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番外其ノ四:オエリシアのメイド奮闘記リターンズ

ネタバレ:タイトル詐欺



 使用人の朝は主よりも早くあれ。

 オエリシア様改めメイドししょーのその言葉は数日の間、とにかく物理的に叩き込まれました。

 往復ビンタで起されるのって、あんなに痛いとは思っていなかったけど、幸か不幸か二日で身にしみたらしく、お手を煩わせることもなく起きられました。

 いや、普通なら鼓膜破れちゃいそうなんですが、ししょー独自の方法論によってそうはならないとか何とか。聞いてみたところ「絶対に真似しちゃいけない、でございます」と返されました。

 きゃは、これで以前の職場よりもまだ労働条件マシって、どういうことですか。

 というわけで、どうも皆様こんにちは、ケティです。ウサギの獣人です。

 特技はジャンプとキックと逃走です。蹴り逃げこそ勝利です。

 ただいま、竜王城でメイドやってます。

 色々と微妙な経緯があってやとわれていますが、業務内容に大きく不満はないです。

 お給料とか休日ショッピングとかが難しくはなりましたけど、それでも一人部屋の自室が与えられましたし、夜勤もなく睡眠しっかりとれますし、なにより服!

 エプロンドレスとかいうこれ、ちょっと厚ぼったいですけど、なにより胸の谷間だの太ももだのをさらけ出さないってのがすばらしいですよねぇ、ええもう!

 たとえ時々トラップに引っかかって死に掛けたりすることを除けば、食事もつくし不満もありませんとも、ええ!

 ……何故だろう、一番飛ばしちゃいけない部分を考慮に入れていないような気がするんですが、何がいけないのかちょっと自分でもわかりませんねぇ。分からない自分に疑問があるんですが、どうしたことでしょうかねぇ。

「……玄関は注意しろと言った、でございます」

「あ、ししょー! 助けてくださ~い! てか、体が重いです!」

「とりあえず、自力で上体くらい起しやがれ、でございます」

 無っ理で~す☆

 そんな風に、今日も今日とて地獄の(たのしい)お仕事中でございます!





「玄関の設備点検は充分注意しろと言った、でございます」

「いや~、面目ないです」

 ししょーに救出された後でも、結局玄関の設備点検をやらされている私でしたとさ。

 でも一応、私の仕事の監督をしてくれているあたり、流石ししょーと言うところでしょうか。

 ちなみにそんなことを本人に言えば「信賞必罰でございます」と返されるに決まっています。

 罰として仕事はきちんと成功するまでやらせるけど、真面目にやっているから失敗に対して補佐してあげるみたいなことでしょうか?

 面倒見が良いのか悪いのか。

 かつての職場の先輩を思い起こさせる面倒見です。

 魔王さまから貸し与えられた、半透明のグレーなチェスの駒みたいな何か(ダンジョンスイッチというらしい)を操作しつつ、私はししょーに質問します。

「えっと……、この『加重』の数値をいじると、重くなると」

「軽くすることもできる、でございます。ただ、それだけだと不正解でございます」

「あー、ここの『吸引』を設定しておくと、入り口付近に居る敵 (?)も吸引するってことでしたっけ? どういう原理なのかはわかりませんけど」

「『聖剣うなる』でございます」

 何言ってるかわからないけど、そういう仕組みだってことですか。

 地味にししょーの語彙が多くて、分からない時が多いです。もっとも何日か一緒に話しているので、多少覚えはしましたけど。

 もっとも、そうは言ったって私たちの雇い主である「魔王さま」に比べれば、そんなものは序の口だったりしますね。

 だってあの人、何言ってるか全然分からない時がありますから。

 謎単語を口にすることもあれば、普通の言葉なのに理解することを拒絶させるようなこともありますし。

 エスメラ語話してるのに、別な言語話されてるような錯覚受けます。

 ほんと、何してたヒトなんでしょ。

「終わりました~」

「では起しに行く、でございます」

「あ、もう朝食の支度は済んでいるんですね~」

 本当だったら今日の食事当番は(といっても二人だけですけど)私のはずだったのに、時間をとらせてしまった結果、ししょーが作ったということなのでしょう。

 そして私の補佐をしつつということを踏まえて、料理は煮込み系ですか。

 あんまり冷めないものを作っているんでしょう。

 相変わらず高いです。何がって、メイド力が。

 私もまだまだ精進し足りません。

 おかしいですねぇ、別に私はメイド目指しているわけではないんですが。

 安定した職場と、最低限の誇りを維持できて給料がもらえる職場ならば良かったはずなのに。

 違和感が全く感じられない自分は、果たしてまともなのか、どうかしてしまっているのか。

 まあ今のところお給料は一回分しか貰ってませんけど、条件としては結構悪くないので文句の一つもありません。家に報告したら「オエリシア様のもとで働けるなど、大変名誉なこと」というお言葉を頂きましたが、厳密には違うのでアレです。微妙な心境です。

 もっともその勘違いを修正しようにも、思い込んだら一直線な私の母親なので、色々駄目でしょう。かかあ天下な我が家です。別にかかあが猪の獣人だからという理由じゃないと思いますけど。

 どちらかと言えば、私は祖父に似てるといわれますね。母方の。

 鮫の半魚人に似ているって言われるウサギの獣人て、一体何なのでしょう。

 父方の家系が地味にウサギ続きだったことを踏まえると、なんともいえない気持ちになります。

「何をぼうっとしてるでございます?」

「いえ、ちょっと、自分のルーツについて考えてました」

「何をどういじったら、そういう発想に至るでございます……?」

「まー、ちょっと思うところがあったというか。ちなみにそこのところ、ししょーはどうなんですか?」

 私の言葉に、ししょーは一瞬固まりました。

 あれ、何かまずいこと言っちゃいました?

 でも無表情で続けたのだから、そこまで大事には至ってないと信じたいです。

「……お父様だけ、でございます」

 ただ、それ以上追求するなと言わんばかりにキッチンへ向かって行かれたので、私は何も言わずにその後をついていきます。

 ……って、ちょっと、ししょー! 何で段々足早になってるんですか!

 足早というか、こっちが走って追いつけないとかどういうことですかアレですかテレポート使ってるんですか!?

 表面上は無表情だけど、実は頭にきてるんですか?

 なにぶん、言ってもらわないと察することのできない私なのでした。





 すごく……、大きいです。

 別に他意はありません。

 扉の話です。

 魔王様のお部屋の扉が、地味にでかいのです。

 両開きで、更に上方向に高く、色も錆びた鉄とかを連想させる赤色だったりして、寝室というには妙にオドロオドロシイです。

 何かが化けて出てきそうです。

 竜王様の怨霊とか……、本当にありそうで洒落になってないんで、これ考えるのはやめます。

 ししょーに両足掴まれてぐるんぐるん回転させられそうな気がするのです(魔王さま曰くジャイアントスイング?)。

 心臓がいくらあっても持ちません。

 ともかく、一通り広間の準備を終えてから、魔王様の寝室手前へやってきたわけです。ちなみに当然転移 (魔王さま曰くテレポート)です。ししょーのお得意です。

 とりあえず、扉をこん、こんと叩きました。

「魔王様、お食事の準備が出来たでございます」

 ししょーが声を掛けても、案の定無反応です。

「さて、本日は……。鍵が外れているでございますね」

 おやおや?

 声は相変わらず平坦なのですが、こころなしかししょー、にやけてます?

 扉をあけるししょー。私も、そそくさと背後についていきます。

 そういえば……、いつもは扉が閉まっているのですが、今日は珍しく開いていましたね。

 扉の向こうの部屋にテレポートしてしまうので、私はししょーがどうやって魔王さまを起しているのか、一度も見たことがありません。

 せっかくだし、ちょっと覗いてみましょうか。

 魔王さまのお部屋は、広かったです。

 当たり前ですか。

 いや、でも私の私室の三倍くらいは大きいです。そのくせ家具が無駄に少ないので、なんのためにこんなデカいのか謎です。少しでもそのスペース、こちらの部屋に分け与えて欲しいところです。

 机の上には何やら手描きのスケッチ……? “りゅーおーくん”でしたっけ?

 実物の“りゅーおーくん”にくらべて、いくらか精彩に欠ける感じです。

 絵はそんなに上手くないんですかね?

「……おぅぅ……、カノン……違うんだよぅ……、ツナナギも……、ほら、在庫が足りないんだようぅ……」

 そして、魔王さまは何やら呻いておられます。

 カノンって誰ですか?

 あと在庫って何でしょう。

 どんな悪夢に苦しめられているのか知りませんが、でも、自分の体を抱きながら蹲ってぷるぷる震えて、白目剥いてる魔王さまは、結構面白かったです。

 面白かった以上に、大丈夫か心配になりましたが。

 っていうか、本当に大丈夫なんでしょうかね。

「……」

 そんな魔王さまのベッドに、ししょーが腰を下ろしました。

 何をするのかと思えば、魔王さまのお顔に手を当ててらっしゃいま……へ?

 そのまま、なんだかものすんごい見たことのない顔してますよ? へ? へ? へ?

 あー、そんな、ほっこり微笑んじゃってまぁ……。

 目なんて、普段の仏頂面が嘘のようです。

 慈愛に満ち溢れてます。

 えっと、その、これは。

 ししょーはそのまま、魔王さまに馬乗りになって――!

 え、え? 本当にアレですか? 事案です、いや、事件です。魔王さま的にはスキャンダルです。

 別にお二人のこと、怪しんでいたわけじゃないですけど、これって……?

 そのままししょーは、魔王様の顔へと自分の顔を近づけ――。

 きゃー、と思って両手で顔を覆おうとしたのですが。


「魔王様、いい加減起きやがれでございます」

「いつになく口調荒いなああああああぁッ!」


 往復ビンタと絶叫しか、私の目には映りませんでした。

 いつも通りの光景が繰り広げられてました。

 ……。

 あー、えっと、うん。

 はい、ロマンスなんて、期待するほうが阿呆でしたか。





「極・資本主義化は悪だろ。極・社会主義化も悪だけど」

 お食事中、突然、魔王さまが口走りました。

 せっかくのししょーの煮込み料理が、不味くなる前兆です。私にとって。

 お食事は三人一緒に、というのが魔王さまのご命令なので、お言葉に甘えて一緒に食事をとっている私です。ただししょーも魔王さまも結構綺麗に食べていらっしゃるので、個人的には肩身が狭いです。

 だって、二人とも食器かちゃかちゃ鳴らないんですよ?

 流石に自分も、口くちゃくちゃはしないように閉じてから噛んでますが。

 ちなみにもう一人の居候 (?)であるマダラ・メイクトさんは、徹夜が続いているのでまだお休み中です。

 ししょー、魔王様にだけ強制なんですよねぇ、早起き。何ででしょうか。

「……どうしたでございます?」

 そしてししょー、いつも通りの突っ込みですが、これはまずい兆候です。

 えーっとですね、具体的には、魔王さまがこんなことを口走りだすと、決まってししょー共々、難しい顔で会話をしだすのです。

 内容自体、私にはちんぷんかんぷんですし、段々と食欲が萎えてくる感じです。要するに、どっか別なところでしてもらいたいお話です。

 そういえば、私のかつての上司のバニー先輩 (教師風)なんかも、政治のお話大好きでしたね。あの人の場合は経済分野ですか。

 なんにしても、私にはわかったもんじゃないです。

「個人幸福の追求と個人利益の追求は平等ではないし、社会幸福と社会利益の追求もまた――」

「家庭レベルの物の見方と、地域レベルでのものの見かたでございます――」

「例えば戦争になった時――」

「権利完全掌握は、確かに腐敗が早いでございますが――」

 あー、何でしょうかね。

 とりあえず、最後の方だけはなんとなく覚えてます。

「極端な中央集権はよくないってことかな? いや、というか個人裁量というか、組織が自己組織の存続だけを考え始めたら、もうその段階でアウトってことでしょ。そういう点では、王国の今の国王は上手くやってんじゃないかな?」

「王政と議会制の合同でございますか……。でもそれとて、権力者が暴走しないとも限らないでございます」

「制度改革とか見てると、最終的には議会制に移行させるつもりなんじゃないかな。ほら、今の政権って、王女……、今の王妃だけど、によるクーデターで逆転したじゃん? それで確かに国内は好転したと思うけど、そもそもクーデター自体が、いけないと言えばいけないでしょ」

「……文官のみで回す、ということでございます」

「本当の意味で、平等な実力者同士の会談が実現できればってのは、理想なんだろうけどねぇ。でも、実際そこの個人の権力だの影響力だのはまた別な話だし、所属している派閥の広告方法とかも違うから、そんなシステム化をすることなんて、どだい無理な話なんだけどねぇ。政情ってのは、世論とかも関わってくるし。でも、それでも理想を目指してるってのには個人的に好感あるかな。結構混乱するだろうけど、そっちもフォローしてるし、なにより『理想だけ』を追い求めていないから」

「……左様でございますか」

 大人は政治のお話が大好きみたいです。

 つまり自分は子供ということですが。まあ王国の政治についてあーだこーだ言ってるところは、確かに魔王さまという肩書きらしくはありましたね。

 でも会話に混ざれないので、黙ってトレインボアの煮込みをつまむ私でした。

「と、そんな話じゃなかった」

 魔王さまが、話を打ち切りました。

 そして。


「マッドゴブリンの討伐に出ようか、今日」


 私の目には、今日の魔王さまは暴君のように映りましたとさ。





 あー、“りゅーおーらんど”の増設作業もほどほどに、魔王さまは服を着替えました。

 何でしょうかね、一瞬で格好が切り替わったといえばいいでしょうか。ししょーもよくやるので、出来ないの私だけでしょうか。まあどちらにせよ「着替えるな、でございます」と言われているので、心配するところじゃないんですけどね。

「ジェットコースター、もうちょっと小さくした方がいいかな?」

 ししょー共々、無言で上を見上げます。

 言わずもがな、数日前にこんな、得体の知れない乗り物に乗せられたわけですからねぇ。そりゃ死んだ魚の目にもなりますよ。私ウサギですけど。

 あ、でも、ジェットコースターは慣れたら面白かったです。

 問題は、慣れるまでに何度死に目を見たことかというところですが。

 十数年前に死んだ、曾お婆ちゃんの姿が一瞬瞼の裏に霞みましたよ。

 破壊神様のもとで、たぶん大あくびしてるんじゃないですかねあの人。ウサギのうの字も出て来ないような凶暴なヒトでしたから。ウサギのくせに。お爺ちゃんにも負けません。

 そんなことは置いておいて、魔王さまの格好です。

 魔王さま曰く「Tシャツ」と「オーバーオール」だそうです。

 生憎学がないので、私的にはどんな服なのかよくわかりません。ただ、なんとなく農家っぽいかなーってくらいは思いました。

 あと、地味に顔に魔角紋が出てます。

 どうしてですが貴方、獣人族じゃないでしょうに。

 形質からすると、一体何の獣人のものでしょうか……? と思っていると、頭に耳がぴょこんと生えました。

 狐?

 黒い頭から、狐耳が顔を出しました。

「こんなもんでカモフラージュ大丈夫かな?」

「わが国に黒い狐などいない、でございます」

 手痛い言葉でした。

 肩を落す魔王さまですが……、えっと、変身能力か何かですか?

 半霊族くらいしか持って居ないような能力だと思ったのですが、別にこのヒト、シャルベスターさまみたいな感じじゃないです。

 ちなみに半霊族は個人的に付き合いがあったためか一目で分かってしまうので違うって分かります。なのでぶっちゃけこのヒト、得体が知れないです。

 腰にナイフばっか仕込んでるのも、普段の飄々とした感じから戦闘スタイルが全然見えてこなかったりもして、余計にです。

「あー、何だ? それで、何しに行くんですか?」

 と、こんなことを言うのは錬金術師、マダラ・メイクトさんです。

 この間、突然魔王さまとししょーが連れてきた、人間です。

 なんと、人間なのです。

 魔族とかじゃありません。

 結構腕が良いらしいのは話しに聞いていたのですけど、今なんだか“りゅーおーらんど”の色々なところで採寸とってます。何をやってるんですかって聞いたら「絵描かなきゃならない……」とかぼやいてましたが、このヒト、本職錬金術師ですよね? と首を傾げてしまいます。

 まー、関係ないのでそこは置いておいて。

 この疲れたお爺ちゃんみたいなおじさんを雇うのも、まー魔王さまならそれくらいやりかねないかなーと思っていたところもあるので別に良いのですけど。

「半日もしないで帰ってくると思うから。お土産くらいは期待しておいて」

「簡単に言うけどなぁ……」

 どうにも身が入らないようなメイクトさんでした。

 そりゃー、これだけ沢山あるもの全てに絵を描かなきゃいけないってなれば……、ねー。

 気持ちは分かります。はい。

「でも、やらないといけないんですから頑張るしかないんじゃないですか?」

「流石に俺も、これだけ一斉に短期間で仕上げないといけないってのは、やったことないぞ……」

 なんとなくこのヒトを見てると、種族が違うのにお爺ちゃんを思い出します、父方の。

 やつれた感じというか、振り回されてる感じが特に。

 なので、そのお爺ちゃんが言ってたことをそっくりそのまま言っておきました。

「いっそのこと、体が二つ三つあったらいいんじゃないですか?」

「何を物理的に無茶なこと言ってやがる」

 ブツリ……? あー、アレですか、このヒトも謎単語使うヒトですか。

 後で魔王さまに聞いておきましょう。

 でもそういった後、何やら考えこんでぶつぶつ呟きだしたこのヒト、ちょっと危ない感じがしたのは気のせいでしょうか。魔王さまに聞いたら「何かアイデアでも閃いたんじゃない?」とのことだったので、放置しておきますが。

「じゃ、エミリーよろしく。ゆっくりね?」

「速度の違いなどない、でございます」

 そして、私と魔王さまは共々、ジェットコースターに乗ったときくらいの絶叫を上げるのでした。

 




 詳しいお話は全然知らないのです。

 なので、ししょーと魔王さまの断片的な会話だけ記憶しています。

「しかしまさかねぇ……。研究用のマッドゴブリンがまだいくらか生き残ってたとか、正直、うん。ないわー。エミリーはあっちと仲良さそうだったけど、何か向こうから聞いていなかったの? わざわざ竜王が実験場用意してたくらいだし」

「一方通行、でございます」

「あー、気に入られていただけだと。でも実利のあるツールくれたから相手してやっていたと」

「利を求むなら竜谷を狩れども、でございます」

「虎の子探しにいくみたいな感じに言うねぇ。……嫌いだったの?」

「その判断は無価値でございます」

「やっぱり何か変だよ、君」

 よくは分かりませんが、たぶん「お前が言うんじゃねぇ!」みたいな返しが妥当だと思いました。

 というわけで、マッドゴブリン討伐に向かう模様です。

 マッドゴブリンっていうのは、カースモンスターの一種です。呪われ系です。ゴブリンと名前がついてますが、実際の鬼族(ゴブリン)みたいな感じではないです。もっと野蛮で獰猛です。唯一のいいところは下半身でもの考えてないところですが、まあ確実に殺されたり食べられたりされちゃうので、どっちもどっちでしょうか。

 故郷の村で遭遇経験があるので、あの恐さは尋常じゃないってのは理解してます。

 軍隊がたまたま在留してなかったら、かなりの大惨事になってたとは思います。

 で、そのマッドゴブリンがどっかのダンジョン付近で確認されたとのことでした。

 放置しておくと確実にまずいので、それを討伐に行くのだとか何だとか。

 本当なら私もマダラさんみたくお城に居るはずだったのですけど、ししょーが「後学、でございます」とか言ったので強制連行です。意味が分かりません。分かりませんが逆らえるわけも有りませんので、まあ、命の保障だけはしてもらいました。

 そんなわけで、魔王さま共々げーげー言いながら、ししょーに運んでもらっています。

「……」

 無言で見つめてくるししょーに文句を言いたいのですが、言ったら口から色々と迸ってしまいそうなので、ここは我慢です。

 食べ物無駄にするのは、大変よろしくないですからねぇ。

 でもししょーの「何故いい加減に慣れないでございます?」みたいな目は、不条理でした。

「ないわー。こりゃないわー」

 それでも果敢に挑むのが我等が魔王さまです。きゃーすてき。

「今月の本はいらないでございます?」

「あー、うそ、ごめんなさい」

 即行で両手ついて頭下げる魔王さまでした。男らしさの欠片もありません。顔もどちらかと言えば女顔よりなので、なおことです。だっせー。

 そんな話をしている間に、いつの間にやらダンジョンです。

 ジェットコースター以上になれない空間転移を繰り返した先がどこなのか、ぶっちゃけ私はわかりません……。というより、あれ? 太陽の光が全然届いていません。

 森のような気はするのですけど、いたるところから潮の音が聞こえます。

 んー?

「どうしたでございます?」

「あの、ここって場所どこなんですか? なんとなくそれが分からないと怖いです」

「……」

 なんで黙るんですか? ししょー。

 魔王さまに目を向けると、半笑いされた後すぐにそらされました。

 いや、だからここ何処なんですかって。何も言われないから想像力だけかき立てられ、めっちゃ怖いです。

「まあ、早いところ行こうか」

「いや、あの――」

「進む、でございます」

「そうだね。俺達は何も見なかったってことで」

「どろどろとした悲鳴なんて聞こえなかった、でございます」

「そーそーそ、赤黒い斑点のついた壁とかは見えなかったしね~」

「いやいやいやッ! スルーできませんからねそれ! 何なんですかここ!」

 結局二人は、その日家に帰るまで散々この話題を無視していました。

 ちなみにここの正体、シャルベスター様が拷問とかする場所だったんだそうです。

 通りでコメントがないはずですよ。ええ。ちびりそうになりましたもん。





 檻で囲われたような扉を抜けると、その先はなんとも怖い場所でした。

 色々な獣やモンスターが、壁から出てる鎖につながれて動けず、えんえんと泣いている様は恐怖すら思い起こさせます。動物の感情なんててんでわかりっこないですが、全員から酷く恨みの篭った視線を向けられているような錯覚を覚えました。

 あと、何より臭いが、その……。

「あー、趣味悪いねぇ……」

「同意でございます」

「ここはアレ? “探求”とシャルベスターが共同で使っていたってこと?」

「おそらくは。……大丈夫でございます? ケティ」

「……へ? あ、問題ないッス」

 嘘です。本当は大有りです。

 ただそれでも、我慢してこそメイド道。せっかくのししょーと魔王さまとのお出かけなのですから、私としても少しくらいは頑張らな――。

 一瞬においのせいで吐きそうになりましたけど、気合と物理で押さえ込みます。具体的には、軽くのどのあたりを魔力こめてチョップしたりとかです。痛ぇです。

 魔王さまは不思議そうにしてましたけど、ししょーは何か察してくれたのか、薄く微笑んでくれました。ケティ、頑張りますよぅ?

「さ、ついた。スイッチのマップが正しければ、ここのはずだけど――」

 長い長い、拘束された獣たちの廊下を抜けて広間みたいなところに出ました。

 そこには――無数の死体が転がっていました。

「っえ?」

「ないわー」

「色々手遅れだったようにございます」

 転がっている死体は、魔族やら人間のものやら。

 服装とかからすると、普通に冒険者でしょうか。

 ただ、相当数首から上がなかったりします。げーって感じです。実家で死体を見慣れてなかったら、本当にここで吐き出していたかもしれないです。

 転がってる人間の死体のほかに、角の生えた生き物の死体もあったりします。背格好とか肌の色とかからして、そっちのがマッドゴブリンみたいですねぇ。

 そんな中に、二人のヒトが転がってました。

 男のヒトが、女のヒトを抱えています。

 女のヒトの足は、だいぶ曲がっちゃいけない方向に曲がっていました。

 それを見て「うわぁ……」って感じの顔をしながら、魔王さまがそちらに歩き出しました。

「あー、大丈夫そこのお二人さん? というか何やってんの、こんな辺境で」

「……あ、あんた、ら、」

 こちらに気付いたのか、顔を上げるその男のヒト。あれ、人間ですね。

 あとよく見ると、二人ともほっぺたが細いです。というかガリってます。やせ細ってる感じです。明らかに食料とか全然食べていませんって感じの、遭難者みたいな風貌をしていました。だというのに格好は普通に冒険者(しかも片方が剣士でもう片方が魔法使いっぽい感じ)の格好してますから、バランスも良さそうだし持ってる武器も使い込まれてそうなねすが。これは一体、どういうことなんでしょう……?

 そう思いながら、私もししょー共々魔王さまに付いていくと。

「に、げろ」

 冒険者さんのその一言とほぼ同時に、ことは起こりました。

 あまりに一瞬のことで、私は知覚すらできなかったです。

 だからそう、気が付いたら背後でししょーが腕を交差させ、こちらを襲撃しようとした何かから守ってくれていました。

「……へ?」

 ただ、理解の追いついていない私です。

 低い、野太い、獣のような唸り声。

 巨大な翼を持つ、ヒトガタの生物。

 大柄な体躯に鋭い爪。豪腕が、本来なら私の頭を軽く捻り千切ってたことでしょう。

 それだけの説得力と、同時に恐怖を覚えさせる姿です。正直言って――。

「――っ」

 声が出ません。

 悲鳴すら上げられませんでした。

 月並みな表現で言えば、なんだこれは。

 魔王さまが、その姿を見て平然と言います。「あー、マッドデーモンやっぱりなっちゃってたか」

 城に帰ってから聞いた話ですけど、マッドゴブリンは一定数ヒトの肉や怨嗟を喰らい続けることで、その性質や姿を大幅に変化させ、狡猾な怪物――もはや、悪魔へ姿を変えるんだそうです。

 それこそが、マッドデーモン。

 見るものを恐怖させる、憎悪と呪いの怪物。

「し、ししょ」

 声が上手く出ません。

 倒れてる人間たちみたいに、傷を負ってるわけでもなく。ただそれでも、まるで金縛りにでもあったかのように声が全然出ませんでした。

 マッドデーモンが咆哮します。地鳴りのような、金切り声のような、骨の内側を揺さぶるような破壊するような、そんな気持ちの悪い声です。

 それを受けて、人間さんが地面を転がります。

「あー、そっか。やっぱり俺、違ってるんだなぁ」

 こんな時にでも、魔王さまはわけのわからないことを言います。

「ん、とりあえず角一つだけでも潰さないと駄目かな。あちらさんとは、まともに話することも出来なさそうだし」

「でしたらお任せを、でございます」

 気が付くと。

 そう、本当に気が付くと、しょしょーは両腕に、何か装備していました。

 ガントレットというには拳の部分が大きく、金属の拳といった形です。表面にはびっしりと文字が刻まれていて、何らかの魔法具であることをうかがわせます。

「じゃ、手短に」

「了解、でございます」

 次の瞬間、ししょーが目の前から消えます。

 気が付けば空中にいて、そのまま右の拳でマッドデーモンをぶん殴りました。

 ガントレットからは白と黒の魔力が迸り、拳が二重にも、三重にもぶれて見えます。

 そして、連続殴打です。

 目にも留まらぬスピードってやつです。

 落下しそうになるたび、別な箇所に転移して攻撃を続行するししょーのその姿は、一言で言えば鬼でした。マッドゴブリンよりマッドデーモンより、わかりやすい鬼でした。まあ竜ですけど。

 そして宣言通り、一体何発目か分かりませんが、右アッパーの一撃が見事にデーモンの角を片方打ち砕きました。

「さて。これで少しは話せるようになったかな?」

 倒れ伏す彼らは、ちょっとだけ意識が戻っているみたいですね。

 こちらを見て、結構驚いてます。そりゃそうでしょうね。魔族が人間助けてるんですから。私のとこの獣人族は獣王の方針で無干渉ですし、親人間派っていうのもたぶん亜人くらいなものなんじゃないですかねぇ。竜族はししょーなのでよく分かりませんし、魔王さまに至ってはそもそもヒトなのかすら最近は怪しんでます。

「あ、あんた、ら」

「さってと」

 魔王さまは、しゃがんで男のヒトの目線に顔を合わせました。

「どうして欲しい?」

「……た、す、」

「先に言っておくけど、俺達は魔族側だ」

 魔王さまは、あえてそう断言しました。

 相手の反応とか何も見ないで、です。

「魔族に助けを求めるということがどういう意味合いを持つか、君らはそれを理解した上で言ってるのかい?」

 そんなこと言う魔王さまから、私ははじめて胡散臭さを感じませんでした。

 半透明のメガネも外して、じっと相手の目を覗き込んでいます。

 こうして見ると、胡散臭くはないけどそんなに格好良くないですね。

 女の子っぽいです。これでししょー曰く成人してるんだから、何なんでしょうか。逆加齢(アンチエイジング)とかいうやつでしょうか。うらやましい。

 それはともかく、魔王さまの言ってることです。

 これはつまり、殺されたり奴隷にされたり、最悪もっと酷い扱いを受けるかもしれないという脅し文句ですね。魔王さまの感覚からするとまた違ったことも考えたりしてるかもしれませんけど、一般的にはそういうニュアンスです。私達からすれば、人間は本来憎い相手でもあるわけですし。私は戦後生まれのせいなのか、あんまり忌避感ありませんけど。

 ただそれでも、今の情勢は竜王様が死んで、そのぶんの怒りがガス抜きされていない状態だというのは間違いありません。

 普通だったら、ろくな扱いを受けないと思います。

 男のヒトは、しばらく沈黙しました。

 それでも、無理やり、口を開いて言葉を紡ぎます。


「そ、れでも、……、リャシュナ姉を……」

「ん、よし。気に入った」


 対する魔王さまの答えも、結構即答でした。

 さっきまでの真摯な態度はどこへやら、再び目に半透明めがねをかけて、ぎらりと光らせます。そして口を「ω」みたいな感じにしてにんまり笑います。嗚呼、なんたる胡散臭さ。

「エミリー、大丈夫?」

「量が多くて時間がかかる、でございます」

「ひゃっ!」

 気が付くと、天井がいつの間にかマッドデーモンで覆いつくされてました。

 台所とかに出てくる黒い生物がぎっしりつまってるような、そんな生理的嫌悪が呼び起こされます。気持ち悪いです。

 しかし、ししょーは苦にもしておりません。

「俺も手伝おうか?」

「魔王さまの手を煩わせるまでもないかと」

「いや、俺この体になってから全力って出したことないし……」

「それをこの場でというのも危険極まりないでございます。当初の予定通り、制圧を」

「りょーかーい」

 そういいながら、魔王さまは指を弾きました。

 一瞬でいつもの、支配人な服装へと変貌しました。黒い燕尾服っぽいの(マダラさん曰く、礼服というらしい)です。

 その上着から、白いダンジョンスイッチを取り出しました。私達に配られているのとは違い、色が半透明とかじゃありません。操作するボタンもなにやら多く、明らかに私達の方が手抜きって感じがします。

 そのスイッチを操作すると、なにやら妙に高いノリで『==リンクスタート! スキャンしま~す!==』みたいな声が聞こえました。なんですかそれ。

 私も流石に仕事がないのはまずいきがしたので、とりあえず倒れてるヒトを抱き起こします。

 こうして見ると、やせ細ってますけど結構綺麗な顔立ちしてますねぇ。

 火傷跡みたいなのが大きいですけど、許容範囲です。

 鍛えればすらっとしそうな感じです。

 個人的には好みな感じの顔です。

 だからというわけじゃないですけど、別に起す時におっぱいに相手の顔がぶつかったりしても、あんまり気にしないです。むしろ硬いくらいだから、痛そうに鼻先こすってました。って、そこまで硬くはないですよ。オーバーだなぁ。

「大丈夫ですか?」

「あ、あなたたちは……?」

 とりあえず、持たされたポーションの蓋を開けて口の中に突っ込んであげました。

「お話は後ですかね。とりあえず、そっちの女のヒトにも飲ませないとアレですねー。大丈夫ですか?」

「お姉ちゃん、意識がないから……」

 あらあら、姉弟でしたか。

 そしてお姉さんの方の顔にも、火傷跡があったりします。

 う~ん、詳しく聞かないほうが良さそうな感じですかねぇ。ま、そこは別に今考えなくてもいいですか。

 とりあえず、二人とも荷物かかえるみたいに持ち上げます。

 これでも賭博場で働いていた時、酔いつぶれを片付けるのが得意だったくらいですから、大柄でないヒトたちくらいなら余裕でもてます。

 男のヒトの方が驚いてましたけど、ちょっと得意げですね。

『==スキャン・リンク問題なし! これより、フィールドは、いおりんのダンジョン扱いになりま~す!==』

「いおりん言うなし。……じゃ、とりあえず封鎖しようか。エミリー!」

 魔王さまの一言と共に、ししょーが分裂しました。

 ……へ?

 いや、本当にそうなんですって。

 ゆうにえっと、いち、にぃ、さん、ご、じゅう、じゅうご、じゅうな……ああ、もう面倒。

 普通に三桁くらい行ってるんじゃないですかね、あれ。

 そんなししょーたちが、空中で殴るは蹴るして、黒いマッドデーモンたちを屠っています。相手が反撃するとその一撃を瞬間移動してかわし、上方向から蹴りいれたりしてます。ご丁寧にスカート押さえたまま。

 無表情に行われるそれら一連の行為は、なんとも見てて無常な気分になります。

 マッドゴブリンでさえ酷い被害を引き起こす。

 ならマッドデーモンなら、押して知るべしというところ。

 それを、まるで赤子の手を捻るように容易く圧倒するししょーは改めて規格外なのだと思います。

 そういうこというと、いまいち魔王さまの実力とか、純粋な戦闘力とかわからないんですよねぇ。大体ししょーが率先してやっちゃうので。

 というか、こちらに吹き飛んできたのがいますね。

 私も吹き飛ばされる前に、ジャンプキックで応戦しておきます。

 ししょー直伝の魔力強化方法で両足のパワーを底上げして、こちらに無造作に飛んできたマッドデーモンをキックします。綺麗にししょーの元まで吹き飛んだアレ、再びぼこぼこにされてます。

 そして、やられたマッドデーモンたちは、魔王さまの目の前に集められていきます。上から下にどさどさと。一番下のやつが『ぐべぇ』みたいな感じの気持ち悪い声を上げたりしましたが、無視しておきます。たとえいくらこちらに不快感を覚えさせる声であっても、ここまで酷い光景を目の当たりにするといくぶん薄れていくものです。

 やがて最後の一匹が落とされると、慣れた手つきで魔王さまがスイッチを操作しました。

 次の瞬間、やつらの足元から包帯みたいなのが出現します。

 それが球になってるマッドデーモンたちに巻きついていきます。

「とりあえずぐるぐる巻きにしておくけど、どうしたらいいと思う?」

「屠る、でございます」

 と、ししょーが帰ってきました。

 編隊を組んだししょーが上空で一つになると共に、魔王さまのとなりにテレポートしてきましたね。いつの間にやら、手に付けていた装備もどっかいっちゃってます。何だったんでしょう、あれ。

「屠るといっても、浄化とか俺今使えないんだけどなぁ……。あと、なんだかご機嫌そうだな?」

 え? と思ってししょーを見ます。

 表情全然変わってません。

 でも、魔王さまの言葉にすぐ答えました。

「……久々にマルケットを使えた、でございます」

「ああ、宝の持ち腐れとかにならないで済んだ的な?」

「たまには使わないと、使い方を忘れるでございます」

 ふぅん、と言う魔王さまです。えっと、でも目の前で徐々に出来上がる真っ白な大きい球体の方をどうにかしてくださいよ。私に抱えられてる男のヒトも、なんだかびびっちゃってるじゃないですか。

 そう思っていたら――包帯の下から、槍みたいなのが飛んできました。

「ふぇ?」

 おそらく尻尾か何かなのでしょう。その一撃は、全く予想もしていないタイミングだった感じです。そして高速で射出されたそれは、ししょー目掛けて飛んでいきました。

「!」

 珍しく、ししょーが全く動けていません。

 あ、もしかして武器を仕舞っちゃったからですか?

 完全に油断していたということでしょう。ししょーらしくもないミスです。

 とか考えている場合じゃありません。

 ただ、私に出来たことは何もありませんでした。

 

 何かやったのは、魔王さまの方でした。


 何かというか、普通にやったといいますか。

「よっと」

 そんな軽々しい一言とともに、魔王さまは、デーモンの尻尾を()()()()()()掴み取りました。

 本当、近所に散歩いくくらいの軽い感じでした。

 あんまりにも軽々しくやるもんだから、「危ない!」と叫びかけていた私の方が度肝ぬかれちゃった感じです。

「危ないなぁ」

 そういって、もう一度スイッチを操作する魔王さま。次の瞬間、尻尾に包帯が巻きついて、巨大な円の中に再び吸い込まれていきました。

「いやー、忘れてた。あいつら案外賢いんだった。エミリーが適当に頑張っちゃってたから忘れてたけど、普通に戦うならカノンとツナナギとニアリーくらい居ないと大変なんだった。……エミリー大丈夫?」

 魔王様がししょーに言葉をかけます。

 ししょーは……、顔が驚いた感じのまま固まっちゃってます。

 しばらく魔王様の顔を見ると、やがて無表情に戻りそっぽ向きました。

「恥ずかしいところを見せた、でございます」

「いやー、気にしなくていいよ。どちらかと言えば君、本当はお調子者の方でしょ?」

「……早く片付けろ、でございます」

 耳が赤いのは、自分の失態に対する羞恥でしょうかねぇ。

 曲がり間違っても、魔王さまに守られて嬉しかった的な、そういうロマンスを期待するほうが間違っていそうです。今朝方の経験で学びました。

 ただ、それでも。

 肩を竦めた魔王さまが、スイッチ操作して包帯球を何処かへ消滅させた時。

 うっすら、魔王さまになんとも言えないいい笑顔を向けていたのは、ばっちり目撃しました。





「ししょーは、魔王さまのこと、どう考えてるんですか?」

「愛してるでございます」

「お、おう……」

 直球でした。

 竜王城にての、ししょーとの会話です。

 結局あの後、冒険者二人は“りゅーおーらんど”にて働くことが決定しました。

 お姉さんの方はまだちょっと回復に時間が掛かりそうですが、弟さんは今のところ裏方で働いてもらってます。

 もともとあの二人は、とあるダンジョンの探索をしていたんだそうです。とある、といっても魔王さまいわく「フツー」のダンジョンとのことでした。

 しかし謎の扉を開いたら、あそこに転送されたのだという……。

 ついてないんでしょうか。ちなみにししょーによると「トラップの誤作動でございます」とのことでした。それによってあの実験場に放り込まれて、魔王さまのダンジョンスイッチが起動したという……。

 どうやら他にも似たような経緯で転送され、食い殺されてしまった冒険者とかも多いらしく、遺体を集めて共同墓地を作ろうかというお話をマダラさんと現在、検討中です。魔王さまの隣で、仕事が増えたーって嘆いてましたねあの人。

 私とししょーは例によってお屋敷の掃除……、というより今はお皿荒いですが。

 そんなわけなので、今日色々疑問に思ったことをストレートに聞いてみています。

 ししょーなら、せいぜい適当にはぐらかすかと思いきや、かなり直球の返答が返ってきました。

 正直、反応に困ります。

 私の反応をみてなのか、ししょーは肩を竦めて言葉を続けました。

「愛する、とは行動のことにございます。愛するとはすなわち、相手のために何かをする、何かをしたいと考えることでございます」

「……えっと、好きじゃないということですか?」

「思考放棄でございます」

 これまた、奇天烈な見解が返ってきました。

 ちょっと何言ってるか分からないですねぇ。

「……奉仕の心と、個人的感情は別ということでございます」

「もっと噛み砕いて」

「…………豚は美味しくて好きだけど、配偶者には出来ないということでございます」

「あー、なんとなくわかりました」

 その例えで、ししょーが魔王様にどんな感情抱いてるのかもちょっとばかし察します。

 よくそんな酷い心理でお使えとかできますよねぇ……。これがプロか。

 そう思ったのですけど、でも実際はちょっと違うみたいです。

「魔王様は――」話をするししょーは、懐かしんでるような、困ったような、なんとも言えない表情です。

「――あの方は、個人的にはお父様に少し似ているでございます」

「竜王様ってあんなんだったんですか……?」

 えー、ないわー。

 魔王さまじゃないけど、ないわー。

 もしご存命だったらかなり不敬なこと考えてますけど、死んでますし表情に出さなきゃ問題ないですよね。

 と思ってたら、ししょーも珍しくうんざりしたみたいな顔してました。

 意見の一致がみれて助かりましたねぇ。

「……だから、もしケティが勘違いしたのだとしたら、それもあるかもしれないわね」

 ししょーは、「ございます」口調を崩していました。

 その表情が、少し寂しそうに見えたのは決して、私の錯覚じゃないと思います。

 誰だって、自分の親を殺されたのだったら、何か思わないはずないのです。

 だからこそ、このヒトは魔王さまにお使えしてるんでしょう。

 いつの日にか、その雪辱と恨みを晴らすときまで。

「私は、お父様の願いの後継者でございます」

「……じゃあ、私もはりきらなくちゃですねぇ」

 私の言葉を聞いて、ししょーは少しだけ微笑みました。

 別に私は、そこまでしゃかりきになる必要もないのですが。

 それでも、なんとなく気合が入ったことだけは間違いありませんでした。

 思えばそれが失敗だったのですが……。


「ひゃっはー! 二人とも、新しいコースターの実験に行こうッ!」


 魔王さまです。

 空気を読まずに魔王さまです。

 背景に「絶望」の二文字が見えたような錯覚すら覚えました。

 せっかくヒトが真面目な感じになっていたというのに、どうしてくれるんでしょうか。

 ししょーも完全に無表情無感情に戻っちゃいましたし。

 いつもならここで「……何を言っている、でございます?」みたいなことを言うと思うのですが、しかし今日はどうやら違ったようです。

「それもいいかもしれないでございますねぇ」

 まさかの、まさかのししょーがいい笑顔でそんなことを言う訳です。

 天変地異の前触れか何かかと錯覚します。

 その笑顔がこちらに向けられてるとなれば、なおさら、直のことです。

 そして、私は自分で自分の首を絞めてしまったようでした。

「では、はりきったのだからケティ、行ってらっしゃい」

「ファ!?」

 嗚呼せっかく。

 せっかくいい台詞みたいな感じで、かっこよく気合を入れたつもりだったのに。

 何の因果かめぐり合わせか、魔王さま一人いるだけでここまで状況が変化するというのが。

 必死に抵抗を試みようとしましたが、私ごときのジャンプでししょーのテレポートに勝てるわけもなく、あっさり拘束されてしまいました。

 そして魔王様に私を手渡した後、せめてもの労いとばかりにこう言いました。

「夕食はキャロットステーキを作るから、頑張れ、でございます」

「……ウサギだからって、別にニンジン好きなわけじゃないですよぉ」

 ししょーなりのジョークだったのかもしれませんが、状況的に色々酷かったことだけは間違いありません。

 ぐったりとしながら、私は魔王さまに連行されました。

「時間厳守、でございます」

「了解、了解」

 テキトーに返事する魔王さまに、ししょーは頭を一つ下げます。

 魔王様が完全にダンジョン(ジェットコースターとかの実験場?)への入り口へ向かいます。


 扉の中に連れて行かれる最中。

 魔王さまの背中を見つめるししょーの顔は――まるで恋する乙女のように、たいそう綺麗な微笑みでした。



ちなみに救出された二人は、地味にAランク冒険者だったりします。


マッドゴブリン→マッドデーモンです。エースも勇者時代は地味に苦しめられてましたが、魔王になったらそうでもないという酷いオチです。


外部視点から見ると、エミリーのエースに対する感情は、本人の認識以上に複雑怪奇っぽい感じです。本編でその内実が明かされる日は、果たして・・・?

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