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いい夫婦の日なので、できるだけそれよりの話にしたかったのですが…なかなかどうなったかは分かりません…。
楽しんで頂けたら、幸いです。
二人の死闘は、ゆっくりな流れ《ステップ》から激しい流れ《ステップ》へと変わっていく。
それは、まるで川の流れのように速さが変わっていく。
名は体を表すというが、シュトゥルムの名前の通り、嵐のような拳打が放たれていく。その嵐のような拳打をヘーベルは、手掌で受け止めているが、全て受け止めきれているわけではない。
何発かは、その身に受けている。
(くっ……こいつなかなかできるっ!)
「どうしました、そんなものですか!? もっと踊りましょうよ!! ほらっ、ほらっ!!」
「女性に優しくない男性は嫌われますよ」
ふっと苦しくではあるが、笑みを浮かべてはみるもののヘーベルに特別、策があるというわけではない。 だが、防戦一方というのは、彼女の性分ではない。ならば、この嵐を上回る手数で勝負をかける。
ヘーベルは、昔なら筋肉の重さがあり拳打には、限界があった。だが、今の体はまるで羽根のように軽い、今の自分にはできると彼女は確信できた。
「あんまり、エスコートされすぎるのも私としても恥ずかしいので、今度は私がエスコートしますよ!」
「できるんですか、貴方なんかに?」
ふっと息を吐いて、シュトゥルムの腕を弾き、体を脱力させ、千を超える拳打を、シュトゥルムの体へとぶつける。拳は、軽く一打ずつ重さをあげていき、最後には腹に気の力を乗せた一撃を乗せる。
見事に与えた一撃は、シュトゥルムも食らっているかのように思えた。だが、その最大の一撃は、シュトゥルムにとって決して重い一撃とは言えないものだった。
「おやおや……弱いですね……ふんっ!」
「きゃぁぁぁ!!」
シュトゥルムの強烈な一撃をヘーベルは防ぐが、勢いは防ぎれず、ビルのコンクリートでできた壁へ吹き飛ぶ。砂煙が、巻き上がる。そこには、血だらけに倒れたヘーベルの姿があった。
「ヘーベル!!」
「嫁よ、大丈夫か!!」
「やれやれ、意外とできませんね。仕方ない、黒龍様。それとそこのお三方、スナイパーは下がらせますので私と戦いましょう」
ニヤリと邪悪に顔を歪ませ、四人に近づいてくる。ヘーベルは、その様を霞む視線の中、見ているしかなかった。昔の鍛え上げられた体ならいず知らず、今の彼女は只の少女。
ヘーベルの体は、悲鳴を上げていた。痛みにヘーベルは、涙を浮かべる。
(弱くなったな………俺)
彼女がマトバであった頃なら、痛みなんか――涙なんか流さなかった。だが、今の彼女は女性。女性は男性のように体や心が強いわけではない。だが、決して弱い訳ではない。
女性には、女性の強さがある。男性が不屈の闘志なら、女性は、一途な思い。
「黒龍様……は、メインディシュにしましょう。まずは、貴方。凛々しい姫君……貴方から」
「くっ……妹の仇……取らせてもらうぞ!」
アリスは、レイピアを構え、シュトゥルムは独特な構えをつくる。歴然の差が二人にはある。
ヘーベルには、それが分かっていた。
あの男に彼女が奪われる。
(そんなこと許せる………わけないだろ!!)
ヘーベルは、立ち上がり、最大の殺気。殺意を込めて、シュトゥルムを睨み付ける。
「お姉ちゃんに……アリスに手を出すなぁぁっ!」
「ほぅ、まだ生きていましたか」
「無事だったか、嫁よ!!」
「ヘーベル!!」
「嬢ちゃん、無事だったか!!」
「死んでないと思ってたぜ!」
四人が歓喜の声を上げる。
シュトゥルムは、嬉しそうにニカリと笑った。
「ほら、来てください。また踊りましょう!」
「ブラドさん! ブラドさん達は、あの狙撃手を!! 私は……こいつをやりますから」
「了解じゃ……では、任せたぞ」
「はい、恋する乙女は最強ってこと見せてやります」
ふっと笑うとブラドは、三人を連れてビルへと向かっていく。それをヘーベルは、静かに見送るとビルから降り、シュトゥルムにゆっくりと近づき構える。
「皆さんを行かせて良かったのですか? 貴方のような女に私が倒せると?」
「その女にお前は、秒殺されるんだよ。あまりグロいとこ……アリスに見せたくなかったし」
「ふん、やってみろっ!」
嵐のような拳打、それをヘーベルは静かに見つめて風に揺られた紙のように、ヒラリヒラリとかわしていく。
「くっ、なぜ当たらないっ!」
「貴方が、私より弱いからです」
ピンッとシュトゥルムの鼻をデコピンで軽く小突く。痛みに頭を軽くのけ反った隙をついて、ヘーベルは、背中に腕を回して抱きつく。
ヘーベルは、シュトゥルムが愛しているから抱きついた訳ではない。それに技を繋げようとしてのことだが、持ち上がらない。
「何をしようとしているか分かりませんが、終わりです!」
背後にバク転する形で足を使い、シュトゥルムの顎を掠める。
「くっ、それにしても秒殺するんじゃなかったんですか? もう一分立ちますよ?」
「はぁ……」
大きくため息をつき、やれやれといった感じでシュトゥルムに向かい、向き合う。彼女の長い髪が、暗闇にふわりと風も吹いていないのに、揺れた。
「分かったよ、大技で決めたかったんだがな」
その瞬間、全てが終わる。
シュトゥルムの意識が、ブラックアウトする。まるで、パソコンを強制終了したかのようだ。
「う~ん、技名……『九死一掌』。いや、技名ないほうが格好いい?」
彼女は、凄まじい速さで、打撃を繰り出した。顔面、こめかみ、額、脇の下、肝臓、腎臓、顎、鳩尾、金的。この箇所を凄まじい速さで叩いたのだ。
彼女には、力がない。
だが、その分。速さ《スピード》がある。
男であった時よりも速さは、増している。自分にあった技をこの戦いで彼女は見つけたのだ。
ヘーベルは、シュトゥルムに近づき、頭を彼女の膨らみで包み込み、抱き寄せる。
「女性にこのような形で、逝かされること……光栄に思ってください……では、イッてください」
優しい顔で、ゆっくりと首を回し、限界まで回したところでゴキリと小さく音がなった。
ぼとりと手を離し、地面へと投げ捨てる。
「待ってて、今行くから」
彼女が、駆けようとした時、胸に魔方陣が浮かび上がり、キューが出てくる。どうやら、村からヘーベルの胸へと転移してきたらしい。
「ははっ……私の……気に入っちゃったのかな」
「キュ~キュ~」
擦りよってくるキューの頭を撫でて上げる。
「キューちゃん、お願い。皆の所に連れていって」
「キュー……キュ!!」
ポンッと麒麟独特の姿へと変わり、背中にヘーベルを跨がらせる。それを確認すると麒麟は、月の光できらめく道を風のように駆けていった。