たちはほとんどが倒れている。唯一立っているのは、着弾したところから遠いところにいた兵士であったり、後方にいた魔法使いであろう集団のみ。
倒れた兵士たちの内、何人かは起きあがろうとしている。しかし大半の者たちは体を動かすことが限界なのか、起き上がれそうにない。一番近くに着手したものは、ピクリとも動いていない。
「と……と、突撃!」
副団長が何とか声を出し、走り出す。それに続くように兵士たちが走り出した。
兵士たちの手助けをしようとし、シュティア達も動く。だが俺を追い越したところで、すぐに止まり俺の方に振り返る。
「……どうしたの?」
シュティアが尋ねてきた。理由は俺が関わっている。
周りが動いている中、俺は動かなかった。いや、動けないでいた。
理由は簡単。予想以上の威力があったことに驚いたため。そして、それが原因で目の前で多くの人が一気に死んだことが原因。
確かに威力には驚かされた。だが問題は、予想を上回ったために兵士たちが範囲内に入り、一気に数十人の命が失われた。それも自分の手によって。
昔の俺なら確実に気分が悪くなっただろう。だが今は違った。気分が悪くならない。
それどころか、何も感じなくなっている。殺人をしたにも関わらず、罪悪感が沸いてこない。
湧いてこないというより、まるで罪悪感という感情が自分からなくなったようだ。
「……ゼロ」
「……ああ。行くか」
気が付けば、シュティアが手を引いていた。俺は頷くと、先に動き出した兵士たちの後を追った。
合流するころには、すでに戦闘が始まっていた。
シュティアとウーラは魔法を使用し、相手の魔術師を攻撃している。2人だけで相手の魔術師を全員倒せるのではないかと思えるほど一方的だ。ウーラは分からないでもないが、やはりどうしてもシュティアのことが気になる。
肝心の俺とメルクール、ヴェーヌは兵士たちに交じって、前線で敵を倒していく。銃を使用すれば簡単に敵を倒せるが、力をつけるためにも剣を振るう。
「トゥ! 離れるなよ!」
「わかってますよ!」
敵が上からたたきつけるように斬りつけてき敵の剣を、俺は自作した刃渡りが1.5メートル近くある剣で防ぎ、押し返す。そのときに、問題を起こしそうなメルクールが離れそうになっていたので声をかけておく。
今のところは言うことをきちんと聞いているので問題はなさそうだ。
「仲間の心配なんて、かなり余裕だな。そいつは声からして女か?」
そう聞こえてきたため視線を移動させると、黒髪黒目で鉄装備をつけた男性が剣を構えて立っていた。実際に学校の奴らが参加しているのを見ることは初めてだ。
男はニヤニヤとメルクールの方を見ている。
「それがどうした?」
「お前の仲間ではなく、俺がそいつの仲間になってやるよ。もちろんお前を殺した後でな」
「面白い冗談だな」
相手はヘラヘラしているが、俺は真面目に答える。
メルクールは過去に悲しい記憶を持っている。それを分かってあげることのできる奴がこいつには必要だ。何より、俺は大事な仲間を売ったりはしない。相手が学校の奴らならなおさらだ。
「ほう? この世界の奴は異世界の奴に勝てるとでもいうのか?」
「じゃあ試してみるか?」
俺はそう言うと、剣を構える。相手も剣を構えてきたが、剣の大きさがそもそも違う。相手は刃渡り90センチほどのものを使用しているが、こちらは1.5メートルのもの。かなり大きさの差がある。もちろん場合によっては負けると思うが、普通の訓練を2ヶ月ほどしかしていないやつに俺が負けるはずがない。
それにステータス差も大きいはず。
そう考えていると、相手が動き出した。思いっきり上からたたきつけるように切りかかってくる。
本当に2か月間訓練したのかと思うような動き。あまりにも単調すぎだ。
俺は右手で剣を持つと、頭の上で横に構えて防ぐ。わずかだが押し込まれた。力が想定より少しだけ強い。といっても誤差の範囲だ。
俺は剣の腹に左手を添え、一気に押し返す。
そうすることにより、相手が少しだけのけぞった。俺はそれを見逃さず、蹴りを入れる。わずかだがへこんだ。別に【鉱石干渉】は使っていない。やはり鉄装備は心もとないな。
そのまま男は後ろにいた見方を巻き込んで倒れていった。とどめを刺そうとは思えなかったので放置。立ち上がればもう一度蹴ればいい。
わずかだが時間ができたので、ヴェーヌとメルクールを確認。ちょうど確認したときに、ヴェーヌが槍で敵兵士を豪快に薙ぎ払う瞬間だった。
「やっ!」
「ぐふっ」
掛け声と共に全力で、槍を使って敵を薙ぎ払う。近づいてきた敵を一気に3人まとめて飛ばしているヴェーヌがなんだかカッコよく見えた。
メルクールはというと、持ち前のスピードを生かして、敵の攻撃を避けてはカウンターを仕掛けている。
負けてはいられない。
俺は気持ちを入れ替えると、目の前に来た敵を剣で切る。血しぶきを浴びるが、気分が悪くなることはなかった。
爆発により、前衛のある程度の戦力を削いだためかそこまで苦戦はしない。後衛の魔法使いや弓兵は減ってはいなかったが、シュティアとウーラを含むアルール王国の後衛組が頑張っているので少しづつだが戦力をそいでいっている。
そしてついに待っていたことが起きた。
「おい、見ろ! 飛行船が落ちていっているぞ!」
敵の兵士か見方の兵士かは一切分からない。だがその声で、その場にいた見方も敵も動きを止め、空を見上げる。確かに飛行船が、空気のなくなった風船のように、次々とかなりの高さから墜落していっている。
場所的に敵兵士の真上あたりのはずだ。
「話がちがうじゃねぇか!」
「て、撤退! 撤退だ!」
落ちていく飛行船を見上げていた敵兵士の1人が声を上げると、一斉に撤退が始まった。
「追いかけなくていい! 今倒れている兵士を捕縛しろ!」
数人は敵兵士を追いかけていこうとしていたが、副団長の指示で敵兵士の捕縛を始めた。
俺は指示に従わないで追撃してもいいはずだが、下手に追いかけて相手を刺激するとマズイと判断し、捕縛作業に入る。
そうしている間にも、地上に近づこうとしていたのか、降下していっている飛行船も落とされて地面に向かって行く。高さ的に中に乗っている人は助からない。
戦闘が終わり捕縛作業に入ってから数分後、生きてはいるが怪我をして動けないでいた兵士の捕縛が終了。
動けるぎりぎりのことろまで魔法で治すと、指令所のある方向へ連行していった。




