帰り道
師匠の魔法の説明回です
街への帰り道、日がだんだん低くなり、空がオレンジ色になってきました。
前を歩く師匠は、鉱石が詰まった重い籠を背負いながらも、足取りは軽そうです。わたしだって、普段はこのぐらいのワークロードでヘコ垂れたりしないのですが、なんだか今日はいろいろあって疲れました。
「……はぁ~」
つい溜息が出てしまいました。
「どうした、エミリー、なんか嫌な事でもあったのかい?」
「挙げれば切りがないんですが……」
「まぁ、元気だせエミリー、熊魔獣の件は災難だったが、収穫もまずまずだ。それにお前のパンツは良く似合って……
―― ボカッ! バキッ!
「痛っ!痛いッ エミリー、ピッケルで殴るのはやめなさい!」
「師匠、わたしも剣とか習った方が良いのでしょうか……?」
「ほぅ、お前がそれをしたいのであれば俺は賛成するし、良い先生も当てが無いわけではない。ドラカの奴とかな。それに身を守る手段は多いに越した事は無いからな」
「剣がしたいのかと言われると微妙ですけど、今日の熊みたいなのを相手にするのに、もっと強くなりたいとは思います」
「まぁ、今日の熊の事を言っているのであれば、強い弱い以前にお前は少し対応を間違えただけの事だがな。まぁ結果論だが」
「えっ」
「一頭目の熊魔獣に犬殺しをぶっかけたあと、お前は奴が怯んだ瞬間に止めを刺すか、逃走するかするべきだった。まぁ身体強化をかけたお前なら、相手が一頭なら倒せたはずだ」
師匠は戦えとおっしゃいましたが、だからと言ってわたしは逃げる選択肢を排除はしません。逃げることもできました。
しかし、わたしは追撃も逃走もしませんでした。だから、二頭目が出たとき、意外に早く立ち直った一頭目と同時に相手をすることになってしまったのです。
「止め素早く、確実に、だ」
経験上、魔犬や狼は犬殺しだけで逃げてくれました。熊魔獣もそれで済むだろうと思い、わたしは油断していたということでしょうか。
「まぁ、さらに剣も使えれば、戦術の選択肢もふえるし、熊の腕や爪に対して、お前のピッケルじゃリーチが短いからやりづらくはあるな。まぁ、お前の武装については今後の検討課題だ。剣も含めて、お前に向いた物を考えよう。お前のピッケルを戦闘向きに改造してもいいしな」
「はい、師匠。ありがとうございます」
(選択肢か……)
師匠は、薬を撒いたり罠を張ったり、かなり搦め手を好む人です。わたしも、師匠に倣って薬を使ったりしますが、どちらかというとシンプルに殴って叩いてなんとかする方が性にはあっている気がします。
「ところで、師匠。付与魔法なんて使えたんですね。初めて見せていただいた気がしますが」
「あぁ、見せたこと自体はあるんだがな……」
「えっ……」
「俺が使える魔法で、【物質精錬】と【物質合成】は分かるだろ?」
「ああ、あの地味なヤツですね。鉱石がちょっと綺麗になったり、白い粉と白い粉を混ぜて、白い粉を作ったりする」
「地味っていうなよ……。見た目じゃなくて、中身はだいぶ変わってるんだから。で、もう一つ、俺がこの世界に転移したときに授かった魔法が【付与魔法】。物に魔法効果を付与する魔法だな。端的に言って、マジックアイテムが作れる魔法だ。使いこなせれば凄く便利なはずのものだ」
「でも、そんな便利なものをどうして今まで出し惜しみしてたんですか?」
「いや、出し惜しみはしていないが、効果が微妙でな。ある意味使いこなせていなかった。俺は魔法が苦手なんだよ」
「師匠は以前にも度々、俺は魔法が苦手だっておっしゃってましたけど、それはただの嫌味な謙遜ではなくて、本心だったのですか?」
「嫌味って言うなよ。男である時点で、女性よりも魔力が圧倒的に少ないハンデがあるんだ。物質精錬も、物質合成も最高レアクラスの魔法だが、その分消費魔力もハンパない。だから、なるべく魔力を消費しないように、原料試薬やら道具やら触媒やらを揃えていたら、ほとんど化学実験とやってることが変わらなくなってしまう」
「それはなんだか、夢の無い話ですね」
「あぁ、それで、付与魔法も度々使ってはいたんだ。例えば、化学合成に使う触媒に、触媒効果を高める機能を付与したりだとかな」
「それで、どんな効果があったんですか」
「合成速度が少し早くなったり、転化率が少し良くなった気がしたよ」
「ほんと地味ですね。別にその魔法使わなくても大した差がないんじゃないですか?」
「まぁそう見えるのも仕方ない。結局、俺の想像力やイメージが、俺の科学知識の範疇を超えられない頭の固さが、俺の魔法の限界を決めてしまっているていたのかもな。せめて俺が女だったらチートハーレム無双出来たかもしれないのに……」
「じゃぁなんで、下着の付与魔法は派手な効果が出たのでしょうか」
「それは、使用者であるお前の魔力を使うからだ」
「わたしの魔力……」
師匠は度々、”お前は膨大な魔力を持っている” とおっしゃった事があります。
自分では魔法も碌につかえないのですが。
「じゃあ、なんでわざわざ下着なんですか! もっと他の物に付与すればいいじゃないですか!」
「俺は前から思っていたんだよ。お前の着替えを覗くたびに、もっとかわいいパンツを着せてやりたいって。国中を探したさ、お前を引き取ってからというもの、旅先の町々で俺は少女用のパンツを探し求めた。だが、良いものが見つからなかった。そして見つからなければ作ればいい、俺はそう考えた」
「なんか、聞き捨てならない発言があった気がしますが、パンツを作ることと、魔法を付与する事はどうつながるんですか……?」
「思いついてしまったんだよ。まさに天啓だ。思いついたとたんに、手のなかに持っていた作りたてのパンツが光り輝いて、俺は嘗てない程の魔力の迸りを感じたんだ。想像してみるんだ。お前のパンツに魔法を付与すれば、魔法を使う度にお前が恥ずかしがりながらスカートをたくし上げたり、ズボンを下ろしたりして、パンツを見せてくれるに違いないと思った! 俺は夢中でお前のパンツを量産し、魔法を付与しまくったんだ!」
「……」
―― ボカッ!バキっ!
「痛い!やめなさい、無言で殴らないで!」
「そんなスケベ心で、自分の限界を超えないでください!」
「スケベ心とは失敬な、この純粋な感情は浪漫、あるいは萌えというものだ」
「なんですかその、萌えって……いえ、やっぱりいいです。聞きたくないです」
「何はともあれ、今のところ俺の付与魔法はお前の尻と相性が良い。今後もいろいろパンツ魔法の実験に付き合ってもらうぞ」
「嫌です。そんな相性要りません。手に持っても魔法は発動できるみたいだし、師匠自身で発動は出来ますよね。実験はお一人で、せめてわたしの知らない遠いところでやってください」
「そういわずに、さっきの火魔法と催眠魔法の威力を比べると、多分お前自身が穿いて発動させることで最も威力が高まるという仮説が立つ。まずはその仮説の検証が必要だ」
確かに、熊魔獣に使った催眠の煙が出る魔法に比べて、火魔法は見るからに弱かったと思います。厄介です。
「では即死魔法か、目を潰す魔法の付与が出来た際はお手伝いさせていただきます」
「ふむむ、一人で検証するとなると難しいなぁ。とりあえずお前のパンツを俺が穿いて実験してみるか……」
最悪な事をおっしゃる師匠です。
「師匠、彼女でも作って、その人のために下着を作って実験すればいいのではないですか?」
「いやエミリー、もし俺が彼女を作った場合、その人が俺とエミリーの仲に嫉妬してお前に意地悪をしてしまうかもしれないし、お前も家に居づらくなってしまうかもしれないよ?」
「いえ、そうなったら私は出ていきますので、ご心配なく」
「そんな寂しいことを言わないでくれエミリー、俺はお前の(身体の)成長を見守るのが生き甲斐なんだ。お前が一人前になるまで、俺にお前を守らせてくてくれ」
「はぁ」
何かひどい心の声が聞こえた気がします。わたしにとって目下最大の危険は師匠のセクハラに他ならないでしょう。わたしは自分の身を守るためもっと強くならなくては、と決意を新たにするのでした。
そうこうしているうちに、わたしたちは【ティケダの街】に帰り付きました。日も沈みかけ、わたしは心身共に疲労感を感じていました。