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001話

 よくある話。

 デスゲーム、トリップ、異世界転生。チートひゃっほう俺TUEEEEな感じで、物語が始まって、それなりに苦労して、ボーイミーツガールなんかしちゃったり、立身出世したり、農業革命起こしたり、技術革命起こしたり。んでもって、めでたしめでたしで終わる奴。

 これから始まる話も、そんなテンプレ的な話の内の一つ。


 楠本ツカサは気がつくと、大自然の中に立っていた。

 緑色の絨毯を敷いたかのような丘陵、開けた視界の頭上を、ゆっくりと雲が流れていく。

 黒いストレートの髪が、風にあおられ、ツカサの視界を塞いだ。左手でかきあげ、右手に持っていたマグカップを傾ける。口の中に広がる味は、間違いなく、先程作ったばかりのココアだと、自己認識を繰り返し、ツカサは足元にそのまま視線を落とした。濃いピンクの小さな花と、小石。雑草の合間から見えるのは、やや乾燥した薄茶色の大地。よく出来たテクスチャというのが、生まれも育ちもコンクリートジャングルであるツカサの印象だった。


 テクスチャの上には白い長毛の兎が二匹、眠そうな目を虚空に向けている。MMORPG『リグリア Online』のマスコットキャラクターを模したそれは、ツカサが愛用してやまない、室内用のスリッパに間違いない。 

 辺りを見渡してもキーボードも、マウスも、モニターも、ツカサが愛しんでやまないフルスペックにカスタマイズしたゲーミング用PCも見当たらない。

 キッチンにココアを取りに行く途中で寝てしまったのか、はたまたゲームのやり過ぎで幻覚でも見ているのか。たかだか十二時間程度のレベリングでヤられるようなやわな精神スペックじゃない筈だと、ツカサは再び自問自答。

 しばしのち、脳内裁判は、異世界トリップか、デスゲームに巻き込まれたか、現実路線でいくならば、やばいバッドトリップを決めたか、いずれかだろうと判決を下した。

 なぜなら、ここは、ツカサが先程までプレイしていたMMO『リグリア Online』――始まりの地――なのだから。



 視線を遠くにすると、現在地――丘陵の上からなだらかな斜面を降り、横切る川を越えた先に、小さな村が見えた。まるでミニチュアのようなその村は、ビア村。ツカサ自身、何度も訪れた事のある、リグリアでほとんどのプレイヤーが最初に訪れる村である。

 ツカサが身につけているのは、流行り(と店員が言っていた)の臙脂(えんじ)色のロングスカートと、白いシャツ。どちらもモデルが着ればおしゃれ装備に早変わりするのだが、それがツカサであれば、痩せぎすの腕と相まって貧相な印象しか与えない。見てくれを気にしてもDPSは上がらないと言ったのは誰だったか……とツカサは記憶を巡らす。バトルジャンキーのムロマチか、PKKを趣味としているAlliaネカマだったか……。ともかく、花よりDPSな脳筋ギルメンの誰かだった事は確かだった。顔の作りもスタイルも諦めたから、今は切実にDPSが欲しいと、空を見上げツカサは思う。


 リグリアであれば――初心者用のこの地域は、そのレベルに応じたMOBしかいない。迷惑イタチも、グリーンビートルも、ノンアクティブモンスターに指定されている。ただ、余りにもこの世界がリアル過ぎて、ツカサには想像できなかった――凶悪なモンスターがノンアクティブだという設定のままに、横を通る人間を襲わないなんてことが、餌を求めモンスターが地域を移動しないなんてことが、死んだら経験値だけを失って、一番近くの拠点で生き返るなんて事が。

 ともかくと、ツカサは一歩踏み出し、ビア村を目指す事にした。リアルを売りにしたリグリアと同じく、太陽がゆっくりと西に向かって動いているのに気づいてしまえば、こんな場所でのんびりしている訳にはいかない。夜はMOBの凶暴性が増す。


 岩陰や、灌木を避け、丘を下る。影から何か飛び出してきたらツカサは泣く自信があった。

 装備は、マグカップと、普段着。某有名RPGでいうところのひのきのぼうと布の服にも劣りそうなこの格好で新規メンバーがギルドに入ってきたならば、とりあえずユニクロ装備揃えよう? と半日引きずり回して、そこそこ使えるイベント装備に衣装替えさせるのになんて、思考を飛ばす。

 流れてきた首筋の汗を手の平で拭う。シャツも汗でベタつき、まとわりつく。


「引きこもりに野外活動なんてさせないでよ……」


 ボヤキを一ついれる。七分丈の袖を折り込んでいるが、それでも夏真っ盛りというこの気温には閉口する。リアルでは夏も終わりかけだったのだ。

 見た目ではそう距離があるようには見えないが、蛇行しながら進む所為で、予想以上に時間を食っていた。体感にして、30分から40分程。ようやく、中間地点の川岸にたどり着く。

 環境汚染とは無縁のせせらぎは涼しげで、川底の砂粒一つ一つまでくっきりと見て取れる。ツカサはしばし疲れも忘れ、感嘆の息をついた。マグカップを地面に置き、川の水を手の平で掬い、こぼす。ヒンヤリとした水は忘れかけていた喉の乾きを思い出させた。


 これだけ綺麗だったら、飲んでも平気だろうか? と未練がましく、手に残る水滴を見つめる。ツカサの脳裏を巡るのは、寄生虫やら、病原菌やら、興味本位で調べたグロ画像の数々。

 とりあえず、腐ったり、虫が寄ってきたりしたら嫌だなと、ツカサはマグカップを洗うことにした。中に入っていたココアは既に胃の中である。カップを清流の中につけ、軽く揺すった後、引き上げ、中に残った水を溢そうとした時の事だった。

 錬金――できるだろうか? とツカサは思い立つ。

 リグリアの生活系コンテンツの一つである錬金は、無から有を……とまではいかないが、その辺で拾える雑草からポーションや、エンチャント付与効果を持つエリクサーを精製する事ができる。レシピの内一つに、『精製水』というアイテムがある。材料は瓶に詰めた川の水。道具は不要。初期レベルから作成可能。

 再び、カップを川に潜らせ、なみなみと水を汲む。ゲームであれば、キーボードの『J』ボタンをタップし、作成用の画面でカテゴリー『錬金』を選択、アイテムをセットし、作成ボタンを押すのだけれど……と、その手順を思考の中でなぞる。


「……私、ゲームやりすぎて頭おかしくなった?」


 ツカサは呆然とその光景を見つめる。カップの中から渦巻状に水が宙に浮かび上がり、暫く巡った後、再びカップの中に吸い込まれるように戻っていったのだ。カップの中の水を恐る恐る、舐めるように口をつける。無味無臭、慣れ親しんだカルキ臭も、大自然が育んだミネラルの味もしない。ツカサには大自然から汲み出した水をそのまま飲むなんてことをした経験はないが、普通こういった水というのは特有の『味』というものがするんじゃないだろうか? と思った。脱サラ農家のぬらりひょんさんが水道と井戸水の違いをとくとくと語っていたのをツカサは覚えていた。

 ならばこれは『精製水』なのだろうと、結論づけ――喉の渇きに楽観的な判断をしたことは否めないが――カップの水を飲み干す。

 人心地付いたのち、ツカサは空のカップを見つめ、今後について考える。正直、ビア村についた後の事など考えていなかった。だが、ポーションを精製して買い取って貰えば宿代ぐらいにはなるんじゃないか? とひらめいた。日はまだ高く、時間に多少ならば余裕がある。ポーションの材料は、雑草と精製水。とりあえず、足元の草と、マグカップに注いだ水を使い――

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