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第5話「インコ終了・初日終了」

 インコが聖剣のもつオートサポート機能に頼って打ち出す光刀(ライトエッジ)や裁きの(ジャッジメント)を淡々と避け続けること10分。ようやくインコに疲れが見えてきた。数値上ではMPとHPに変化はないが、同じ技をただ打ち続けるという作業による精神的疲労感が垣間見える。


 聖剣はオートシリーズ-オートリジェネ・オートサポート・オートステップなど自動で体が動く機能-がついている。そのおかげさまでHP・MPは常時回復、どんな攻撃も所有者の能力に応じて自動で回避する、攻撃する際に狙いをつけずとも自動で対象の急所へ打ち込むなどの効果を発揮する。


 だが、オート機能のみで戦えば全ての攻撃が一定のリズムで放たれるため単調で読みやすく、こちらへ届くタイミングも一律で一ミリの狂いもなく、同じ場所へ同じスキルが飛んでくる。確かに放たれた後に避けようとすれば、弾速が速過ぎるため被弾は免れないが、


 「くっ、なぜあたらないんだ!『光刀(ライトエッジ)』!」


 インコがスキル発動するためのキーワード「ライトエッジ」の「ッ」が聞こえたら、大きく横っ飛び。地面に垂直になるようにして地面を浅く切り裂きながら、キーワードが詠唱し終わった時点でいた場所「ライトエッジ」の「ジ」が発音されたときにいたところへ綺麗に飛んでゆく。


 能力強化もせず、全力で手を抜いて一般学生の動き(魔道士さん規格)でも十分回避できる。インコがオート機能抜きの自力で発動すれば、1m近くの長さで厚みはほぼない三日月状の光刀は、地面に対して平行に打つことが可能であり、一般規格の速度でしゃがんで回避しようとすれば上半身と下半身が真っ二つになるだろう。


 (が、インコはアホなのでそこまで頭が回らないっと)


 「ちょこまかとっ!裁きの(ジャッジメント)


 裁きの(ジャッジメント)も同様の理屈でこちらに真っ直ぐ向かってくる初撃を横っ飛びで回避する。その後、インコの左手から放たれた3mほどの長さを持つ3発の雷は、空間を縦横無尽に飛び回り一定時間が立つと消える。初撃以降は不規則で複雑な動きのため、どうあがいても読めないのが売りなのだが。オート機能verは簡単である。


 初撃はキーワードを言い終える直前に少し動いて避ければいい。不規則に飛び回っているように見えるが全て一定の動きしかしない。初撃を避けた部分を中心に直径2mの円内は安全地帯である。戻って突っ立っていればいい。このように画一化されたスキルなら、こちらも作業化された回避をし続ければいいだけの話だ。


 他にもいくつかスキルがあるが、それぞれ避け方を決めて避け続けるだけだ。それを10分続けた今になってようやく待っていた事態が起きる。


 「くそっ!なんで、なんでなんだ!僕の光刀(ライトエッジ)も裁きの(ジャッジメント)もあたらないだなんて!」


 インコに発動意思がなくともオート機能により、(どうみても本人に発動する気はないくせに)スキルが発動する。実にスムーズにインコの体がテンプレ動作をこなし、飛んでくる雷と光。


 (……アブネエヨ)


 対象に明確な敵意を向けていれば、キーワードの後に必ず自動でスキルが発動する仕様は、条件が大雑把にもほどがある。会話をするだけで事故死させられそうだ。相手に殺意・敵意を持っていなければならないが、ふとした瞬間に間違いが起こりそうである。そうならないように何か安全装置はついているだろうが、攻撃を受けた印象は「聖剣任せすぎんだろ」だった。


 「はぁはぁ……君に勝ち目はないんだよ!さっさとあたって死んでしまえばいいんだ!ライ…げほげほ」


 インコがむせた。一人で10分も喋りっぱなしだもんね。その前の移動時間を含めたら相当長いこと喋っているしね。ついでに暖房(ヒート)乾燥(ドライ)を常時展開―一般学生が出来る限界(魔道士さん規格)いっぱいで―し続けた甲斐があった。HPに変化はなくとものどは渇く、目が疲れてくる、体はだるくなる。そんな当たり前の疲労を防ぐ術はない。今回はひたすらのどが枯れるように暑く乾燥させ続けた。それが10分経ってようやく実を結ぶ。


 最後の仕上げに掛かる。むせているインコの喉と口へ直接、乾燥(ドライ)を使ってやる。ジャガイモ顔負けの吸水力で口がパサパサしていることだろう。だからといって脱水症状を起こさせるような力はない。純粋に口の中がパサパサになるだけだ。加えて、インコの周りの空気を乾燥(ドライ)で砂漠のような乾いたものへ変える。こっちはもののついでだ。

 ここで決め手となるアイテムを右手に持ちながら、ゆったりと歩きながらで近づいてインコの口のなかへねじ込みにゆく。


 「辛そうだな。これでも食って落ち着けよ」


 食べさせるのは「粉々にしたクッキー」だ。インコがむせ終わり、大きく息を吸い込むタイミングで口の中に粉末クッキーをパンパンに押し込む。そのまま、顔面をわしづかみした形で口が塞がるようにがっちりとホールド。当然、インコは粉末クッキーを吸い込み盛大に再度むせ始める。完全に肺に粉末クッキーが入ったようだ。インコが目から涙を流しながら、決死の力で振りほどこうともがいているが逃がさない。


 口をふさがれた状態でむせ返る反動で鼻からクッキーの粉が吹き出るなり、涙とクッキー粉が混ざり液体化したり、単純に鼻水たらし始めたり、酸欠で目が充血し始めたり、そろそろ危ないのか白目を剥きそうになっていいたりとでなかなか見苦しい顔つきになっている。後30秒もすれば落ちるだろう。


 「ッゴ…ッ…ヴッ……………」


 豚のような呻き声をあげながら完全に白目を剥いたことを確認。ここでようやく手を離す。インコは受身を取ることもできずしりもりをついた後、そのまま後ろに倒れて頭をぶつける。ゴッ!と気味のいい音を立てて、その場に伸びる。痙攣して非常に不味そうな雰囲気をかもし出しているが、明確な勝敗をつけなければならない以上この程度が妥当だろう。


 ―『ダーヴィト=ナルシス=ラ・ブリュショルリ』を戦闘不能とみなし、『日島海人』の勝利とする―


 どこからともなくアナウンスが流れてくる。ようやく終わったという達成感に包まれる。終わったとなれば一刻も早く寮に行き、荷物の片付けと火狐(かあこ)のことをどうにかしなければならない。いそいそと出口にいこうとしているところをアサシンさんに捕獲された。なぜだ。なぜ邪魔をする。


 「……」


 無言で首を横に振り大画面のパノラマモニターを指差す。そこには


 ・開会宣言

 ・教員からの言葉

 ・試合形式の説明

 ・試合観戦

 ・総評

 ・閉会の言葉


 と、映し出されていた。


 いつの間にか、教員総出の行事扱いされていたようだ。自由(フリーダム)すぎだろうこの学園。学園の行く末を案じる言葉が浮かんでは消え、罵倒するにも力がどうも入らず、たどり着いた答えはもういいやと思考を放棄することにした。なるがままに任せ、アサシンさんに引きずられるまま指定された席に座った。

 席に座ると同時に総評が開始される。することもないため、早く終われと祈りつつ総評を聞くことにする。

 

 「今回の勝敗はどこでついたのでしょうか?」


 尋ねる会長さん。


 「え、あ……はい。その……」


 コメントに困る教員A。


 「身体能力では遥かに劣り、魔法も使わずに倒してしまいましたが。いったい何をしていたのでしょうか?」


 質問を重ねる会長さん。


 「それは、その……クッk……な、何か粉末状のアイテムを呼び寄せて……ですね。何とかしました」


 しどろもどろになりながら、答えをうやむやにする教員A。


 「教員の方々は何が起きたかお分かりでないと?」


 明言しようとしない教員を非難するような口調で問いただす会長さん。


 「いや、その……事実をそのまま述べてしまうと誤解を招く恐れがありまして……」


 及び腰になりながらも教員としての面子を保とうと必死に強弁する教員。たまたま、体術で決着がついた―ように見えた―ため、解説を求められた体術担当の教員Aは憐れにも汗を滝のように流しながら、その他教員に助けを求めるように視線を一人一人に向けていく。が、誰一人として視線を合わせない。


 ある教員は不自然なほど首を左右に曲げ隣の者と会話をし、ある者は下を向き考え込む風をみせ、また別の者は空を見上げて何かをにらみつけている素振りをしている。彼らは恐れていた。全員同じ心境だった。


 『アイツの巻き添えにはなりたくない』


 何も教員達が体術担当にだけ辛くあたっているわけではない。村八分をしているわけでも、のけ者にするつもりもない。心持は応援している。それはもう心から


 『頑張れ!俺に仕事回すんじゃねぇぜ』

 『さっさと終わらせて、私に話を振らないでね!』


 と、後ろ盾をして後押ししている。後ろ盾で逃げ場をなくし、後押しされて逃げ場を狭められるほどだった。孤立無援、不可避の状況下にあった教員Aは悟った。


 (俺が人柱になるんだ……ね(涙))


 覚悟した教員Aは縷々(るる)と事の顛末を語る。途中しどろもどろになり、それらしいことを言い足して、なんとか教員の面子を保ちながら、10分少々まで引き伸ばした解説を彼はやりきった。内容を要約すれば、「口がパサパサしているところにクッキーを押し込まれたので、息ができずに卒倒しました」をよくぞここまで「それらしい解説」にしたと賞賛に値する。

 生徒側も(それなりに)納得した様子を見せている。ただ生徒同士でヒソヒソと会話をしているが、きっと教員Aの解説のことではないはずだ。うん。会場に(あまり)波紋を残さないのは教員Aの人徳のなせる技なのだろう。


 ざわつく会場を眺めて人間―と、そのほか多種族―観察をしながら、完全に外野の気分で過ごしていると


 「それではこれで閉会とさせていただきます」


 という会長さんの言葉で閉会宣言されていた。


 「後は各自解散となります。円滑な退出のために立ち止まらないようお願いします」


 ……。なんだろうか。この釈然としない感覚は。……。……。……いいか。そんな事より火狐(かあこ)だ。転移(テレポート)でこの場から去ることにする。目的地は学生寮だ。教員Aが近づいてくるのが見えるが気にしない。「お勤めご苦労様です。立派な教員ぶりでしたよ」と心の中で彼を称えているが、口にはしない。言葉にしたら絡まれて時間掛かりそうだもの みつ○


 座標指定して、転移ゲート開いて、必要量魔力注ぎ込んで転移(テレポート)


 「……できない」

 「させない」


 魔道士さんに捕まった。詠唱割り込み―ディスペルではない、詠唱妨害行為―とか酷い。無駄に高度でやけにタイミングがシビアなのに、しれーっと成功させてくる。詠唱割り込みにより転移効果を取り消される。少し遅れて淡い水色に発光をゆっくりと繰り返して、蛍のように身の回りを舞っていた多数の光の弾が消滅する。


 「なぜ邪魔をする」

 「転移(テレポート)は上級」

 「……すまん。完全に失念していた」


 一言で訳を知る。制限つけてインコ狩った行為が無に帰すところだった。素直に謝罪の言葉を告げる。今日は事なきを得たが、翌日以降でぼろを出さないわけがない。禁止事項に触れて即退学もありうる。俺はこの学園に向いていないようだ。バーさんには悪いが早々に元の学校へ戻らせていただこう。いや、戻らされるの間違いか。初日の出来事はここに馴染める気が無くなるものばかりだ。

 

 「問題ない。翌日以降も注意」

 「ああ、そうする。今日は助かった」

 「礼には及ばない」


 魔道士さんはそういい残して教員用の観客席―テントが張ってある本部のような場所―に戻っていった。ここに留まっていても仕方がない。大人しく歩いて学生寮まで戻ろうと出口に足を向けた。後方から何かの声が聞こえるが、明確な意志の下で聞こえない振りをして歩き続ける。


 「ま、待ってくれカイト君」

 

 聞こえない。教員Aの声なんて聞こえない。


 「カイト君!」


 聞こえない。私は何も聞こえない。と、彼を無視することに良心が痛んではいる。証拠に頭の中では教員Aに向けての弁解をしている『明日ちゃんと教育的指導受けますんで、今日は帰らさせてください。火狐(かあこ)の相手をしなきゃいけないんで許してください。あなたの相手をしていたら時間が足りなくなってしまうんです。それほどに火狐(かあこ)を放置することが世界に悪影響を与えるのだと(略)』※意訳:時間が勿体無いのであんたの相手はしてられん。……そのままダッシュで逃亡を図る。



 日島海人 は 教員A から 逃亡 をはかった!


 教員A は 先回り をこころみた!

 しかし失敗してしまった!


 日島海人 は 教員A から 逃亡 を成功させた!


 日島海人 は 教員A からの 信用 を 14 失った。

                怒り を 28 かった。

疑惑 を 21 手に入れた。


 獲得アイテム:指導室行きのチケット

 

 翌朝、教員たちによる朝礼の議題になることが確定した!


 

 脳内でこんなRPGなテキストが思い浮かんだが、現実はもう少し優しいことを祈る。


 逃亡を成功させた後、ダッシュ力―人ごみを掻き分けて進む技術力の差―で教員Aを巻いて学生寮まで戻ることができた。逃亡の代償で失ったものと得たものはプライスレス。得たものも当然マイナス要素。本気で泣きたい。


 泣きたい涙をこらえながら学生寮内の案内に従い、編入時に指定された部屋―送られてきた書類には204号室と書いてあった―に向かうことにする。学生寮が非常に単純な構造かつ、階段が一箇所しかないこともあり道に迷うこともなく自室―8畳半ほどの個室。ベッド・勉強机・タンス完備―のドアの前に辿りつく。


 ドア横にある認証用プレートに手のひらをかざし、鍵を解除。ドアノブをひねり、ドアを開ける。開いた先に見えた部屋が想像よりも快適だと喜んだのも束の間、何もしていないにもかかわらず、目の前に魔法陣が空中に描かれ、望んでいないにもかかわらず展開。そして出てきたのは


 「主殿♪わたくし……辛抱できずこちらまで参らせていただきました♪」

 「帰れ」


 火狐(かあこ)だった。火狐(かあこ)を強制帰還させようとするも、この魔法陣の効果が「召喚者の元までの道をつなぐ」ものであったために無駄に終わる。目の前に展開された魔法陣の性質を一言にすれば、直通の転移装置(テレポーター)か。俺の居る場所に直接たどり着くよう設定されている。召喚魔法で呼び出された・呼び出したわけではないため、強制帰還させることは不可能。火狐(かあこ)が自力で俺のところにやってきた。それだけの話である。だが、


 「どうやって、場所を特定した?」

 「それはもちろん愛にございまする」

 「正直に言え、そしたらたっぷり可愛がってやる(使い魔の躾的な意味で)」

 「か、可愛がる?(性的な意味で)…本当でございますか?」

 

 絶対ナニの方を想像してるだろうこのエロ狐。訂正するのも骨折りだ。ドアを閉め、防音、密閉、隔離の3点セットを発動。室外からの干渉を遮断する。誤解はそのままに説明を促す。


 「もちろんだ。しないと大問題だからな」

 「喜んで説明いたします」

 

 火狐(かあこ)の語るところによると、使い魔になった瞬間から召喚者(俺)へ直通の魔法陣―と思われるもの―が常時見えるようになったとのこと。召喚時以外は薄暗く意識しないと見えなくなる程度だが、召喚時はもっとはっきりと輝き転移できるようになると推測。逆に召喚者(俺)を呼び寄せてやろうといじっていたら、小刻みに変わる術構成式を発見。その部分のみが常時変動し続けていることから、俺の位置情報だろうと、試しにコピーして転移魔法の転移先に組み込んでみた。飛んでみた。飛べた!やった!


 ということらしい。


 「無茶はするな。これは流石に見逃せないな」

 「どうしても主殿に会いたくてたまらなかったのでございます…ぅぅ」


 呆れと恐れと憤りとが混じった口調で火狐(かあこ)をたしなめる。説教するのにも理由がある。火狐(かあこ)が行った転移は危険を伴うものだったことが大きな要因だ。今回の場合は下手をしなくても九割九分九厘は死ぬか、消えるかしていた可能性が高い。

 

以下説明↓

 『 なぜならば、転移で飛ぶ際は転移先の位置情報が何よりも重要になってくる。仮に目の前1m先に飛ぶにしても、転移先を無指定の状態で座標指定のみで飛ぶようなことはしない。必ず何かを転移先にしている。その何かを転移先に設定するためには指定対象物の形状やサイズ保有魔力、特定座標指定システムが組み込まれているなど条件をクリアせねばならず、おいそれと飛びたい場所へ飛べるわけではない。(例えば、学園内の各施設入口にあるポータルスフィアなどがそれにあたる)

 もし座標指定のみで的確に目的地へ到達するためには、ありとあらゆる物理法則を加味した上で、刻一刻と変化する情報を先読みして指定しなければならない。その他にも様々な制限―人間の脳では処理できない程の膨大な数―がかかった状態で転移を成功させなければならないためだ 』

※説明終わり 


 簡潔にすると「本来不可能な転移が今回は万に一つの成功」をしたが、本来ならば「跡形もなく消滅」もしくは「死亡」していたため二度と行わないように叱りつけたというだけの話だ。先ほどの転移の危険性を滔々と説いた―ついでに『正座の状態』でここ数年やらかしたことなどもついでに言及しておいた―ことで火狐(かあこ)も納得した様子だった。

 だが、少しばかし薬が効きすぎたようで説教が終わった後

 

 「申し訳ございません」


 と述べたのみでそれ以降は一言も喋らずに部屋の隅でおとなしくしている。

 ふさふさ尻尾はシュンと垂れて、耳もペタンと伏せてしまう。目に涙を湛えてうつむき加減になった瞬間、頬に一筋の涙が流れる。右手で左手を覆うようにして、胸の前に重ね合わせて握りしめている。その手は小刻みに震え続けて止まることを知らない。

 叱責はしたが、批難・否定がしたいわけではない。ここまで想い行動してくれたことがいじらしくもある。それを伝えるためにも何かを言わねばならない。


 「火狐(かあこ)

 「はい」


 火狐(かあこ)は消えていりそうなほど沈鬱とした声で返事をする。


 「お前に真名をつけたいのだが、何かあるか?」

 「主様(ぬしさま)が望まれるままにお付け下さいませ」

 「いや、希望を聞きたいのだが」

 「私は主様の使い魔に過ぎませぬ。私に意思など不要。先ほど叱責にて目が覚めました。それまでのご無礼をお許し下さい。以後は私をただの物と思い、扱ってくださいませ」


 神妙な面持ちでこちらを見つめる火狐。惚けずに機知に富み才幹が溢れ出すような、実に望ましい立ち振る舞いだが精神面で無理している様子が伺える。元よりこの程度ならば演じる器量があるのは承知しているが、「演技」では困る。人に仕えるのは目に見えることだけではないのだが。その点も含め諭さねばなるまい。


 「ふむ、ならば仕方ない。こちらで決めさせてもらう」

 「仰せの通りに」 

 

 右手を顎にあて、ふさわしい名前を捻り出す。が、そう簡単に出るわけでもなく、分かりやすさを重視することにした。


 「そうだな。真名を『緋桜ヒザクラ』にしたい。これでいいか?」

 「もちろんでございます」

 

 火狐が感情もなく淡々とした物言いで承諾する。


 「主命により我が使い魔に真名を授ける。汝の魂に真名を刻む。『緋桜』。我らの契りがたがうその時までこの名が汝をあらわさん」

 「真名を授かり、まこと光栄にございます」


 そう告げる火狐の胸元で小さな赤い閃光が走るのを確認し、火狐改め、緋桜となる。火狐にそのことを告げるために名を呼ぶことにした。最大限の慈愛と親愛を込めて、囁くように、存在をしっかりと確かめるように包み込む声で、できる限り甘くなるように―恋人が睦事の最中にいいそうな口調で―声に出してして呼ぶ。


 「緋桜」

 「…!?はっ、はい。主殿。いや、ち、違いまする。ぬ、主様。何か御用でございますか?」


 面白いほど動揺し、喜び悶え、顔を赤くしながら、元の口調になったのを必死で取り繕って返事をする火狐。お前は本当にこういう耐性無いな、と微笑ましくもあり、ちょろすぎやしないかと心配にもなった。トータルではこの愛いやつめとなる。これだから殺されかけても文句いうだけで済むわけだ。

 火狐の愛らしさにあてられて、こっちも悶える前に伝えるべきことを語る。


 「口調は前のままでいい。俺の好みに合わせないで元のお前であればいい。ありのままの緋桜を認め、使い魔としての契約をしたはずだ。堅苦しいのは抜きにしよう緋桜。そうだな。緋桜だと仰々しすぎるか。親愛を込めて『サクラ』と呼ぶがいいか?」 


 親愛を込めての親の部分は聞き取りづらいようにした。深い理由はない。


 「は、はい!もちろんでございます。私はサクラとして主殿にすべてを捧げるつもりでございます」


 サクラのしっぽが左右に勢いよく振れている。プロペラの様にぐるんぐるんと一周する勢いだ。狐耳もピーンと伸ばしぴょこぴょこ飛び跳ねるような動きをしている。当然、満面の笑みで若干ニヤケが入っているようにも見えた。が、体はウズウズするだけで留めている。


 「そうか、よろしく頼む。サクラ」

 「お任せくださいませ。主殿!」


 と、いうと同時に、喜びを我慢し切れなかったのか。こちらに抱き付いてくる。が、


 「ムギュウ…」


 両手で頬を押しつぶすようにして顔面をキャッチ。相手の動きを先んじた甲斐もあって、サクラが正座から伸びあがった後、前のめりにバランスを崩す形になる。倒れぬよう顔面ホールドしつつ、その状態でサクラの目線にしっかりと合わせる。眼力でサクラに語りかける。


 (この後は夜通しで特別授業(常識力チェック)だ。使い魔としての自覚を持ってもらわないとな)

 (そ、そんな。もうだなんて、早過ぎではありませんか?でも、主殿が望むのならば(以下略 )


 サクラに思いが伝わっていないのは、肩を抱くようにして身悶えする様子でなんとなく察した。だからこそ、声に出した。


 「今夜は夜通しで特別授業だ。しっかりと叩き込んでやるから覚悟しておけよ?」

 「とく……べつ…授業。(顔を赤くしながら)や、優しくお願い致しまするぅ…」


 この時に改めて、言葉でコミュニケーションするのは難儀なことだと痛感した。常識を学ぶのはそれ以上容易ではなく、常識を実践するのは輪をかけて難易度が上がることを2人して理解するのはこのやり取りの直後のことである。

そんな後の一コマ


『常識・マナー入門(初級編)』

「問:街中でひったくり(スリ・盗人)を見た。その後、とる正しい行動を述べよ」


「そのような不届き者はその場で滅却。にございまする」

「いや、殺したら駄目だな。確実に自由を奪った上で拘束。この時、自害できないようにする。これだな」


答え「犯人の人相や特徴、逃走先などを記録しておき、すぐにギルドや自警団・警邏隊などに連絡を入れること(間違っても、犯人の拘束や不用意な救援を求めないこと。事件に巻き込まれる可能性が高く、腕に自信があったとしてもお勧めできません)」


「「えっ…?」」

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