言い訳「愛してると口にしたら負ける気がした」――青の供述
罪を数える時間がやってきた。
黒い薔薇の出番は、また今度。
次の出番は――この俺、蒼い薔薇の出番。
オルカには昔から、嫉妬されていた。
エミリは俺のことが好きらしいと、皆が噂する。
幼い頃は俺も満更じゃあなくて、エミリに赤い薔薇を送って、会う時々によって本数を変えていた。
薔薇の本数の意味は、様々で、俺はよく送っていたのが四本。
死ぬまで思いは変わらない、というロマンチックなやつ。
愛してるだの、好きだのは、俺が言わずともエミリが口にしてくれていた。
だけど――何となく俺は、エミリに「愛してる」だけは告げちゃいけない気がしていた。
それは本能的な予感。
オルカは決してエミリに「愛してる」と言わない俺に安堵していたからか、オルカとは仲良く友達らしくいられた。
悲劇はある日突然というわけでもなく、じわりじわりとやってくる。
エミリの国へ公務で行ったときだった。
エミリの国は、結婚式が派手で親族の繋がり故に、よく呼ばれていた。
いや、正確にはエミリが俺に会いたいと願い、結婚式に呼ばれたという公務を作ってくれたのだ。
エミリの国の式場は幾つもあって、様々な国や文化に合わせた式が執り行えるらしい。
その日は、いつもの洋風の服装がドレスコードではなく、和服だった。
神社と呼ばれるらしいこの場所では、雅やかな音楽が響いていて、受付を済ませる。
周囲を見ると、和装の人々がいて、調度品も綺麗な壺や花瓶。俺はその中で飾られている切り子硝子というのがお気に入りだった。
和装のエミリと会えるのか、と心浮かれていた俺は、受付が終わるなり中庭へ向かう。
中庭は石庭という、砂利を敷き詰めて形成を調整する神秘な庭があるんだが、誰も興味を持たない。
勿体ないと思っていたが、一人で堪能できるのだと思うと楽しみで、浮かれて中庭に着くと前方不注意で女の子とぶつかった。
決して騒がない、大人しい女の子なのに、瞳には燃える情熱が込められていた。
「すみません、ルシェル様」
「俺を知っているのか?」
「はい、私はエミリ様お付きの侍女ですので」
はにかむ女性――計算された笑みでは無い、崩れた笑み。
「何か困りごとでも? 泣いてらっしゃる」
「……今日、婿になられる方が、私の密かな憧れだったのです」
ほろりと涙を零しながら、微笑む顔は、決して美しくは無い。
美しくないというのに――人間的で、魅力的だ。
憧れだったという婿は、馬鹿だ。こんな魅力的な女性に気付かないなんて。
この人にこんな表情を浮かばせるなんて――胸がちりっと焦げ付く音がした。
これくらい、不器用な笑みのほうが何とも自然体だ――唐突に、この女性を傍に起きたいと思った。
「君、名前は?」
「言えません」
「俺の命令でもか? 君に興味を持った」
「姫様の思い人には、言えません。何より、もう王族の方へ憧れるのは嫌です。もう――こんな想いなんて」
むっとした俺は、持っていた薔薇を一本手に取らせる。
これが、俺の意思だと見せつけてやり、にやつくと――女性は顔を赤らめてその場から逃げ出す。
草履を残して――。
どこかのお伽噺みたいだろう?
俺は、そうさ、恋をした――本物の恋をした。
侍女は決して名前を名乗らなかった。だから俺は毎日、エミリの元に足繁く通い、侍女を探した。
エミリは俺が会いたがっているのだと勘違いし、大喜びだった。侍女は困惑して泣きそうだった。
泣きそうな顔を見ると、余計に嬉しくなって――嗚呼、俺が支配しているのだと楽しくなった。
嗚呼、これじゃ懺悔じゃ無いよな? まるで間抜けな男の自慢話だ。
言い訳は次にしよう、これは罪を覚える為の切っ掛け。
全員がエミリを愛していると思っているなら、オルカに騙されたんだよ、君。
エミリを憎んでる奴もいるってことさ――それを暴く切っ掛けだ、俺は。
それでは、失礼。また会おう。
それは何となくという名の本能による直感。
元から愛は、別の人に用意されていた。




