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誤字脱字等ありましたら、ご指摘いただけると嬉しいです。物語は、温かい目で見ていただけると幸いです。
朝、ヘーベルが目を覚ますと村はにぎやかな雰囲気を出していた。家を出て村人に聞いてみると、その雰囲気は楽しい空気という訳ではなく、むしろ悲しい知らせだった。
昨日、泣いていたあの老婆が今朝亡くなったということだった。息子を失った悲しみから、心身ともに疲れ果ててしまい、体調を崩してしまい。昨日の夜、なんとか眠りにつき、そのまま亡くなったそうだ。ご遺体は、息子の墓の隣に埋めたということだった。
「あの人が……」
全ては、黒龍が招いた悲劇だ。
黒龍は、この国の守り神ということだが、これではまるで祟り神だ。国は、守れてもそれを支える自国の人間の命を奪うような守り神など存在していいはずがない。
ヘーベルは、そんな気持ちでいっぱいだった。
「今年も人柱……いや、黒龍様に捧げる人を選ぶしかないのか……」
「そ、それはどういうことですか!?」
「ヘーベルちゃん、実はな。あの黒龍様の強欲な心を抑えるために、現れるたびに村から一人捧げているんだ……」
「そんな……馬鹿なことって……」
ヘーベルは、この異世界に来て初めて怒りを覚えた。あの黒龍は、王の化身だという。だから傷つけることも捕らえることもできず、ただ餌になるしかないと言っているのだ。
「この国の王は、あの黒龍を黙認されているんですか? 自分の分身だっていう……あの龍を」
「あぁ、その通りだ。王は都にいる国民は、人間として認めるが、近隣の村は餌としか考えていない」
「何故、反乱に出ないんですか?」
「それは………あの黒龍がいるからさ………」
確かにあの黒龍がいては、反乱を起こそうにも起こせる訳がない。黒龍自体に傷はつけられたとしても食われてしまう。つまり、どうしたとしても黒龍をどうにかしなければいけないということだ。
村人全員が集まり、供物を誰にするかを決めている。だが、決まるわけがない。誰もがあの黒龍の餌になるのは、御免だと思っている。そんな中、アリスが名乗りをあげる。
「私がやる、元々は私がアイツを連れていきこんなことになってしまった。私が……責任を」
「待て、馬鹿っ! アリス、お前がやることはない! お前は、しっかり仕事を全うしたじゃないか!」
「ハバキ。なら、他にやりたい奴がいるのか?」
ハバキは、答えられない。他の村人も顔を伏せてしまい、誰一人として答えられるものがいなかった。 だが、そこでヘーベルが名乗りをあげる。
「私がやります」
「なっ、ヘーベル!? 何を言って!」
「お姉ちゃん……。私は、元々この村の人ではありません。だからその役目、私にやらせてください」
「そんなことさせるわけないだろっ! 私だ、私がやる!」
「お姉ちゃん! ……ありがとう。でもね、私はこの村を救いたい。それは、村人であるお姉ちゃんもだよ。だから、私を」
村人達は、ざわめきたち話し合いをした結果。どちらを供物にするか決めたようだ。それを確証するように村人の一人がヘーベルに尋ねる。
「本当にいいんだな?」
「はい、三日間だけでしたが……。ありがとうございました」
「馬鹿っ! 私だ、私を捧げろっ! ヘーベルは、私の! くそっ、離せぇぇ!!」
詰め寄ろうとするアリスを村人達は、押さえつける。それを見て、ふっと笑みを浮かべてヘーベルは言った。
「ありがとう、お姉ちゃん。さよなら」
「ヘーベル!! ヘーベル、くそっみんな離……」
ハバキが、黙らせるように腹へ一撃を入れてアリスは気絶する。アリスが、薄れゆく意識の中見たのは、ヘーベルの優しい顔だった。
村人は、すぐに準備を開始し、ヘーベルに体を清めさせる。清め終えた体に羽織ったのは、白と赤色に染まった巫女服というものだ。
その服に着替えている最中に、ヘーベルの下へメイルさんが尋ねてくる。
「妹、お前は本当に餌になるつもりか?」
「はい、この身を捧げることで……この世界に一時の平和がくるなら」
「ふむ。それは、あいつ……。アリスの為か」
その問いにヘーベルは、全く答えず着替えを早めていく。
「そうなんだな。妹、君というやつは」
「私にとっては、凄く大事な方ですから」
「ふむ。だが、君が去った後彼女を苦しめることになるのは妹……いや、君じゃないか?」
「えっ?」
ヘーベルは、君という言葉に少し違和感を覚えたが、それ以上に意識が向いたのはその後の言葉だ。
「君が居なくなったら、彼女はきっと苦しむだろう。妹を守ることができなかったとな」
「だけど……それしか方法が」
思い詰めた顔のヘーベルを見て、メイルは溜め息をつき、後ろからむぎゅとメロンのようなあの膨らみを揉む。
「ひゃぁ!? な、何を」
「君には、もっと出来ることがあるだろ。この世界を変えるには、力が必要。でも、君はもう既にその力を持っているんだ」
「あん……あんっ、んん……でも力があっても」
「君はこの村の人間じゃない。なら、この国の縛りには縛りつけられない。なら……君も助かってアイツも助けて、この村を助けるには……どうしたらいいか分かるね?」
そこで、揉むのを止めて。甘い息を漏らしながら、見上げてくるヘーベルをメイルは、見下ろす。
「私が言えるのはここまで。あとは、君次第」
それを告げると、メイルは帰っていった。
彼女が、何を告げようとしていたのかはヘーベルは、理解できた。だが、それを現実的にするならあの黒龍にやられた以上の血が流れるのは目に見えている。
「さっ、ヘーベル。準備はできた、あとはお前だけだ」
「はい……」
迷いが生まれてしまったヘーベルは、それでも村の男達に付いていき、森の真ん中で大きな杭を立てられて、それにきつく縛り付けられる。
「すまない、こんな役を押し付けてしまって」
「いいんです、優しくしてくれてありがとうございます」
ニコリと笑みを浮かべるヘーベルのその姿に、男達は心を助けられる。これ以上いると、せっかく救ってもらった心を台無しにしてしまうと思った男達は、ヘーベルに深く頭を下げると村へと戻っていく。
一人になったヘーベルは、さっきメイルが言っていたことを本当に実現するべきか悩んでしまう。
自分一人の命で得られる少しの平穏。
数多の命を犠牲にしてまで、今の日常を破壊し、未来を少しは変えることができる方法。
彼女の頭の中は、そのことを考えるたびに、こんがらがっていく。ふと、自分が転生してまでこの世界に来たことを思い出す。
それは、あの子ともう一度、平穏を生きるため。
あの子を幸せにするため。
その思いで転生した。だが、メイルの話ではヘーベルが犠牲になると彼女は苦しむ。何故、この世界に転生したのかを思いだし、彼女は決意を固める。
何故なら、彼女は世界を救いにきたのではない。
彼女は、アリスを幸せにするために。彼女のことを守るためにきたのだ。
一度は、世界を。彼女は転生することによって捨てている。なら、彼女はその世界をもう一度捨てる。自分が愛した女の為に。
一人の為に、何百人を捨てる。
そんな決断ができる彼女こそ、英雄なのかもしれない。
その時だ、黒龍がその姿を現わし。森へと降り立つ。彼女は、決意を決めて縄を力ずくでほどき、黒龍
と対峙する。
「黒龍様、どうか私の願いを聞いてください」
彼女は、戦う意志がないと表明するように正座をし、頭を下げる。その姿を見た、黒龍はふっと笑みを浮かべた。
黒龍の体に暗闇がまとわりつき、その暗闇は人ほどの影へと身を変える。その影から身を現したのは黒髪の長い女だった。目は、まるで血のように赤く染まり、その体を包んでいるのは鎧のようでいて衣服のような黒の鱗だ。背は、高く足がすらっとしていてる。
「私に、願いとはなんじゃ人間?」
「まさか……人の言葉を話せる……人になれるなんて」
「おいおい、知らずに私に頭を下げたのか。話せなかったら、どうするつもりだったんじゃ?」
「その場合は、勝手にこちら側の願いを言い。聞き届けられるか様子を見るつもりでした」
「もしそれで私が、襲ってきたら?」
「貴方様を殺すつもりでした」
何の迷いもなく語ったその言葉に黒龍は、大きく笑う。ツボに入ったのか、その笑い声はなかなか止まない。
「貴様、面白いのう。その面白さに聞くだけ聞いてやる」
「ありがとうございます。それでは、貴方様のようなお強い方が何故、王に従っているのですか?」
「先代の王の契約でな、従っているだけじゃ。先代のは、良い男じゃったが。今の王は、私のことを遊び道具のように村人を襲わせ、反乱を防いでいるただの馬鹿じゃ」
「なら、貴方様はやらされていただけだと?」
「うむ、私は別に人間など食わなくても生きていける。それに人間の肉は不味い」
その言葉に少し憤りを覚えたが、胸の奥になんとか押し込み、心の外に出さないようにする。
「では、その契約を切るには?」
「簡単じゃよ、今の王は私と契約を結んではおらぬ。だから、上書きすればよい」
「なら、私と契約してください」
「ほぅ、ならお前は何を私にくれる?」
ふぅと息を吐き出し、バクバクと鼓動を速めていく心臓を整えて、言葉を出した。
「私の体も魂も全て捧げます。だが、心は捧げることはできません」
「面白い、何故心は捧げぬ?」
「好きな人がいます。その思いだけは、あげることはできません……ですが、貴方様に燃え盛る戦場をプレゼントいたします」
「これは、また。可愛い顔で怖いことを言う」
「私は、卑しい人間です。一人の為なら、何百何千の命をかけてもいい。ですが、その賭けた命も私は守りたい」
「一人の人間からの感心や哀れみを買うためか?」
「はい、人間は大切なものの為なら非情になれます」
そこで、黒龍は大きく笑った。本当に愉快そうに笑った。
「私も刺激がほしかったところだ。 良いぞ、その契約受けよう」
「ありがとうございます!」
「だが、条件として。私の嫁になれ」
一瞬、場の空気が凍りついた。ヘーベルもその言葉に耳を疑った。
「えっ、あの私……好きな人が」
「うむ。だから心は、奪わん。だが、権利はもらったのだ。なら私の嫁になってもかまわんじゃろ」
「で、ですが。女同士」
「龍に性別などない。女の姿をしているだけで、別に子を為すために男の役もできる」
「いや」
「断ったら、この話はなしじゃ」
ヘーベルは、確かに全てを捧げると言ってしまった。せめて自分の権利だけは、あげるべきではなかったとヘーベルは今更ながら思った。
だが、既に時遅く契約を結ぶとこまできている。ここまで来たら、もう了承するしかないことはヘーベルは分かっていた。
「分かりました……嫁になります」
「うむ。では、こっちに来るのじゃ」
言われるがまま、近づき彼女の言葉に従う。近づいた瞬間、流石、龍というべき素早さで体に抱きつかれる。抱きつかれ、そして唇を奪われた。
柔らかく温かい舌が、ヘーベルの口の中を蛇のようにうねる。舌と舌が触れ、絡みあい抱きついている黒龍の体とヘーベル自身の体が熱くなっているのを感じる。
するとふわっと頭の中が軽くなるのを覚え、一気に胸の奥にある何かが熱くなっていくのを感じ、力が抜ける。すると黒龍は舌を抜き、ヘーベルの頭を自分の柔らかいものへと預けさせる。
「これで、契約は完了じゃ。魂にその契約は、刻み付けた」
「なら、これで……」
「うむ、あとは王を黙らせるだけじゃ」
「はは……これからが……大変です」
「今は、休め。心配するな、私は身内に優しいからの」
「ありがとう……ございます」
初めての感覚にやられて疲れたのか、もしくは大きな選択をしたために緊張が途切れたのか。ヘーベルは、眠ってしまう。自分の胸の中で眠る彼女の頭を優しく撫でている。その顔は、まるで自分の子の安らかな寝顔を見ている母親のように、母性にあふれた顔だった。