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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼は彼女でお客さん(百合SS)

作者: 肴

 

 私は夜のお店で働いている。 その理由は、親が作った借金を返すため。


 昼の仕事だけでも借金の返済は出来るけど、貴重な二十代を借金返済についやすなんて事はしたくなかった。 私はナイトワークの求人広告を手に取った。


 私が副業に選んだ業種は風俗。 ハンドサービス専門店。


 服を脱がなくていいし、お客さんのお触りは禁止、手でサービスするだけの簡単な仕事、そう求人に書いてあった。 実務もその通りだった。


 初対面の男性に触るのは抵抗があったけど、すぐに慣れた。 私は超絶技巧を身につけ、次から次へ客を昇天させた。



ーー数ヶ月後にお店のナンバーワンになった私の予約は、本指名で毎日埋まる。



 「すみません。(りん)さん……予約がひと枠、キャンセルになりました」


 男性スタッフが私の個室に来て頭を下げる。


 「気にしないでくださいね」


 とは言ったものの、一時間くらい暇になった。 音楽でも聴きながらゆっくりしてようと思い、イヤホンを耳に付けようとした瞬間、またスタッフが部屋に来た。


 「凛さん……飛び込みのお客さん、いいですか?」


 「はい! よろこんで」


 運良く入ってきた飛び込みのお客さんを、スタッフが私の部屋に案内する。


 ドアを開けて入ってきた男性は、頭一つ分私より背が高く、少し長めの黒髪を耳にかけていて、知的な雰囲気をかもしだしていた。


 Tシャツからのぞく白い肌が眩しい……。 お客さんの容姿をまじまじとながめながら挨拶をした。


 「はじめまして(りん)です」


 「ああ……」


 なるほど。無口なタイプね。 それにしても若いお客さんだ。 容姿だけの印象だと二十代前半くらいに見える。

 私の指名客は、三、四十代の人が多くて彼のように若いお客さんは珍しい。

 入り口のドア付近で立ったまま動かない彼。 石の様にかたまっている。


 「こちらに座ってください」


 部屋の壁側に置かれているソファーを指差してうながすと、やっと動いてそこに座ってくれた。


「お名前聞いてもいいですか?」


「……ソラ」


 かろうじて聞き取れる声で名前を教えてくれた彼は、とても緊張してるみたい。


 「ソラさん、もしかしてこういうお店はじめてですか?」


 彼は無言でうなずいた。

 はじめてのお客さんは、私がリードしないといけない。


 「リラックスしてくださいね」


 少し明りを調節して、暗くしてあげた。 彼は、よほど女慣れしてないのか、切れ長の目元から覗く瞳はうろうろと泳いで、私をみようとしない。


 「ソラさん」


 呼びかけて視線を私のほうに向けさせる。

 次に身体を彼にぴったりくっつけて、腰のあたりへ手を伸ばし、デニムのパンツに指をかける。


 「下の服、脱がせちゃいますね」


 耳元に顔を近づけ、ふぅっと息をあてると、ビクッと反応するソラさん。


 「や、やめろ!」


 「えっ……」


 軽く突き放すように胸を押され、私は後ろに尻餅をついてしまった。 ソラさんは背中を向け、振り返ることなく部屋から出て行ってしまった。

どうしよう。 一時間のコースなのに開始十分くらいでお客さんが出て行くなんて……。

私はクレームを覚悟した。

いまごろ、受け付けで文句の一つでも言ってるにちがいない。 「プレイが下手くそだった」とか。


「凛さん、いいですか?」


すぐにスタッフが部屋に来た。ほらね、今から説教されるんでしょ。


「さっきのお客さん、凛さんの明日の予約入れて帰りましたよ。五時間」


「ご、五時間ですか?」


「はい。凛さんの出勤時間、全部うまっちゃいましたね」


すぐ出て行ったのに、翌日に五時間の予約を入れるなんて意味がわからない。 こんなお客さんは初めてだ。


明日の五時間をどう攻略するか私は悩んだ。

お客さんを満足させないと、嬢としてのプライドも傷付く。


なんとか彼を喜ばせたくて、翌日私は彼の到着前にコスプレをしてみた。 無料オプションのコスチュームで一番人気なのが、OLの制服。

これならソラさんも、きっと満足してくれるはず。 少しだけ緊張しながら彼を待った。


予約の時間ぴったりに、彼は来た。


「また来てもらえて、本当にうれしいです」


意識的にワントーン高い声を出しながら、彼の腕に抱きついた。 これは指名客にする常套手段。


「は、離れろ!」


自分で五時間も予約したくせに「離れろ」なんて言う彼の気持ちが、分からない。 恥ずかしがり屋と表現するには度をこしてる。


「なに、その服」


やっとOLのコスプレに気が付いてくれた。


「今日は、わたしが部下でソラさんが課長って設定で、やりませんか?」


「そんなの、いらない」


断っておきながらも、頬が少し赤くなってる彼。

ああ、もう、じれったい。


「ソラさんがOLいやなら、私、脱ぎますね」


本当は下着で接客したらだめなんだけど……。 誘惑にびくともしないソラさんを、少しでも刺激したくて、私はOLの制服を脱ぎ捨て下着姿になった。


それを見た彼が息を呑んだのが、分かる。

白い喉元が少しだけ上下したから。


部屋の照明を全て落とし、真っ暗にした。 暗闇の中、手探りで彼の服に手を伸ばした。

 肉付きのない腰を指でなぞり、Tシャツの裾から手を差し込んで、滑らかな肌を確かめた。

すっと上までいくと、指先によく知っている感触があった。 布に包まれたワイヤー、それを縁取るレースの凹凸、はみ出たやわらかい肉……。

これは、おっぱい?

ふにふにしている。


「ソラさんって……女?」


「そうだよ」


「……そっか」


あまりにもやわく触り心地が良いそこから手が離せない。 初めて触る自分のものじゃない、人の胸。


「凛ッ、これ以上はやめて」


少し荒い呼吸をしながらソラさんが身体を引いたので、私は触るのをやめた。


「部屋、明るくして」


懇願するように頼まれて、部屋を明るくした。 明るいところで改めて見ると、長い睫毛や撫で肩の肩から、ソラさんは、ちゃんと女の人に見えた。


「ごめんなさい、私てっきり」


「別にいいよ」



彼女は店に入るために、わざと男に見える格好をして来たらしい。 ソファーに深く腰掛けた彼女が話し始めた。



「凛、これ、覚えてる?」


「これって……財布?」


ソラさんが鞄から取り出し、私に見せてきた黒い革の長財布。 どこかで見たような気がする。


「なんか前に見た事ある気がする」


「私の財布なんだけど」


「うん……」


ソラさんの財布じゃなければ、”誰のだ”って話になる。


「凛が前に拾ってくれたやつなんだけど」


「あっ……思い出した。コンビニの前で財布落としたお姉さん!」


「それ、私だ。凛、わざわざ走って追いかけてきて」


「覚えてる」


「あの時ろくにお礼も言えず、悪かった。ありがとう」


「お礼なんかいいよ、当たり前のことしただけだから」


あの時、ソラさんはタイトなパンツスーツを着ていて、今より長い髪を後ろで一つにまとめていて……。


 次々と、せきをきったように、記憶が蘇ってくる。


「二度目に凛を見かけた時、後を追ったらこの店に入っていったから……」


「それで指名してくれたの?」


「いや。そのときは店の人に、凛は予約が入ってるから無理だと言われた」


「あははっ」


「笑い事じゃない。私はそれから何回も来て、その度に追い返されたんだから。昨日、やっと凛に会えた」


「ソラさん。それ、昨日話してくれたら良かったのに」


「昨日は凛が積極的過ぎて無理だった。 戸惑ってしまって……いきなり帰ってごめん」


「あははは」


あまりのおかしさに笑ったけど、そんな風に言われたら恥ずかしい。 財布のお礼に来ただけのソラさんに、私は変なことしちゃった。


「なんか恥ずかしい」


「でも、お礼を言いに来ただけじゃない」


軽く顎をおさえられ、私の唇にソラさんの唇が触れた。


「好きだ。財布拾ってくれた時、凛にひとめぼれした」


「えっ、あ、ありがとう」


「私、告白してるんだけど?」


「………」


「返事、待つよ」


突然、告白されてもすぐに返事なんか出来ない。 触れるだけのキスで、心臓がうるさいくらい鼓動してる。 それに私、女の人と付き合った経験なんて無い。


「あと三時間くらいは、待つよ」


ソラさんがタイマーを手に取って見てる。


「三時間で決めなきゃだめなの?」


「うん」


まだソラさんの事ほとんどしらないのに。


「凛がもし付き合ってくれるなら、すぐ店辞めさせる」


そんな事を言われても、私には親の借金がある。

店を辞めることは出来ないし。 私、恋人なんてつくれない。


「安心して、私は金持ちだから」


ソラさんはにやりと口元を三日月型にゆがめて、笑った。 私の事情を聞かずにそう言ってきた。


私が彼女の事を好きかどうか自問自答する。 今まで味わったことの無い、この胸の高まりをしずめたい。


一度関係を持てば、この気持ちも冷めるかもしれない。 膝に置いている彼女の手を取り、自分の指を絡ませてから、言った。


「えっちしてから決めたい」


「付き合ってからじゃないと、抱けない」


ソラさんの意地悪。 私が痴女みたい。




ーー私が彼女と付き合う事になったのは、一時間後の話。

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