職人組合と鉱毒の話
わたしと師匠は、鉱石を再びキャリアーに乗せてスラグさんの工房を後にしました。
荷物は今は師匠が引いています。
職人組合の建物は、ティケダの街北部の中心付近を少し東に歩いた処にあります。敷地は塀で囲まれ、集会が出来る広場や大きな倉庫もあります。
わたしたちは門をくぐり、事務所のある建物にはいりました。
建物の中に入ると、真っ先にに掲示版が目につきます。そこには組合が共同で買い付けている鉱石や地金の在庫と売買相場がビッシリと書かれていました。
前に、師匠が言ってました。
「ティケダの職人組合は、共同で出資して原料の仕入れをまとめて行うことで、鉱石の市場価格に強い影響力をもっている。そして、作った宝飾品の価格も、むやみな安売りをしないようにある程度規定を設けている。そうして原料を安く仕入れ、宝飾品の値段を高く維持することで、加入する工房みんなの利益を上げる。そういう組織だ」
だそうです。
そんなわけで、持ってきた鉱石の換金をお願いします。受付にいたのは二十歳ぐらいの青年でした。
職人組合の組織は、エイモリーさんというおじいさんが今の頭目で、各工房から跡取りの若者や主人の奥さんなどが数人、二、三年の持ち回りで派遣されて実務を受け持っているんだそうです。受付の青年もきっとどこかの工房の跡取りなのでしょう。
「まとめて換金してくれ」
「あぁ、アルベルトさん。少々お待ちください」
師匠が受付の青年を呼んで、換金を依頼します。
青年は裏手に引っ込んで、別の職員さんと一緒に鉱石の鑑定をはじめました。わたし達が持ち込んだ鉱石は、それぞれ師匠の魔法で純度を高くしてあります。宝石の原石などは査定額が何倍にもなり、師匠曰く「今回ので二月食える」のだそうです。
すると間もなく、高級そうなキラキラした服を着た、金髪の細身の男性が奥から現れました。金髪の青年のそばには、騎士鎧を身に付けた綺麗な女性が控えています。男の人はフェリライス=ティケドリア様と、綺麗な女性は護衛騎士のティリス=ウィステリアさんです。
「やぁやぁ、アルベルト君。今日もなかなかの上物をお持ち込んでくれたようだね。結構結構! これからも我が領地の為、存分に励んでくれ給え」
「チッ、フェリライスか。おや、ティリスさんっ! 今日もお美しい」
「こんにちは、フェリライス様」
ティリスさんは黙って目礼して、フェリライス様の後ろに下がりました。
フェリライス様は、ティケダの領主様の息子さんで、三男ぐらいの人です。 職人組合にかなりの自由を認める変わりに、お目付け役として領主さまから派遣されているのだそうです。
師匠は、フェリライス様のことを
「あいつはバカだから、たまに顔出して、ふんぞり返っているだけだ。組合から受け取った報告書を、領主の補佐官にスルーするだけ。うざいが害はあまりない無い」
なんて言っています。実際そうなのでしょう。
「あぁ、僕に逢いに来てくれたんだねエミリー嬢! スズランのように小さく可憐な君よ、願わくば僕の枕元で咲いてはくれないか? 今なら僕専属のメイドしてすぐにでも君を迎え入れたいのだが」
「悪いなアホライス。こいつは俺の嫁一号なんだ。お前のようなロリコンにはやれねえよ」
「誰が嫁ですか、違いますよ。フェリライス様も御免なさい、とても嫌です」
ティリスさんは後ろで申し訳なさそうな顔をしています。
フェリライス様は会うたびにわたしを口説いてくるので苦手です。
師匠も、「あんなロリコン野郎の所に行こうものなら、とても口に出せないようなエロい事を毎晩されて、お前は赤子を十人は孕む事になる」と、フェリライス様の危険性をわたしに説きます。
わたしも、フェリライス様のねっとりとした視線には、どうも生理的な嫌悪感が有るので、師匠の忠告に従います。
わたしには分かります、あの人は師匠と同類です。
つまりとっても危険です。
「はーはっはっは、振られてやんの、アホライスっ! いい加減諦めろ、エミリーは俺のものなんだよ!」
「べつに師匠のものでもありません」
「くっ、君とはいつか決着を付けねばならないようだね、アルベルト!」
「なんだ? ヤルか? アホライス!」
「コラ、小僧ども、ここで騒ぐな。フェリライス様も、申し訳ないがこの老いぼれに免じてここは抑えて頂けないかな」
頭目のエイモリーおじいさんです。丁寧な言葉とは裏腹に、眼光は鋭くすごみがある声で、師匠とフェリライス様を諫めました。
「ふんっ! 失礼する!」
フェリライス様は、すたすたと奥の部屋に行ってしまいました。
「皆さま、お騒がせして申し訳ございません」
護衛騎士のティリスさんが頭を下げて、フェリライス様の後を追いました。
「あんな美人がもったいないなぁ。しかしアホライスは女の趣味だけはいいんだよな」
ティリスさんは美しい女性です。白い肌、青い瞳の切れ長の目。さらさらの金髪をポニーテールにして、彼女が歩くとしっぽがキラキラ光るようでした。背丈もすらっと高く、体形は鎧でよくわからないけど、胸もおおきそうです。
わたしもいつか、ティリスさんみたいに綺麗な女性になりたいな。
「くっころさんは大事にしなくちゃいかん」
師匠は意味不明なことを言いますが、ティリスさんには親切にしろということだと思います。
二人の姿が見えなくなると、エイモリーさんが、師匠に声をかけました。
「アル坊、少し話がある。奥へ来てくれんか?」
「あぁ…、悪いが急いでるんだ」
「バカ言うな、鑑定待ちなのはわかっておる」
「へぃへぃ」
師匠はしぶしぶという感じでエイモリーさんに従い、わたしたちは応接室にはいりました。
「で、アル坊。お前は薬も作れるのだろう? 鉱毒の解毒薬は作れるか?」
「出来ないな。仮に出来るとしても、客は選ばせてもらう」
「そうかい。まぁ、事情を隠しても仕方ないな。コシュー領の鉱山で鉱毒が出た。コシューの組合経由でうちに中毒者の治療について協力の要請がきてな。つまり大本の依頼主はコシューの領主かカイラル王家だ。うちとしても重要な取り引き先じゃから、何もしないわけにはいかぬのだ。情報を集めたり、治療出来そうな者を紹介したりな」
「エイモリーさん、あんたには世話になっているが、俺は組合員じゃない。組合側の立場は分からんでもないが、他を当たってくれよ」
師匠はわたしを引っ張って、応接室から出ました。
受付に寄って鉱石の査定金額と明細を受け取り、わたしたちはそそくさと組合の建物を出ました。
師匠はどんどん外に向かって歩いて行ってしまいます。わたしも慌てて後を追いかけました。
すると、
(ゾクリ……!)
わたしは急に粘っこい視線を感じました。
立ち止まって建物を振り返りましたが、視線の主は見つかりませんでした。
「どうした、エミリー」
「いえ、ちょっと視線を感じたんで」
「どうせアホライスが、お前の尻でも見てたんだろ」
「それは最悪です、てゆーかさりげなくお尻触らないでくださいっ!!」
しつこくお尻を弄る師匠の手を払いのけて、わたしは師匠から慌てて離れました。全く油断出来ませんっ! ていうか、いちいち触り方がいやらしいんですっ!
道を歩きながら、わたしは師匠に話しかけました。
「どうしてそんなに頑なに、鉱毒の件に関わるのを避けるのですか?」
「もともと、気が進まないのもあるが、さっきのエイモリーさんの話でさらに疑問がわいた。この話はたぶん碌なもんじゃない」
「どうしてですか?」
「エミリー、鉱毒がでて真っ先に体を悪くするのは誰だ?」
「鉱山夫の方でしょうか」
「そうだ。それも危険な場所を受け持つのは、奴隷や懲役喰らった犯罪者で、そいつらが真っ先に倒れる。そんな奴らを領主様やら王様やらがわざわざ治療してやる必要はない。新しい奴隷を補充するだけだ」
「でも、一度に沢山の毒が出て、大勢の人が一度に倒れちゃったのかもしれないですよ?」
「そうなれば、ティケダまで噂ぐらい届くだろ。今のところこの件は組合関係者からしか聞いていない。まあ遅れて噂が届くかもしれないが」
「確かに……。そうですね」
「そんなわけで、俺はこの件には関わらない事にする」
「はい……」
わたしたちはそのまま街で軽食を食べた後、買い物をしたり、ガラス工房に再度寄ったりして、用事を済ませて帰りました。