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幻創夢伝  作者: 天野はるか
3/4

鈴を操るもの

その日の晩。

 青竜は一人で宿の窓から夜の街を見下ろしていた。窓から吹き込む初秋の涼しい風が青竜の髪をなびかせている。

「青竜」

 ふいに後ろから声がかかって振り向くと、そこには桜が立っていた。先ほど隣の部屋で床に就いたばかりのはずだった。

「もう夜だというのに、外にはまだ人が沢山いるのですね。」

 桜は青竜の隣に座って窓から外を見下ろした。まだ少し興奮している様子である。

「まだ、おやすみになってなかったのですか」

「ええ」

 桜は楽しそうに笑っている。

「初めて地界で過ごす夜だし、なんだか嬉しくて」

「そうですか」

 言いながら青竜は桜の顔を覗き込んだ。鳳凰は桜が妖魔の暗示にかかっていると言ったが、桜の様子はいつもと変わりない様に見えた。 

 手首には例の鈴がぶら下がっている。

「青竜、どうかしましたか?」

 桜が尋ねると、「いえ」と青竜は慌てて目線をそらせた。

「……ねえ青竜、」

 街を見下ろしながら桜が尋ねる。

「鳳凰は遼郭という街も好きだと言っていましたけど、都会が好きなのかしら?」

「私には理解できませんが」

 と青竜が応えた。

「あの人は都会が好きみたいです。でも、遼郭は鳳凰にとって特別な場所なのですよ」

「特別って?」

「それは……」

青竜が言いかけた時、

「あそこには美味い料理屋が沢山あるからな」

ふたりの後ろから鳳凰が応えた。そして、こう付け加える。

「ザ・食い倒れの街」

「鳳凰、あなた遼郭で食い倒れてたのですか?」

「倒れてねぇよ」

 鳳凰はパシっと青竜の頭を叩いた。桜はクスクスと笑ってから言った。

「何時の間にそこにいたの?」

「ついさっきね。それより桜、そろそろ寝ないと今日の疲れが取れないぜ」

「はあい……」

桜は少し残念そうな顔をしながらも素直に隣の部屋へ引き取った。


 青竜は、桜が部屋へひきとったのを確認すると小声で鳳凰に尋ねた。

「……何か情報はつかめましたか?」

 実は鳳凰はついさっきまで、例の鈴の仕掛け人を探るため、街へ偵察に出ていたのだ。

「妙な噂を耳にした」

 鳳凰は声をひそめながら話を始めた。

「ここの所、町の若い娘が頻繁に行方知れずになっているらしい」

「そんな事が……。原因はやはり、」

 鳳凰は頷いた。

「あの鈴と何か関係あるかもな」

「となると、仕掛け人は桜様が輝の神子とは知らずに?」

「言いきれないが、その可能性もある。しかし桜の奴、初っ端からこの調子じゃあ、本当に危なっかしいな」

「そうですね」

 青竜はため息をついた。14年間天界で教育をしたとは言え、まだ何にも知らない世間知らずのお嬢様そのものだった。おまけに桜は元々聡明とは言えない性格の様である。

「封魔の儀だけど」

 思い出したように鳳凰が言った。

「確か輝の巫女の命を捧げる事になってたよな?」

「ええ、儀式が終われば巫女の命も自然と尽きる事となります」

 青竜は淡々と言った。

「あの子、それ分かってるんだよね?」

「ええ、そう教えてあります。ただ、死の意味をきちんと理解しているかは疑問ですけど」

「だよなあ」

 二人の間に一瞬沈黙が流れた。

「なんか、残酷だよな」

「それは、あまり考えないようにしてます」

「いいのか、それで。あんたも一緒に儀式を行うんだろ」

 鳳凰は冷静に言い放った。

「おっかさんもさあ、」

 鳳凰はたまに大御神の事を「おっかさん」と呼ぶ。神々達の生みの親だから「おっ母さん」という訳らしい。

「たまに凄く残酷な事を考えるよな」

 青竜はそれについては何も応えずに、代わりにこう言った。

「とにかく今は、桜様を無事に崑崙までお連れしなければ」


***


  耀都の町はずれに、古い屋敷がある。

 数年前まではそこに、とある商人が住んでいたのだが、家主が商売に失敗して夜逃げをし、以来ここ数年間は空き家となっていた。

 家主を失ったはずの屋敷の中で、低い声が響いた。

「おい、今日は特上の獲物を捕まえてきたってのは本当だろうな?」

 その声に高い声が応えた。

「本当だよ! 兄ちゃん好みの若くてかわい~い女の子だよ」

 声の主は双子の妖魔で、慶塊けいかい慶杏けいあんといった。二人はこの荒れ果てた屋敷の中に数年前から棲みついていた。

 それぞれ頭上に一本ずつ角が生えている。人の魂を喰らう妖魔である。

「それにしても、」

 と慶杏が続けた。

「アタシらが食べるのは魂だけだろ? みてくれなんて関係あんのかねぇ?」

 獲物を探すのはいつも慶杏だったが、慶塊はいつも獲物の外見について煩く注文を付けていた。

「おお有りさ!」

 ぽっこりと突き出たお腹をゆすりながら慶塊が答えた。

「男やばばぁなんかの魂は食えたもんじゃないぞ。あと若い女でもブスはまずい!」

 慶塊は得意げに語っている。

「そうかなぁ?気持ちの問題じゃないの?」

 慶杏は半信半疑だった。

「いつもいつも女ばっか喰ってないでさあ、たまにはイケメン君の魂も食べてみようよ」

「だめだ!」

 慶塊はピシャリと言った。

「なんでさ! いいじゃんっイケメン君! あたしゃ若い男の魂ってもんを食べてみたいんだよぉ」

「男はまずいって言っただろーが!!」

「ああ~んっイケメン君が食べたいーっ! 食べたいったら食べたいー!!」

「この分からず屋めがっ!」


 慶塊と慶杏はしばらくこんな調子で言い争いを続けたが、やがて空腹が二人を我に返らせた。すっかり夜も更け、ふたりの食事の時間が訪れていた。

「はあ、はあ、疲れた……」

 慶杏も慶塊も額の汗を拭うとその場に座り込んだ。

「まったく、くだらねぇ事に体力使っちまったぜ…」

「兄ちゃん、お腹すいたよう」

 腹が空けばもう、イケメンの魂がどうこうよりも、とりあえずどんなものであれお腹に入れてしまいたい。

「兄ちゃん、とりあえず何か食べようよ。確かお菓子があったはず」

 慶塊も慶杏も、魂以外のものも食べる事が出来た。しかし、慶塊は言った。

「慶杏、お前何言ってんだ。ここは菓子じゃなくて魂だろ」

 そう言うと慶塊は鈴を手にとりチリンチリンと鳴らした。


    それと同じ時刻。

 青竜は既に眠りに就いていたのだが、突然空気がピリピリと緊張しだしたのを感じて目を覚ました。

 チリン、チリン……

 襖の向こう側から鈴の音が響いている。桜が眠っている部屋である。異様な空気は桜の部屋から流れている様であった。

 鳳凰も起き上がって襖を睨んでいた。青竜が目を覚ます少し前からそうしていた様だった。

「鳳凰、一体何が起こっているんでしょうか?」

「どうやら始まったようだな」 

 鳳凰は襖を睨んだまま答えた。やがて、カラリと音を立てて桜が部屋から出て来た。足元がふらふらとしていて、おぼつかない。目つきもぼんやりとしていて、青竜も鳳凰も見えていないようである。桜の手元で例の鈴がチリンチリンと音を立てていた。

(操られている)

 さすがの青竜も気が付いた。

「桜さ……」

 青竜は桜に声をかけて意識を呼び戻そうとしたが、鳳凰が制止した。

「このまま後をつけよう」

 青竜は少し不安だったが、ここは鳳凰の言うとおりにする事にした。桜は階段を下り玄関を出ると、そのまま夜の街を歩き出した。

「一体何処まで行くのでしょうか」

桜は外へ出てからも、しばらく歩き続けるので、青竜はますます不安になっていた。

「このまま夜通し歩かせて疲労させて殺すつもりなのでは」

「それは無いだろ」

 鳳凰が冷静に応えた。ビュウと冷たい風が吹き抜けた。今夜は特に冷たい風が吹いている様に青竜は感じた。

(桜様、こんな寒い中を歩いて風邪をひかなければいいけど)

 せめて上着を着せてあげるんだったと青竜は後悔していた。


   やがて町はずれに古い屋敷が見えてくると、桜はその中に入って行った。二人は扉の前で立ち止まった。中からは明らかに妖魔の気配が漂っている。

「どうやら仕掛け人はこの中だな」

 鳳凰が扉を見つめながら言った。

「さて、どうする」

 桜が中にいるからには、うかつに進入する訳にいかなそうである。

 青竜は扉の下を見つめていた。古い屋敷の扉は下の方に穴が開いていて、野良猫猫1匹くらいなら自由に出入り出来そうな隙間が出来ていた。

「ここは私に任せて下さい」

 そういうと青竜は蛇の姿に変化した。

「おい、俺は?」

青竜は鳳凰を屋敷の外に置いたまま、するりと中に入ってしまった。

「まったく仕方のないやつだな」

鳳凰はひとまず青竜に任せる事にしてその場で待機する事にした。   

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