強くなるために
どこかで鳥の鳴く声が聞こえてきた。それを子守歌のように感じ再び意識を沈めようとした矢先、鳥の声に違和感を感じた。日本で聞いたことのない鳥の声。
俺は急速に意識を覚醒させる。それと同時に上半身を勢い良く起こす。
目に入ってきたのは、毎日寝る前と起きた直後に見る自室ではない。
拉致か。
映画やドラマの見過ぎなのか、俺の置かれている状況を推測したら真っ先に出てきたのがそれだった。
それもすぐに間違いで、昨日召喚されたことをすぐに思い出した。まあ召喚も拉致に間違いないが。
昨日寝た時のままの服装で今日1日過ごすため、別の服には着替えなかった。これはみんな同じだ。人によっては着替えたいと愚痴をこぼしていた。
ここに来たときの服である学校の制服は、自室のタンスにしまっている。スキルの『インベントリ』というものは、異空間に物を無限に収納できそうだったが、開き方が分からなかったので制服を入れることは断念した。
鏡はないので感覚を使って寝癖を直しているとノックが聞こえた。誰が来たのだろう。
仲のいい友達には部屋の場所を教えていないので、俺の部屋を訪れる人に思い当たる人がいない。俺は視線をドアの方に向ける。
「宮崎くん。起きていますか?」
「はい」
声からして担任の白石先生だった。
ドア越しなので分からないが、白石先生は女性で背が低く若い。さらには美人のため男子生徒から人気。
そんな先生に、俺はなぜ来たのか不思議に思いながら、返事をする。
そういえば女性教師が男性生徒の部屋を訪れてもいいのだろうか?
「昨日の大広間に来てください。全校集会を行います」
「わかりました」
担任の先生は、部屋に入ってくることなく、ドアの向こう側から話をしてきた。
昨日の大広間で全校集会的なものがあるらしく、呼びに来たか。
俺は返事をし、身だし並みを確認すると部屋を出た。担任の先生は他の生徒を呼びに行ったらしく、すでに扉の前からは消えていた。
途中、大広間に続く廊下で移動中の生徒に出会う。人によっては、眠たそうに目を擦りながら歩いている。昨日あまり寝ることができなかったのだろう。俺は昨日はぐっすりと眠ることができたので、眠たくはない。
まるでゾンビの大群のように、ぞろぞろと大広間に移動していく。
大広間につくと、昨日と同じように座る。あちこちから話声が聞こえて来る。
そんな中、俺は誰も座っていないために開いている右隣をぼんやりと見る。
普段なら隣に双子の怜が隣にいるが今日はいない。正しくは昨日からいないな。
怜は風邪をひいてしまい、昨日は学校を休んでいた。そのため、召喚に巻き込まれなかった。喜んでいいのか悪いのか分からないな。
まあ、大事な家族が安全なところにいるのであれば、喜んでいいだろう。
周囲がざわついているのを見ながら座って待っていると、ゆっくりと前に校長先生が出て来る。自然と生徒は話を止め、校長先生へと注目した。
校長は男性で、体格のいい体をしている。髪は白髪が混じっているので、それなりの年をとっていると思われる。
そんな校長は生徒を端から端まで見まわすとゆっくりと口を開いた。
「皆さんおはようございます。眠たいところすみませんが、今から今後の行動について説明します。皆さんには騎士団の人に訓練してもらい、自分の身は自分で守れるようになってもらいます。本来なら先生方が守ればよいのですが、人数が多いのでそれは無理です」
確か通っている学校の全校生徒は600人。
早く帰った人や休んでいる人もいるので550人ってところだろう。先生の詳しい人数はわからないが30人ぐらいと思う。
そこから考えると、先生1人当たり19人の生徒を守らなければならないことになる。この世
界では無理だろう。
そんなことを考えている間にも、校長先生は話を続けていた。
「また、一部の人は専門の人についてもらいそれぞれ腕を上げてもらいます。生活に関しては、皆さんが強くなるであろう半年間はここの国で生活してもらいます。もちろん弱い人は日本に帰る手段がわかるまでこの王都で生活してもらいます。これは職員と騎士団の方々とで話し合った結果です」
ここで校長先生は言葉を止めた。生徒が騒ぎ出す。
弱い人はこの王都で生活する。それは、せっかく来ることのできた異世界を前に、生活の場を縛られることを意味する。
「静かに!」
壁の方から男性の大声が聞こえてきた。誰かは分からないが、明らかに先生の声だ。
ああ、怖い怖い。
驚いたのかそれとも止めたのかは分からないが、生徒の話声がすぐに消えた。校長先生が再び話し始める。
「質問や拒否の人はいますか? ……いませんね。それでは話は以上になります」
さすがにこのような大勢の人が聞く中で拒否をする人なんていない。
そのため誰も拒否はしなかった。これを狙って校長先生が話していたのならかなりすごいな。
校長先生が前から横へ移動していなくなる。
まるでそれを待っていたかのように、たくさんの執事とメイドが入ってきた。メイドは食べ物が乗ったカートを押して入ってくる。
「皆様、朝食をお持ちいたしました。お配りいたしますので、もう少しお待ちください」
どうやら朝食のようだ。昨日の晩飯はおいしかったので、朝食も期待できそうだ。
料理は、目玉焼きにベーコンのようなもの、野菜のサラダとバランスが取れていた。
「食べながらでいい。耳を傾けてくれ」
朝食をとっていると、いつの間にか団長が前に立っていた。全員が気付き、耳を傾ける。
「今から訓練について説明を行う。人数が人数のため、訓練は基本的に40単位で行う。また、午前と午後に分けるつもりだ。今日は初日のため、そこまでハードなものは行わない。詳しいことは、訓練を始めるときに言う」
団長はそういうと、どこかへ立ち去って行った。そのよう数を見て、周囲がざわつきだす。ところどころ話の内容が聞こえてきた。どうやら訓練が楽しみで仕方がないらしい。
俺はあまり楽しみでない。非戦闘員のため、周囲とは強さに差があるからだ。
朝食をとり、午前の分の訓練が始まった。訓練内容は鍛冶を学ぶこと。さすがに初っ端から剣を作れは無理なので、見学に行きなさいと指示が出たので向かう。
そして今はざっと見て回ったので休憩中だ。
「それでどうだった。行けそうか?」
「行けるも何も、やるしか選択肢がないでしょ」
「まあそれもそうだな」
そういいながら笑う男性は俺の教育担当の鍛冶屋の人。ドワーフではなく、普通の人間。
だが、鍛冶をやっているだけあって、筋肉の付き方がすごい。とくに腕の筋肉なんて、尋常じゃない筋肉の付き方だ。また、立派な顎髭を生やしている。
いないこともないが、ドワーフでは鍛冶の技術が高すぎ、それがかえって負担になるだろうとのことで、人に教えてもらっている。
壁を見ると、いくつもの武器が飾られている。その中に気になる物が飾られていた。
といってもあれに似たものは知っている。日本の歴史の教科書で見たことがある。
「壁に掛けられているあれって何ですか?」
「あれ? どれだ?」
「あの細長いやつです。棒状の木の上に円柱の鉄が乗っているやつですよ」
「ああ。あれか。『銃』と呼ばれる奴だ」
やはりそうだった。多分だが火縄銃。
この世界に銃があることが驚きだ。
「まあ、あんなものこのんで使うなんて変わり者だがな」
「変わり者?」
「そっか。お前さんは向こうの世界の人だから。これも知らんな」
なぜ変わり者が使う武器であるのか分からなかったので尋ねる。すると男性が納得した表情になり、あごひげを撫でながら少し考え始める。
「銃は、お前さんと同じ異世界の奴がもたらしたものだ。威力は誰でも一定の威力を発揮できる。しかし連続で攻撃はできないし、命中率が悪すぎる。下手すれば前にいる仲間を撃ってしまうようなものだ。特にダンジョンのような狭いところでは逆に危険だな。それにレベルが上がれば剣技や魔法の方が明らかに強い。結果、銃は変わり者がよく使うものとなったのだ」
壁にかかっている銃を見ながら、鍛冶屋の人は話す。
飾ってあるのは火縄銃っぽい何か。俺の知っている、軍で使われるような近代的な銃ではない。
聞いた限り、いろいろと問題があるので、研究は進んでいないようだな。
ただ、火縄銃に使えるような火薬はあると言うことだろう。興味が沸いた。
時間のあるときに出も作ってみるか。幸いにして構造は大雑把にだが分かっている。まあ原因は怜だが……
「よし、休憩は終わりだ。続きをするぞ」
「はい」
「じゃあ、今度は剣を作る工程を見せてやる」
火縄銃のような何かを見ていると、声がかかったので返事をして練習に戻っていく。
休憩後も同じように見学のみだった。前半は施設の説明だったが、休憩をはさんだ後半は剣を作っているところを見学した。
昼食をとった後は昼休憩だったので資料室に行く。
鍛冶士の練習は午前だけだった。練習といっても初日の今日は見学。それでも実際に金槌で真っ赤に熱せられた剣を叩いているのを見るのは案外面白かった。
資料室に来たのは調べ物をするため。
銃についても気になったが、やはりダンジョンが1番気になった。
どのような生き物がいるか、どのような地形があるかをさらに詳しく調べるためだ。あちこち調べたが、ダンジョンについての本がなかったので、仕方なく司書っぽい人に尋ねようかと考え始めた時、本が見つかった。
その中から適当に本を取り出し見ていく。文字を読むのは言語理解で理解できるので問題はなかった。
時間の許す限り読み続ける。
ダンジョンについてだが、小説で読んだものと大差ない。
基本的にすべてのダンジョンは100層。中には30層という小さなものもあるようだ。
そしてこれも基本的にだが、10層ごとにダンジョン内の地形――環境が変わる。
いくら同じといっても、とあるあるダンジョンの50層台では草原に対し、別のダンジョンの50層台は雪山と、同じ階層でも環境は変わる。
そして地形によって魔物も変わることも書いていた。
だが、変わらないことが1つだけある。どのダンジョンも1層目は洞窟のような地形らしい。そしてその内部にはゴブリンを始めとした弱い魔物しかいないようだ。
存在する魔物に関しては、弱い物はゴブリンから強いものはドラゴンまでと、街の外にいるものとあまり変わらない。
だが外の魔物と違い、倒した魔物は自分の一部を残してダンジョンに吸収されると書かれている。
ダンジョンの外――つまり自然の中にいるものに関しては、自分で剥ぎ取りを行わなければならないのが大変だ。
だがその分、ドラゴンなら全身から鱗をはぎ取れるのでそちらの方がいいかもしれない。
また、ダンジョンは時に迷宮ともいわれるらしい。どちらも同じらしいが、多くの人はダンジョンというようだ。
さらに存在するいくつかのダンジョンは、海を隔てた大陸を繋ぐ道にもなっていたり、別の国を繋ぐ道にもなっていたりすると書かれている。どんだけデカいんだよ。
「この本もよさそうだな」
読んだ本を戻していると、別の本に目が行った。気になったので、試しに手に取って見てみることにした
内容は、王都にあるダンジョンについて書かれている本だ。
王都にあるダンジョンの名前は【トートダンジョン】と言われる。全100階層からなると言われているが、実際はもっと大きいかもしれないと書かれていた。
ここのダンジョンは違うようだ。
王都にある迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があるようだ。理由は階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているらしい。
「ん?」
ここで分からない言葉が出てきた。
『魔石』だ。
俺は興味を持ったので、別の本を取り出して調べてみる。
書いてある内容は、魔物の部位はどこが使えるかを書いた本だった。そして魔石の説明は一番最初のページに書かれていた。
俺は顔を近づけて読む。ページ数は多くはなかった。2ページほどしか書かれていなかった。しかも本当に必要だったのは、ほんの半分ほど。残りは使い方が載っていた。
魔石とは、魔物を構築する力の核をいうらしい。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石はポーションの材料になる。また、特殊な加工をすることによって人工のゴーレムを動かす電池の様な役割も持つようになる。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品のようだ。
ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱が使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。1種類しか使えない代わりに詠唱なしに放つことができる。
魔物が油断ならない最大の理由がわかった。魔物によって魔法を使う。しかも詠唱なし。
気が付けば昼休憩が終わろうとしている。まずい。
本を仕舞うと慌てて午後の訓練へと向かった。
午後の剣術の練習はただ単に型の練習だけ。人数は300人だろうか。かなり広い場所で訓練しているので、そのぐらい余裕で入れた。
学年がわかるように分けられた服の色を見ると、1年と2年の集まりであることがわかる。人数的に、1年は全員いるだろう。2年は、半分が3年と合同で残りの半分が1年と合同でするようになている。そのため半分の100人ほどがいるだろう。
流れは、まず初めに騎士団の人が手本を見せる。続いて、俺たちがその動きの通りに動くのだ。正直詰まらなかった。他の男子はかなり楽しそうにしていた。
本来なら魔法使いなどの後衛職は後衛職で。騎士などの前衛職は前衛職でまとまって訓練するべきらしいが、初めなので分けないようだ。
「今から戦闘系のスキルの使い方を説明する。持っている奴はこっちに来てくれ。支援系のスキルの奴と両方がない奴は休憩してくれ」
始まってからどのくらいたっただろうか。騎士団の人の1人が戦闘系のスキルを持つものは集まるように言った。その言葉を聞いた生徒が嬉しそうに、早足で集まっていく。
もちろん俺は両方とも持っていないので、端によって訓練風景を見ながら休憩する。支援系を持っているものは、支援系のスキルについて話あっていた。
時々、斬撃を飛ばすことのできるスキルを友達に見せつける奴らがいた。
イメージとしては、剣を振ると軌道上に三日月型のようのものができる。そしてそれが直進して前方にいる敵を倒すのだ。
だが、レベルが低いことと、刃をつぶした剣であることが重なって、威力はかなり弱く見える。だが、それでもかなり楽しそうだ。
「ねえ? 隣座ってもいいですか?」
突然声をかけられた。声のする方を見ると、少女がこちらを見下ろしていた。顔立ちはまだ幼い。髪はショートで、くくってはいない。服の色を見ると1年生だ。
「なぜだ?」
「先輩は非戦闘職でしょ?」
俺がぶっきらぼうに尋ねると少女が答えた。
俺が戦闘職ではないと、バカにしに来たのか?
「バカにしに来たのなら他を当たれ」
「え? ち、違いますよ! 私も非戦闘職だから、先輩と話したいと思ったので来ただけです」
俺が半分怒ったように言うと、少女は慌てて自分が非戦闘職であることを伝えてきた。
そういえば、非戦闘職の人が集められたときにこの人もいたような。
「そうか。それじゃあ何を話したい?」
「では、失礼します」
俺の言葉を座っていいという意味に受け取ったのだろう。少女は俺の隣に座ると、体育座りをして訓練風景を見ながら話し始めた。
「まさか異世界に来るなんて思ってもいませんでしたね」
「そうだな」
「ってちょっと! ぶっきらぼう過ぎません!?」
ぶっきらぼう過ぎるって言っても、普段女子と話さない俺にそんな無茶な要求をするな。
どんなふうに帰したらいいかなんて知らないぞ!
そんな風に内心で俺が思っていることを知らないであろう女子生徒が話を続ける。
「そういえば先輩。名前はまだ言っていませんでしたね? 私は青葉由香。服の色から見て分かる通り、1年です。もちろんあなたのことは知っています。宮崎零先輩」
「なぜ知っている」
「だって、怜先輩と双子じゃないですか。一部の人の間では有名ですよ?」
「そんなに有名か?」
「ええ。それに、怜先輩とは友達……って言っていいんですかね? ともかく良くしてもらっているので」
「そうか」
「はい」
無言の間が流れる。知っている人が怜という共通点を除き、それ以外お互い何も知らない。無言の時間が流れる。
どのくらいたっただろうか。訓練していたやつらが城の中に向かっていくどうやら訓練が終わったようだ。
「それじゃあ先輩。またお話ししましょう」
「ああ」
少女が立ち上がりながらそう言ってくるので短く返事をする。
話すといっても、ろくに話していなかっただろ。
それでも機会があれば、再び話したいと思った。
少女――青葉さんは別の友達と一緒に城の方へ戻っていく。
俺も遅れて立ち上がり城の方へ向かった。