表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

番外其ノ六:邪神の踊り子/触れることが出来なくても

カノンがメインヒロインしております。さーびすさーびすぅ


こちらは六の前編ですが、後編はちょっと時間かかるかも……。なにぶん、過去話は書いていて辛いところがあります(が、かかずにはらいれないっ!)


 

 

 端的に言おう。頭が真っ白になったと。

 湯浴みというのは私の親友いわく、一種の解放なのだそうだ。

 衣服からの解放、世間からの解放、重圧からの解放、視線からの解放、しがらみからの解放。

 色々と意味合いはあるようだが、それでも少なからず、湯を浴びているヒトの気分を解放的にさせることに違いはない。

 私にとっても、それはそうだ。

 体の小さな傷跡の直りが早いのに安堵したり、それでも額の傷が消えないことにちょっと悲しかったり、同時に嬉しかったりもするのだが、ことはそういう問題ではない。

 少なからず、湯浴み中、人間は無防備だ。

 武器もなく、急所を隠す衣服もない。

 警戒心は一定だが、それでも少なからず、宿屋の銭湯においてそれを維持することも少なくはあった。

 第一、覗きなんぞしようものなら木っ端微塵にしてやるくらいの気持ちがある。

 だが。

 しかし。

 実際、目の前に自分の連れが、ぽかんとした顔で立ってるこの状況はどうなのだろう。

「……」

「……」

 思わず無言になる私たち。

 こうなる可能性が全くなかったかと言えば、嘘になる。ただこう都合よく偶然が重なって、こんな珍事に発展するとは思っても見なかった。

 そう、元々宿屋についてからしばらくは別行動ということにしていた。

 料金が足りなくて部屋が一緒になったのは少しアレだが、それでも連れが「本屋探してくる!」と言って出て行ったからという油断はあったかもしれない。連れが本屋を見つけたときに、滞在する時間の長さは身をもって知っている。

 だから別に無問題だろうと、タカをくくって適当に過ごしていた。

 ちょっと昼寝して、それでも連れはまだ帰ってきていなかったのだ。

 だから、汗もかいていたし、私は早めに湯浴みすることにした。

 実際相手と時間がかぶるのも問題があるだろうし、なにより、危険度は下げるにこしたことはない。いくら私の体が、あんまりメリハリの利いた凹凸をしていなくとも、無警戒は貞操のみならず、最悪は命にまで直結する。

 だから万全の準備をして、部屋に備え付けられていたバスルームを利用していたのだが――。

「……き、」

 体を洗って一度湯をながしたままの私。

 隠すもので体を隠していない私。

 対する、連れ――エースもまた、細いくせに微妙にがっしりした体を、上下ともに隠しているわけでもなく。

 扉を開けたままの姿勢で固まる彼。

 立ったまま、桶を肩に構えたままの私。

 数秒の思考停止のあと。


「きゃああああああああああああああああああああああッ!」


 彼は、女の子のような悲鳴を上げて扉向こうに逃走した。

 絶叫しながら走り去っていくエースの背中を見ながら、

「……なんで、そっちが悲鳴上げるのかしら……?」

 思わずいつもの乱暴な口調を忘れ、素に戻ってしまう私であった。





 私達がラニアール入りしたのは、今日の昼前後だった。

 湿地帯のこの場所は、先日まで私達が滞在していたトトラントに近い。

 鉱山からは鉄が多く取れ、ドワーフたちをはじめとした亜人族(ドゥエルブ)たちと人間が共生してる。

 街の雰囲気もどこか物々しく、熱量と鍛冶の歴史を感じさせた。

 私は先日とあるモンスターたちから受けた攻撃により、防具を新調したいと考えていた。エースに言うとすんなり「おっけー」と返され(肯定という意味らしい)、二人揃ってこの場所までくることになった。

 そんなこんなで、入って一日足らず。

 何というか……。私の目の前で勇者エースは、国王が異国から持ち込んだ風習「DO☆GE☆ZA」を敢行している。額を地面につけているその謝罪形式の無防備さと必死さに、私もなんとも言えない気分になったので、とりあえずやめさせた。

「いや、でも、マジで御免なさい……」

「気にするなとは言わないけど、それよりどうして間違えたんだ?」

 エースの回答は、私も納得できるものだった。「ああ、確かに服を入れる場所は、三つあるし蓋があるから、わからないか……」

 私達の借りた部屋についているバスルームには、三つ着替え置きが存在している。私はその一番下に、防具もろもろの装備を放り込んでいた。そしてエースは一番上を使っていたので気付かなかったのだろう。また一見して使ってあるかないか知る術もない構造をしているわけで、結果として、まあ醜態を曝したわけだ。

 剣は流石にベッドの横だが、なんにせよ警戒心が薄かったというのはあるかもしれない。

 もっとも「オルフ」なんかを握っていたら、柄頭でエースの顔面を陥没させていた可能性もあるから、あまりこちらも強気には出ない。不幸な事故だった、ということで水に流そう。

 最悪、今晩の()()に使われるくらいは目を瞑っておこう。

 童顔はともかく、これでも私と同い年なのだ。直に無理やり()()しに来ないだけ、まだ紳士的というべきだろう。

 もっとも、貧相なこの肥料(はだか)でアレが成長するかは知らないが。

「で、どうだった? 何かいいのがあったかい?」

 とりあえず、早急にシモの話題は打ち切ることにしよう。考えれば考えるほど低俗な言い回しが思い浮かぶ……。それに関しては、全て私の親友のせいではあるが、そっちもあまり考えるのは止めておこう。

 ベッドに腰掛ける彼の隣に座り、顔を覗き込んだ。

 距離をとられた。

 ……何故だ、意味がわからない。私が座った直後、ちょっとひじが接触した瞬間だ。飛び跳ねるようにではないが、露骨に私との間を開けた。

「……どうした?」

「いや、何でも。癖みたいなものかな……?」

 後日私はその行動の意味を理解するが、この段階においてはまだまだ先の話だ。

 でもエース自身あまり聞いて欲しくないと目で語っていたので、話題を戻すことにした。

「まあ、あれだけ意気揚々と出て行ったんだ。何か収穫があったんじゃないかな?」

「まぁ今日は一冊だけ……。ようやく。蛇っぽい人から買ったんだけどね」

 そう言いながら、エースはベッドの横においてあったバッグから、一冊の本を取り出した。


『王子珍道中――二十一巻・奇跡の嘆き風呂編』


「……」

 反応に困った。

 知らない本な上に、結構続刊が出ているものらしかった。

 それをこう、直接なにか言う訳ではないが、目をきらっきらさせて「どう? すごいでしょ?」みたいな目で見てくるエースに、私はなんとも言えない気分になった。

 手の懸かる小さい子を見てるような気分がちょっと。

 大の大人の男が、なんて顔しているんだと思うのがちょっと。

 あとは、本のタイトルの方向性が果てしなく謎で、私の好奇心を刺激した。本タイトルであろうものの字面も字面だが、副題の意味不明さもとうてい素通りを許さない。エスメラ語の体を成しているが、既に別な何かなんじゃないかと疑ってかかるべきだろう。

 つまるところ、意味わかんない。

「どういう本なんだ? これは」

「王子すごい。以上。そんな感じ」

「……説明になってるのか? それは」

「んー、王子についていまいち説明不足だが、その王子と愉快な仲間達の珍道中だからな。毎回毎回趣向の凝らし方と方向性が予想外すぎて、結構面白いぞ」

 本当にそうなのか、思わず疑って掛かってしまう。

「それに刊行速度も頭おかしいからねぇ。作者さん魔女らしいから、自動書記とか使って原本書いてるんだろうけど」

 聞けば、一年に五冊出たときもあるらしい。

 これの作者、一体何者なのかしら……?

 思わず、素で驚いてしまい、しかし頭を振って言い直す。その一連の動作をエースが少し不思議そうに見ていたが、特に追求はされなかった。

 こちらも、あまり追求して欲しくはない部分だ。

 正直なところ、これでも色々と一杯一杯なのである。

「これ買うときに、ちょろっと踊り子とかが踊ってるところもあったりして、何故か知らないが本の中身と微妙に踊りがシンクロしていてちょっと笑った」

「しんく……? って、タイトルに踊り子のおの字も出てきていないのだが……」

「まぁ、いつも通りかな?」

 とりあえず、本の作者と読者がオカシイことだけは分かった。

 あと、そんなものを楽しげに勧められても、こちらとしてはやっぱり対応に困った。





 まだ日が昇る前、私はいつものようにエースの夜泣きで目を覚ました。

「ぅぅ……、ぅぅ……」

「……はぁ」

 ため息を一つつき、エースの顔を覗き込んだ。

 薄暗がり、部屋の魔灯(マジックランプ)に明かりを小さくつけると、エースの横顔の輪郭がしっかりと見える。肌の色やら顔色まではよく分からないが、どうせ良い夢は見て居ないだろう。

 トトラントを経ってから数日。一緒に野宿することもあり交代で夜の番をしていたわけだが、そこで問題が発生した。

 ……夜泣きだ。エースは、夜泣きする。

 この男、しくしくしく、といった風に毎晩魘されているのである。

 あまりに想定外な事柄だった。

 正直、対応に困った。小さい子のように大声で叫ぶわけでもないので、野宿の歳は動物やモンスターに発見されるのを恐れるほどでもない。

 だが、考えても見て欲しい。夜中、わずかに小さな火の光があるような暗い視界。どこからともなく、そんな男の泣き声が聞こえてくるのだ。恐怖以外の何ものでもない。

 しかも日中確認すれば、本人は全く無自覚と来ている。

 確かに宿などで、一人部屋をとってしまえば気付かれることはないだろう。知ってたとしても、自室内で済む事柄ならば、誰もいちいち忠告したりはしない。結果的に、おそらく私が彼の夜泣き最初の発見者となってしまった。

 一体どうしてこうなった、と思わなくもないが、個人的には色々と衝撃的だった。

 夜泣きだぞ? しかも、大人の男がだ。

 確かに童顔ではある。だが、いくらそうだからといっても限度がある。

 最初の一晩は、正直引いていた。翌日、明らかに私の挙動がおかしかったのが気付かれたのか、彼に直接何かあったのか聞かれた。色々と前置きしてから夜泣きの事実を伝えると、本人は愕然としていたように見えた。

 そこからが問題だった。エースは翌日の晩から、一睡もしていなかった。私が見ている時は寝た振りでもしていのだろう。唐突に夜泣きが治まって不審に思ったが、結局翌朝までその調子を繰り返していた。

 そしてラニアールにたどり着く数日前、彼はついに倒れた。

 問い詰めてみると、寝ていなかったということである。たわけが、と怒鳴ったが、どうも本人はあえて寝たふりをしていたわけではなかったらしい。私に迷惑を掛けたくない、という負い目もあったようだが、それ以上に夜泣きということを指摘されて、あんまりにも驚いて夜緊張し、眠れなくなったんだそうだ。

 その後無理やりに昼寝させると、今度はきちんと寝れていた。どうも、夜に寝ると泣き出すようだった。

「全く、手間がかかるな……」

 幸い、君が体を崩したほうが迷惑だと言ったら、それ以降は寝てくれるようになった。

 しかしこの有様では、今日はもう、私も寝ていられるような感じではない。

 暇なので周囲を見回すと、なんとなく目に入ったエースの買ってきた本。読んでも良いと言われていたので、私はその一冊を手に取った。

 確かに、王子すごい、で感想を終わらせてしまいたくなる有様だった。

 主人公の王子は王族の六男坊。平民の母に王族の父親。にごされてはいたが、おそらく母親にとって望んだ子供ではなかったのだろう。だが、そんな彼でも育ててくれた祖母とメイドのお陰で、高貴な振る舞いノーブレス・オブリージュ体現者とも呼べるような青年へと成長していく。

 この巻は過去の話、王子が彼を育ててくれたメイド(諸事情あって年をとっていない)にかけられた呪いをとき、メイドが本当の意味で王子と信頼関係を結んだ後の話のようだ。

「こうして読むと、なかなか専門的だな……」

 魔術に関しての造詣が深い人物が書いているのかもしれない。魔法理論や武術などの描写や説明文が、非常に整理されており、なおかつ違和感も矛盾もない。魔法石に関しての記述もほぼ誇張なく、火の元素を使って周囲一帯に火柱をたてるみたいな技とかは、私も似たようなのを使っているくらいだ(もともと私の育ての親の技だったが)。魔法自体発想があれば近しいものを打てるので、別に発想を盗まれたとかいうことではないだろう。だが逆に、発想があってもそれを説得力のある説明でかけなければ意味はない。

 内容も真面目なもので、タイトルとサブタイトルからは連想できないほど硬い小説のようだ。

「馬鹿にしてた訳ではないが、エースが面白いというだけあるということか……、ん?」

 ぱらぱらと読んでいると、王子と一緒に居るメイドの台詞がふと目に飛び込んできた。

『王子だって、昔は夜泣きが酷かったんですよ? お母様を求めて、求めて、それでも手が届かなくて。私、不覚にも涙が零れたくらいです。添い寝してしばらく宥めてようやく落ち着いていましたけどね』

「そ、添い寝か……」

 ちらり、とエースの方を見る。

 昨日のことがあったからか、なんだか少し気恥ずかしい。

 しかし、苦悶の表情のエースは何というか、あんまり可愛くなかった。

 聞けば……、夜泣きしていたことに気付いては居なかったようだが、もし夜泣きしているのならば何か理由があるのか? という点については、本人なりに心当たりがあったようだ。

 ただ、話してくれと言っても、彼は拒否の一点張りであった。……一緒に旅をするなら、せめてどういったことなのか、さわりだけでも話してくれと言ったが、帰って来た言葉は「……俺がヘタレだったってだけだから」というものだけだった。

「本当、何があったの?」

 眠る彼の横に座り、口に入ってる髪を払ってやる。

 答えが返ってくるなんて、期待しているわけではない。

 だからこそ、彼の口から漏れた寝言は、案外と威力が大きかった。


「――ぁミン……」


 きちんとした発音ではなかったが、エースは女性の名前を口にした。

 そのとき、何故か私の身体は強張った。

 ……どうしてだろう、こころなしか少し眉間に皺が寄っている気がする。

 あと、まるで首を締め付けられるような……いや、心臓に剣でも穿たれたかのような、なんとも言えない重い感覚が私を襲った。

 なんだろ、これ。

 不可解な感覚に疑問を覚えていると、エースの寝言が続く。


「×××ン、どうして……、そんなに俺……、」


 呼びかける名前は相変わらず聞き取れなくても、そこに込められている想いはなんとなくわかる。

 そしてそれを呟いている時、エースの目は天井を見ていた。

 寝ぼけているのだろう、焦点のあっていない目だ。


 その瞳は――いつか見たような、虚ろな闇色をしていた。





 翌日。

 日課のトレーニングを終えて、エースと私は街を散策していた。

 基礎体力はともかく、肉体性能と戦闘技術にはまだまだ難のあるエースだ。毎朝の軽い稽古と、その反省会は必須だった。

 エース曰く「殺す気でかかってきてくれれば何とかなる」と言ってはいたが、世の中相手はそんなものではない。強盗と強盗殺人では、後者の罪の方が重い。よっぽどのことでない限り、大抵の荒くれは前者を主にする。証拠隠滅を図らなければならないほど、追い詰められている相手と遭遇する確立は低い。ゆえに、あえて私も手は抜いていた。

 抜いていた、といっても、あくまでも「殺す気はない」というだけだ。

 終了時のエースは、毎度毎度泣きべそをかいていた。

 ……んー、ちょっとやりすぎたかしら? いや、でも私だって育ての親にはよく骨折させられていたし、まだまだ良心的な方だろう。

 この話をエースにしたら、「その価値基準はおかしい」と真顔で返されたが。

 それは置いておいて。

「あれ? 蛇のヒト、今日は居ないのか?」

 露天が多く点在する場所で、エースは周囲をきょろきょろと見回していた。

 道端に物を広げるヒトビト。行商人や、店舗を持てないものの規模の大きな店もあり、それなりに活気がある。販売商品の中に、武器や防具に使えるものが多いのが街ならではの特徴だろうか。

 まあともかく、エースだ。

 どうも、昨日会った蛇人間の商人を探しているらしい。

「おっかしーなぁ。確か『知り合いに腕の良い職人が居るから、紹介しましょうか…、ヒュー?』みたいに言ってたと思ったんだが……」

「最後のヒューは何だ?」

「呼吸音じゃないかな? だから、蛇っぽかったし」

「そういうことではなく、それを再現する必要があったかということなのだけど……」

 エースは聞いちゃいない。

 結局もうしばらく徘徊して見回した後、諦めたように肩を落とした。

「あーあ……。せっかく売ってくれた、いいヒトだと思ったんだがなぁ……」

「……本一つだろ? 何故そこまでこだわりがあるんだ?」

「んー? あー、カノン的にも、どうでも良いものかもしれないけどさ、本も。だけど――」

 私の方を見ながら、エースは寂しげに微笑んだ。

「――俺にとっては、本に限らずこういったものって、死活問題なんだよ。少なからず、俺は救われた身だから」

「救われた?」

「ああ。どうしようもなく、立つ瀬も寄る瀬もなかった時に、娯楽だけは()()()()()()くれたから」

「……?」

 エースのその言い回しには、何か違和感があった。

 しかし追求するより先に、彼は次の注目対象に目を移した。

「あ、あれあれ。あれだよ、カノン。踊り子さん」

「ん? あれって――」

 彼の指先には、三人の女性が踊っていた。

 路上で踊りを披露し、それでおひねりを貰うような形で商売をしているらしい。

 三人ともが白い色の布を身にまとっている。

 ……なんだろう、少し意外なのは、エースの視線が三人の服の、所々にある際どい露出に全く集中していないところだった。

 英雄、色を好むとは誰の言葉だったか。

 詳しくは知らないが、それにあやかってか国によっては「一夫一妻制」でも「勇者のみ複数の女性と関係を持っても構わない」というところがあったか。育ての親に連れて行かれた国で、そんな話を聞かされたことがあった。

 ちなみにその話を涙ながらに私にして「どーして俺は勇者じゃないんだろうなぁ……」と落ち込んだ様子だった憲兵は、育ての親に「ウチのに何を吹き込んでいやがる、でぃん☆!」とぶっ飛ばされていたか。

「寒くないのかな、あの格好」

「どうだろうな。……まあ、仕事だから仕方ないんじゃないか?」

 上半身の胸元から腹にかけてあいた穴。そこから見える腰は見事にくびれており、肌もシミ一つない。さらに大きく揺れ男達を沸かせている両方の乳房は、同性の私をしても圧巻であった。

 ……反射的に自分の胸元を触って、小ささに落胆した後、エースの顔を見た。

 その横顔は、踊り子の周囲に居る男達に呆れたものだった。……いや、呆れた? 何だろう、もっと違った印象がある。どちらかと言えば――。

「……何であんな、理性的になれないかねぇ」

 ――そう、どちらかと言えば、蔑んでいるような、あるいは憎んでも居るような。

 親の敵でも見るようなその目は、一体どういうことだろう。

 不審がっているうちに、踊り子達の踊りは終わった。

 ふいに、私はその中央にいた少女に目を向けた。


「どーもどーも、ありがとうきゅん☆ きゅんきゅんたちも、頑張ったきゅん☆」


 転びそうになった。

 ずるっと、体の安定を失いかけた。

 エースがぎょっと振り返り「だ、大丈夫か!? 何があったし」と声をかけてくる程だった。

「い、いや、大丈夫だが……」

 もう一度、私は彼女を見た。

 黒髪に、赤よりの紫な瞳。

 長耳に白い肌。整った容姿は種族特有のものか。

 白い衣装は、他の踊り子に比べて両腕に布が集中している。

 その布には――見間違えでなければ、多くの魔法陣が刻まれており。

 首から下げる魔法石は、商会連でもそうそうお目にかかないほどの高級品で――。

「また次回まで、まっててきゅ~ん☆!」

 私は、頭を傾げる。

「あのあざとい語尾って、何なんだろうな……」

「……呪いというか、生態というか」

「カノン、何か知ってるの?」

「彼女個人については知らない。でも……」

 周囲に愛想を振りまく少女は――私の思い違いでなければ。

「……何で、あんなのが踊り子なんてやってるんだろ?」

 間違いなくハイエルフ――水の精霊“レーテ”の加護を受けた、上位種のエルフであった。





 突然、抱きつかれた。

「きゅん……、ぐきゅん☆ ……」

「あ、あの……」

「辛かった……きゅん☆ 辛かったね、二人とも……、きゅん☆」

「あー、えっと」

「一体何を……」

「きゅんきゅん詳しくしらないけど、二人とも頑張ったね……、きゅん☆」

 泣きながら私とエースを抱きしめる踊り子のハイエルフに、揃って私たちは硬直していた。

 端的に言うと、あのあと町を散策していたら、あの踊り子のハイエルフと遭遇した。

 特に何もなかったはずだ。ただ目が合っただけのはずだ。

 そしたら、途端にこれだ。

 まるで意味が分からない。

 困惑する私をよそに、彼女は私たちの頭をなでてくる。

「きゅんきゅんには何も出来ないけど……、強くならないと……、きゅん☆」

「……いや、あの、止めて下さい」

 そう言うのはエースだ。

 声音に、私は驚かされる。

 見れば彼の横顔は、酷く嫌そうな表情をしていた。

 真顔を通り越して、心の底から嫌がっているような。

 いや、それだけじゃない。抱きついてくるハイエルフの手をどけようとしたり、肩を押し返したりして、脱出を試みている。口が歪んで、「うぇ……」みたいなうめき声を上げていた。

「……普通、そんなに嫌がるものなのか?」

 私が言うのも変だろうが、目の前の彼女は相当な美人だ。体の起伏も、まぁ、ちょっと、屈辱的だが、私より男が好きそうな感じをしている。

 抱きしめられれば、少なからず悪い気はしないものなんじゃないだろうか。男性なら。

 賞金稼ぎとしての私の人生と、育ての親に引き連れられて各国を見て回っていた頃との経験から、主にヒトとはそういう生きものであるという認識がある。幻想なんて欠片もなく、あるのはただの下世話な現実だ。男女関係なし。

 まあ、理想くらいは私も持っているが、それは胸の内に秘めておくとして。

 だというのに、この反応はどういうことだろう。

 もしかして、エースは……。

 あっち♂系かという疑惑がわいた私だったが、彼の答えはまた別なものだった。

「見ず知らずの相手に、突然こんなことされたら気持ち悪いだろ。信頼関係もクソもあったもんじゃあるまいし」

 ……?

 いや、えっと、確かにそういう感覚もあるかもしれないが。

 それ以上に、普通は本能というか、性欲とかが勝るものなんじゃないだろうか。

 だからこそ、色仕掛けという取引材料があったり、娼婦という商売が存在するのでは?

 しかし、エースの言葉は嘘ではないだろう。少なからず、嫌がっている時の顔が、私と触れ合ったりした時に距離を置くときの目に近い。

 信頼関係……?

 もしかして、私に対してもそんな感じのことを考えているのだろうか。

 なるほど、納得。よくわからないけど、少し気持ちが軽くなった気がした。

「きゅん、君も案外わかりやすいきゅん☆」

「……とりあえず、連れが嫌がってるので止めてくれないだろうか」

 私を見て何故かニヤニヤするハイエルフを引き剥がし、とりあえず話を聞こう。彼女はふふっと微笑み「立ち話もなんだし、おごってあげるきゅん☆」と言われたので、彼女についていくことにした。

 着いた場所は、ギルドの酒場だった。三人分のホットミルクを注文し、カウンターの席に三人並ぶ形。私の後ろにエースが居て、手前に彼女が居た。

「踊り子やっているようなハイエルフが、一体私たちに何の用だ?」

「おや、ハイエルフだって気付かれているきゅん☆ 何故わかったんだきゅん☆ 部族長とか、一部しか上位種はいないはずきゅん☆」

「知り合いがいるからな。容姿が十代後半くらいともなれば、必然察しはつく。……とにかく、質問に答えろ」

「語尾については軽く流すのな……」

「知り合いって、一体誰きゅん☆ ……、わ、わかったきゅん☆ 話すきゅん☆」

 こちらの睨みに怯んだのか、彼女は肩を小さくしながら話し始めた。

「きゅんきゅんは、セノというきゅん☆」

「本名が一文字も自称に含まれて居ない件について」

「きゅんきゅんはきゅんきゅんだから、別にかまわないきゅん? で、えっと二人は……」

 私もエースも適当に名乗った。

「エースちんと、カノンたんね……きゅん☆」

 どうやらダークエルフよりも、ハイエルフの方が口調の変遷は酷いようだ。

「じゃあ改めましてきゅん☆ えっと、カノンたんは、ハイエルフについての知識はどれくらいあるきゅん☆」

「そこまで多くはない。精霊の加護を得て、妖精の導きを受けて、“塔”で儀式を行って変化するというくらいだ」

「まあ、変化する条件はわかってるみたいきゅん☆ だったら、あとは何ができるかくらいで大丈夫そうきゅん☆」

「俺が話、置いてけぼりな件について」

「あまり広めても良い知識ではないから、すまないな。むしろ今の部分は忘れてくれ。……じゃ、頼む」

「了解きゅん☆」

 彼女は、私とエースを見て微笑んだ。


「ハイエルフは、ヒトの魔力を詳しく見れるきゅん☆」


 エースが、眉間をつまむ。「どういうことだ?」

「文字通りきゅん☆ 相手の魔力を、詳細に識別できるきゅん☆ 魔力というのは、精神力みたいなものだっていうのは、二人ともしってるきゅん☆」

「まあ」「多少はな」

「亜人の中でも、エルフは元々感応性が高いきゅん☆ そしてハイエルフになると、その部分がより詳細に知覚できるようになるきゅん☆ 例えばエースちんは――」

 彼の目を覗き込み、セノは続ける。

「――鈍い色。理想に燃えていたような色が、虚飾と失望と絶望でかすれている様な、そして下から別な何かが出かかっているような感じきゅん☆

 言うなれば『停滞の怠惰』といったところきゅん☆」

「――っ」

 エースの目が、大きく見開かれた。

「カノンたんは――『天秤の純潔』きゅん☆ バランスが大事だから、色々と頑張ってきゅん☆」

「何か私の説明だけ、雑じゃないか?」

「理解度の差に応じて、説明を変えただけきゅん☆」

 まあ、確かにそうかも知れない。

 私の育ての親とて、セノとは別な能力を持っていた。ゆえに私は、このハイエルフの言っていることはなんとなく理解できる。その下地がないエースには、細かく教えたということだろう。

「それで、きゅんきゅんには、二人がそう見えたきゅん☆ だから――、思わず抱きしめたんだきゅん☆」

「「待て」」

 私とエースの声が重なった。

「まるで意味が分からない。いや、なんとなく、相手の魔力とかがわかるというのは理解したけど――どうして抱きしめた」

「エースにほぼ同じく」

「いや、だって――」

 セノは、目を伏せる。「……二人とも、結構つらい経験してきたっていうのは、一目でわかったきゅん☆ きゅんきゅん、相手の過去が判るとまでは言わないけど、それでも相手の心が、今どんな状態なのかっていうのは、多少察することができるきゅん☆ だから、抱きしめないといけないと思ったんだきゅん☆」

 伏せていた目を、私たちに向ける彼女。

 大きな両目は、涙をこらえるような感じに濡れていた。

「自覚があるのかは知らないけど――エースちんも、カノンたんも、()()()()()()心が沈んで、でも、そのまま這い上がれないでいるってことが、私にはわかるから。だから、何か、どうにかしなきゃと思っ――」

 セノが言葉を言い終わらないうちに、エースは、カウンターに手をたたきつけた。

 ミルクがゆれ、エースのものが少し零れた。

「……どうした?」

 下を向く、彼の顔を覗き込もうとした。しかしその前に、エースは困ったような笑顔を浮かべた。

「……あ、ごめん。気にしないで。でも、先に宿帰ってるから」

「体調でも悪いのか?」

「いや、本当、大丈夫だから――」

 エースの背中を摩ろうと手を出したら、やんわりと手首を握られ、返された。

 いつもなら、これくらいは接触を許してくれてると思ったが――この時のエースは、頑なに、そしてすぐさま、この場を去ろうとした。

 入り口の向こうへ行く。こちらに背を向ける、エース。

「――エース?」

「……」

 その背中を見た時に、私は、何故か声をかけていた。

 振り向いた彼の表情は――。

「……大丈夫、だから」

 何かをこらえているような、そんな笑顔だった。

 それ以上の会話もなく、エースはその場から去った。

 何故か、胸にトゲが刺さったような痛みを覚える私。

「……カノンたんは、エースちんとずっと一緒に居るきゅん?」

 セノの言葉に、私は首を振った。

「まだ、ほんの何週間くらいだ」

「だったら、色々と注意したほうがいいと思うきゅん☆ たぶん、しばらく一緒に居るんだと思うけど、エース()()の、あの魔力(こころ)は――」

 セノの方を見ると、彼女は私の手を握り、悲しそうに微笑んだ。


「普通に考えて、手と手を取り合い生活ができないくらいに、ズタズタにされているように見えるから」


 続けられたその言葉に、私は。何も言えなかった。

 

 

カノンさんの参考

 全体のイメージ:津村斗貴子

 鎧下の服装:サムス・アラン(フュージョンのインナースーツ))

 スタイル:瀬尾静音

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ