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番外其ノ五:過去と因果と今の日常と(前)

珍しく視点が二人分です



 息切れをしている二人は、それぞれ黒と銀。

 農夫が着るような服の上から、黒いコートをまとった男。角もなければ紋もない。いでたちから予想できるように、男は人間だ。適当に伸ばした髪が見ていて鬱陶しい。

 対するは、浅黒い肌に耳の長い男。亜人のエルフ、その上位種であるダークエルフの男。風になびいたような髪型と、痩せていながらも程よい肉付きの筋肉量だった。

 妖精剣を構えるダークエルフと、鈍い銀色をした剣を構える青年。

 両者を近くで見守っているのは、軽装のアーマーに身を包んだ女。華奢でスレンダーな体系だが、顔立ちはかなり美しい。額あてが邪魔だ。後ろで一つにまとめた長髪は、漆のように太陽光を照り返し、まぶしい。

 二人の男を見つめる女の目は、どこか痛ましそうなものだった。

 男達は、双方共にぼろぼろだった。

 服が裂け、鎧も砕かれ、切り傷の数は数え切れない。それでも腕を折られたり斬り飛ばされたりしていないあたり、双方の実力が拮抗しているのかもしれない。

 ひざをがくがく言わせる人間。血走った目で眼前の相手を睨む。

 対するダークエルフも、似たような状態で相手を見ていた。

 双方は、一歩も動かなかった。

 だが、やがて笑い声が聞こえた。

 どちらからともなく、両者は笑い出した。

 鬼気迫る様相が一転して、はれやかな、子供同士の笑いのようであった。

『ははは。……何をやっているのだろうな、俺は』

『ははっ。そこは、俺たちは、という感じじゃないか? そもそも、アンタがカノンに色々と要求しなければ済んだ話なんだっての』

『それは出来ん。なにせ、目の前に夢をかなえるための手段が転がっているのだ。手を伸ばすのは、ヒトとして当然の行為だろう?』

『同意を求めるなし』

 軽い調子で交わされる会話は、俺たちには理解できやしない。

 ただ、その時にダークエルフの言った言葉だけは、何故か頭の隅にこびりついて離れなった。


『――純粋であれ、信じた道を往け』


 その言葉が、眼前の相手に対する意見表明だったのか。はたまた激励だったのか、別な何かだったのかを俺は知らない。

 ただとにかく、この直後に両者の戦いは雌雄を決した。

 人間の英雄“黒の勇者”と魔族の英雄“鎖塵”。双方の戦いの、幕引きの合図になった言葉のようなものだ。

 そんな光景を、俺の真隣で聞いてた奴がいた。

「……決めたぞ、イニ」

「……何だ、このすっとこどっこい」

 ここ数年つるんでいる、残念な剣士に俺はこたえた。

 剣士のくせして魔法使いの適正も高く、実戦においても筋力強化の魔法などをかけるこの男。端整な顔をして知性がありそうな容貌だが、中身は俺とたいして変わりゃしねぇ。

 そんな男、ナードは――また妙なことを口走った。

「私は、あれを、やってみたい」

「……おっしゃってる意味がさっぱりわかりませんがねぇ? ナードさんや」

「イニ。お前ならわかるはずだ。あれだ。あの決闘だ。あれこそが、俺たち闘争の道に生きるものに課せられた命題だよ。私は――その先に至ってみたい」

 そんなことを口走ったナード。

 こいつが後に、“鎖塵”と同じく魔法剣士――肉体強化だけでなく、もっと多くの魔法を併用して戦う剣術使いとなるまでに、そう長く時間はかからなかった。

 相手をさせられた俺としては、もう、色々と面倒この上なかった。





「あれ、ディアさんは居ないんですか? 支配人さん」

「んー、ケティと買出し行ってる。そんなわけで、ただいまマルマルコと絶賛、新商品の企画中というわけでした。めでたし、めでたし」

「別にめでたくはねぇでしょう」

 かつて“竜王城”と呼ばれたこの場所にて、俺は雇い主たるこの支配人とそんな会話を交わしていた。

 少しつまらなさそうに支配人は肘を突け、組んだ手の上に額を乗せていた。

「あー、ディア居ないとつまらないなー。まったく、いっそのことサボっちゃおうか」

「それで、我等がメイドテレポーター様が納得するならばそうするヨロシ」

 変なカタコトで喋る男は、マルマルコ。

 亜人の一種、エルフと呼ばれる部族の一人だ。

 容姿は……何だろう、独特だ。顔形はエルフ共通のものなのか悪くはない。街を出歩けば、普通に女が寄ってくるくらいには美形だろう。もっともこの奇天烈な格好さえなければ。

 道化師だ。

 右半身が黒、左半身が白。

 所々に紅い水玉が描かれている、道化師姿だ。

 この妙な格好さえなければ、ということだ。

 もっとも実際はそれだけが問題ではないだろうが……。

「ところで魔王サマ」

「支配人て呼べっての」

「では、支配人サマ。ポップコーンに合う新商品の開発ニついてなのですがガ……」

「フレーバー系は試したの?」

「いえ、フレーバーも企画部では好評ニは好評なのですガ……、なにぶん、味が濃いト」

「ポップコーン自体の塩をなくしてもか」

「しかし、これ以上フレーバーの塩っけを落すト、そもそも味がしなく……」

 ちなみに、ここは支配人――“魔王”様の書斎。

 つい最近、竜王城に作られた新しい部屋だ。

 広さは、俺の実家の道場くらいある。二十人くらいが刀もって切りあって、飛んだり跳ねたりしても余裕があるくらい。

 そんな場所には書物やら、何かの実験道具めいたものやら“りゅーおーくん”の絵(!)やら何やらが散らばっていて、雇い主の片付け能力の低さを物語っていた。

 そんな場所で、珍しく上着を脱いでシャツ姿の支配人は、ダレていた。

「あー、これも試行錯誤何度目だろうねー……。フリードリンクのは上手くいったんだけど」

「“クリームの木の実”を元にするというアイデアは支配人様のものでしたっケ」

「うん、まー、いけると思ったんだよね。あれって一応食用のものでもあったし」

 クリームの木の実、というのは、文字通り木の実の一種。大陸ではよく見かける木の実であり、果肉は簡単に潰れて、粘着度の高い果汁になる。

 アミューズメントダンジョン“りゅーおーらんど”で販売されているとあるドリンクは、これをもとにしている。熟生させるのかどうかは知らんけど、完成品は独特の粘度を持つ、甘い液体となるのだった。

「やっぱ子供は甘いのすきジャン?」

「異論はありませン」

 謎の微笑を交わして、両者は何故か手を握り合った。

 正直、謎な光景だ。

「……で、お二人さん。俺って一体何の用事でここに居るんでしたっけ」

 正直、それが一番わからない。

 俺ことイニが、この“りゅーおーらんど”に雇われることを決めた理由は三つ。

 一つは、この支配人の理念と共感する部分があったから。

 二つ目は、いい加減つれの阿呆と寝草なしに馬鹿やってるのにも疲れたから。

 三つ目は――その肝心の阿呆が、ここに就職を決めたからだ、全くちくしょう! 放置しておくわけにもいかず、已む無く俺は迷いを捨て、腹をくくった。

 奴が何を目的としてここに就職をしたか。嗚呼決まっているだろうとも。ダンジョン製作能力を持つこの魔王様に、自分が戦いたい新しいモンスターを作ってくれと依頼したことが切欠だ。その結果生まれたのがサイケデリックタワーという得体の知れない闘技場のような施設であり、実際の闘技場であり、その地下にある謎モンスター無限発生空間ときてるから、意味がわからない。

 最終的に本人の希望で、あいつはそこの取り締まり……とうか、主任にされている。

 そのお目付け役……ストッパーというべきだろう、それが俺だ。

 確かに適任だろうともさ。付き合いも長いし、あれも俺の言うことだったら多少は検討する。検討するだけで実行に移される回数が一桁を下回っているのは、果たしてどういうことなのだろうか。

 いつか破壊神様の鉄槌が、あいつの脳点に落ちればよいのに。

 と、そういう話じゃないな。

 その俺が、今日に限って何故か竜王城に呼び出されている。

 俺だけ呼び出すと色々危ないと危惧したのだろう、野郎も一緒にここに呼び出されて軟禁されている。……そう、軟禁である。放置しておいて以前、闘技場に来た客相手に大人気なくも本気で戦い、地獄絵図一歩手前の惨状を引き起こしたことが記憶に新しい。

 あの支配人様ですら絶句し、エミリー様(竜王の娘。本名は知らない)は竜化一歩手前まで魔力を放出し、ケティのお嬢ちゃんはそんなエミリー様が怖いのかディアの後ろに隠れていた。

 ディア、というのは支配人の護衛だ。

 一部の獣人族が持つという「獣角(じゅうかく)の鎧」に身を包んでいる。

 一時として俺は、それを脱いだ姿を見たことはない。おそらくほとんどの連中がそうだろう。エミリー様や魔王様は何か知っていそうだが、まぁ、深く詮索はしまい。

 聞いた時、明らかに魔王様とエミリー様の表情が変わったので、本能的な危険を感じた俺は、普通に身を引いた。

 好奇心で死ぬのは、猫だけで充分だ。

 まあそれは別にかまない。ただ、そのディアがケティと一緒に買物行っているという話題と今俺が呼ばれた理由が、いまひとつ結びつかない。

 支配人様は、苦笑い一つ。

「晩餐会があるじゃん?」

「あー、そんなこと言ってましたね」

「その時色々な種族が集るじゃん。だから、そこでどうせだから新しい商品の試供もしてみようかと。アンケートとって、集計結果をフィードバックできればなおよし」

「そりゃ上々なこって」

「でも肝心の商品が出来ていなイ……」

 マルマルコと魔王様、二人揃ってため息をつく。

 色々とダメダメな光景だった。

「それで結局、何のために……」

「何が足りないのか、一般人意見的なのを求めたいところ」

「頼ム」

「俺より適任が居そうだが……」

「とりあえず味覚部門はここ連日忙しくって全滅状態だし、リザサもリザサでお仕事あるし、リリアンは一旦実家帰ってからまた来る感じだからまだ帰って来ていないかもしれないし、となると緊急で呼び出せてすぐ頼れる相手が、YOUかマダラさんしか居ないんだよ……」

「ナードは?」

「君がそれを聞く?」

 ごもっとも。

 愚問ですらなかった。

「まあ腹は減ってるから付き合っても構いやしませんけど……。何かが足りないっていうことですよね?」

「そうそう」

「まぁどれくらい力になるかわかりませんが……、とりあえず頑張りましょう」

 結局のところ、味が濃いのなら飲み物を新しく考えたらどうか、という提案でこれには決着がついた。

 ここまでは普通だったんだ。まだ。

 そう、いつだって場の流れを混沌とさせるのは、不条理な存在かぽんこつの二種類だけだというのを、この時の俺は少々失念していた。



○ ○  ○



 ケティです。料理は苦手だというのに、ししょーに任される頻度が最近増えてきています。

 ケティです。「料理が嫌なら他の仕事をもっと真面目にやれ」と言われます。

 サボり魔ゆえ、言い返しようが全くありませんとです。

 ケティです。ケティです。

 ケティです……。


 そんなわけで、どうもみなさん。

 誇り高き獣人族(ライカノイド)のメイド見習い、ケティで~す。

 好きな食べ物はチーズと麺類です。カルボナーラ至上です。

 本日ただいま、“りゅーおーらんど”のメンテナンス中です。

 具体的には、乗ってます。ジェットコースターです。

 ただ以前に乗ったのとは、ちょっと比較にならない感じです。

 これ、リニューアルする時(まだまだ先だそうですが)の高さと長さなんだそうです。

 はっきり言ってヤバイです。

 首が取れそうです。

 体が固定されているのに何故首元の保全がされていないのかと、云百回は魔王さまを問い詰めたいところです。


「いぎゃあああああああああああああッ!」

「にゃああああああああああああああッ☆」


 ちなみに隣で雄叫び(?)上げているのは、リリアンちゃんと言います。

 “りゅーおーらんど”では、主に清掃担当をしています。

 猫? の獣人だと思ってたのですが、家柄が良いのか履歴書の種族欄に書かれていた文字が古語だったので、ししょーとマダラさん以外全く読めませんでした。

 ちなみにししょー曰く「まぁありえるでございます」。

 何がありえるのか、さっぱり意味が分からなかったです。

 今はわかりましたけど。確かに色々驚かされましたよ、ええ。

 魔王様も意味ありげなことを言ってましたし、最近入った護衛さんも何だか含みのある笑い方してましたし(鎧越しなので声しか聞こえませんが)、なんだか仲間はずれみたいでイラっときてましたが、こればかりは仕方ないことだと今では諦めてます。

 まぁ、マダラさん曰く「好奇心は猫をも殺す」と言うそうですしね。

 そんな感じで、まるで高い滝のうえから落とされるかのごとき加速度を絶賛体感中です。ちびるかと思いましたが、ししょーのテレポートに付き合っていたお陰か、多少なれたらしくそんなことはありませんでした。

 ですが、怖いことにかわりはありません。

 隣で楽しそうにしている猫娘が、一体何なんだという感じです。

 一周し終わった後、乗車窓口でポーション片手に待機してた魔王さま。

 黒髪を全部後ろに流し、半透明なメガネをかけてにまにま笑う様は、いつも通り非常に胡散臭いです。しかもたびたび無理難題吹っかけてきますし、ししょーもこんな人の一体どこが良いというのでしょうか。

 真面目やってるときは、まぁ、少しは格好良かったかもしれませんけど。

「やや、お疲れっ!」

「殴らせてください。むしろ一発蹴らせてください」

「別にいいけど、たぶんディアの妨害入るよ?」

「どちらにせよ、休憩なしで次の仕事でございます」

「ひぃ!?」

 突然現れて背後から私を猫みたいにつかみ上げるのは、我等がメイドししょー、エミリーことオエリシア様です。

 メイド服に赤毛のセミロング。金色のクリスタルホーンは今日も爛々としていて綺麗です。

 あと絶望的に無表情で、威圧感があります。

 今みたいにものすんごく近くにあると、余計にです。

「し、ししょー……」あ、というかリリアンちゃんいつの間にか逃走してます。逃げましたね。

「明日の会食の準備がある、でございます。魔王さま、出来れば――」

「あー、いいよ。後でレポート書かせたいところだけど、最悪なくてもディアにやらせるから」

「…………」

「何かなその顔は。そんな、ディアに対してご愁傷様みたいな顔すんなし」

 くしくも、私もししょーに同意です。

 ちなみにディアさんというのは、ちょいちょい前にししょーが拾ってきて、魔王さま直近で雇われることとなった剣士のヒトです。剣士なのに普段は騎士鎧みたいな感じの装備をしているのですが、それでもあくまで剣士だそうです。

 ちなみに武器は刀です。

 魔王さま曰く「無国籍風」とのことですが、さっぱり意味がわかりませんでした。

「では、行くでございます」

「りょ、了解でぇす」

 まぁそんなわけで、私はししょ~に連行されることとなります。

 この後の仕事が、大層面倒くさいことになるとも知らずに。





「竜王様のレシピですか?」

「メイクト氏が解読した、お父様の書物の一つでございます」

 そう言うと、ししょーはどこからともなく料理本を一冊取り出しました。

 無駄にでかいです。大きさはお盆より大きいです。あと胸に抱えると、剣とかから防御するくらいは出来そうな厚みです。

「って、何でそんなに大きいんですか?」

「お父様に合わせた大きさでございます」

「なるほど、納得です」

 例えて言うなら、メモ書きに使ってるパピルスをまとめる手帳みたいなものでしょう。

 私達の大きさに合わせたメモではなく、竜王様に合わせたメモということですかね。通りでデカいわけです。

「で、これに書かれているのって何ですか?」

「……“カレーライス”というのだそうでございます」

「……ん?」

「“カレーライス”でございます」

 あ、ししょーも謎単語使うヒトになりましたか?

 なんですか? “カレーライス”って。

「“ライス”というのが米を、“カレー”というのがあんかけのような部分を指し示しているようでございます」

「はぁ~……。それ、エスメラ語じゃないですよね? 何処由来の食品なんです?」

「書かれたのは二十数年ほど前のようでございます」

 二十数年前って言うと……。王国の政府がクーデターとか起された辺りですか?

 当時生まれてなかったこともあって、結構うろ覚えです。

 色々もごたごたしていたそうで、曾お爺ちゃん大活躍だったそうです。

 って、そんな話はおいておいて。

「完成形のイメージがいまいち見えない感じなんですけど……」

「シチューを焦がしにしたようなイメージのようでございます……?」

「何故ししょーもよく分かっていないのですか」

「なにぶん、私も作ったことがないのでございます」

「そんなもの、出して大丈夫なんですか……?」

「前に食べさせられたことがあるような記憶がある、でございます……?」

「要領を得ないですねぇ」

 なんだかこう、ししょーらしくない感じです。

 語尾に疑問符が無駄に多く、私としても謎です。

 と思っていたのですが、

「私も同意見でございます。が、エース様たっての希望なのでございます。マルマルコも、それに便乗したでございます」

「あー、そうですか……。駄目ですねぇ、マルマルさん。魔王さまが二人いるようなものですし」

 我等が魔王さま、もとい“黒の勇者”エース・バイナリ-。

 私達の統率者だった「竜王」を殺した張本人にして、現時点でその後釜に座ってる、有体に言って奇人変人の類です。

 なんでそんなことになっているのか、という点については、ひとえにししょーと竜王様のご意向が反映されているのだそうです。さっぱり意味が分かりません。分かりませんが、そういうことだと納得しろということなのでしょう。不条理です。

 私自身、そのことに色々と思うところはあるのですが、一応雇い主ですしとやかくは言わないことにしています。

 でも、魔王様及びししょーに対する考え方はちょっと変わりました。

「……でも、珍しいですね? 食事について具体的なリクエストをされたのって」

「私も驚いている、でございます」

 一つは何と言うか、魔王さまの性格に対する考え方です。

 異様なほどの胡散臭さを漂わせている時もあれば、案外カッコいいんじゃないかな? と錯乱させるくらいに真面目な雰囲気にもなったりするヒトなのです。そんな魔王さまに対する当初の考え方は、はっきり言って意味が分からなかったという感じでした。いえ、どちらかと言えば正体不明の方ですが……。

 でも、それについて何となく納得させられるものがありました。

 魔王さまが()()()魔王様になった後ですが、少しお話したことがあったのです。身の上話とかまでは聞きませんでしたけど、少なくとも魔族に伝わる矛盾した逸話について。魔族に襲われている人間を助けるばかりか、時に人間に襲われている魔族を助けたりといったものです。

 それに対する答えは、「まぁ、平等に? 状況次第でかな」というものでした。

 くしくもそれは、魔王さまの普段の行動に通じる部分でもあります。具体的にはジェットコースターに乗せると宣告した相手は、大体平等に逃れることが出来ない的なアレです。

 悪いヒトではないのだけど、不条理に変なヒトだというのは理解できました。要するに、考えるだけ無駄というやつです。色々正体知って悩んでたのが阿呆らしくなりました。

 つまりは、雇われた当初と何ら変わりないということですね。

「しかし、求められれば応じるのみでございます」

 だからこそ、ししょーの本心がよくわかりません。

 仇であるはずの相手に、多少こちらの色眼鏡も入ってると思いますけど、親愛以上の情を向けているように思うのです。ししょーの微妙に粘着質な性格からして、それはどこかおかしいように思うのです。多少私よりも手厳しく接してる節がありますが、基本それだけです。恨み言をぶつけたり、大きな意趣返しをしたりといったことが見受けられません。

 たぶん聞けば「従者の心得」「信賞必罰」とか言って返されるのでしょうけど、そういうことじゃないのです。理屈で感情をねじ伏せる事が簡単であるなら、たぶん魔族と人間は戦争しちゃいなかったはずです。それを踏まえた上でししょーを見れば、そこはかとなく違和感みたいなものを感じないわけはねーのです。

 それはつまり、感情を押し殺してまで仕えることにより、ししょーなりに達成できる目的みたいなものがあるということでしょうか。

「――つまりこれがないと、成立しないということでございます。……ケティ?」

 まぁでも、とりあえずこの思考は放置しておきましょう。

「何でしょうか?」

「材料が足りない、でございます」

「買ってくれば良いんじゃないですか? というかたぶん、私が買いに行くことになるんでしょうけど……」

「いえ、王国で確認できない材料でございます」

 お、おう。

 つまり輸入品というか、そういうものだってことでしょうか。

 ちなみにシャルパンで取引している相手だと、人間と魔族の比率が三対七です。他国では人間と魔族が共存してる国とかもあるみたいですが(ステイツとか)、王国での風当たりはそこそこに強く、商魂たくましさやヒトの良さなどが結構ないと駄目っぽいですね。

 ただ、最近は“りゅーおーらんど”効果か、割合が四対六くらいに変化してきたりしています。

 いつの間にか未知の食材とかが食料庫に入ってたりしたというのは、案外と驚かされました。

 で、そんな中で輸入品となってくると、どうなるものでしょうか。

「ターメリックでございます」

「すみません、いまいち何なのか分かりません」

 はい、こういうことです。

 名前だけ挙げられたって全くわからない、実物がないとイメージできねーのです。

「ジンジャー、しょうがの親戚でございます」

 ちなみにししょーは、相変わらずの博識でした。

「王国にはないですよね、それ……。何で知ってるんですか?」

「昔、お父様に『その腕白な性格を少し直してこい』と城を追い出されたことがあった、でございます」

「へぇ……。ちなみにどれくらい昔ですか?」

「旅に出たのが八十年前、城に帰ったのが二十年まえ前後でございます」

「お、おぅ……」

 あとなにぶん、私の尺度でものをみることができません。

 竜は亜人以上に寿命が長いといいますけど、このヒト本当に年いくつなんでしょうか。

 見た目は私より少し上くらいにしか見えないんですが……。あ、あとウルトラ美少女です。

「……帰ったときにいつの間にか“鎖塵”が居たときには、大層驚かされたでございます」

「はぁ……。そういえば、確かに年齢から逆算するとそんなものですか」

 ちなみに“鎖塵(さじん)”というのは、かつての竜王四天王の一人で、ある意味王国の魔族にとっての英雄さんでした。

 過去形なことでお察しかと思われますが、故人です。

 “黒の勇者”と一騎打ちして、体の左半身を消し飛ばされたと聞いています。

 もっとも実際のところ、魔王さまがあの性格なのでそこまでの所業をしたかどうかは疑問です。他聞に人づてなので、怒りのあまり話しが盛られてる可能性大です。

 そういえば、“鎖塵”様の武器も刀でしたっけ――。

「私の実家の方でも、一度“鎖塵”様が来訪してマッドゴブリン切り裂きまくったのを見たことがあるんですけど、いやー良いオッサンでした」

「私からすれば、まだまだ脇の甘いがきんちょ、にございます」

「いやあの、ししょー年齢本当に分からなくなるんでそういう言い方止めて下さい……」

 下手すると、私とか魔王さまとかししょーからすると赤ちゃん扱いな可能性とかも、なきにしもあらずな予感がします。

 ぶっちゃけ何が問題なのか全然分かりませんが、どこか薄ら寒いです。

 いえ、そもそも何が問題なのか分からない段階でだいぶおかしいのかもしれませんが。

「で、えっと……、何の話でしたっけ?」

「ターメリックでございます」

「……ターメリックなら隣国にあったぞ? 確か」

「あ、マダラさんお早うございます」

「昼時だがなぁ」

 と、話していたらいつの間にやらキッチンに来訪者です。

 マダラさん、珍しいですね。ここ最近は完全に昼夜逆転生活だったと思うんですけど。

 ちなみに昼時とは言えど、まだお昼には二、三刻くらいあります。

 昼過ぎに起きるのが基本になりはじめているこのヒトですから、むしろこれは早い方ですね。

 で、それはともかく。

 そのターメリックというのを買いに行かなくちゃいけないみたいですが、どうしたものでしょう。

 マダラさんはししょーに戦力外通告されてますし、ししょーは既に分身して料理以外の作業もしてますし。リザサとかにも多少屋敷のお仕事を教えておいて上げないといけないので、ぶっちゃけ人が足りません。

 私以外。

 ……へ? これってつまり、私に買ってこいってことですか?

「無論でございます」

 ひ、一人で外国なんて行った事ないですよーと弱音をはくと、「強力な助っ人を呼んだ、でございます」とか言われました。





『……』

「……」

 沈黙が重いです。

 まさかの、ディアさんと二人っきりです。

『……どうした?』

「い、いえ、何でもないとでせうよ? 何でもないでございますですことよ?」

『いや、何故そんなに動揺している?』

「あ、あはは、ごめんなさい……」

 ディアさん――剣士にしては小柄な方だと思うのですが、私より頭一つあるかないかくらいの位置から、鎧越しに見下ろされるのは結構くるものがあります。アレです、怖ぇです。ちびっちゃいます、いや、ちびりませんけど。

 ともかく、ししょーの呼んだ助っ人とやらがこのディアさんでした。

 身長はさっきも言ったとおり。鎧を脱げばたぶん、魔王さまより小柄くらいでしょうか。薄緑色に発光する鎧は、たぶん「獣角の鎧」ですね。私達獣人の種族でも、一部の獣人が着用してる装備です。ということは、もとの動物こそ違えど私と同じく獣人なんですかね?

 ちなみにその鎧、私なんかだと装備できませんね。そもそも鎧の材料は――。

『転ぶぞ』

「ひゃう!? あ、ありがとうござます」

 噛みました。

 いえ、別にだからどうだという話なんですが。ちなみにどうやらぼーっと考え事をしていたら、足元に大きなバナナの皮(バナナの皮!?)が転がっていたようです。アレです、意味わからねーです。誰ですかこんなの転がしておいた人は。

 そしてディアさんも、こっちを見ている風でもなかったのに気付いて対応してくれるのが紳士的です。魔王さまよりだいぶ行いがまともです。そうなると一女子としては、その鎧の下の素顔が気になるところですが、あえて追求はしません。

 正直言って、私、勝手にではありますがディアさんに苦手意識があります。

 あれは何週間か前のことでした。

 魔王さまがツイスタージラフ……、カースモンスターの一種なんですけど、それを“りゅーおーらんど”の武力派な面々で討伐した時のことです。

 その時の映像の一つに、ディアさんがとんでもないことをしでかすものがありました。

 具体的には、ぐっちゃぐちゃです。圧殺です。何より痛いのは、押しつぶしているものが何一つなく、なのにキリンさんたちが「ぶちゅぶちゅッ」ってなるところです。

 夢には出てきませんでしたが、しばらく放心した覚えがあります。

 なんでそうなったのかは全然分かりませんが。

 でも、それ以来なんとなく苦手です。

 特に何かされたわけでもないので、普通に話せるとは思うんですが……。変にキンチョーしてしまいます。アレです、よくわかりません。

 まーともかく、ディアさんと二人でお買物です。

 ししょー曰く「地理でも度胸でも交渉でも実力でも腕力でも、強力な助っ人でございます」といわれただけあって(とうかししょーがあんなに人褒めるのは初めて見ました)、確かに頼りになりますが、ちょっと微妙です。

 現在位置は、オルバニア王国から出てちょっとのところです。俗に「商店」とか言われる国です。ししょー曰く貿易国家ですね。食事も色々な国のものが入ってきていて、見聞を広めるためにも何か一食くらいしてこいと言われたので昼抜きです。

 昼抜きで転送される方の身にもなって欲しかったところです。

 ちなみにディアさんも、直後はちょっと気分が悪そうでした。

「しっかし広いですねぇ……。シャルパンなんか目じゃないですよ」

『王国は国柄もあるからな。部族一つとっても、かなり閉鎖的だしな』

「ですねー。それは色々聞きます」

 リリアンちゃんからちらっと聞いたのですが、どうも王国の魔族というのは、他国の魔族とあんまり関わりを持ちたがらないみたいです。普通は部族長同士だったら、他国の同種族の部族長と交流くらいあるものなんだそうですが、王国の魔族は出不精なのか人見知りなのか。

 私には関係ねー話ですけど、なんとなく寂しい話ですかね。

 何にしても、市場。いや、広いんですよ。

 例えば賭博場一つとってみても、以前私が勤めていたあそこの広さが大の男三十人が座って余裕がちょっとあるくらいだとすると、ここは普通に三倍いってます。

 食事所も普通に大掛かりな……、え? 何あれ、魚の頭裁いてますよ!?

 何ですかあれ、変な食べ物売ってます。冷たい術で羊乳凍らせてます、何やるんでしょうか?

 というかそこはかとなく上質なベーコンの香りがさっきから漂っていて、ケティの胃袋は色々とヤバイです。

「ディアさん、とっとと食事しましょう!」

『ん? ああ、構わないが……』

「カルボナーラですよ、カルボナーラ! 胡椒のぴりっと利いたやつをオナシャス!」

『……君、今何も考えないで話していないか?』

 頭の中は、食欲と好奇心で一杯です。

 猫ならこのまま死んでしまうかもしれませんが、ウサギなのでよいことにしておきましょう。





「いやー、普通にうんめぇです。感服ですよこれ」

「……そうか」

「ディアさんはどうでした?」

「……」

「あ、何かスミマセン」

 思わず謝ってしまう私でした。

 いや、だって、鎧越しに見つめられると何か威圧感あるんですもん。あと、食事中に鎧の口元だけ外れてるのが何かセクシーです。

 まあともかく、お昼はカルボナーラでした。

 お店はなんだか竜王城よりふわふわした色の感じです。荘厳さとかはないですが、しっかりしたつくりだというのがわかりますね。

 本来ここはコース料理を出すお店みたいなんですけど、お昼のときだけ一品モノでもオッケーみたいなお店です。

「何でそんな面倒なことしてるんでしょうかね?」

「客が入らないんだろう。……一食分が重いからなぁ」

「なるほど、納得です」

 ここの大市場は、色んな国の人が集ります。当然私達みたいな魔族やら、商人やら、冒険者やら錬金術師やら、多人種、多種族、多職業のオンパレードです。そう考えれば食事に対する求めも色々違うでしょうから、軽めの食事以外駄目って人も居るかもしれません。

 私の場合は予算の都合なんですけど。

 とか考えながらお店の中を見回してると、私よりちょっときゃぴきゃぴした女中服を着た美人さんが、席までやってきました。

「お客様方、デザートなどは如何でしょうか?」

「あー、そのお金が……」

「大丈夫ですよ。私の奢りですっ」

 そう言うと、何故かウィンクして私とディアさんを見比べました。何の意味があるんでしょう。

「それではお二人とも、ごゆっくりと」

 意味ありげな微笑を浮かべる給仕さんです。

 ふと、ディアさんが突然立ち上がって彼女の耳元で何か囁きました。すると、びっくりした顔でディアさんを見て「た、大変失礼しましたッ」と言って厨房の奥に走り去っていきました。

「何言ったんですか?」

「……誤解があったから、訂正をした」

 私の思考力が足りないんでしょうが、意味がわかりませんでした。

 しばらくして給仕さんが持ってきたデザートは、なんでしょう、ハートを半分にしたような感じのケーキでした。

 ディアさんの手前にも同じものが置かれます。

「先ほどは大変失礼を……。それでは、ごゆるりと」

「うん、人によってはこちらような場合もあるから、気をつけなさい」

 深々と頭を下げて帰っていく給仕さんでした。

 ちなみに後で知ったことですけど、このケーキ、お店の名物で「あわせるとハート型になるケーキ」だったそうです。これを食べれば二人の仲はカンペキ! みたいなうたい文句が入り口に張り紙されていました。

 ディアさんはそれを察知して、取りやめさせたようです。結果として配膳されたものは、私と同じ側のものでした。

 つまり勘違いされてたんですね。言われて見ると、確かに店内は男女の連れが圧倒的多数でしたね。中にはどう見ても冒険者の伊丈夫さんに、金髪の美人お嬢様みたいな変わった組み合わせもありましたけど。

 まあ私としても助かりましたけど、もしかして彼女でも居るんでしょうかね? この人。

 ターメリックを買い終わった後、ケーキ一セット買って帰ったので、ますますその疑惑がはれません。

 何の疑惑なんだって話ですけど、でも、同僚(?)のそういうのって気になるじゃないですか。





「ただいま帰りましたー!」

 大声で叫びながら、私は竜王城の扉を開けました。

 扉を開けたといっても、正面の正門じゃありません。魔王さまが「不便だろうから」と言ってシャルパンの森深部に設置してある、竜王城直結のゲートを通じての移動です。場所は私の部屋近くなあたり、サービスが大変よいと思います。

 その扉は、私やししょー、ディアさんのように竜王城で寝泊りしてるヒト専用とのことです。“りゅーおーくん”登場以降、なんだか少し身体が軽くなった竜王城の内部ですけど、だからといって警備は相変わらず万全ですので、正面から入るのとか普通にありえねーです。

 まぁ私の後ろに続くディアさんなんかだと、普通に突破していそうで恐かったりしますけど。

『おかえり、でございます』

「わう!?」

 どこからともなく、通路にししょーの声が響きました。「な、何ですかこれは」

『新しい術を試しているところ、でございます。よく聞こえるでございます?』

「はいはい、聞こえてますよー。五月蝿いですけど」

『ふむ、まだ改良が必要そうでございます……。買って来たでございます?』

「はいはい、ありますよ?」

 とりあえず天井(?)に品物を提示して見せていると、どこからともなくナードさんが現れました。……相変わらず格好いいんですが、あの微笑には何か疑惑のようなものが出てきます。イニさんと一緒に色々トラブルハンターやった結果なのかもしれませんけど、ロクなこと考えていないような気がします。

 そして、案の定というべきでしょうか。


「ディア殿――ぜひ、決闘を申し込ませていただきたい」


 割と予想の斜め上をいってくるのは、ここの職場の平常運転なんでしょうかねぇ。



続きは近日中に・・・。

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