番外其ノ五:過去と因果と今の日常と(後)
みんなの頭が痛くなるお話です。
視点が増えるよ、やったね!
意味が分からない。
その光景を目撃した瞬間、俺は全速力で走り、ナードの頭を引ったたいた。
「な、何をするゴブリンの!」
「本名で呼べや! というか、それ以前に何やってるんだテメェ!?」
開幕でも言ったが、もう一度言おう。
意味が分からない。
俺は、支配人様と企画部長共々、仕事が一段落着いて「せっかくだから何かお茶くらい飲んできな? たぶん午後の仕事入ってなかったでしょ」と言われて随伴することになっていた。
その矢先にこれである。
ぽんこつが、支配人様の護衛に決闘を申し込んでいた。
一体全体、何があった。誰か納得のいく説明をしやがれ、特にナード!
「ふ……そんなに知りたいか? 私が望む理由を」
「うぜぇ……。その『どうだ』と言わんばかりの顔止めろ。何も知らない女だったら落ちてる可能性もあるだろうが、見ろ。ケティのお嬢ちゃんにさえ見破られてるぞ」
支配人――魔王の護衛と一緒に居た女中のウサギ獣人、ケティが「あはは……」と微笑みながら何歩か引いていた。
見てくれの良し悪しに関わらず、こいつと付き合いが長いと段々この笑顔に拳骨をオミマイしてやりたくなるのは、万人共通だろう。
というか、ナードの悪名は色々な意味で有名だ。行く先々の町で素姓が割れた場合、高確率で「あ…(察し)」みたいな反応と、生暖かい視線を送られる。
一緒に居る俺としては、たまったもんじゃない。
一度ついた印象はなかなか拭い去れるものではなく、いつの間にやら俺も似たような目で見られることが増えていった。……だからこいつとの旅、少し疲れたんだよ、まったく。
それでも目を離すと、何をしでかすかわからないから離れるわけにもいかず……。
俺はこいつのアニキかっての。
「何が不思議だというのだ?」
「心底不思議そうな顔で返してくるんじゃねぇ」
ナードは、本当に何を文句言われてるかわかっていないみたいだった。
理解しておけ、このぽんこつ。
魔王の配下――それもかなり上位に位置する存在にケンカふっかけるなんざ、それこそ竜王四天王や竜王軍の司令官クラスを前に剣を抜くのに等しい。
命知らずとか以前に、不敬だ。
いうにしても書状なり何なりを出して、事前に決闘を申し込みたい旨を連絡しておくべきだろう。
少なくとも竜王様ご本人は、そういう方法を採用していた。
だというのに、この阿呆は……。
まあ確かに、普通の冒険者やら闘士だったらそれで構わないんだろうさ。
でも、曲がりなりにも雇い主の直轄だぞ。俺たちより普通に偉いんだぞ?
「少しはそれを理解しやがれっ」
「理解はしている、だから何の問題もない」
頭突きをかましてやった。
逆に俺の額が痛かった。
そういえばこいつは、石頭だったか……。
「えーっと、とりあえず一言ね、ナード。お前は一体何を言っているんだ?」
魔王様が、何だか真面目なような顔をしていた。しかし言い方やら挙措でふざけているのはわかる。まあ、こっちもいつも通りだ。
ナードはようやく、理由らしきものを話し始めた。
「つい先日、我々の元に来た“聖騎士”に、話を聞いたのだ。ディア殿の実力を」
「ああ、居たなそんなの」
魔王様と護衛さんがつい先日、闘技大会の後に連行してきた、無駄に露出度の高い娘っこだ。一見して唖然とすること請け合いの格好。それでいて実力はナードと同じくらいかそれ以上かというくらいだったらしい。
最終的にその娘にもこの阿呆は決闘を申し込もうとしていやがったが、武器も取り上げられ一時身柄預かりという立場だったためか、流石にお流れになった。
しかし、どうもそれが災いしたらしい。
「あの後、少し雑談してなぁ。無口ではあったが、色々興味深い話を語ってくれた」
例えば、他所の国の武器事情だとか。
例えば、聖騎士長の実力は山一つ真っ二つにするんじゃないかとか。
例えば、俺たちの同類みたいな馬鹿がどの国あたりにたむろしているかだとか。
そして例えば――。
「ディア殿が、奇怪な剣術を使うと聞いたのでな。ぜひ、己の実力を上げるために、手合わせ願いたいと考えているのだ」
「あー、わかった。しゃべるな、伸すぞ」
「お前ごときに出来るわけはないッ!」
「試してやろうかこの野郎!」
実際、俺とこいつなら腕力は俺の方が強い。素で斬りあいをすれば、鍔迫り合いするまでもなく俺の完封だろう。
だがしかし。
「エンチャ・ケリア!」
火の元素を腕にまとい、俺とつかみ合うナード。
そう、コイツは魔法剣士。
魔法を併用することを前提に考えると、途端に立場は互角か、押し負けるようになる。
実際、俺も腕の力だけでは押し返されてしまうので、足腰に力を入れて踏ん張っているところだ。こいつが地面で転がってなかったら、普通に負けているだろう。
一般の剣士が魔法を使えない理由は、いくつかある。
今のこいつのように、強化魔法だけだったら、というものも居るには居る。
しかし、それも戦闘中に切り替えながら使うのが前提となっている。
斬りあいをしながら魔術を併用する難しさを、例えるなら……ナードは「片目を瞑りながら包丁を研ぎつつ、足先で髪を編むようなものだ」といっていた。
実際は流石にそこまでではないだろう、とは思うが、少なくとも野郎がどんな感覚で魔術を使っているかというのがうかがい知れる。
魔術の発動結果を予想しつつ、それを確認する前に行動し、なおかつ魔術のかかる範囲が実際に想定どおりでなければいけないのだから、確かに難しいのかもしれない。
……そこいくと、支配人様やエミリー様は、ほぼ無詠唱で術を行使しているのだから底が知れない。詠唱は、つまり魔術がどういう風に実行されるかという確認作業に近いらしく、それすらしていないというのは……ナードの言っていた工程に、目隠しを加えるようなものだろう。
こいつは阿呆だが、そういう努力はきちんとやっている男だ。
だからこそ、その方向性を全力で間違えたときが性質悪いのなんの。
「どうしたイニ、息が上がっているぞ」
「うるせぇ。あと黙って押さえつけられていやがれ」
「ふっ、残念ながら私は御免だっ」
いいながら立ち上がろうとするナード。あ、さてはさっきの術の効果範囲を全身にしていやがったな?
丁度そんな時、エミリー様が現れてこいつの頭に拳骨を落とした。
軽くやっただけのように見えて一撃で意識を刈り取ったあたり、何らかの魔術もかかっていたのかもしれない。
「ぐぅ……」
「……」
「あー、済みません」
「……イニのせいではない、でございます」
はあ、と心底面倒そうにため息をついた。
状況説明をケティのお嬢ちゃんに任せ、俺はとりあえず少し休憩だ。
以前のようにポーションを常備しているわけでもなく、常備していたところで気疲れするのに違いはない。
ふと、支配人様と護衛さんの方を見る。
なんだか支配人は、楽しそうに護衛さんから何か受け取っていた。
『土産だ』
「ふ~ん、そういう言われ? というかキャッチコピーなわけね。今度は二人で行けるといいねー」
『……』
護衛は何故かそっぽを向き、支配人はけらけらと笑った。
「やっぱディアと話してるのが一番いいや」
『んん……』
何故かうめくような声を上げる護衛。
にこにこと微笑む支配人から、普段の得体の知れなさが抜けている。
何なんだろう、この二人の関係は……。旧知の仲というところなのだろうが、正直、俺たちよりも後になってからここに配属された奴だ。しかも配属当初から鎧を身にまとっている。素姓、素顔、年齢性別一切不明。
しかも、それを当たり前のように受け入れている支配人様とエミリー様。
おそらく二人は正体を知っているのだろうけど、何だろうな……。
実力も、エミリー様をして「私より下か同じくらい」とのことだから、相当なものなのだろう。
そんなの相手に決闘ふっかけるウチの阿呆は本当に阿呆だっていう話だが……。
「……ケッ」
ん? と思ってみれば、エミリー様が支配人様たちのやり取りを見て、何故か口汚くなっていた。
「……何でございます?」
「いえ、別に……」
「ならとっとと、そこに転がっているのを起せ、でございます」
やっぱり口汚くなっている。
何だ? 年頃の娘っこが嫉妬とかしているわけでもあるまいし。
この場合、嫉妬の対象は支配人か護衛か。
どちらにせよ、まあ俺には関係のない話か。
だが、正直俺は失念していた。
何で気絶させたナードを起す必要などあるのか、という点についてだ。
※
「んー、こんなもんだろ」
「ご協力に感謝を、でございます」
「いや、気にするな。まさかこっちの大陸に来て、カレー食えるとは全く思っていなかったくらいだ。むしろこっちが感謝だ」
「……どういうことです? ケティ的によくわかりません」
「理解できないなら、別にいいさ」
というと、マダラさんはすたこらと調理場を後にしました。
調理場、といっても既に配膳準備は終了しています。あとはししょーが私とかリザサをはじめとするスタッフ一同を転送すれば、準備完了です。
てきぱきと作業するししょーに、私はちょっと疑問をぶつけました。
「こっちの大陸来てから、というのはどういうことです?」
「……魔王様とディア様いわく、『異世界からやって来た錬金術師』だそうでございます」
「異世界人……」
フォースメラ大陸において、異世界人っていうのは一般的な存在ではありません。
いえ、一定数はいるみたいです。たいていがヒトで、たまーに亜人だの魔族だのが混じっているようですが、大体ヒトです。
名前の通り、こことは別な世界からやって来たヒト。破壊神様の信書にも書かれている内容ですし、ししょー曰く勇聖教の神殿とかにも記述があるんだとか何だとか。
そして、正直彼らは「何であなたたちここに居るの?」みたいな人たちが大半だと聞きます。
新しい技術やら発想やらを導入させてくれるヒトも多いので、それなりに重宝されているみたいですけどね。例えばパスタだとかチーズの製造法だとかは、もともとは異世界からの流入貧だとか聞きます。ベーコンは不思議とこっちでもあったみたいですけどね。ブラックペッパーは品種改良なんだそうです。
いえ、カルボナーラの話はおいておいて。
異世界人の活躍一つで世界が大きく変わる。戦争が革命的に変化するみたいな、そんな時代も過去にはあったようです。
しかし、残念ながら現代はその限りではありません。
正直、大半の進歩技術が出尽くしてるんじゃないかと思います。
例えば馬車一つとっても、魔法をかけて高速移動させられれば半日もかからずあっという間に山一つ超えられますし(やるヒト少ないですけど)、種族により得手不得手ありますが、空だって飛ぼうと思えば飛べます(私の場合は超・跳躍とかですが)。
とか考えているうちに、唐突な吐き気に襲われふらつきます。
ああ、転送されたんですね。
思わず背後のリザサたちも見ますが、まぁ、似たようなものです。
しかしそれでも膝をつかないあたり、ししょーの教育が行き届いています。
「では、各自配膳はじめ、でございます」
『らじゃー!』
一斉に声をあげ、テーブルにお料理を運んでいきます。
カレーの入った鍋はししょーが空中に浮遊させ(!)て運んで居たりしますが、それはおいておいて。私はといえば、足が速いので手の危なっかしい子のサポートとかに回っていますね。仕事的には結構楽です。ポイントを押させればそんなに難しくはないのです。もっとも気を抜くと大惨事なので責任重大なのですが……。
晩餐会の室内は、結構ヒトがもう居ますね。
大広間――魔王様がダンジョンのちっちゃいのを沢山広げて居たりする場所ですが、その時とは打って変わって煌びやかです。謎言語的にはアレです、エフェクトがかかっています。
すんげーキラキラしてるって感じです。
「イーンフィニティ!」
そして謎の奇声を上げるマルマルさんがうざったいです。
魔王様じゃあるまいし、何やってるんでしょうあの人。
見た目的には道化師なので、全然違和感がないとうのがまた……。
と、思っていたら彼の目の前にトンデモナイヒトガ――。
「まあ、マルコ君的には性に合ってるんじゃないかし……、合ってるんじゃないかしら。いい就職先に行けたみたいで、私的には何よりだわ」
「そういっていただけると、恩を仇で返す形になっていた自分としてはアリガタイッ。何だかんだで、貴女の元で副官をやっていたことを、私は誇りに思フ」
「そうね、あと相変わらず喋り方アレきゅ……、微妙ね」
「貴女の語尾も相変わらずなご様子デ」
「オホン……」
何かを言い直したおヒトは、アレです、一度だけ見たことがありますが、記憶に焼き付けられたお姿と全くお変わりがありません。。
間違いなく、“森姫”です。
亜人の親玉……、親玉? さんです。
髪の毛とか肌とかすげぇ透き通るみたいな感じで、後光が挿して見えます。
すごいですよ、あんなの小さい頃にちらっと見たことがあるくらいですよッ!
というかマルマルさんお知り合いなんですかぁ!?
ミーハーなことを考えていると、そのお隣に現れたヒトがキニナリマス!
「しかし、貴殿がここで働いているとは想像だにしていなかった」
「新しいものには目がなイというのガ、我が信条ゆえ」
「ますます亜人らしくないというべきか……。変わり者だな」
「貴方様、魔王様を前に同じこと言えるのでしょうか?」
「言えそうだな。何を言うまでもなく」
何というんでしょうか……、酷く印象に残らない顔をしているヒトです。
両腕に骨みたいな感じのガントレットをしてるヒトで、魔術師とかが着ていそうなローブ姿ですね。顔は特徴が薄いですが、強いて言えば真面目そうです。少しナードさんを思い起こさせますが、あっちとは違って大丈夫(?)そうです。
「しかし、“幽鬼官”殿もだいぶ服装の趣味が変わられたアル」
「これは、押し付けられたものだ」
!?
へ、今“幽鬼官”とか言いました?
滅多に人前に出てくることのない、あの“幽鬼官”ですか!?
うわやっべぇです、顔しっかり覚えておかなくちゃ――と思ってる傍から、カモスくん(リザサと一緒に入社してきた男の子。小さい)がお皿落しちゃいそうになってますよ。急いで後ろに回って、物を移動させます。
その頃には、三人とも見失ってしまいました。
嗚呼、もう全く色々問題ありありです。
何で私、スタッフ側なんでしょうか。
ゲスト側にどうしていないんでしょうかね。
そういえば、リリアンちゃんも今日は休んでますけど……、あー、そうか、リリアンちゃんの場合は家族が来るから、そっちと着ちゃってるか。ちくしょう。
なんだか別にコネ作ろうとかいう考えじゃないんですけど、ちょっとした有名人とかがポロっと来ていそうで、地味にすごい集まりなんじゃ……。
まぁ、確かにそれもそうですけどね。
今回のこの晩餐会は、要するにお披露目会です。
魔王様が制度上、正式な“魔王”になったということで、それを記念して魔族の著名なヒトだの部族長関連のヒトだのを集めての会合といったところです。
一部他国のヒトも居るのは、おそらく貿易とかも見込んでのことでしょう。
あるいは、“りゅーおーらんど”自体を他国に作る予定とかもあるのかもしれません。
何にしても、現時点で言えることは「何で私、スタッフやってるんだろう」というところです。
ええ、正直色々なヒトにサインを求めたいところです。
もしかすると、人間達の商会連の頭 (ダークエルフの方らしです)とかも、ちゃっかり来てたりするんじゃないでしょうか。
まあ、それも楽しみではあるんですけど、正直言ってこれから起こるイベントの方が不安です。
なにせ、余興にあのナードさんが出張るっていうんですから。
あ、ちなみにバルドスキーさんは別なお仕事があるんだとかで、今日はいません。ストッパーが一人減ってるので、イニさんの胃がちょっと心配です。
※
はぁ。
思わず内心で、私はため息をついた。
「……一体、どうしてああなったでございます」
自問自答しても、結局答えは得られない。
そう、大体においてこういうのは、エース・フォー・バイナリーがいけない。
我等が魔王様、黒の勇者エース。ディア様いわく『本来はもっとまともな性格』とのことだが、私の目の前でニヤニヤしながら画面を見つめるその姿は、異様なほど胡散臭さを漂わせている。
「……エース様、本当に宜しかったので?」
「うんうん。あのまま放置しておいても、どうせまた別なところでナードは変なことやらかすだろうし、ならいっそ、それをエンタメにしてしまおうかなってさ」
「ディア様の心労がうかがい知れるでございます……」
「なーに、この程度じゃ苦労とも思わないんじゃないかな?」
「……それは、ディア様の基礎体力と精神力が高いということか、それとも平常時から大きく迷惑をかけているということか、どちらでございます?」
「両方かな? 特に後者に関しては、正体隠せって言うのを強要してるの、俺らだし」
「……」
返す言葉はなかった。
ぼろぼろになっていたディア様を拾ってきたのが私。
それを雇うと正式に決定し、仮の名前として“ディア”というものを与えたのがエース様。
後は当人が持っていた“獣角の鎧”を全身に装備し、素顔を誰にもさらさないと強制するのみ。
たったそれだけのことではあるものの――しかし、ディア様としては既に色々と面倒が多いのでしょう。ケティから受けた報告やら、エース様に買ってきたお土産についての話などで、色々と申し訳なく思っている。
思っていても、まだそれを解除できるタイミングではなのだけれども。
それでも、なお罪悪感は胸にある。
「ま、本人は何も言わずに頑張ってくれてるからね」
「……空元気では?」
「舐めるなよ? 空元気っていうのは、その頑張りを認める相手が居ればいくらでも頑張れるから出てくるもんだ。物理的に不可能だったら、そもそも再起すらしていない」
「既に元気ないの前提でございます……」
「それを言い出したら、俺だって暗殺されてからずっと元気ないし」
うそつけ。
そう思いはしたものの、今は大衆の目があるので私もしつけはしない。
魔王様にはヒトらしく、もうちょっと自分を省みる癖をつけてもらいたいものだ。
「そういえばエース君。わたくし、一体どうしてこんなショーやってるのか知りたいんですけど」
そうエース様に話しかけてくるのは、ハーフエルフの女性。
年は私の外見年齢よりも上。エース様と同じくらいに見える容貌。
髪の色は金色、深い緑色の瞳に、少しだけ長い耳。片めがねをくいっと上げる動作は、どことなく学者然としている。
エース様は、そんな女性に笑いかけた。
「いやー、先生にも前に相談したでしょ? ウチで働いているぽんこつを、どうやったら矯正できるかって。まぁ何やっても無駄だっていう確信はあるんだけど、それでも最低限抗ってみようかと」
「いや、むしろわたくし、あれはかなり喜んでいるように見えるのだけどねぇ……」
彼女の名は、アンジュリリー。
エース様の愛読書たる“王子珍道中”、その作者様だ。
異国にて暮らしている魔女であり、“りゅーおーらんど”関係のイベントでショーをやる際、猛烈な速度で書かれた脚本を提供してくれる御仁。
正直言えば、頭が上がらない。
その彼女が指差すのは、晩餐会の舞台に置かれた巨大モニター(エース様いわくモニター。巨大映像通信装置みたいなもの)に、その光景は映し出されている。
エース様の紹介もそこそこに、食事を配り、お父様のレシピに皆舌鼓を打ち(当然)、その後本日のイベントの一つとして行われているものだ。
その名も――「ナード百人抜き」。
百人抜きといいつつ、実際は五十人連続勝負。
ルールは三本先取で、最後だけ一本勝負。魔術による身体強化ありで、模造剣を使いナードが何人連続で勝てるかという勝負。
そして五十人目には、ディア様が控えている。
これは元々、エース様の「ナードとディアの決闘を余興にしよう」と言ったにもかかわらず、ナード本人の意向でそうなった。
今丁度、こちらに雇われている人間の冒険者の一人が蹴散らされたところだ。
「あー、テノン君! ちくしょーあのすっとこどっこいさんめぃ!」
お客様の前で謎の絶叫を上げるケティにチョップを一発入れ、私は再び傍観に戻った。
実際、ナードの強さがどれくらいなのかといえば、微妙なところだろう。
剣術は力押しより、受け流して隙を突くタイプ。
隙をついて正面から薙ぎ払うエース様とは、また違った戦闘スタイル。
ディア様は相手に合わせて戦闘スタイルそのものを変えるので、またそれとも違ったところだ。
正直言って、剣より刀の方が向いていると思うものの、本人いわく「刀では魔法剣士ではないではないかッ!」という謎の主張により、現在も改善はされていない。
されていないものの、剣術だけなら既に四十人抜きをしているのだ。
そのうちに冒険者パーティのオーガタンク――エース様の被害にあった最初の連中――も含まれて居たりする。参加商品は出ない。同情を禁じえない。
彼らのうち三人と、リャシュナとテノンの二人姉弟が負けているということは、事実上既に「ドラレンセブン」の五人は敗北を喫していることになる。
あれでもかなり動ける面子を集めたはずだというのに、だ。
ちなみに、イニは面倒がって審判をかって出て、嬉々として相手に刃を向けるナードに呆れ顔を向けていた。
「しかし、マルマルさんの作ったこれ美味しいですねー」
ケティが何やら言いながら、謎の飲料を飲んでいる。体に害はないのだろうけど、私としては放置だ。どこか薬のような香りが漂っている。
「魔王さま、これって何ですか?」
「コーラもどき、と俺はよんでる」
「もどき……?」
大本がなにか存在するということだろうか。
そうこう考えているうちに、T・T・T(蛇人間、私の情報部隊の指揮官)がナードに吹き飛ばされる光景が目に映った。
歓声が上がる。これで人数は五十人抜きまであと一人。
ぜーはーと全身で息をするナードの姿には、多少の疲れが見える。
『ようやくだ……、ようやくここまで来たぞ!』
『……わざわざ五十人抜きという形式にする必要はあったのだろうか?』
『当然だっ! 私の主義として、武芸を披露するならば緊張感を最高潮まで上げなければいけない』
『……まぁそちらがそれで良いなら、こちらとしては何も言うまい』
諦めたように肩を竦めた後、ディア様は模擬剣を抜いた。
本来そこにあるべきは、精霊剣の刀。
聖武器は、聖女エスメラが鋳造した武器であり、総数は四十前後だったと記憶している。
対して精霊武器自体は、聖武器以上にありふれた代物である。
絶対数がいくつか、ということはイマイチわからない。下手すると妖精たちが作って、年々増えているかもしれない。もっともそうそう簡単に作れる代物でもないらしいけど……。
とにかく、ディア様はその一本を持っている。
個人で精霊武器を所持している、というのがどういう意味を持つのか、知らないヒトは多い。私でさえ、エース様に言われるまでその意味を理解できなかったのだから――。
『あー、じゃあ構えろー』
イニの言葉に、ナードが剣を両手で持ち、地面すれすれの位置にすえる。
ディア様はと言えば、使い慣れて居なさそうな模擬剣を、ナードと同様――否、かがみ合わせのように構えた。
はじめの合図と共に、ナードが強化術をかけ、ディア様のもとへ疾走する。
対するディア様も同様の動きで、ナードに接近。
下に構えた剣を切り上げるナード。
ディア様も、寸分違わず同じ動作をした。
どちらも身体強化に火の元素を使ったのだろう、激突した刃同士から、火花が散る。
鍔迫り合いになるかと思いきや、ナードはそれを受け流してディア様の体制を崩そうとした。
『ほぅ……。妖精舞踏か。珍しいな』
『なっ!』
しかし、ディア様はバランスを崩すこともなかった。
逆に、刃をナードが受け流したのと同じ方向に動作させ、再度右横に居る相手に切り上げた。
ぎりぎりでそれを受け止め、今度こそ鍔迫り合いにいなった。
『なかなか動きは悪くないな』
『褒められるのは……、生憎と、慣れていなくて、な!』
言いながら、ナードはその場で駒のように回転。
普通なら隙が大きすぎるところだが、そこは強化中の身体能力。動きは一瞬だ。
その運動性能で、ナードはディア様の刃を弾こうと動いたのだろう。
しかし、ディア様はこれも回避。
ナードと反対方向に回転し、そのまま距離をとった。
「んー、曲芸だな。こりゃ」
エース様の感想は、まさに的を射ているだろう。
ディア様は、案外と派手に立ち回っている。ナードの動きは魔法を駆使していることもあり、ところどころ通常の剣術の動きではない。対してディア様も、相手の動きに対して最小効率で動いているため、時に宙を舞ったり、かなり想定外の動きをしたりする。
さっきまで続いていた戦いに比べ、よりグレードの上がった派手さ。
場内がわっと沸き立ち、ケティがびっくりして両耳を押さえた。
そんな様子は届いていないだろう、しかし、ナードはふっと微笑み、
『距離で交わされるのならば、距離すら無視できれば良い!』
とのたまった後、更にとんでもないことをしでかした。
「あ、阿呆だ……」
「阿呆でございます……」
思わずエース様と言葉が被ってしまったことは、色々と頭が痛かった。
※
えっと、ケティです。
えっと、今、何がおこりました?
画面の向こうです。イニさんが頭をかかえています。
それでも止めに入らないのだから、ルールは違反していないのでしょう。
でも、ちょっとまってください。
ナードさんが刀を空中で振った瞬間――ディアさんがそれを驚いたように避けたんですが、その次の瞬間、ディアさんが居た場所の地面が猛烈な爆発音と共に、刀傷で抉られたようになっていたのです。
とりあえず、言いましょう。
何やらかしました、ナードさん。
「し、ししょー、あれは……?」
とりあえず、わからないことはししょーに聞くことにしています。
魔王様共々、頭をかかえている二人でした。なんだか、こっちの声が聞こえていないような感じです。どうしたというのでしょうか。
と思っていたら。
「わたくしが、教えてあげましょうか?」
脚本家さんが、声を掛けてきました。
とりあえず、その言葉に甘えることにします。
脚本家さんの説明は、結構衝撃的なものでした。文字通り。
「あれは、衝撃波ねぇ」
「衝撃波? え、でも攻撃の魔法は使っちゃ――」
「あー、だから、風の魔法での攻撃ってことじゃないの。――それこそね、刀の振る速度を高速にして、空気を強烈に振動させて、攻撃したの」
「……は?」
えっと、おっしゃってる意味がよくわからねぇです。
「音って、どうやって伝わってるか知ってる?」
脚本家さんは、ぱちんと指を弾きました。
「この衝撃がね、そのまま水に石を投げたみたいに、波紋みたいに広がっていくの。で、これは物体を震わせるような、そういう力なの。これを更に増幅させて、威力を高めると――」
あれよ、と指差す光景は、まさにナードさんが、さっきと同じコトをディアさん相手に連続でやっているシーンでした。
「わざわざアレをするために、どれだけ強化術を腕に使ってるのかしらねぇ。肉離れ起すんじゃないかしらぁ」
「い、意味わかりませんが阿呆だというのだけはわかりました……。あと、普通に危ないじゃないですか、あれ」
「んー、“獣角の鎧”相手だし、大丈夫だと踏んだんじゃない?」
「いや、確かに私たちの種族において最高クラスの防御力を誇る装備ですけど……、そんな問題じゃないでしょ」
だって、状況を考えてください。
一応、これって余興の一つですよね?
何本気で相手殺しにかかってるんですか、あの人は。
いくら相手が死にそうにないからって、万が一ということもあるでしょ。
確かに会場は盛り上がりますが、絶対に事故らないとは言えないんですからね?
そんなことを考えていたら、魔王様が突っ込みを入れてくれました。
「たぶんナードのことだから、そんな深く考えてはいないんじゃないかな……」
なんでなんでしょうかね。魔王様のその言葉、無駄に信憑性が高いです。
そして、ナードさんが衝撃波を放つのをやめた時、ディアさんがおもむろに聞きました。
『……何故その技を使おうと思った?』
あ、こころなしディアさんの声も疲れた感じになっていました。
これはひどい。エミリー様をして「私より体力はあるかもしれない」と言わしめたディア様をして、ここまで疲弊させるか……。
ディアさんの言葉を受けて、ナードさんはすごくカッコイイ、爽やかな笑顔でこう答えました。
『なぜかと言えば、余興ならばこれくらいすごいこと、やった方が格好良いだろう?』
「ド阿呆でございます……」
「まるで意味がわからんぞ……」
あ、エミリー様と魔王様、解説とか無理そうですねこの調子だと。
最近忙しいのが続いた後に、トドメのようにコレでしたからね。珍しくお二人とも、思考回路が焼き切れているご様子です。
私ですか? MC楽しかったです。
と、そんなことは置いておいて。
流石にディア様も疲れてきたのか、鎧の上から眉間のあたりを押さえてやれやれと左右に頭をふりました。
『……何があっても、次で終わらせよう』
『望むところだ』
そう言うと、ナードさんは剣を地面に突き刺しました。
何をやろうというんですかねぇ。
対するディアさんは、何でしょう、模擬剣を頭上でぶんぶん振り回しています。
子供が遊んでるみたいな行為ですが、やっているのはあのディアさん。キリンさんたちを一撃で木っ端微塵(間違いではない)にしたお方なわけです。
間違いなく、何か仕掛けてくるでしょう。
先に動いたのは、ナードさんの方でした。
突如剣の持ち手を握ったと思ったら、それを軸に逆立ちみたいになって(!)、そのまま前方に回転します。
この回転の途中が、明らかに意味わかりません。
一回転です。
一回転しかしていないのですけど――地面から刀を抜いてから、振りかぶる姿勢のまま切りかかる動作まで、足元がまるでスライドしてるように移動しています。
気持ち悪い動きです。
でも、この動き何か見覚えがあるような……。
「って、あれ、ジェットコースターだ!」
ふと、思い至りました。
ナードさんの足元は、よく見ると小さな木が出来ていて、そのツタが足に絡まっています。
そして、そのツタが高速で伸縮している感じです。
伸縮に合わせてナードさんが超高速移動しています。
これ、原理完全に巻き上げ式コースターじゃないですかー!
何そんな変な技考えだしてるんでしょう、あの人。
まぁ例によって、何も考えていないのかもしれませんけど。
だって、これ明らかに直進でしか使えないでしょ。
しかも距離が限定されているような状況でもないと。
無駄です、無駄技です……。絶対に無駄です……。
しかし、ディアさんも避けはしません。
色々と面倒なので、あえて真っ向から迎え撃つつもりなのかもしれません。
しかし、どうするんでしょうかね。
くわしくは知らないですけど、得物が違うと色々と使えない技があるのだと聞いています。
とすると、あの時のような滅茶苦茶はやれないのでは……。
と考えていたのですけど、どうやらそれも杞憂だったみたいです。
『――水群――』
技の名前、でしょうか。
ぶんぶん振り回していた模擬剣を、そのままナードさんの剣に振り下ろしました。
本来は普通に相手と対面する形になるだけなんですが、今回は大きく違いました。
端的に言いましょう。打撃点から波紋が見えました。
衝撃波とかじゃないと思いますけど、でも、視覚的に波紋が見えた気がします。
魔王様の謎単語的には、ウェーブです。
円形の波紋は、画面内に徐々に広まります。
そして、それが見えなくなった時――ナードさんとイニさんが地面に膝をつきました。
「……あれ?」
あれ、決着ですか?
そう思って隣の脚本家さんを見て見ると――目をひんむいていらっしゃいました。
「え、うっそ……。そんな使い方あるの? わたくし、全然知らなかったわぁ……」
何か唖然となさっています。
どうしたんでしょうか。
よっぽど私が不思議そうに見ていたのでしょうかわかりませんが、すぐに気を取り直してくれる脚本家先生でした。
「あ、あれね……。あのね、さっき衝撃波がどうのって話をしたでしょ?」
「しましたね」
「やったことはそれに近いの。ただし与えた衝撃は、衝撃であって衝撃じゃないのよぉ」
「ちょっと何言ってるかわかりませんよ?」
「う、うんごめんね。私も混乱してるから……。強いて言えば、酩酊状態かしら」
「めいてい……?」
予想外の単語が出てきて、あれ? って感じです。
しかしその言葉を裏付けるように、画面内のナードさんたちが呟きました。
『……頭が痛い。吐き気がする』
『おい、護衛さん何したんだよ、俺も二日酔いみたいになってるぞ……』
『……済まない、巻き込んだ』
『謝って済ますなら、その前に何とかしてくれよ……』
イニさんの反応が、確かに二日酔いの反応でした。
あの人たち、お酒とか嗜んでいそうなんですけど全然ダメなんですよね。
歓迎会みたいなことをやった時に、ナードさんはコップ一杯で即転倒でしたし、イニさんもどっこいどっこいでした。
お二人とも、すんごい顔色でとうてい立てそうにありません。
とりあえず、私は疑問をぶつけます。
「何をどうしたら、ああなるんですか?」
「う~ん……。エミリーちゃんに転送されたことって多いでしょ? 貴女」
そりゃまぁ。
魔王様についで、ししょーの転送酔いの被害には遭っていますとも。
というか、この人ももしかして転送被害者ですか? お仲間です、不思議と連帯感を感じます。
「原理はそれに近いの。感覚器官が混乱して、処理がおいつかなくなって倒れるってこと。それを、元素の操作だけでやったのよ」
「……? そんな意味のわからないことって、できるんですか?」
「普通は出来ないと思うわよ? よっぽど元素操作に慣れていても、そういう繊細なものは、センスとかも居るし。わたくし、少なくとも自分でやっても、せいぜい平衡感覚を一瞬おかしくするくらいかしらぁ」
「いや、それが出来るって段階で既に意味わかりません……」
魔力はししょーに太鼓判押されてますけど、魔法はからきしダメダメな私でした。
そして、さっきからこの脚本家さんの言ってることが意味わからねーです。
混乱した頭のまま画面を見つめる私。
画面の中に、ひょっこりと“りゅーおーくん”が現れ。
『勝利 ディア 優勝』
すごくグダグダに見えたのですけど、案外とその勝利コールで周囲はわっと盛り上がりました。
※
あー、頭痛ぇ。
転がっている俺は、ナードのすっとこどっこいに文句を垂れる。
「おいナードのアホタレ」
「なんだ、イニ」
「アホタレは流すのかよ……。まあいい。何で俺までお前の被害に遭ってるんだ?」
「何を言う。我等は相棒。私たちは一蓮托生だろう?」
「こんなところまで托生になった覚えはねぇよ……」
二人して、酒を飲まされた後みたな状態になっている。
正直、一切動けない。
頭ががんがんして、寝てしまいたいところだ。
しかし、寝るにしてもこの場所はまずい。
サイケデリックタワーの一階を、部下たちに命じてモンスターが入ってこないようにしてもらっている状態。
このまま寝たりしたら、間違いなくそのまま放置される。
奴裏が薄情というわけではなく、奴等自身もモンスターと戦うのに限界があるということだ。
それを見越してだろうか、気が付けば、エミリー様が俺たちの身体を浮遊させていた。
「なかなか盛況だったでございます。イニはお疲れ様、でございます。ナードは後で“りゅーおーくん”によるお説教でございます」
「んな……っ!」
「まー、当然の結果だわな」
文字通り、いつも通り考えなしに色々やっていたのだ。
その分のツケが説教だけで済むというのは、非常に恵まれた環境だろう。
嗚呼、お察しの通り以前やらかしている。
その結果、俺もこいつも装備丸々失って、風邪引きながら狩りをして一週間くらい過ごしたことがあった。
思い出すだけで頭が痛くなる。
『どういでも良いが、模擬剣で衝撃波を放てるとなると、殺傷能力に関してもはや模擬剣である意味がないんじゃないか?』
「ああ、それもそうでございますね。では、今後はもっと脆い物質で作るよう魔王様に言っておくでございます。音速を超えたら、間違いなく壊れるように」
「いが……っ!」
ナードの顔がどんどん酷いものになっていく。
まあ、こいつからしたらある程度取り回しが効く武器として考案した、練習用のものだったのだろう。こうまで言われてしまったら、多少はショックか。
「……ディア殿は、どこで剣術を習ったのだ?」
あ、現実逃避始めやがった。
しかし、護衛さんは気付いているのか居ないのか、普通に受け答えをする。
『私の剣術は、先達のダークエルフ仕込みだ』
「ダークエルフ……。なるほど、それで歩法がわかったと」
『まぁ、そんなところだな』
ナードの歩法は、妖精仕込みの特殊な歩みだ。
他者に気配を気取られ難く、肉眼で追うと必ず死角が多く発生する。
それに綺麗に対応していたことから、そういった心得が合ったのかと思ったが、なるほど確かにそういう事情なら納得だ。
エルフが上位種になるためには、必ず妖精と精霊の助けが必要らしい。
そしてその際、必然的に仲良くなるためある種の知識を得ることができるのだとか。
「では、あの技も?」
『いや、あれは私の育ての親が使っていたものを改造したものだ。原型は……、ないな。ほとんど』
ある意味、実戦で磨かれた技ということか。
と思っていたら、ふいに、護衛さんがこう言った。
『君は何を求めて、戦うのだい?』
「無論、究極の一戦のためだ。“黒の勇者”と、“鎖塵”のように」
ナードの即答に、護衛さんは一瞬ぶるっと震えた。
だが、次の言葉は、かなり怒気を孕んだものだった。
『究極の一戦、ねぇ。ならば問おう。君にとってのそれは、何だ?』
「後腐れのない、純粋な、技術のみを求めた斬り合いだ」
『……それだけでは、君の求めている戦いには至らない』
護衛さんは、俺たちに背を向けて言う。
『“黒の勇者”も――そして“鎖塵”も、多くのものを背負ってた。意地だったり矜持だったり、守りたいものだったり、あるいは夢だったりな。
だからこそ、それらを“守る”ために、より強くあろうとして戦ったのだ。
ただ戦うことを目的としているだけでは――そこに至るのは難しい』
タワーの出入り口に手をかけつつ、鎧姿は、ナードにこう言った。
『純粋であれ、信じた道を往け――守るものを持った上で、はじめてこの言葉は意味を成すぞ?』
それはおそらく、ナードの心に深く突き刺さった言葉だろう。
珍しく真顔になったナード。
扉の向こうに消えていく鎧姿を見て、こう呟いた。
「……道は、遠そうだ」
それに対して、俺も言ってやる。
「だが、決して一人ではない、だろ?」
違うか? 義兄弟。
あの日、お前と斬りあった時に決めたことだ。
何があっても、この戦いのための絆は遵守しなければならないと。
だからこそ、俺はこいつがどんなポンコツでも付いていってやっている。
こいつもこいつで、逆に俺が滅茶苦茶やろうとしたときも、面白がって乗ってくる。
まあ、色々言ってるが、俺たちは似たもの同士なのだ。
あくまでも、根っこの部分ではだが。
そんな俺たちのやり取りを見て、エミリー様がふと呟いた。
「守るものと言っても――あのヒトの守りたかったものは、もう残ってはいないというのに」
その言葉の意味は、俺たちにはわからない。
だが、それでも、ここには確かな絆がある。
だからこそ、俺たちは揃って彼女にこう言った。
「「一番良い酔い覚ましをくれ」」
「……マダラ様に後で頼んでおくでございます」
無表情に肩をすくめるエミリー様に、俺とナードはそろって頭を押さえつつ、笑った。
エミリーの表情が陰ったのを察して明るく振舞ったイニと、素で酔い覚ましを欲しがったナードが全く同じコトを言っている不条理
バルドスキーがこの時何をやっているかは、本編をお待ちください。