お風呂に入ろう
お約束のお風呂です
「さてお風呂に入ろうか」
「お先にどうぞ」
「いつも言っているだろ? エミリーが先に入って、俺はその残り湯を楽しみたいんだ」
「ではわたしが入った後で、お湯を抜いておきますね」
「ぐぬぬ、では間をとって一緒に入ろう!」
「嫌です。てゆーか今日は勝手に入ってこないで下さいねっ!」
アトリエにはお風呂があります。もちろん師匠作です。師匠曰く、
「風呂を作ってヒロインと混浴するのが、異世界の醍醐味だ」
だそうです。ヒロインさん、お呼びですよ。
浴室は母屋とは別の建屋になっています。母屋は木造土壁なので湿気に弱く、浴室は石材を基本に作っています。
浴槽は師匠の邪悪な欲望を反映して無駄に広く、数人が体を伸ばせるぐらいの広さがあります。これも「チーレムと言えば広い風呂」なのだそうです。お風呂で一体ナニをする気なのでしょうか、考えない方が良いでしょう。
浴槽の材質は山から取ってきた火山成の岩石を、師匠が魔法で成形したりつなげたりして、一体化した石風呂です。浴室の外に井戸があり、ポンプでくみ上げた水を樋を通して水を張るので、水汲み大変ではありません。
温めるためには、浴槽の脇に湯沸かし用の炉があるので火でお湯を温める事が出来ます。師匠はたまに魔法でお湯を温める事もあります。
「今日はエミリーが魔法で風呂を温めてくれないか」
「そんな魔法は使えませんが?」
「パンツがあれば何でも出来る!」
……そう来ましたか。
「嫌です」
「この純白のパンツには俺の物質精錬の魔法が付加してある」
「いや、やりませんって」
「やり方を説明するとだ、俺が魔法でお湯を温めるとき、水の分子を分解するかしないかのギリギリの魔力を込めて物質精錬を発動する。すると水分子が引き伸ばされて強制的に振動が起き、加熱されるんだ。燃料が無いところで火を起こすより、魔力を直接熱に変換できるから実は効率は悪くない」
「そんな説明されてもやりませんよっ」
「エミリー、前から言っているがお前は俺なんかよりも膨大な魔力量をもっている。パンツ魔法を使えば、それが有効活用できると思わないかね? 火を起こしてお湯が沸くのを待っているより、速いし楽だろ」
魔力量かぁ……。
人体実験されていた後遺症みたいなものらしく、わたしの持っている魔力量は大したものらしいです。あんまり気分のいい話ではないのですが、まぁ使わなきゃ損というのはその通りです。しかし、わたしが自分で使える魔法は身体強化と自己再生だけでした。
(わたしの魔法か……)
かつてわたしを助けてくれた師匠のパーティに、ジャネットさんという魔法使いの女性がいまいた。ジャネットさんは、わたしに初歩的な魔法を教えてくれようとしましたが、結局わたしは出来ませんでした。
身体強化や自己再生も、類似する通常の魔法とは名前も詠唱も異なるらしく、わたし専用のユニークなものらしいです。
記憶の無いわたしが、なぜそんな魔法を知っているかというと、師匠曰く「お前が使ってたんだよ」 だそうです。
わたしは師匠がわたしを助けてくれた時の一部始終を覚えていません。師匠もあまり話してくないので、わたしもなんとなく聞かないようにしています。
わたしは魔力はあるのに、人と同じ魔法はつかえない。わたしの魔法は誰も使えない。でも、師匠の作るアイテムでならなら、師匠と同じ魔法が使える……。
(師匠と同じ魔法……か)
何となく、やってみようかなって、思ってしまいました。
「まぁ楽に出来ればいいですけどね……! 湯あみ着着てやりますけど、じろじろ見ないで下さいねっ!」
「おおっ! やってくるれるかっ! ありがとうっ! ありがとうっ!」
「じゃあ着替えるので出てってください!」
わたしは師匠を浴室から脱衣所へ追い出しました。
湯あみ着……、これはわたしが縫って作ったものです。師匠の度重なる覗きや闖入に備えてのものです。
ただ、これを見ても師匠は「それはそれでグッド!」と喜んでいたので、意味があったのかは微妙ですが、布一枚あるだけで多少は安心感があります。
「エミリー、始める前に中に入れてくれ。失敗するとそれなりに危険だから近くで見ているよ。あと、念のため窓と扉は全開にしておくぞ」
「はぃ……、あまりじろじろ見ないでくださいね」
危険と言われては仕方ないです。わたしはしぶしぶ浴室のドアを開きました。
湯あみ着は薄くて白い布でできています。
白いパンツも穿いていますし、胸や大事な所は隠せていますが、師匠に見つめられると熱い視線が布越しにわたしの肌に刺さるような錯覚を覚えます。
わたしは恥ずかしくなって、湯あみ着の上から手で身体を庇うように隠しました。
「グッド! エミリー可愛いよエミリーっ」
(ううぅ……)
喜ばせてしまったようです。やっぱり引き受けるんじゃ無かった。
「それじゃあエミリー、水にお尻をつけてごらん」
「はい……」
わたしは湯船に入り、ゆっくりと屈みます。師匠に対して横向きになり、お尻や胸元が見えないように慎重に腰をおろします。
―― ぴちゃッ
(ひゃぁ、お尻冷たい……!)
「よし、エミリー。そこから尻に魔力を少しずつ込めるんだ。尻に感じる水の温度に注意しながらゆっくりやれよ? 火傷しても治せるだろうが、完全に水素と酸素に分解してしまうと危険だからな」
わたしは目を閉じて、ゆっくり深呼吸して、お尻に集中します。
(温まれぇ~。ゆ~っくり温まれぇ~)
ひたすら念じます。
水につけたわたしのお尻が、だんだん温かくなってきたような気がしてきました。
「上手いぞ、エミリー。次は少しずつ魔力を尻から放出して、水に魔力を広げるようにイメージするんだ。広範囲を温めるぞ」
「……はい、師匠」
イメージします。
お尻から、魔力が水の中に広がっていくように。広い範囲の水を温めるっ!
そうすると、わたしのお尻に伝わる水の感覚が少しずつ変わってきました。
温まった水が対流するような、大きな流れの中につつまれているような感じ……。
温かい……。
お湯の大きな流れが、わたしのお尻を包みこんでいるようです。
わたしは魔法の成功を確信し、ゆっくりと目を開け水面を見ると…。
そこには、白い布切れが浮いていました…。
消失を始めて紐が切れたパンツが水面にゆれて、辛うじてわたしの股に挟まれ、なんとかその場に留まっていました。
「ひゃうっ!」
(わわっ! パンツ脱げてたぁ!)
―― ブボンッ!!!
突然水面が大きく盛り上がり、巨大な気泡が湧き出しましたっ!
「まずいっ! 物質精錬!」
「いやっ師匠! お尻見ないで下さい!」
わたしは完全に腰を沈めて、お尻を隠しました。
「まて、エミリー、危険だ! 落ち着け!」
いつの間にかパンツは完全に消滅していました。
「水が急激に分解した! 発生した水素に物質精錬をかけ続けて、爆発をギリギリで防いでいる。これが空気と混ざれば爆発だ。室内の酸素濃度も高い。しばらく呼吸を浅くしろ」
師匠は両手を空中に掲げて魔力を発し続けています。師匠の手の先に巨大な靄のような気体の塊が存在するのが、なんとなく分かります。
わたしは魔力の加減を誤ってしまったようです。
「このまま水素を担いで外に出るぞ! エミリーも一端外へ出ろ」
「はいっ! 師匠」
濡れた湯あみ着が肌に張り付いて、わたしの身体の線を明らかにしてしまっていますが、恥ずかしがっている場合ではないようです。
師匠は浴室の脱衣所を通り、外へて建物から離れていきました。
「エミリー、まずバケツに水をくんでくれ。あとゴーグルとマスクもだ。マスクは緑色のフィルタを付けたやつな。それから栓が出来る大きめのガラス容器を何個かくれ、それから漏斗も!」
「はい!」
わたしは慌てて、アトリエに道具を取りに行きました。
言われた通りにバケツに水を汲み、ゴーグルとマスク(どちらも師匠お手製)を師匠に届けました。ゴーグルとマスクは両手がふさがっている師匠の顔に、背伸びをしてつけてあげます。
「サンキュー、エミリー。ちょっと臭くなるから離れてろよ?」
(臭く?)
師匠は水素の塊を抱えたままバケツの水面に触れるように被せ、さらに魔法を発動しました。
「物質合成!」
すると、水素の塊は急速にしぼんでいき、最後にはバケツの水面に吸い込まれるように消えていきました。バケツからは湯気が昇ってなんだか熱そうです。
「何をしたんですか?」
「ああ、空気中の窒素と反応させて、アンモニアにした」
(アンモニア?)
―― ッツーンっ!!
「うっ うえほっ ケホッ! うぇええ」
「あぁ、近づくと危ないぞ? って手遅れか。水で顔洗ってこい」
「うぇ、はえっ、はひ……」
うー、鼻が…、目が…、しみるぅぅ。わたしは風呂場に戻って、ジャバジャバ顔をあらいました。
気を取り直して、風呂場から顔を出し、遠巻きに師匠の様子を伺います。
師匠は、アンモニアが溶けた水を漏斗でガラス瓶に流し込んでいるようです。ゴーグルとガスマスクと相まって、とても怪しい姿です。
「大丈夫か、エミリー?」
「……なんとか」
「もう全部フタをしたから、匂いはそんなにきつくないハズだ」
そう聞いて、わたしは片付けを手伝おうと師匠の方へ歩いていきました。が、
「うっ、くっさ~っ!」
「あぁ、俺か、俺に匂いがついちまったか。悪いがこのまま、風呂に入らせてくれ。片付けは明日の朝にしよう」
「はぃ、しょうがないですね、コレは……ッくしゅんっ!」
くしゃみが出ました。そういえば、濡れた湯あみ着一枚で外を歩き回っていたのです。身体が冷えるのも当然でした。
「お前も一緒に入るか?」
「うぅぅっ……」
不本意ですが仕方がありません。わたしは久しぶりに師匠と一緒にお風呂に入る事になりました。
わたしが苦労して温めたお湯です。
冷める前に入ってみかったのです。
……
―― カポーン……
わたしは湯船に浸かってします。
師匠は湯船の外でこちらに背を向けてしゃがみ、来ていた服をタライに漬けて、ゴシゴシ洗濯しています。
リズミカルに揺れる背中を眺めながら、師匠に話しかけました。
「師匠、なんでアンモニアなんて作ったんですか?」
「あぁ、水素を安全に固定化するためだ。水溶液にすれば保管も楽だしな。まぁ、水と空気があれば魔法でアンモニアは幾らでも作れるから、わざわざ溜めておく必要もないんだが、せっかく大量の水素が発生したんだから、水に戻して捨てるのは勿体ないからな」
「でも結局……、わたしの魔法は失敗でしたね」
「そうでもないさ、途中まではうまくいっていた。お湯も温まったしな。エミリーはもう少し魔力の制御を練習した方がいいな。思った以上にお前の魔力は強力だ」
「練習ですか……。はっきり言って気が進みませんが」
「あと、俺の方も魔法の選択がまずかったかな。物質精錬だけじゃなくて、物質合成を同時発動させて、水が分解して水素と酸素が発生する傍から、即座に水に戻してやれば爆発の危険は無いし、魔力があり余ったお前には丁度いいだろう。まぁ、パンツ一枚に二つの魔法が付与できるかはわからないが、やり方はあるだろう」
「二つの魔法……。パンツ二枚穿くとかですかね」
「ううん。お前は魔力の放出が下手だから、肌に直接触れていないと多分上手くいかない。二枚穿きなら、内側はTバックとかにしないとだめだろうなぁ」
「なんですか、そのティーなんとかって……いえ、いいです。知りたくありません」
「あぁ、俺も子供にTバックはどうかと思う。まだお前には早いな」
「何だか分かりませんが、将来に於いても穿きたくありません」
「まぁ何となるさ」
「しなくていいです」
洗濯に切りのついた師匠が、さり気なくこちらを振り向きました。
「エミリー、お前少し成長したな」
(……ッ!)
油断しましたっ! わたしは慌てて水中に身を隠します。
「どこがですか!? いえ、言わないでくださいっ! あっち向いててください!」
「そろそろお前にもブラを作ってやらないとな」
「ブラッてなんですか? ……いえ、やっぱりいいです。聞きたくありません」
「でも、ブラにも魔法が上手く付与出来る気がするんだ。上手くいけば、お前の切り札が文字通り二枚になるぞ?」
「やめてください! そんな切り札は、いざという時でも切れませんっ!」
師匠がまた何か良からぬ事を考えているようです。
わたしは身を隠すようにしながら、そそくさとお風呂を上がりました。
お風呂は何度でも書いて行きたい。