ある日の鉱物採集1
……暗い。
……冷たい。
ここはどこだろう。
身体がすごく重い。だるい。
うまく頭も回らない。
ここどこ?
わたしは……、わたしは誰だっけ。
誰かいる。
黒い、ボロボロの男の人。
血を流して、とっても痛そう。
でも、なんだか……嬉しそう?
他にも何人か居る。
「わたしは……、誰?」
何となく声がでました。
すると、黒い人がにっこり微笑んでいいました。
「君は、俺の嫁一号だ」
「「「違うからっ!」」」
それがわたしの最初の記憶。
二年前、わたしは師匠達のパーティに拾われました。
どうやらわたしはとある魔術結社に誘拐され、何かの実験台になっていたところを助けられたのだとか。
わたしは自信、過去の記憶もなく、行方不明者の情報にわたしの容姿と一致するものはなかったのだそうです。
なので、売られたり奴隷にされたりする事を危惧して師匠が引き取る事にしたのだそうです。
わたしの髪は青みがかった銀髪、瞳は深い緑、人族としては珍しい容姿です。
後日、師匠からは
「当時のお前は愛玩奴隷一直線だったぜ」
と、なにやらひどい事を言われたものでした。
しかし、今でも結局師匠から愛玩されているようなものなので、なんだかなぁという気がします。
わたしを助けてくれたパーティは女性の方も居たのですが、なぜ男性の師匠がわたしを引き取る事になったのかは、大いに疑問が残ります。
けれども、師匠はわたしが一人でも生きていけるようにと、沢山の知識や技術を授けてくれるので、師匠が引き取ってくれて良かった、と思ったりする事もたまにあります。
そんなこんなでわたしことエミリーは、錬金術師の師匠、アルベルト様の元で錬金術師の見習いとして修業してるのでありました。
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―― ザッ ザッ ザッ
わたしと師匠は川沿いの山道を歩いています。
今日は師匠と二人で、鉱物採集に来ています。
街の近くを流れる川の上流を目材し、こうして野山に分け入っているのです。
季節はすっかり春なのですが、前を歩く師匠は膝下まである黒い外套を羽織り、黒い髪と相まって何だか暗い人みたいな恰好です。
大体師匠はいつも黒づくめ。
わたしは、動きやすいゆったりとしたひざ下丈ズボンに、ブーツ。長袖のシャツの上に羽織ったベストの内側には、師匠直伝の小道具を詰めています。
あとは、岩を割るためのピッケルを二本腰に提げて、背中には大きな籠を背負っています。
師匠の背中にも大きな籠が、歩くリズムに合わせて揺れています。
「よっ」
ふいに師匠が何かをまたぐように歩幅を変えました。
「エミリー。蛇がいるから踏むなよ」
「え?」
―― ぐに
「キシャァア!!」
「わっ!」
踏みました! 蛇のしっぽふんじゃった! (蛇ってどこからがしっぽなの?)
わたしは慌てて足を上げて、後ろに飛び退きました。
わたしの手首くらいの太さの白っぽい蛇が、鎌首を上げてこちらを向きました。
うん、怒ってますよね。
「毒は無い種類だから安心しろ」
師匠はこういう時、だいたい助けてくれません。
わたし自身で色んな事に対処出来るようにと、スパルタな教育方針なのです。
毒が無くても、咬まれたら怪我ぐらいしますよね。
取り合えず、頭を冷やしてもらいましょう。
「蛇さん、ごめんね」
―― バシャっ!!
水袋の口を開いて蛇に向けて噴射しました。
急に水を浴びせられた蛇は、茂みに逃げていきました。
「毒があったら、強壮剤にでもなるんだがな……」
よかったねっ! 蛇さん。毒無くてっ!
「俺の故郷でな、蛇におしっこかけると祟りがあるって話があるんだよ」
「はぁ、それで」
「お前も、おしっこする時は気をつけろよ」
「余計なお世話ですよっ」
このデリカシーの無さっほんとに師匠は残念な人だなぁ。
「師匠こそ、咬まれれば良いんじゃないでしょうか」
「何を?」
「えっ?」
「さぁっ、声に出していってごらん? ナニを咬まれたらいいんだい?」
「うえぇ、変態が来るっ! 助けて蛇さん!!」
わたしは逃げ出しました。
「そっちじゃないぞ、こっちだっ」
師匠はさっさと行ってしまいます。
「あっ師匠、待ってくださいっ! あとわたしお水なくなっちゃったんですけど!」
「今日の目的地は河辺だから後で汲めばいいよ」
わたしたちは川沿いの山道を、それから一時間ぐらい上流に向かいました。
木の隙間から斜面を見下ろせば、岩場を縫うような河の流れが白いしぶきをあげて、ザバザバという水音が響きます。
そして岩が積もった少し開けた河原を見つけました。
「この辺りだ。先週の大雨で、崖が少し崩れている。河辺におりるぞ」
「はい、師匠っ!」
斜面を下り、岩場を伝って河原に降りました。
足場はゴツゴツとした大きな岩が転がって歩きにくいですが、わたしも相当鍛えられているので、なんてことはありま(ズルッ)
「ひゃぅっ!」
「おい、勝手に転ぶな。怪我するぞ」
「転んでなど、いませんっ!」
「今日の獲物は前来た時と同じだ。一に水晶。二に黄玉。前に教えたとおり見分けはできるな?」
「はい、師匠」
「俺は他の鉱石も探すが、お前も色見が珍しいものがあったら取り合えず拾っておけ。後で鑑定してやる。それからその辺に転がってる沸石だな。これは荷物に余裕があったら詰めて帰るぞ」
この辺りは水晶の産地なのです。目立つところにあるものは先人がとりつくした後なので、大雨や地震で地形が変わった処を狙って探すのがいつもの師匠のやり方です。
この辺りを収める小国である【カイラル王国】は、山に囲まれた盆地を領土として治めています。
わたしたちが今住んでいるのは王国の北側の山地に面した、【ティケダの街】。
北側の山地は小さな火山がいくつも連なり、山脈となっています。
そんなこんなで、ティケダの街では山の恵みとして、宝石や金属の鉱石が採れるので、金属加工や宝飾品産業、ついでにガラス加工も行われています。
農作物を作るには少々厄介な土地ですが、地場産業があるおかげで人口は二千人ほど住んでいるそこそこ大きな街でした。
ティケダ近隣の鉱脈は名目上の権益は領主が握っていますが、管理そのものは職人組合とハンターギルドで行っています。
小さな鉱脈が多数点在するため、領主自ら採掘事業の音頭を執るメリットがないのです。
当然、国が管理する鉱山も国内にいくつかあります。
近くで言うと、ティケダの東側にある【コシューの街】の北側の【ニンフ鉱山】。
コシューの街は鉱山夫として出稼ぎ労働者や、奴隷の方がたくさん住んでおり、すこし治安が悪いそうです。
そういえばエッチなお店もあるって、以前、師匠と駐在騎士の人が話してました。師匠はそんなお店に行ったことがあるんでしょうか……?
ムムム……。滅びろ、スケベ人間!
わたしは何だか腹立たしくなり、腰に下げたピッケルを手に取り、ちょうど目の前にあった師匠の頭ぐらいのサイズの石を叩き割ろうと、ピッケルを思いっきり振りかざして……
―― カーンッ!!
「っい……っ!た~ぁ!!!」
石ころ癖になんという硬さでしょうか。手がしびれてピッケルを取り落としてしまいました。
「お、エミリー。当たりかもしれないぞ?」
師匠は石をひょいっと手に取ると、拭いたり観察したりしているようです。
「うっすら白い縞模様が見えるだろ? これは多分瑪瑙だ。ここで割って確かめることもできるが、破片が飛んでったら勿体ないからこのまま持っていこう」
そう言って、師匠はわたしの背中の籠に人の頭大の石を突っ込みました。
「ぐへ……」
重いんですけど……。
籠を近くの岩におろし、わたしは鉱石探しを続けるのでした。