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006話

 ルルイ駐屯所の話の前に、この世界『リグリア』について説明したい。

 

 ゲームのタイトルともなっている『リグリア』というのは、大陸の名前である。

 真ん中にくびれをもったひょうたんを想像して欲しい。ひょうたんは頭が大きく、おしりが大きい。縁は綺麗な円ではなく、歪に波打っている。

 そのひょうたんを横に倒し、周囲を海に囲む。それがリグリア大陸のおおまかな形だ。

 リグリアを囲む海には海洋モンスターが存在しており、大陸から離れれば離れる程、モンスターは大型化していく。そのため他の大陸は、伝承の類いとして扱われている。

 

 『リグリア』大陸に内において、ビア村が所属するピノン自治領と、エルフェルトが所属するバレア自治領は、歪なひょうたんをクビレから二つに割り、右側つまり西を更に四等分にした内の北東部に位置する。


 話を戻すとルルイ駐屯所とは、そのビア村と、エルフェルトの中間地点に位置する駐屯所だ。駐屯所と呼ばれる場所は、リグリア大陸に幾つもあるが、バレア自治領にありながら、ピノン自治領の自衛団も駐屯しているというのが、他の駐屯所には見られないこの駐屯所の特色である。

 古代においては部族の名であったピノンとバレアではあるが、その垣根は曖昧であり現在においては共存関係にある。ルルイ駐屯所は、食の生産地であるビア村とそれを輸出するエルフェルトを繋ぐ街道を守り、互いに発展してきた歴史があった。

 

 ツカサはゲーム上の設定であったことを思い出しながら、やがて見えてきたその駐屯地に目を凝らす。人の丈を超す程の丸太をぐるりと張り巡らし、幾つもの布のテントが立ち、鎧を着た兵士や、馬屋に繋がれた馬がわなないている。

 日は沈むまで、あと数刻というところだった。


「今日はあそこに泊まるの?」

「駐屯所は兵士のものだ、一般人は入れない。せいぜい、柵に近い所に泊まらせてもらって追い剥ぎやモンスターから身を守ってもらうだけだ」


 柵の切れ目を指差すツカサに、ベイルは首を振り、手綱を引くと、その左手、開けた広場になっている場所へ、カスパールを進める。

 

「先に邪魔しているよ」


 大八車にロバを繋いだ男が、火に薬缶をくべていた。ベイルは慣れたように「横を借りる」と一言つたえると、側に幾つかある穴の空いた石へカスパールを繋ぎ止める。不思議な石だと思っていたツカサはなるほど、そういう風に使うのかと関心する。

 近づいてみてわかったのだが、広場は茂みが人工的に払われているのが見て取れた。無人のキャンプ場といったところだろうか。

 焚き火の側にベイルが腰をおろしたところで、男が口を開く。


「あんたらはエルフェルトか」

「ああ、そっちはビア村か?」

「野菜を売った帰りでね」


 何かを貸せという仕草に、ベイルは背嚢から錫でできたカップと、椀を取り出して男に渡す。

 湯気のたった薬缶から、白い液体が注がれる。


「ヤヌーの乳か?」


 返されたカップと椀の匂いを嗅いだベイルはそう口にした。


「そうだ。昼に搾ったもんだ。火も入れている。俺が好きだからとエルフェルトの甥が持たせてくれたんだがね……」


 そう言って男は、傍らに置いた革の水筒袋をこれみよがしに掲げる。まだ中身が十分に残っている袋は重そうに揺れた。


「多いな」


 その量に男が言いたいことを察したベイルは苦笑を浮かべる。男も同じ様に笑った。


「ああ。明日まで持たないもんをこんなによこして。せっかく準備してくれたのを断れず難儀してたんだ。後で乳粥も作るんで食べてくれ」

「それは助かる」


 二人の会話を蚊帳の外で聞いていたツカサはヤヌーという生物について、記憶を探っていた。

 ヤヌーとは、敵性MOBとしても出現する牛のような生物だ。幾つかの村で飼われていたことをツカサは思い出した。エルフェルトでは荷車を引く姿が港付近で見られたので、搾乳されるだけでなく、労働力としても使われているのだろう。

 

「飲め」

 

 ベイルから手渡された錫のカップしげしげと見つめて、その独特の匂いにツカサは眉にシワを寄せる。


「…………コレ」


 かろうじて臭いという言葉を飲み込んで、拒絶する意味を込めて、ベイルを見上げる。


「薬だと思え」

「まあ、苦手な人間は苦手だわな」


 乳嫌いの子供というのはどこにでもいる。対して気を悪くした風もなく笑う男と、助けを出す気はさらさらないといったベイルに、ツカサは手の中のカップを持て余し、覚悟を決め息を止めながら乳をすする。


「どうだね、もう一杯いるかい?」


 ようやくの思いで飲み干したツカサに男は人意地の悪い顔でカップを差し出す。全力でツカサは首を横に振った。


「そうか、もういいか。乳粥には、香草を入れてやるから安心しな。匂いはましになるだろうさ。味は悪くなかっただろ?」

「まぁ……味は美味しかったです」


 しぶしぶという顔のツカサに、もう一度男は豪快に笑う。

 香草を入れ、言葉通り『まし』になった乳粥をすすり、寝床を整え寝付こうとしたときだった。


――カンカンカンカン


 頭の奥まで響くような鋭い鐘の音が響き渡る。


「な、なに!?」


 慌てて周りを見渡すツカサに、ベイルはじっと駐屯所を見つめる。


「哨戒用の鐘……敵襲だ」

 

 ベイルは手早くカスパールの背に荷物をまとめ上げる。


「えっ、敵襲??」


 オロオロとするツカサに言い聞かすようにベイルは告げる。


「はぐれ狼かゴブリンか……あるいは野盗か」

「野盗はないわな。駐屯所を攻めるような大規模な野盗がいるなんて話、噂でも聞かん」

「なら、狼か、ゴブリンか……俺らは一旦離れるが、あんたはどうする?」


 ベイルの言葉に、同じように荷車に荷物を放り込むようにまとめていたエルフェルトから来た農夫――ワイズは困ったように笑った。


「あんたらと同じく、といきたいが……駐屯所には義弟が勤めていてな。事実を確認しないことには妻になじられる」

「だが……」

「危ないのは百も承知さぁ。けどな、ロバと荷車、こんな夜更けに村に向かっても危ないことには変わりない」

「そうか……達者でな」

「ああ、そうする……っっ!?」


 ベイルの忠告に頷き、ワイズが荷車にロバをつなぎ直した時のことだった。


――ワォオオオオオオンン


 空気を切り裂くような鋭い吠え声。


「はぐれ狼?」


 不安そうな表情を浮かべるツカサにベイルはかぶりを振る。


「いや……もっと大きい(ヤバイ)何かだ。前言撤回する、あんた村に戻った方がいい」

「それならなおさら戻れやしないよ。家族見捨てて村に戻った日には、俺ァ……」


 はぐれ狼よりも大きい(ヤバイ)何か――問答を繰り返すベイルとワイズを隣に、ツカサは一匹のワールドボスの名前を思い出す。


「レッドファング! 赤い牙の狼王!」


 ツカサの声に、ピタリと、ベイルとワイズの動きが止まる。だが、ツカサは自分の考えに没頭するあまり、それに気づかない。


「レッドファングの適正レベルは15だけど、ワールドボスだから、4マンセルの4パーティーが最大攻略可能数で16人ってことは、単体撃破する場合、60レベルは欲しいよね……ここいら一帯のNPCレベルは8~10、隊長でも15。ベイル、駐屯所にいる兵士の数ってどのぐらい?」

「あ……ああ。大体だが30名~40名ってところだな」

「うーん、ギリギリ。いや、レベル差の分ペナルティ食らうからアウトか? まずいよ! 半壊、最悪なら全壊する!」


 胸ぐらを掴む勢いで詰め寄るツカサに、ベイルは当惑した表情を浮かべる。


「そんなまさか」


 否定するベイルを置いて、横から割って入るようにワイズがツカサの肩を掴んだ。


「嬢ちゃん……今のは本当かい? レッドファングなんて……絵本に出てくる御伽噺だろう? そうだろう?」

「痛いっ。離して! 絵本ってあれでしょ!? エルリーン教本! あれに嘘はないよ、子供向けに書き換えられた記述はあるけど!」

「あ、ああ、悪い。……にわかには信じられんが……だが、あーいや、鐘が鳴るってことはそうなんだろう。言われてみれば、はぐれ狼や、ゴブリンが襲ってきた程度なら不寝番が警笛を鳴らす程度だ。それが鐘なんだから、もしかしたらあるいは」

「落ち着け」


 打って変わって所在なくうろつきまわるワイズに、ベイルが怒鳴りつける。だが、その言葉にかぶさるように不吉な遠吠えが木霊する。


――ワォオオオオオオンン

 

 再び口を開こうとしたベイルを遮り、ワイズが捲し立てる。


「これが落ち着いてられるか! あそこをみろ!! 篝火が次々と上がっていく!! 鐘の音が止まらないじゃないか!! なあ、あんたお願いだ。半分はあんたにやるから、残りを妻に届けてくれ。万が一があったら俺は家族を見捨てなかった。愛してる。そう伝えてくれ!!」


 食って掛かる剣幕で、ワイズは懐から取り出した革袋をベイルの胸に押し付け必死に言い募る。

 それに、ベイルも負けじと押し返し――押し返された反動でよろめいたワイズへ、留めとばかりにベイルは革袋を投げつけた。


「だから、落ち着け! それはあんたが届けろ。いいか、あんたはここにいろ。カスパールは利口だ。もしこいつが逃げる素振りをしたら乗って紐を解け。そして後はこいつに任せろ。日が明けたらエルフェルトへ応援を呼びにいくんだ。荷車はおいていけ。そこのロバも綱さえ外せば、野生の勘とやらを頼りに生き延びるだろう」

「だが義弟が!!」

「それは俺に任せろ、俺は傭兵だ。あんたはその金で俺を雇った。雇い主の責任として、ここに居残る義務がある。だが命を掛けるほどではない。そして、家族を見捨てたわけでもない! わかったか!」


 有無を言わせないベイルの言葉に、ボロボロと涙をこぼしワイズは震える声で「すまない」と言葉にする。

 その姿を一瞥し、ベイルは剣を取り、一刻の猶予もないと駆け出す。


「くそっ、くそっ、くそっ、くそったれ!」


 吐き捨てるように悪態をつき、地を蹴る。

 次々と上がる篝火と、蠢くように掲げられた松明。やがて駐屯所に近づくにつれ、怒号のような響きが聞こえてくる。


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