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師匠がわたしのパンツに魔法を付与するので困っています。  作者: ぇーぁぃ
物質の支配者・転換篇
7/86

ガラス工房にて


 鉱物採集から帰った翌日、わたしと師匠はアトリエの近所のガラス工房に向かっていました。


 昨日拾った鉱石を運ぶのには、師匠がキャリアーと呼んでいる小さな荷車を使います。大きな籠をキャリアーに乗せて、わたしが引っ張って進みます。

 鉱石の内、師匠が使う分は予め抜いているので荷物は少し減って籠一つに収まりました。

 それなりに力仕事なので、今日のわたしの服装はゆったりしたひざ下丈ズボンとベストを着た、冒険者スタイルです。師匠は相変わらずの黒ずくめの外套姿です。


 ガラス工房の主人はスラグさんというおじさんです。スラグさんの工房はアトリエから十五分程度西に歩いた場所にあります。荷物は重いですが、近いのでどうってことはありません。



「おはようっエミリーちゃん。今日もお手伝いえらいわねぇ」


近所のおばさんが声をかけてくれました。


「おはようございます、おばさま」

「何かあったら、おばさんの処へ逃げておいでね?」

「あ、はい……っ。ありがとうございます」

「……」


 何か心配されているようですが、深く考えると師匠が落ち込みそうなので、気にしない事にします。

 程なくして、スラグさんの工房に着きました。


「やあ、エミリーっ! アル兄ちゃんも」


 工房の建物の前で大きな袋で灰だか炭だかを運んでいたカレット君が、声をかけてきました。カレット君はスラグさんの息子さんで、歳は十三、四歳ぐらいです。


「おはようカレット君」

「よう、スラグのおっさんはいるかい?」

「ほい。ちょっと待ってて」


 カレット君が荷を下ろして工房内に入っていくと、程なくしてまた顔を出しました。


「兄ちゃん、中で待ってろってよ」

「あいよ」


 工房の建屋に入ると、煙突がつながった丸い大きな窯が一つあり、中くらいの丸い窯が二つ、ピザ焼き窯のような四角い窯が一つ、金属の鍋のような物体が乗った小さい窯が一つつありました。この工房では主に吹きガラスでガラス器具をつくっており、装飾品よりも実用品作りを得意とする工房でした。


 工房の隅に荷をおろして、中をうかがうとスラグさんはちょうど吹きガラスの作業中でした。数人の職人さんがそれぞれ作業をしています。

 わたしたちが入ってきたことに気づいたスラグさんは、こちらを見ると無言でうなずきました。師匠は軽く手を振って壁にもたれています。

 スラグさんの作業が一区切りつくのを待つのです。


「なあ、アル兄ちゃん。今度俺も採取に連れてってくれよ。おれ、剣もだいぶ上手くなったんだぜ? エミリーだって守ってやれるからさ」

「アンタがエミリーちゃんを守るだなんて十年早いわよ? カレット」


 奥の部屋からドラカさんが出てきました。


「げ、ドラカおじさん」

「おじさんじゃないわっ。ドラカ姉さまと呼びなさい」


 どう見てもおじさんなのですが、深く考えてはいけません。ドラカさんはこの工房で修行する傍ら、カレット君に剣の稽古をつけているようです。カレット君は少年らしくハンターや冒険者への憧れているようで、兼業ハンターのドラカさんが来てからはますます熱が入っているようです。


 当然彼はこの工房の跡取りなので、ハンターになる訳にはいきませんが、職人になっても山に鉱物採集に行く事は多いので、武器の扱いを身に付けている人は多いそうです。

 ドラカさんはカレット君以外にも工房の若い職人に剣を教えたり、採取に出かけるときは矢面に立って魔獣と戦うので、工房内でも重宝がられているようです。


「アル、エミリーちゃん、昨日ぶりねっ」

「おう」

「おはようございます、ドラカさん」


「昨日の今日で大変ね、お茶でも出して上げるから座ったら?」

「いや、水でいい。椅子も遠慮しよう」

「わかったわ」


 ドラカさんがガラス製のコップに入った水を持ってきてくれました。ありがたく受け取ります。透明なガラスに透明な水が、窯の赤い光を受けてキラキラ光っています。


「あたしが作ったものよ?なかなかでしょ」

「ああ、一年も経たずに上達したもんだな」


 師匠の誉め言葉に、ドラカさんが、ふふ~と得意げににやけています。


「まだまだ、売り物にはならん」


 そこへ、スラグさんが仕事に区切りをつけてやってきました。


「待たせたな、アルベルト」

「ああ、とりあえず鉱石から見てくれ」


 スラグさんと師匠は床に鉱石を広げて、見分を始めました。

 わたしも近くで見学しながら、なんとなくドラカさんに聞いてみました。


「ドラカさんはどうしてガラス職人になろうと思ったのですか?」

「んふ~、それ聞いちゃう? 今聞いちゃう?」

「バカ、辞めろ」


 師匠は止めましたが、ドラカさんはウキウキと説明してくれるようです。


「アルってガラス器具沢山つかうでしょ? 使うというよりもう消耗するでしょ?」

「はい、だからこの工房とも懇意にさせて頂いていると聞いています」


「でも、アルはいつかこの街から出て行ってしまうわ、そうしたらこの工房との縁もそれまで」

「そう……かも知れません。きっとそうですね、師匠はきっと何処かへいってしまう」

「……」


 師匠はこちらを無視して、スラグさんと話しています。


「そして、そうなったらアルはガラス器具の調達に苦労するでしょ? まあ、アルは自分でもできちゃうけれど、あまりやりたがらないじゃない」

「そうですね、そうなると思います」


「だからそうなったら、あたしが手伝ってあげたいのよ」


「……っ!」


 ドラカさんは笑顔で言い切りました。わたしは何か衝撃を受けて、言葉に詰まってしまいました。


 なんと……まぁ、素晴らしい友情(・・)ですね。

 

 ドラカさんは師匠にはもったいない、素晴らしいお友達です。わたしもドラカさんと師匠のような、素敵な関係のお友達がいつかできたらいいなぁ……なんて思いました。


 でも、いつか師匠が此処から旅立つ時、わたしも連れて行ってくれるのでしょうか。

 ドラカさんは追いかける気満々のようですが、わたしも付いていったら師匠の邪魔になってしまうのではないでしょうか。


「わたしは師匠のお役に立てているのでしょうか。なんだか自信が無くなってきました……」


「大丈夫よ、エミリーちゃん。アルがあなたを置いていくなんてあり得ないわ。何処へ行くにも、きっとあなたを縛ってでも連れていくわよ」


 あぁ。うん、そうですね、目に浮かびます。


「……ドラカさん、ありがとうございます。おかげで、どうでもよくなりました」


 ドラカさんと話している間に、師匠とスラグさんの見分が終わったようです。屑水晶と沸石を幾らか取り引きするようです。


「値段は相場相応だが、良いか?」

「ああ」


「支払いはどうする?」

「こちらが頼んでいるガラス器具と相殺で。差額は帳簿に付けといてくれ」


「わかった。お前が頼んでいた瓶やら管やら今持っていくか?」

「それはまた組合に行った後に寄らせてもらうよ」

「そうか」


「ところでガスバーナーの具合はどうだ?」

「今の処問題ない、うちの職人どももだいぶ使い慣れてきた所だ、使いこなせれば中々便利だなあれは」


 師匠がガスバーナーと呼ぶものは、小さな窯の上に管が生えた金属の鍋が乗っていて、窯の横にもタンクがつながったような装置です。三カ月くらい前に師匠が作って設置したものでした。


 バーナーがあれば部分的に再加熱ができるので、細かい加工をするのにとても便利なものらしいです。


 師匠はまず小型の試作機で実演し、"ピンポイントでガラスが溶かせるほどの高温が出せる"という利点をスラグさんにアピールして設置させてもらったのでした。


 細かい仕組みやら構造やらを師匠は以前説明してくれましたが、難しくて全部は分かりませんでした。鍋の中で、"水性ガス"とかいうものを発生させて、金属の管から噴き出しているんだそうです。


 高温になる鍋の材質は、鉄を基材にしつつ、”ハステナントカ”と師匠が呼ぶ特殊な合金を組み合わせてでできているそうです。もちろん師匠の魔法によるものです。


 師匠とスラグさんの話は続きます。


「冷却管は出来そうかい?」

「できたにはできたが、難しい。割れるた物も多い。悪いが高く付けさせてもらうぞ。」


 師匠が依頼している冷却管と呼ぶものは少し複雑な形をしていました。がまの穂のような、串の刺さった腸詰のような、そんな形をした器具です。師匠は自分で作った見本をスラグさんに渡して、それと同じものを作ってくれるように頼んでいたのでした。


 その見本を作っているときの師匠も中々異様な姿でした。

 師匠曰く、

「【物質精錬(ピュリフィケイト)】と【物質合成(シンセシス)】を組み合わせれば基本的にどんな形状の造形もできる」


 という事らしく、指を上下左右に小刻みに動かしながら、「俺は人間3Dプリンタかよ」とつぶやいたりしながら作っていました。


「割れたものも含めて見せてくれ。自分でゼロから作るよりだいぶ助かる」


 師匠はスラグさんから割れたガラス器具を受け取り観察します。


「やっぱり接合部が弱いなぁ」

「ふたつの長い部品を離れた二点で繋ぐっていうのがなかなか難しい。どうしても歪が残って割れやすい物になっちまう」


「ガラスの配合は?」

「灰分多めだ。じゃなきゃ加工できん」

「あぁ、アルカリが多いと熱膨張率が大きいし、強度そのものも下がるからなぁ……」


 熱膨張……。前に師匠に教わりました。「熱膨張って知ってるか?」って。

 スラグさんと議論しながら、師匠は悩んでいるようです。


「おやっさん、この辺で硼砂って採れたっけ?」

「ん…硼砂ぁ? あ、まて、組合に外国の商人が持ち込んだものが流れてくる事はあるが、この辺では採れんだろ」


「パイレックスは作れないか……、じゃあ職人技で何とかしてもらうしかないな」

「おい、勘弁してくれ。面倒だわ壊れやすいわで、うちの職人どももあの冷却管とやらはもう作りたがらねぇんだよ。職人の士気が下がるから金を積まれても同じものの依頼はもう受けないぞ」


「そうか……済まなかった、じゃぁこの件はとりあえず保留で。作ってくれたものは、割れたものも含めて買い取らせてもらうよ」

「すまんな、そうしてくれ」


 士気が下がると言われては、師匠も引き下がります。職人の仕事の出来にはヤル気とか気合とかが意外と重要なんだよと以前師匠が言ってました。


「それからおやっさん、もう一つ道具を作ろうと思うから、上手くいったら受け取ってくれよ」

「あんまりでかいのはやめてくれよ?それで、何を作る気だ?」


「ガラス細工のひずみを見る装置だ」


 師匠がまた何か作る事を思いついたようです。


 ふわぁぁ。

 わたしは何だか、難しい話で眠くなってしまいました。

 工房の中はとても暑くて汗もかいてしましました。わたしはベストを脱いで脇に抱えました。そして、シャツの合わせ目を掴んでパタパタとして、身体を冷まそうとしました。


 すると、たまたま近くに通りかかったカレット君と目があいました。そしてカレット君の視線が一瞬少し下がったかと思うと


「おっ……」


 と声をだして、カレット君は顔を赤くして行ってしまいました。

 

 話が済んだ師匠がこちらに歩いてきて、わたしのあたまをポンっと軽くたたき、わたしの胸元を見ながら言いました。


「ばか、隙が多いぞ」


 はぅ…っ! ちょっと透けてましたっ!


「外で待ってますっ!」


 わたしはベストで胸を隠して、外へ飛び出しました。



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