12
ヘーベルは、無事に都へ入ることに成功するとまずは、宿を探した。潜入して、いきなり反乱を起こすのは三日間の体力や精神的な面を考慮してのことだ。
宿を探そうと歩き回っていると村にはなかった珍しいものに三人は、気をとられ始める。
「見てくれ、これなんか凄い刀だぞ!」
「この乗り物があれば……」
「ヘーベル、見て見て! この服、ヘーベルに似合うと思うの!」
各々、気がとられるものは皆違う。三人が興奮するなか、ブラドやヘーベルは見慣れているため驚きが少なく、三人の気分の上がり様についていけない。 三人が、店を見ているなかヘーベルは、周囲を見渡す。道は、土や砂によってできたアスファルトで舗装された道だ。
それを当然のように踏み鳴らす、都の人々。
同じ国の人間だというのにここまで暮らし――生活が違うことに怒りを覚えた。
「嫁よ、何か怒っておるのか?」
「顔に出ちゃってました……?」
「いうや、ただここに入ってから何か雰囲気が変わったように感じての。気に入らないか?」
「はい……。ブラドには申し訳ないと思いますが……。私は、凄く気に入りません。都は、ここまで派手なのに何故、村には一切人の手が入っていないのですか?」
「なるほど、自然を大事に……なんて心があれば私も弁解できるのじゃが。王は、村の地方の人間のことなど何も考えてはおらぬ。自分の足下を固めておけば、擦り傷などできまい? それだけの考えじゃよ」
ヘーベルは、静かに奥歯を噛み締めてそびえ立つ城を睨んだ。全国民の為に骨身を削ってでも、国を守り、国民を守るのが国王なのだという考えがヘーベルにはあった。だからこそ、その考えに背く、この国の王のことは本当に許せなくなっていた。
自分の考えが絶対という訳ではないことは、ヘーベルにも分かっている。だがここまでの不平等を見逃せるほど、ヘーベルは賢く世渡りができる人間でもなかった。
だから動いたのだが、この都で住む人には一切の罪はない。ここの人達の生活は、この人達が汗水垂らして得た生活だ。巻きこむことにヘーベルの心の良心が再び邪魔をする。
「ふむ、どうやらパレードがあるようじゃな。ほれ、これが今の国王じゃよ」
「……こいつが、国王……?」
ブラドが壁から剥がした張り紙を見せてくる。そこには、パレードの内容と国王の顔があった。ヘーベルは、その顔を見て紙へと力が入り、張り紙にシワが寄っていく。
その顔は、ヘーベルにとって忘れられる訳がない顔だった。それは、彼女にとってこの世界に転生する原因であった男。
金髪に整った顔立ち、筋の通った高い鼻。宝石のように青色の輝く瞳。彼は、その張り紙の中で微かに微笑んでいる。
頭の中に、死ぬ寸前に見た彼の笑みを思い出す。狩りに成功したあの嬉しそうな表情。その怒りは、彼女の最後の良心を暗く真っ黒な深い色に染め上げた。
「ブラド……ありがとうございます」
「ふむ? なんじゃ?」
「決心がつきました。これはただの私怨ですが、私は……必ず王を消し去ります」
その顔は、とても暗く歪んでいた。ブラドは、そんなヘーベルになんと声を掛けてやればいいか分からなかった。それほどまでに彼女は、変貌してしまっていた。
「ヘーベル? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん」
アリスに声を掛けられ、ヘーベルはにこりと笑顔をつくる。アリスは、そんな彼女を引っ張って、服屋へと連れていった。
ブラドは、少しホッとする。彼女は、数多の命を引き換えにしてでも、守りたい命があるといった。そんな獰猛な彼女と契約を交わしたのは、正直なところただの気まぐれでしかなかった。
村人から聞いた話では、彼女には記憶がないという。 だが、それにしては確固たる意思があり、様々なことに挑戦し、今は革命を起こそうとしている。
彼女には、本当は記憶があり、何かを近くで守るためにそのような素振りをしているのではないかとブラドは考えた。
(私怨と言ったな……あのような言葉、王と最近まで関わりがなかった者は言えぬはずじゃ。だが、嫁はあの顔を見て初めて王の顔を知ったと見える……。これは、まったくどういうことじゃ……?)
ブラドを頭を悩ませるが、全く分からず頭の中がごちゃごちゃになってきたので考えるのをやめた。
「ブラドさん、ブラドさんも服どうですか?」
「おいおい、姉君よ。目的を忘れたわけではあるまい?」
「でも、可愛い服がこんなにあるなんて……都っていいとこです」
「分かった、分かった。まずは、落ち着くのじゃ」
男勝りな印象が強かった彼女も、やはり乙女。可愛いものには目がなく、楽しそうに笑っている。そんな年相応の乙女の表情にブラドは、ふっと笑みを浮かべて駆けていく。
だが、どこから微かな視線を感じ、ブラドは振り向く。だが、彼女の後ろには誰もいない。周囲の建物に気を配るが、どこにも見当たらなかった。
気のせいだと感じた、ブラドは真っ直ぐに店に向かっていった。
「あっぶな~、マジ危なかった。流石、龍ですね。察知能力ぱないっす」
ブラドが視線を感じたのは、間違いではなかった。視線を送っていたのは、数百メートル先のビルの屋上からだった。科学的な体のラインを少し強調したギリースーツを着ている彼女は、赤のベレー帽を被っている。
構えているドラグノフと呼ばれている狙撃銃は、銃身は長く重い。前部の銃床は、合成樹脂出来ており、中は空洞となっている。
そんな自分と同じくらいの長さがあるのではないかという銃を扱い、五人を監視していた。
「はぁ~、めんどいよ~。でも仕事だし~、まぁ、もうちょっと監視して。何か危ないことを企んでそうなら……狙撃すればいいし」
彼女は、スコープを覗きこむ。スコープの先には、三人の少女達が、笑顔を浮かべて楽しそうに何かを話しているのが見てとれた。
そんな彼女達の中で、リーダー格と思われる褐色の少女に照準を合わせる。すると、今度はアリスにブラドが店の中に連れていかれる。
それを見て、苦笑いを浮かべた彼女は不意にこちらへと視線を合わせた。
「な、なに!? 今、視線が合ったよね……」
彼女は、またスコープを覗きこむ。
すると、スコープの先のヘーベルは、手でピストルを作るようにこちらに向けて、銃弾を撃つ動作をする。その時、不意に肩を叩かれて、彼女はビックリして起き上がり、直ぐに銃を構えるが、銃口をそらされてしまう。
「そんなに驚かれてどうしました、スクーシナ?」
「ビ、ビックリした~……シュトゥルムか~。もう、腰抜けちゃった」
「おやおや、それはすまないことをしましたね」
片眼鏡を掛けた少しボサッとさせた黒髪に長身やせ形の男。彼は、まるで神父のような黒い飾り気の衣服に身を包んでいた。
シュトゥルムと呼ばれた男は、スクーシナに手を貸して立たせる。
「いやはや、それにしても貴方のような怖いもの知らずの乙女が、怖がるなど……もしや、槍いや隕石でも降ってくるんですかね?」
「私だって、乙女だよ!? それは、失礼だと思うな~ぷんぷん」
風船のように頬を膨らませる、その姿はどこかリスのような可愛さがあった。
「これはこれは、怒らせてしまいましたか」
「怒ってるよ、凄く怒ってる、怒りすぎて甘いものが食べたいかも」
「分かりました、あとで甘いもの奢りますね」
「わ~い、やった~!」
いぇーいと嬉しそうに跳ね上がっているスクーシナを見て、シュトゥルムはちょろいなと心の中で思った。
「それで、何が貴方を怖がりにさせたんですか?」
「そうだよ! 忘れてた、あの侵入者の一人が私のことに気がついたの! 怖くよね、マジ怖いよね!?」
「少し、スコープを貸してください」
ドラグノフから、スコープを外し、侵入者を見るとそれが誰であるかはすぐに分かった。ヘーベルは、こちらを静かにじっと見つめて、一切視線を逸らさない。シュトゥルムは、スコープ上から拳が飛び込んでくるのが見えて、直ぐ様スコープから目を離す。先程まで覗いていたスコープのレンズは、割れて弾け飛んだ。
「これは、面白い……」
「シュトゥルム~、顔怖いよ? せっかくのイケメンなのに」
「おや、つい。それにしても……彼女とは手合わせしたいですね」
「えぇ~、だってあの子強いじゃん。やだよ~強い子嫌い、料金に合わないよ~」
「大丈夫ですよ、他の人を狙えばいいじゃないですか」
「あっ、それもそっか~」
鼻唄をまじえながら、陽気になっていく彼女に対し、シュトゥルムは静かに闘志を燃やし、その顔を少し歪ませた。
明日も投稿できるように頑張りたいと思います。