prologue2
「はっ、はっ、………。」
短く息を吐き出し里羽は辺りを見渡した。そして「う……。」と口に手をあてた。そうしないと吐き出してしまいそうだったからだ。
郵便局内は地獄と化していた。
逃げきれなかった人が多く倒れている。
血が飛び散っている。
まだ悲鳴をあげている人がいる。
そして発砲音はそれをかきけしていった。
「(なに、これ。)」
まだ小学六年生の里羽にはもはや理解が追い付かない状態だった。
「これ………夢……だよね………。」
一人ぽつっと呟いてみる。
夢じゃないとしたらいったいなんなのか。ここは平和とうたわれる日本ではなかったのか。
悪い夢なら早く覚めろ!そう念じても勿論状態が変わることはない。
「いやだ……こんなの……やだよ……。怖いよ………お母さん………。」
ずるずると柱に背を預けながら座りこむ。腕で頭を抱え踞る。
と、不意に小さな声が里羽の耳に飛び込んできた。
「おかあさぁん………おかあさぁん………」
泣きじゃくるその声に里羽ははっと顔をあげた。
声の方を見ると少し離れた所に小さな女の子が一人の倒れている女の人にすがって泣いているのが見えた。
「(……死んでる……。)」
恐らく我が子を庇い撃たれたのだろう。
「酷い………。」
そう呟くと同時にカンッとその女の子の近くに弾丸が着弾した。
「(どうしよう、これじゃあの子も危ない!)」
そう思った瞬間里羽は走り出していた。と、すぐ近くに銃を持った男がいた。
「(ヤバいっ!!!)」
「うわぁぁぁぁぁあああっっっ!!!」
叫びながら里羽はランドセルを掴み、ぶんまわして男の顔面に力いっぱいそれを叩き付けた。
「ぐっ!」
運翌年金具部分が顔面にあたったらしく男は呻いて顔に手をやった。
その間に里羽は女の子を抱えあげ今度は別の柱の裏に飛び込んだ。
「君、大丈夫?」
里羽は女の子の顔を覗きこんだ。涙でぐちゃぐちゃの顔だが、今は驚いて涙が止まっているようだ。
「うん、大丈夫……。でも……、」
でも、と言葉をきって女の子はくしゃっと顔を歪めた。
「おかあさんが……。」
また泣き出しそうになる女の子に里羽は慌ててぎゅっと抱きしめた。
「お母さんはきっと大丈夫だよ。」
そう言いながら一体なにが大丈夫なのだろうと里羽はぼんやり思った。
大丈夫な事など一つとしてないのに。
「本当?」
女の子のくりっとした大きな瞳が里羽をみる。
「……。」
その瞳に里羽は答えられなかった。
カツッ、カツッ
誰かの足音が響く。その音に里羽ははっとした。
いつの間にか銃声が止んでいる。
足音は明らかにこちらに歩いてきているようだった。
今から非常用出口に向かう事はできない。どこにあるかも分からずその前に撃たれてしまうだろう。
「(あぁ………ここまでなのかな。)」
里羽の脳裏に家族の顔が過る。元々はお父さんに手紙を出す為にここにきたのに………。
「(やだよ……死にたくないよ………。)」
お母さん、そして五歳年下の妹の顔がよぎる。
「おねえちゃん?」
妹と今抱きしめている女の子が里羽には重なって見えた。
「(この子も死ぬの?)」
自分の妹と同じくらいの年の女の子。この子も死ぬかと思うと里羽は許せなかった。
「(なんで、死ぬの。おかしいよ。そんなの)」
「そんなの、おかしいにきまってる。」
そう呟くと里羽は立ち上がった。
「おねえちゃん?」
「キミ、ここでじっとしていてくれる?」
「え?」
柱の傍から話し声が聞こえた。ただ、外国語な為なにを言っているのか分からない。
相手は日本人ではなかったのだ。
「私が、お姉ちゃんが助けるから!」
だからここにいて、絶対に動かないで。そう言うと女の子はコクッと首を縦にふった。
それを見て里羽はちょっと笑って女の子の頭を撫でた。
「(生き残る為には、自分で動くしかない!)」
その時、偶々だろう。柱から少し離れた所に銃が転がっているのが見えた。
そしてその近くには警備員が倒れている。
一番始めに撃たれた警備員とは別の人のようだ。
「(相手が怯めばこの子を連れてまずは窓口内側に飛び込めるかな……。)」
危険なのは分かるがそれしか方法がもうないように里羽には思えた。
「(相手の足元とかに撃ったら少しは怯むよね。)」
いずれ助けは来るだろうが多分それを待っていたら死ぬだろうと里羽は分かっていた。
「(一か八か……。)」
チャンスは一回だけだろう。
里羽は大きく息を吸って、吐き出し、そして柱の裏からいっきに走り出た。
パンッと音がしてカッと右肩が熱くなるのを感じた。
それでも里羽は足を止めなかった。
ヘッドスライディングをして銃に手をかけ、取り上げた。
思った以上にずしっとくる重さ。
里羽は引き金に指を絡めた。
そして―
パンッ
銃声が一つ。
男がゆっくり前めりに倒れた。
「(………え。)」
飛び散る血液は里羽の頬に付く。
里羽が放った弾丸は男の眉間を貫いていた。