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目蓋からでも感じる温かい光を感じ、目を開ける。
そこは、小さな湖の中。
マトバを体を起こし、周囲を見渡すと湖の周囲の木々が生い茂っており、人の気配は感じない。
「う~ん、本当にここは異世界?」
自分のいった世界と変わらず、まばゆい太陽と涼やかな風が体を撫でる。
「それにしても温かい、この世界は今。夏なのか」
地面に足が付くほどあまり深くない湖を水を掻き分けながら歩くと先程まではなかった人の気配が近づいてくるのを感じる。
「はぁ……なかなか、捕まらねぇな。今日の食料はどうしよっかな」
それは、無精髭を生やした少しばかり茶色が混じった髪をした男だった。男はマトバといた世界で着ていた衣服とは違い、長い布を着てそれを腰を帯できつく縛った格好をしている。
マトバは、とりあえず声を掛けてみる。
「あの、すみません」
「んっ? 誰だよ……な…なななななっ!?」
男は、驚いたように声を張り上げると木まで退き背中を預ける。何故、そんなに驚いたのか分からないマトバはとりあえず近寄ってみる。
「す、すみません。あの、ここは?」
「すいやせんした! 湖の精霊様、許してくだせぇ!」
そういうと男は、森の中に逃げていってしまう。何故、そんなに驚いたのか分からなかったが。水面に移った自分の姿を見て、すぐに驚いた意味が分かった。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」
一人のまだ若いであろう鈴のような女の声が、森に響き渡った。
そう彼――彼女は、女になっていた。
「えっ、えっ……まさか性別が……変わるなんて……」
水面に移った姿は、まさしく少女だった。褐色の肌、絹の糸のように綺麗な銀髪、整った顔立ち、胸は男性とは違った膨らみが二つ、きゅっとしたしまった腰と少し大きめのお尻。
マトバは、まさしく女となっていた。
「てっきり……性別は変わらないと思ってた……。まさか男じゃなくなるなんて……」
そこでマトバは、気づく。自分の一糸纏わぬ姿をあの男に見られたのだと。そう思うと今は、女性になった為か頬が熱くなり、恥ずかしさが頭の中をいっぱいにする。
「~~~~っ!!」
湖の中で、唸り声をあげ続け。するとやがて落ち着いたマトバは、大きなため息を漏らすと湖を出る。
「生まれ変わるんじゃなかった……転生するんじゃなかった……」
せめて前世の記憶がなければとマトバは思う。そうすれば元男性であったことからの変な気恥ずかしさを覚えることもなかったかもしれない。
「とりあえず、服。服を着ないと……」
そうは言っても周りには木々しかない。衣服と呼べるものが落ちているはずもなく、彼は必死に悩み一つの考えに行きつく。
ないならば、つくればいいと。
木から木葉を何枚もむしり取り、最低限の場所を隠すように何枚も重ね、ビキニのように着飾る。その姿は、一糸纏わぬ姿よりは恥ずかしさは軽減されたであろうが。むしろ大胆な格好になったと思われる。だが、今の格好はマトバにとっては幾分楽になっていた。
「あとは、これがビリっと裂けないことを祈るだけ……」
ゴクリと唾を飲み込み、異世界の――未知の森の中に入っていく。マトバは、数々の戦場を渡り歩いた猛者だ。だが、姿がこうなっては全力がどこまで出せるか分からない。それに異世界であるのだから、自分の知らない怪物などがいてもおかしくない。
様々な不安を抱えながら、森の中に一歩踏み込んだ。
森の中は、とても静かで穏やかな空気が流れており。森の中にいる小動物達であるリスなどが、異世界に来たマトバを温かく迎えいれるかのように木の幹からながめている。
素足で歩いているためか、細かい石などの微粒物が足を刺激し鈍い痛みを感じさせる。
「異世界って言っても、俺のいた世界と何ら変わりないないのかな?」
彼は、少し安心しながら歩みを速めるとその安心した隙をつくかのように木の幹が不意に足に絡まる。
そして、その幹にぐいっと足を引きずられしてしまう。
「きゃあぁぁぁぁ!」
幹を動かしている木には、口と目があり木には生命が宿っていた。つまり、それはマトバの世界には存在しなかったモンスターということだ。
「ぐっ、やっぱり異世界にモンスターは付き物だよな……」
ぶら下げている木は、相手がまるで女性だと分かるとその身体中に生えている幹を何本も伸ばし、マトバの体にまとわりつく。
「ちょっ! う、嘘だろ……ひゃあっ! どこ触って……んんっ!」
体をまるで虫のように、蠢きながら彼いや彼女の体に手慣れた手つきで幹を動かしていく。動きが激しくなっていくにつれ、ほんのりとその顔を徐々に赤らめていく。
「こ、この……や、やめ……やめろっ!」
ぶちっと彼女の中で何かが切れる音がする。
呼吸を整え、足に絡まっている幹の先を縛られている幹の力を振り切って手刀で切り裂き、自由になった足で腕の幹を足刀で切り裂く。
「はぁはぁ……。やってくれたな……このエロ木が……!!」
体勢を立て直すように、一旦幹を引き寄せる。その間、彼女は呼吸を再度整え体内に流れている気の流れを右腕に集める。
彼女、マトバは幾多の戦場を生き抜き、その人生のほとんどを武術に明け暮れてきた。そんなマトバは、既に我流の武術は達人の域に達しており、気の運用を扱えるようになっていた。
「悪いけど、この体の限界を知るために協力してくれ!」
モンスターも体勢が整ったのか、あの幹を伸ばしてくる。マトバは、その幹を軽やかにかわす。その姿は、舞踊でもしているかのようだ。
かわしながら、確実に詰め寄りそしてその顔面にたどり着くと左足を軸足として置き、右から左に体を捻らせる。腕も捻り、まるで大砲の砲弾のように打ち出された拳が当たる瞬間、全体重を乗せた。
「ふっ!!」
ドゴンと空気の壁を破って放たれた拳は、モンスターにぶつかると大地に根付いたその体を浮き上がらせ、吹き飛んでいく。
モンスターは、一直線に吹き飛んでいき様々な木々をなぎ倒していく。吹き飛んでいった先におった岩でその体を止めてもらいその動きを止めた。
打ちこんだマトバからは、既に見えない距離まで吹き飛んでおり今の一撃がどれほど強力なのかを教えてくれる。
「いっ……いたい~~!!」
涙目になりながら、右の拳を撫でる。
そもそもマトバの能力値は、それほど下がっていなかったとしてもそれを扱う体は初期のもの。殴りなれた拳ならば痛みなどなかったかもしれないが、今の体は一切鍛えていない女性の繊細な体だ。骨が折れていてもおかしくなかった。
「うぅ~……やっぱり鍛えないといたた……」
そんな痛がっている彼女の近くで、草がカサカサと揺れ動く。マトバは、すぐに構え臨戦態勢となるがその主は。
「あらら、貴女。こんなとこで何をしているの? それにそんな格好で……」
それは、この世界で初めて見る女性だった。厚底の靴を履き、緑色の長髪をした女性。その格好は、先程の男性と同じく長く綺麗に刺繍された布を腰を帯で結ばれた格好をしていた。これがこの世界での民族衣装なのだとマトバは、確信した。
「えっ、えっと……」
「ん?」
(ど、どうする……本当のことを言えるわけないし……ここは)
「うっ、頭が……。そ、その気づいたら湖にいて……その何も思い出せなくて……私、誰なんでしょう?」
たどたどしくするマトバの姿に、女性は優しく微笑むと頭を軽く撫でた。
「貴女……記憶がないのね……可哀想に……。分かったわ、とりあえず村に行きましょ。そしたらその手の傷も見てあげられるし」
がしっとマトバの手を握ると、村のある方向に向かって歩き始める。マトバは、それに少し罪の意識を感じながら彼女に左手を引かれるままついていく。
「あの……貴女の名前は……?」
「んっ、私? 私はね、メディカっていうの。よろしくね……えっと」
「あっ、えっと」
記憶がないとなった手前、ここで名前を出せるわけもなくマトバは返答に困る。
「名前、私がつけてあげるわ……えっと、ヘーベルちゃん! そうヘーベルちゃんよ」
「ヘーベル……それが私の名前」
「そう、じゃあよろしくねヘーベルちゃん」
ふふっと笑うと前を向き、鼻唄を歌いながらノリノリで村へと向かっていく。
そして、彼――マトバ改め彼女、ヘーベルは転生した世界で男性ではなく女性として今日から新しい人生を歩んでいく。