prologue1
2891年 7月 20日
梅雨が明け、本格的な夏の暑さが到来した日本。
王牙里羽は赤いランドセルを上下に揺らしながら走っていた。ポニーテールにしている長い黒髪もそれと共に上下座右に揺られている。
今年12歳になった里羽は小学六年生。明日から始まる夏休みの事を考えながら家に帰ろうとしていたが、里羽は「あ、そうだ……」と呟いてくるっと体の向きを変えて走り出した。
向かったのは郵便局。
父親に手紙を出すためだ。里羽の父親は海外で働いていてなかなか家に帰ることができない人なため、里羽はよくこうして手紙を送っていた。
いつもならばポストに入れるのだが丁度家に切手がなく、学校から家までの道に郵便局がある為帰りにそちらに寄る予定だったのだ。
「あっぶないあぶない。忘れるとこだった…。」
ふー、と息をつきながら里羽は郵便局の建物の前に立ち止まった。それと同時に自動ドアがウィーンと音をたてて開く。建物内から冷房の冷たい空気が熱く火照った里羽の体をすりぬけていく。
「涼しー。」
そう言いながら郵便局に入る。
「えっと、手紙は…。」
近くにあったソファーにランドセルをいったん置き、ランドセルを開けて荷物の中にある手紙を探し始めた。
「多分クリアファイルの中に入れたと思うけど…。」
と、呟きながらもやっと出した手紙はいささかシワがついてしまっていた。
「…こんくらいだったら大丈夫だよね。」
うん。と一人頷きランドセルを閉めてから里羽は窓口の方に向かった。
幸い、窓口はあまり混んでいる様子ではない。
ラッキー、と思いながら並ぼうとした時、
「どうしたんですか?」
入口の方から聞こえた声に里羽はそちらの方を見た。
そこには明らかに場違いな格好をした十数人の男達がいた。そう。まるで戦地にでも行くような格好である。皆手ぶらではなく、なにかしら荷物を持っている。しかしそのまま入口から動こうとしないのだ。
その様子に警備員が声をかけたのだ。
「君たち、そこにいては邪魔だ―」
パンッ
乾いた音が警備員の言葉を飲み込む。
そしてぷつっと糸が切れたように警備員が倒れた。
一瞬静寂がその場におりた。
その場にいる全ての人が事態を呑み込めていなかった。里羽自身もそうだった。何が起こったのかさっぱり分からない。なんであの警備員は倒れたのか理解ができない。
パンッ
二度目の乾いた音はその場にいた人達が動く充分な理由になった。
どこかで鋭く甲高い悲鳴が上がった。
そしてそれが合図でもあったかのように男達は銃を構え、手当たり次第発砲を始め、残りは狂ったように逃げ惑った。
「非常用出口がこちらにあります!」
郵便局員の声だろうか。皆一斉にそちらに向かって走りだした。
しかし里羽は動けなかった。
「(なに?なにが起こってるの?)」
混乱する思考が体を動かす妨げになっている。
体はガクガク震え、足はまるで生まれたての小鹿のように頼りなく立っていた。
どっ、と里羽の隣で人が倒れた。うつ伏せで背中から血が滲み出ている。それを見た瞬間里羽の心臓が大きく跳ねた。
「(逃げなくちゃ……。)」
フリーズしかける思考に唯一浮かんだ考え。
「(逃げなくちゃ…。逃げなくちゃいけない。)」
動かなかった足が少し動く。
一人の男が里羽に狙いをさだめた。
「(逃げなくちゃ…逃げなくちゃ!!!動けっ!私!!!)」
もう何度目か分からない発砲音の直前、里羽は走りだした。間一髪で弾丸を逃れる。
里羽は建物を支える柱の裏に飛び込んだ。