第5話
一旦書き直させていただきました。
度々の変更、申し訳ありません。
村長と息子さんはその姿を見ただけで分かるように、身体を震わし、瞳を揺らめかして、激しく動揺を表す。
何を言っているのか? というような疑問と困惑の色を浮かべながら、俺を見てくる。
確かに、いきなり配下に加われなど言われたら誰だって驚くのは当たり前だろう。
一体何を企んでいるのか、警戒し怪しむのは無理もない。
そう簡単に呑める話ではない筈だ。
「分かりました。貴方様の配下に加わります」
あれ?。
意外と早いなと思ったが、こんな自分達が全員死ぬかも知れないという追い詰められた状況の中では、それは当然かもしれない。
考えてもみればそんな余裕もないか。
今のゴブリン達はまさに文字どおり生きるか死ぬかの瀬戸際だ。
一々手段を選んではいられないのだろう。
「わかった」
俺はそれに頷くと気持ちを切り替える。
しかし、これで俺も後戻りは出来なくなった。
これから始まるのは本当の命を掛けた殺しあいだ。
急いでこれからの対応を考えないと取り返しのつかない遅れを取る事になる。
俺は村長と息子さんに今の状況を聞き出し話し合うと、急いで思考を巡らし指示を与える。
与えられたその指示に二人は了解の意を示すと、それに従って急いで駆け出す。
指示の内容は村人全員で安全な場所に避難する事だ。
始めは柵を作り村周辺を円を描くように囲みバリケードを張ろうと思ったが、あいにくと木を切り倒しそれを作り設置をする時間がない事を、村長と息子さんの話を聞いて取り止めた。
それに村にある柵を作るための材料もない。
家を取り壊してそれを流用して作るという荒業もあったが、その家もない。
それで村長と息子さんと話し合った結果が、安全な場所に避難という事になったのだ。
次に、敵の情報を少しでも得ようと斥候を出す事を考えて、数人のゴブリンを斥候に出した。
但し、見つかったら絶対に逃げろという条件をつけてだ。
この村に残って警戒と時間稼ぎの意味で戦う戦力はかなり少ない。
それは、決して少なくない負傷者が出ており、その負傷者を運ぶのにただでさえ少ない村のゴブリン達をこれ以上回す事は出来なかったのだ。
村のゴブリン達の数は総勢70。
戦える者は女のゴブリンも含めて40体。
残りは負傷者と戦えない者達だ。
安全な場所まで負傷者を運ぶ者と、その最中に警戒にあたる者も考えれば、これ以上の余裕がないのだ。
さらに負傷者の中には重症者もおり、そういったまともに動けない者もいる。
幸い即席の担架を作れる材料はあり、一応完璧にではないがその作り方を説明し、急いでそれを作らして重症者を運ばしている。
ここが戦場になるかもしれない場所に置いておく事が出来なかったのだ。
そして、その間も息子さんを含めた残りのゴブリン達は村周辺の警戒にあたってもらっている。
はっきり言ってどちらもかなりギリギリだ。
この状況の中で敵の戦力が分からない以上、だからと言ってアリーの力に頼り過ぎて過信するのは良くない。
俺はこの世界のパワーバランスが全く分からない。
アリーとゴブリン達を含めて自分がどれ程、この世界に通用する強さなのか、実際に確かめないと想像すら難しい。
敵は俺の知らないこの世界で生きる未知の生物だ。
故に、アリーの力と自分の力に過信をし過ぎるのはいい考え方とは言えない。
何でもかんでも“階位”で決め付けるのは駄目だろう。
弱者が強者を上回る事もあるかもしれないからだ。
その逆は、言わずもがなだが。
それと偵察から生き延びた者から聞くに、敵は今でもこの村の近くに迫っているとの事だ。
はっきり言って時間がない。
斥候に出したゴブリン達は果たして間に合うのだろうか。
それよりも全員が無事に戻って来て欲しいと思うのは、彼らがこの命に代えても! と真剣な表情で斥候の任に付いた事に対して余計な事なのだろうか。
とにかく、心配をするよりも今は彼らを信じて待つしかない。
「俺は……、何であんなことを言ったんだろう」
俺の配下になることを承知した村長と息子さん、それから村のゴブリンが忙しなく動いている姿を眺めながら、誰にも聞こえない程、小さくぽつりと呟く。
ゴブリンを自分の配下にして、俺は何がしたい?。
そもそも何故配下に加われなど、俺は言ったんだろうか。
今になって考えるとさっきの俺は、はたして“俺”なのだろうか。
俺は小心者だ。
面倒事や厄介事は避けて、なるべく関わらない様にしている。
なのに自分から関わって、それも生半可な覚悟では決して乗り越える事が出来ない、命の危険が伴うヤバイ事に。
さっぱり分からない。
俺は何故、あんな事を言ってしまったのか。
まだ転生したばかりで、はっきりと“今”を自覚し、認識していないのだろうか。
何で俺はあんな事を言った?。
どうして配下になどとそう思った?。
もっと他の言い方があったのではないのか?。
そもそも、何故力を貸したいと思った? どうして見過ごさなかった? 何で気に入らないと感じた?。
分からない。
俺は……。
「敵ダー!」
俺が暫く思い悩んでいると、そこへ警戒にあたっているゴブリンの悲鳴に近い叫び声が響き渡った。
はっとしてその方向に意識を向ける。
そこにはまさに、黄色のデカイ猿が、こちらに迫っていた。
全身は黄色い体毛で覆われガッチリと引き締まった筋肉には、無駄な肉を全てそぎおとした様にしなやかだ。全長は二メートルもあり、丸太のように太く膝まで届く程長い腕の先には、鋭く尖った爪が伸びている。
これ猿じゃなくね?。
ゴリラじゃね?。
と言うのが、俺の素直な感想だ。
こんなゴリラとチンパンジーをミックスして狂暴化させたような怪物が、猿な訳がない。
俺は認めない! 認めないぞ!。
誰だ! 黄色のデカイ猿と言った奴は!。
そんな奴のセンスを疑うぞ!。
こんなん猿じゃねぇ! ゴリラでもねぇ! 別世界に登場するファンタジーなモンスターか、そんな何かだ!。
「キシャャャーー!!」
口から唾液を撒き散らし、ズラリと並ぶ鋭い歯を見せながら、怒り狂った表情で威嚇をするような鳴き声を発する。
俺はそれに思わず硬直する。
ぎらぎらと血走った瞳で、こちらに容赦ない殺気を向けて迫ってくるその姿は、紛れもなくこれから命を奪う事をはっきりともの語っている。
その本気の殺意が、本当の殺気がビリビリと脳髄を突き付け身体全体に激しく伝わってくる。
「っ!」
殺される、と言う恐怖が全身を萎縮させる。
本能がゴブリンの時とは比べ物にならない程の危険を訴えかけて来る。
こちらとの距離を確実に縮めながら、隠しもしない敵意を放ち迫ってくる猿に、俺は大剣を強く握り締め萎縮する身体を無理やり動かして身構える。
頭の中が真っ白になり、内心では大量の嫌な汗を流し、恐怖でブルブルと震える身体をどうにかして静めようと努める。
先ほどまでの冷静な自分が一気に吹き飛んで、恐怖で頭の中が支配される。
あぁ、そうか。
懸命に身体の震えを抑えながら思う。
これが、死への恐怖か。
心が、身体が、早く逃げろと怯えている。
そこへ、怖じけついている俺の目の前にアリーが突如飛び込んで来て、こちらに迫ってくる猿に向かって走っていく。
俺はそれに驚きと呆気にとられながら、アリーの後ろ姿を眺める。
「キシャャャーー!?」
猿は若干の驚きが含まれた叫び声を上げると、凄まじい早さで向かってくるアリーに、視線を固定する。
そして、両者の距離が自分の間合いに入った所で、戦闘が始まる。
アリーの風を切り裂き鈍い輝きを放つ鎌が、猿のしなやかに引き締まった胴体へ振るわれる。
それを猿は跳躍をすることで避ける。
それも思わず見上げるほどの尋常ではない高さまでだ。
そして、猿は重力に従うように凄まじい勢いで落下を開始する。
その落下地点にいたアリーは、自分を押し潰そうと迫る猿から瞬時に距離を取り、それから逃れる。
猿は爆発したような音と落下した地点の周囲を震わす衝撃を地面に叩きつけると、アリーを見定めて弾丸のような突進をする。
鬼気迫る表情で振るわれたその剛腕を、アリーは身を屈めるようにして避けて距離を取る。
それに猿は、まるで逃がさないぞ、というようにその剛腕を振り回しながらアリーの後を追いかける。
俺はその光景に圧倒される。
そこには、命を掛けた者同士の、激しい戦闘が繰り広げられていた。
アリーの鋭く頑丈な鎌によって、その身に刻まれた、無数の切り傷から血を流す猿。
その猿からの猛攻を、死に物狂いで避け続けるアリー。
両者とも互角に戦っている。
これが命のやり取り。
演技でも遊びでもない本物の、殺しあい。
アニメや映画では決して感じられない激しい熱気に、俺は寒気を感じる。
これが自分の身に降りかかるのかと、そう思った瞬間、全身に染み渡る悪寒に思わず身震いする。
怖い。
逃げだしたい。
頭の中に浮かんだそれを、強引に振り払う。
何を今さら。
もう後戻りは出来ない。
そう、出来ないのだ。
この戦いは何も、自分の命だけが掛かっているものだけではない。
今も目の前で自分の命を顧みずに戦っているアリー、絶望の中でも必死に生きようと足掻くゴブリン達。
そうだ。
戦っているのは俺だけではない。
皆だ。
ここで怖じけづいていてどうする。
恐怖に身を震わし縮こまっていてどうする。
そこへ、唐突に頭に“何か”が流れてきて、“それ”が全身に広がっていく。
何だ! この感覚は!。
戸惑いながらもその正体を知ろうとして、そして掴む。
その正体を。
これは、アリーの“意思”だ!。
パッシブスキル『意思伝達』により、アリーの意思が俺に伝わってくる。
歴然の戦士たるアリーから、思いが、考えが、今の戦闘の意図が、身体全体にすっと入ってくる。
アリーは何百何千と死線を潜り抜けて来ただろう兵士だ。
そのアリーの意思が、俺の中に浸透してきた事により、“何か”が変わるのを感じる。
ふと、身体の震えが止まっているのに気がついた。
不思議と落ち着いている心の中に浮かぶのは、戦えという燃えるような戦意だ。
それが熱を帯びて全身に広がる。
恐怖はまだあるが、それはかなり和らいでいる。
ただ思うのは、戦意だ。
戦わなくてはいけないという“意思”だ。
《パッシブスキル『闘志』を会得しました》
俺は目の前で行われている戦闘に意識を向ける。
その激闘は勢いを増し、凄まじい攻防のやり取りは、お互いがその命を散らそうと全くの容赦がない。
そこで、違和感を感じる。
両者とも、始めと比べ“早く”なっているのだ。
始めの戦闘と今の戦闘は、明らかに強さと早さが違う。
その答えは『意思伝達』により、アリーから伝わる。
それは、魔力だ。
お互いが魔力を使い、何らかの手順で身体能力を上げているのだろう。
魔力か……。
アリーから伝わる『意思伝達』により、感覚でそれを操ろうと、身体の中に意識を集中する。
確かに、“何か”を感じる。
身体の中を流れる“これ”が魔力なのだろう。
なんとかして魔力を操ろうと、『意思伝達』により伝わる感覚で操作を行う。
魔力を自由に操作をして使うことが出来るなら、アリーと猿のように自分を強化する事が出来る筈だ。
大体のコツは『意思伝達』により伝わってくる。
大丈夫だ、出来る!。
《パッシブスキル『魔力操作』『魔力感知』を会得しました》
うお! 出来た!。
しかも、『魔力感知』も会得するとは。
改めて考えると『意思伝達』は凄く便利なスキルだな。
アリーの戦いの感覚もなんとなく感じるし。
俺は体内に流れる魔力を『魔力操作』により、全身に行き渡せる。
「キィィィーー!!」
俺の魔力に驚いたのか、猿が驚きと恐怖の入ったような叫び声を上げて、俺を見て萎縮する。
その隙を、見逃すアリーではない。
アリーの死を纏わした鎌が、猿の首を刈る。
偶然にも猿の動きを止めれた事に、勝敗を分けた事実に、俺は茫然と乾いた笑みを浮かべる。
虫だから、その表情は出ないだろうが。
とにかく、勝ったのだ。
全身から力を抜こうとして、慌てて思い止まる。
まだだ。
まだ、終わってはいない。
猿の数はゴブリンよりも多いと聞いた。
ならば、この一体の筈がない。
恐らく、この群れを率いるボスがいる筈だ。
そいつを倒さない限り、この状況に進展はないだろう。
それから暫くして、斥候から戻って来たゴブリン達により、敵の位置情報が判明した。
さらに、こちらに向かってくる三体の猿の事も。
今度は大丈夫だ、自分は戦う事が出来る。
俺は、こちらに迫ってくる三体の魔力の反応に、大剣を力強く握り締めて、その方向に意識を向ける。
お読みいただきありがとうございます。