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特別話 クッキー争奪戦

ハロウィンということで、思いついた話を投稿させていただきます。


おかしいな。最初はほのぼのとした話の予定だったのだが、気が付いたら全く別の話に……

少しでも、情景を思い浮かべることが出来れば幸いです。

「左翼! 弾幕が薄いぞ! もっとトレイを持ってこい!」

「衛生兵! 衛生兵はどこだ!」

「目標確認! 現在も停滞中!」

「馬鹿野郎! そっちをもっと抑えろ! 入り込まれるぞ!」


 現在、とある街のとある宿の食堂で小規模な戦闘が行われている。別に真っ黒なGと戦っているわけではない。人と人との闘いが行われている。


 目標は、机の上に置かれているクッキー。出来立てのため、ほのかに湯気を上げている。それに交じって、おいしそうな匂いがあたりに立ち込めている。


 そんなクッキーをめぐり、料理人と宿に泊まっている客との間で、熱き戦闘が繰り広げられている。




 なぜこのようなことになっているかと言うと、事の発端は食堂で朝食を摂っているときにさかのぼる。ヴェーヌが突然、クッキーを作りたいと言ってきたことから始まった。


 ちなみに、この宿は少々金額がはるが、その分食事はおいしいし、この宿では安い部屋でもきれいだ。その中でも俺たちは、真ん中あたりの部屋を選んだ。部屋に風呂はついていないが、十分快適だ。


「なぜクッキーを作りたいと言い出した?」

「この世界にも秋の収穫を祝う祭りがあります。地球でもありましたよね?」

「確かハロウィンだったな? 日本では仮装がメインになっているが……」

「そうです。ハロウィンと言えば、各家庭を回りお菓子を貰うじゃないですか」


 俺が尋ねると、ヴェーヌが理由の説明を始めた。

 この世界の生まれであるシュティアとメルクールは興味津々だ。ウーラはそこまで興味を持っていないように見えるが、目はヴェーヌの方をしっかりと見ている。



 この世界では秋の収穫を祝う祭りはあるが、仮装をしたりお菓子を配ったりする習慣はない。だがヴェーヌにとっては、秋の収穫祭はハロウィンというイベントを想像をさせるらしい。


「で、なぜそれがクッキー作りに繋がる?」

「昔はよくクッキーを作っては、この世界でできた友達と食べていたんですよ。ちょうど今ぐらいの時期に」

「そうか。材料はともかく、調理器具はあったのか?」

「小さな村だったのでありませんでした。そのため生地がきちんと混ざっていないときがありましたが、十分おいしかったですよ? 大人たちも食べたいというので、収穫祭の晩に村のみんなで食べていましたね」


 ヴェーヌの過去の話が出てくるたびに、どこか辛そうな表情をするのだが、この時ばかりは当時を懐かしむような表情をしている。


「じゃあ、調理器具は俺が用意してやろうか?」

「本当ですか!? 昔は苦戦していたので、凄く助かります!」


 俺の提案を聞き、ヴェーヌは物凄く嬉しそうな表情をする。

 金属で出来ている武器や防具などはいくらでも作れるのに、調理器具でここまで喜ばれるのは嬉しい。


 ただスキルの【構成干渉】の方は陰で、調理器具作りに使われて泣いているような気がするが……


「では、最初にボウルを作って下さい。もちろん市販のような物ですよ?」

「待て。オーブンはどうするつもりだ?」

「ここのオーブンを使わせてもらえないか尋ねてみます!」


 ヴェーヌはそう言うと、朝食をかきこむように口に入れると、調理場の方へ向かって行った。いつもはゆっくりと食べているヴェーヌの様子と比べて、シュティアとメルクールがドン引きしている。

 俺だって少し引いている。


 ヴェーヌが去った後は、残ったメンバーで朝食をゆっくりと食べる。

 時々だがヴェーヌと調理場にいる人の声が聞こえてくる。すべてを聞き取ることはできていないが、使わせてもらえそうな方向で進んでいることは分かった。


 朝食を食べ終える頃にヴェーヌが戻って来た。話は通ったようだ。表情を見ればすぐに分かる。


「話が通ったみたいだな」

「はい! いくつか条件はありますが、問題ないそうです」


 ヴェーヌ曰く、調理場の人が出した条件は大まかに言って以下の通りだそうだ。

 1つ、調理場を汚さない。汚した場合はきちんと掃除を行う。

 2つ、基本的に材料は自前。どうしても必要なものがある場合のみ、相談するように。その時は宿が売るという形をとるようだ。

 3つ、機材は出来る限り自前。必要なものがあるのであれば調理場の人にいう。そして使った場合は洗う。

 4つ、使える時間は昼食の時まで。さすがに昼食時は使えないようだ。昼食時が過ぎれば再び使って良いらしい。


 それぐらいなら出来るとヴェーヌは答えたそうで、許可が下りた。



「と言うことで零さん。材料を出してください」


 一度調理場に移動して材料を出す。

 小麦粉や砂糖、バターだ。俺が材料を出している間にヴェーヌが料理長のところに行っていた。


 ちなみに料理長は男性。年は30代ほどで茶色い髪をしている。


 いくつか言葉を交わした後、ヴェーヌがお金を渡し、料理長は裏につながっているであろう扉から、何やら黒いものを持ってきてヴェーヌに渡していた。

 それを持ったヴェーヌが戻ってくる。


「それはなんだ?」

「日本で言う、カボチャですね。ハロウィンと言えばカボチャなので、クッキーに入れようと思いまして」


 黒いもの――カボチャを台に起きながらヴェーヌが説明してくれる。確かに色以外の模様や大きさはカボチャと同じように見える。


「零さん。ボウルを作って貰えませんか? ここにもあるのですが、使いなれていたものの方がいいので」

「日本にあったものでいいんだな?」


 俺はそう答えると、食堂の一角にある机の上に材料の鉄を取り出す。

 ボウルのような物ぐらい簡単に作れるので時間はかからない。


「零さん。ついでに泡立て器も作ってもらえませんか?」

「ああ。分かった」


 ヴェーヌが台所から顔を覗かせながら俺に頼んできた。

 俺は返事をすると、ボウルの材料に泡立て器の分の材料も加えた。


 ここでようやく冒頭にたどり着く。



 実はボウルも泡立て器ももエルフの郷にいる時に作ったことがある。ただ、自分用で作ったと言うこともあり、使い勝手は悪い。そのため今回新たに作ろうとしている。


 ボウルは比較的簡単に作れたが、泡立て器は少々難しい。曲がった形状の金属を何本も組み合わさっているところだ。そこはいろいろと試行錯誤し、持ち手の所から生やすように作るのではなく、別々で作って合わせた方が楽であると、のちのち気が付いたことは記憶に新しい。


 あっという間に出来上がったため、ヴェーヌに渡す。


「これです、これ! ようやく苦労しなくて済みます!」


 ヴェーヌは嬉しそうに受け取ると、クッキー作りの作業に入った。


 邪魔したら悪いと思い、俺は席を外す。


 何もしないのは暇なので、俺は部屋に戻り銃弾を作る作業に入った。

 シュティアとメルクール、ウーラとカナは街に買い物に行った。服が欲しくなったとのこと。つまりこの部屋には俺1人しかいない。


 つい、5人に合わずにここまで来たら、こんな感じだったんだろうなと考えてしまう。それはそれでよかったかもしれないが、今のことを考えると5人と合っていて正解だったのではないかと思ってしまう。


 そんなことを考えながら、ひたすら銃弾を作る。一部はマガジンに入れ、一部はインベントリに入れておく。そして一部はドローンに積んでいるガトリングガンに使うためにそちらに回す。



 ほどなくして、ドアがノックされる。

 俺は作業している手を1度止めると開ける。そこには買い物に行っていたシュティア達がいた。

 だがカナを除く3人の表情はどこか幸せそうなものだった。


「おかえり。良い服でも見つかったか?」

「違いますよ! ヴェーヌさんが作ったクッキーが物凄くおいしかったんです!」


 メルクールがものすごい勢いで迫ってくる。俺は少しでも離れようと下がるが、メルクールは隙間を埋めるように詰め寄ってくる。よほど興奮しているのか、尻尾は千切れるのではないかと思うほど激しく振られているのが分かった。


「わかったわかった! まずは離れろ! 暑苦しい!」


 メルクールを以上近づかないように、手で押さえる。

 それでようやくメルクールが止まった。止めなかったら、壁際まで押されていた。


「おいしかったと言うことは、食べたのか?」

「はい! 出来たてだったので少し熱かったですが、おいしかったですよ!」


 メルクールが満面の笑みを向けてくる。シュティアとウーラの方に視線を向けると、2人も幸せそうな表情をしていた。よほどおいしかったのだろう。かなり気になった。

 カナは食べられなかったためか、少し悲しそうな表情をしている。


「でもまさか、クロイミーを使っているなんて思いもしなかったわね」

「クロ……なんだって?」

「クロイミーよ。ヴェーヌが使った黒い物の名前よ」


 この世界でのカボチャの名前を初めて知った。


「本来、あんなものを使う料理なんて少ないわ。そもそも使おうなんて考える人が少ないわね」

「なぜだ?」

「え? あなた……って、違う世界から来たのよね。長いこと一緒にいたから忘れるところだったわ」


 ウーラの告げた一言がどうしても気になり尋ねる。ウーラは一瞬驚いたが、1人で納得すると説明してくれた。


 俺の家ではよく出てきたが、この世界では使おうと考える人自体が少ないのだとか。

 理由は簡単。カボチャと同じように黒いカボチャであるクロイミーも外側がものすごく硬い。そのため女性では切るのに一苦労だとか。聞いている限り、カボチャの方がまだ柔らかいかもしれない。


 そしてそんな硬いものを使う人は少ないとのこと。そのため使い道はあまりはっきりしていないとか。


 それよりも、俺はカボチャ……ではなくクロイミークッキーを食べてみたいので食堂に向かうことにした。


「貰ってくる」

「そんなに焦らなくてもいいわよ。かなりの量を作っていたわ」

「……待ってる」


 ウーラとシュティアに手を軽く上げると、部屋を後にした。


 1階に降りる階段に足を掛けようとして、異変に気が付く。1階が妙に騒がしい。俺は足を止めて耳を澄ませる。


「てめえ! そこをどけ! 俺はそれを食う!」

「うっせぇ! だめだと言っているだろ! これは俺達が食って、今後に活かす!」

「衛生兵! 衛生兵はどこだ! 見方がやられたぞ!」

「俺のことはいい。兄貴、先にい……け。お袋は、頼ん、だ……ガクッ」

「ジョージィィ!」

「ダメだ! 人数が足りん! 守りを固めろ! なんとしても死守しろ!」

「全軍! 突撃ぃぃ!」


 いったい何をしている。いつからこの宿の食堂は戦場になった……


 1階から聞こえてきた声に呆れつつ、階段を降りる。そこは地獄だった。

 客達は全員それぞれ手にそれぞれ武器を持ち、料理人と向かい合っている。もちろん料理人の手にも武器が持たれている。


 武器だが、料理人はお玉を剣のように構え、丸い鍋蓋を盾のように構えている。そして頭にはヘルメット代わりの鍋をかぶるなどの安全策を取っている。人によっては銀色の丸いトレイを投げようと構えていた。

 対する客達の武器だが、ある物はスプーンを手に持って構え、重たそうな丸テーブルを片手で持ち脇に抱えると盾にしている。別の男性はどこから持ってきたのか、モップを槍のように構えている。残念ながらこちらは投擲武器がないようだ。


 唯一救いなのは、どちらも剣や槍など、本格的に命を取るような武装をしていないこと。いや、モップでも当たり所が悪ければ命を落とすか。

 モップで殺された男。なんて不名誉な……


 いや、まじで何しているんだよ!!


「零さぁん、助けてくださいぃ……」


 あちこちで怒鳴り声が聞こえる中、今にも消えてしまいそうな声が耳に届く。ヴェーヌの声だ。

 階段を途中まで降りていたので、そこからヴェーヌを探す。

 簡単に見つかった。


 現在の前線は調理場からテーブル席のある広いスペースへ少し出たところ。料理人は調理場の入り口を守るかのように半円形になっている。

 そしてヴェーヌはその近くにある部屋の角で縮こまっていた。


 俺はため息をつくと、お玉の攻撃やモップの突きをかわしながら、ヴェーヌのもとへ来た。

 さすがにモップの突きで死ぬようなヘマをすることはない。


「どうしてこうなった」


 俺は呆れつつ、ヴェーヌに尋ねる。

 そして俺に尋ねられたヴェーヌはというと、俺の服の裾を手でつかんで今にも泣きそうな顔で見上げてきた。


「焼いていたクッキーが出来上がったので、オーブンから出して冷ましているといい匂いがしたようで、調理場にいた人たちが見に来たんです。そのうちの1人がクッキーを食べて、おいしさのあまりつい大きな声を出してしまって……」

「それを聞いた客がよこせと迫って来たのか?」

「大体そんなところです」


 途中で予想ができてしまったので尋ねると、ヴェーヌは頷く。


 俺は改めて周囲の状況を確認する。現在のところ、攻撃側と思われる客達が押しており、調理場へと続く入り口を守る半円が小さくなってきている。

 本当はこの状況の収集をつけることが一番だが、そろそろここも危なくなるので移動しようとする。



 ……だが、判断が遅かった。

 客たちに押され、料理人はついに調理場の入り口まで押されてきた。出ていけない。


「必殺! シルバービーム! シルバービーム! シルバービーム! か、ら、の、シルバービーム!」

「ぐあぁぁぁぁ!」

「気を付けろ! あのトレイはただのトレイじゃないぞ!」

「敵ながら素晴らしい! トレイの残像が残って、銀色の光線に見えるぞ!」

「今だ! 突撃!」


 俺は部屋に戻る方法を考える。その間も戦況は刻一刻と変化している。


 少しして、いい方法を思いついた。確認のために、未だ調理台の上にあるクッキーを見る。量はかなりあるので大丈夫なはずだ。

 いそいでインベントリからハンドガンを取り出す。すぐさま薬莢を1つ装填。弾丸は付けていない。


 俺は銃口を上に向けると、すぐさま引いた。


 パンッ!


 場所が室内の上に狭いと言うことで、音が響き渡る。もちろん弾丸はつけていないので出るはずがなかった。

 全員が一瞬で動きを止める。


「零さん!?」

「てめぇら! いい加減にしろ!」


 驚くヴェーヌをよそ目に、俺は出せる精一杯の大声を出す。全員の目が集中するのが分かった。


「1人1枚づつなら全員に行きわたるだろ! それで我慢しろ!」


 俺はそういうと、ヴェーヌの方に向き直る。本人はキョトンとしている。何が起きたか理解できていないようだ。

 指示を出しておく。


「ヴェーヌ。足らなくなったら焼いてやれ」

「え? あ、はい」


 ヴェーヌは反射的に返事をしてしまったようで、返事をしてから言われたことのないように気が付いたようだ。反論しようとして来る前に、俺はその場を立ち去った。

 立ち去る間際に、クッキーを1枚貰っていく。かわりに材料を適当に置いて行く。


 部屋への階段を上がりつつ、俺はクッキーを口に放り込んだ。

 口の中いっぱいに、わずかだがカボチャの甘さが広がる。メルクールがおいしいと言っていたことに納得だ。



「あら。もう戻って来たの?」


 俺が扉をノックして部屋に入ると、シュティア達4人は何やら話していたようで、俺を見て驚いていた。

 カナを囲んで3人は向かい合っていたと言うことは、服装についてそうだんしていたのだろう。


 カナの服装を考えることは、シュティア達4人にとってとても楽しいことのようだ。

 着せ替え人形扱いされているカナは文句をいっていないので、嫌がっているわけではなさそうだ。


 俺はそんな4人を時々見ながら本を読む。この世界の情報は少しでも多い方がいい。




「も、戻りました……」

「お疲れ」

「誰のせいですか。誰の……」


 どのくらい立っただろう。ようやくヴェーヌが戻ってきた。

 部屋に入ってきたときの様子を見ると、左右へフラついている上に、今にも何もないところで躓きそうな足取りだ。かなり疲れていることが分かる。手には大きめの袋が握りしめられている。


 俺が声をかけると、ヴェーヌは俺を軽く睨んでくる。一瞬理由が分からなかったが、すぐに理解した。


「かなり作らされたのか?」

「孤児院に持って行こうと思う分を合わせても、かなりの量を作りましたよ。それに料理人が何人か作り方を教えてくれって、迫ってきて、それはもう大変でした」


 大半の街には孤児院が存在する。基本的に両親を失った子供が預けられるようだ。そしてこの街にも孤児院があるのは、すでに確認済み。


 疲れた表情を見せるヴェーヌに、シュティア達4人が口々に労いの言葉を掛ける。

 ヴェーヌはそれに答えつつ、何とかソファーにたどり着くと、力なく倒れ込んだ。


「クッキーは持って行かなくてもいいのか?」

「少し休憩させて下さい……」


 俺はソファーの前に置かれてあるテーブルの上に飲み物を置くと、向かいのソファーに座り、ヴェーヌを待つ。



 5分ほどするとヴェーヌは回復したようで、孤児院に持って行くという話になったので、俺も付いて行くことにした。俺がインベントリにクッキーを入れようか尋ねたが、ヴェーヌは最後まで自分の手で届けたいというので、ヴェーヌに任せることにした。


 だが、油断していた。

 美味しいものを作るためには努力を厭わない料理人と、常に命のやり取りをしているためなのか美味しいものに目がない異世界の人が、クッキー1枚で足りるわけがないと言うことを。





「だから言っただろ! 俺がインベントリに入れるって!」

「でも任せてくれたじゃないですか!」

「ああ! 言ったよ! ヴェーヌに任せると言ったよ!」


 俺とヴェーヌは怒鳴りあいながら、全力で走っていた。ヴェーヌが持っている袋に入ったクッキーを取るために、半分暴徒となった料理人と客から逃げるために。

 そんな様子を街の人たちは物珍しそうに見ている。


「オラァ! 待ちやがれ! 袋を寄こせ!」

「だから嫌だと言っているじゃないですか!」

「なら金を払うから寄こせ!」

「いい加減にしてください!」


 ヴェーヌは振り向きながら全力で叫ぶ。それでも手には袋を握りつつ全力で走っているのでなかなか器用だ。


「せめて1枚! 全員に1枚ずつくれ!」

「だからあげません! それに1人1枚ずつだったらなくなります!」


 街に存在する角を右へ左へ曲がる。目標である孤児院はもうすぐだ。もし孤児院の場所が分かっていなければ、追いつかれていた。


「あいつら、目標地点につくぞ! 何としてでも止めろ!」

「任せろ! 必殺! シルバービーム! シルバービーム! シルバービーム!」

「俺にも任せろ!」


 後方から嫌な技名が聞こえてきた。

 それと同時に、耳元を銀色のトレイが通り過ぎる。下手をすれば、耳を持って行かれていた。


「畜生! ヴェーヌ! 先に行け!」

「何をする気ですか!」

「仕返しだ!」


 俺はそう言うと、急停止する。それと同時に振り向く。追いかけてきている十数人と向かい合う形になった。クッキーを1枚でも手にいれようと、全員必死の表情をしている。


 俺の手には、インベントリから出した銃――ではなく、太陽の光を浴びて銀色に輝くトレイが握りしめられている。

 鉄のインゴットをインベントリから取り出しつつ、トレイの形に整形したものだ。 


「これでも食らってろ!」


 俺はそう言うと同時に、先頭を走っている人に向かってトレイを投げつける。


 トレイは銀色の残像を残し、まるで吸い込まれるかのように先頭を走っていた人の顔に直撃。

 カアァァン! という澄んだ音が街に響き渡った。


「ぐあぁ!」

「馬鹿野郎! 急に転ぶな!」

「ジョンがやられた!」


 当たった人はと言うと、後ろにのけぞるかのように見事に倒れた。真後ろを走っていた人は躓き、一緒に倒れ込む。だがそれでも、まだまだ人は残っている。


 俺はすぐさま2枚3枚と投げつける。当たるたびに、街に音が響き渡る。

 数枚投げ終わると、ヴェーヌを追いかけて再び走り始める。



 そんなやりとりをしつつ、無事に孤児院に到着。無茶苦茶距離が長かった。さすがにステータス差が大きかったためか、追いかけてきていた大半の人は途中で脱落。孤児院まで追いかけてきた人はほんの一握りだった。


 クッキーを持ってきたことを伝えると、院長はものすごく喜んでくださった。

 そしてすぐに子供たちに配る。量はたくさん作っていたが、思ったよりも子供の数が多く、1人2枚しか食べられなかった。それでも子供たちがおいしそうに食べている様子を、ヴェーヌはうれしそうに見ながら見ていた。


 全員が食べ終わったのを確認し、孤児院をあとにする。


「ヴェーヌ、よかったな。子供たちがおいしそうに食べているところを見れて」

「ええ。また機会があれば作って持って行ってあげたいです」

「じゃあ、今度はもっと作らなければいけないな」

「はい」


 俺の言葉に、ヴェーヌは微笑みながらうなずく。本当にうれしかったようだ。


 俺とヴェーヌは並んで歩きながら、シュティア達が待つ宿の部屋へと帰っていく。

 日が傾き始めているため、俺とヴェーヌの影は長く伸び、仲良く並んでいる。


 こうして、クッキー争奪戦は幕を閉じた。








 ただ俺たちはこの時は想像もしなかった。

 いや。予想なんてできるはずがなかった。


 まさかカボチャのような物を使ったクッキーがこの町の、しかも俺達が泊まっている宿の大人気商品になったことを。



 なにより今日起きた、宿での客と料理人の闘い。そして宿から孤児院までの俺とヴェーヌ、料理人と客の追いかけっこが、この街の伝統的な祭りとして1000年という長い歴史を刻むことを……

さすがに無いと思いますが、皆さんは登場人物たちのように、トレイを人に投げつけるようなことはしないでください。

いい音は鳴ると思いますが、当たると無茶苦茶痛そうなので……

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