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第4話「インコ乱獲注意報」

 ・ケース1「拳で再戦した場合」


 「ははっ、どうしたんだい?怖気づいたのかい?この僕の…(冷静に落ち着いて腹を立てずにやり過ぎないように、程よく)…その勇気だけは褒めてあげてもいいよ。ただその勇気も僕の前には、君がどうしようもない愚か者であることがより一層強く感じられるだけ…(間違っても貫通しないようにしながら、アレを行動不能にして絵面が悲惨にならないように注意して)…やっぱり君は屑だったようだね。これだけ僕が君に攻撃するチャンスを与えてあげているというのに、ただの一度も攻撃を仕掛けることができないだなんて。ひとえに僕が優秀すぎることが…(…注意して弱く。弱くするように気をつけて)…なんといっても、この僕の気品が相手を萎縮させてしまう。罪なものだ。女性は魅了して男は怯えさせ戦闘意欲を失って…(気を…つけて)…ああ、済まないね。君が怯えて戦うことが出来なくなっているというのに止めをさすこともせず(気…をつけ…て弱…)…それじゃあ、可哀想だけど僕がその心にとどめをさしてあげるよ。その場の勢いだとは言え僕にたてついたことに…(弱…く)…」


 「できるかぁあああああああああ!!」


 攻撃を仕掛けてくるのを待って手の内を知ろうとしたが駄目。我慢できずに渾身の右ストレートをインコの顔面に打ち込む。インコの鼻を砕く感触がする。ただの顔面パンチだったため、即死はさせていない。鼻を中心に綺麗な拳の痕をインコにつけてきただけだ。


 「ッッッッ!!!!!!?!?」


 何が起きたか理解できずに2~3m宙を舞ってから地面へと尻餅をつくインコ。顔面を殴ったのにふき飛ぶなんて思わなかった。常時展開の特殊技能(パッシブスキル)が発動してこういう結果になったのだろう。詳しくはインコのことなので興味が無い。この展開はさきほど穴あきにしたのに比べれば、まずまずではないだろうか。


 観客側はただ驚愕するばかりで先ほどの名状しがたい混乱は起きていない。代わりにその分をインコが全て受け持ったといえばいい。それほどまでに見苦しい様をインコが見せ付けてくれている。獣のように吼え狂い。絶叫しながら泣き喚き。鼻―があった場所―を両手で押さえて、痙攣するように体をビクつかせている。人間の声らしいものは何一つ出ていない。呻き喚き叫び。それだけである。うっさいので紅蓮の炎(ファイラ)で焼失させてみた。インコに焼かれた痛みを感じる暇も与えず消し去った。


 「よし」

 「よくない。やり直し」


 魔道士さんの言霊が送られてくる。視覚的に問題になるような要素は何一つなかったはずだ。顔面から流れたのは喧嘩でも見かけるほどの少量の出血である。それに後処理も一瞬でクリーンなものだ。塵も残らぬ完全な焼失。われながらいい火力だったと自負している。それがよくないとは何事か。魔道士さんに文句を言う。


 「なぜだ」

 「殺したら駄目」

 「どうしてだ」

 「ルールで言っていた」

 「……そうか」


 ルールを聞いていなかったが、殺したら駄目なのか。納得の理由に大人しくやり直してもらうことにする。次は殺さないように心に留めておく。反省する間に魔道士さんがテクテクと歩き機械へ到着。ポチポチとやり直しの準備をしている。

 

 今回は誰も逃げたりせずに大人しく観客席で座っているおかげでスムーズだ。視覚的なもの(内容物がフィールドに撒き散らされているかの違い・残骸の有無)の観客への影響力を知る。次も綺麗なものにするか。あっという間にやり直す準備が出来たようだ。最後の操作をする前に魔道士さんが言霊を送りつけてくる。


 「腹が立つのなら耳栓をおすすめする」

 「……了解した」


 魔道士さんの指摘を受けて次は腹を立てないようにしようと誓う。


 ~~~(中略)~~~


 ・ケース20「召還魔法の場合」


 心地よく集中している。全神経を魔方陣を描くことに向けているため、よけいな囀りが聞こえない。精神集中による耳栓効果もあり、落ち着いた心でやり直しができている。この手法はいいかもしれない。今回失敗しても別の召還を試せばいいだけだ。気分良く指で空中に魔方陣を描ききる。描ききった魔法陣に手のひらをかざし魔力を籠める。召還に必要な魔力が送り込まれ、魔方陣が淡いピンクの発光を放つ。

 

 呼び出すのは「火狐(かあこ)」名前の通り火属性の魔物だ。得意技は火属性の魔法。苦手なのは肉体的な近接戦闘だ。だからこそ、インコと肉弾戦をしてもらえば丁度になるのではなかろうか。魔方陣の発光が徐々に強くなってゆき、高まりきった光が視界を覆いつくす。すると魔法陣は消え去り、魔法陣があったその場所に人が立っていた。


 「誰じゃ。わらわを呼ぶのは」


 ……偉そうになったものだな。数年前呼んだときには仙狐になったばかりだった。俺が召還したのが初仕事だったようで、右も左も分からずに大失態―召還者を取り巻く状況を悪化させて逃げるように去っていく―をやらかした。使い魔としての第一印象がマイナス最低値―青天井の底なし沼―を振り切るという強烈なヘマをした駄狐だった……くせに今ではこの態度である。

 

 「随分と偉くなったなものだな。駄狐」


 自然と言葉遣いと声色がドスのきいたものになる。やむを得まい。一歩間違えば、一生植物状態・完全焼失のニアミスをしてくれたのだ。この駄狐―能力は高いが性格が抜けているアホの()―は。呼び出すのが久しぶりなのもリスクとリターンが釣りあわないからだ。『単純な戦闘力』なら、手軽に呼び出せる使い魔の中で1・2を争うが『総合的な評価』は最低だ。まだ、召還士と専属契約を結んでいないと思ったのも、その前科をかんがみた結果である。


 「……(あるじ)殿!?」

 「誰が主だ。誰が駄狐の主だって?」


 一般に召還士が使い魔と専属契約―召還士へ召還されたものが使い魔として一生使役される誓い―を結んだ場合、使い魔に『主』として呼ばれることが多い。他には『だんな』や『ご主人様』などと呼ばせることも多いことで有名だ。そこは契約者と使い魔で自由にやっている。そもそも専属契約など適当なもので、『被召還者が召還者に一生の隷属を誓えば』後のことは自由に契約内容に組み込んでいい。


 ちなみに魔方陣で何かを召還という行為は、人の家を訪ねてピンポンを鳴らすようなものである。

 突然ですが、緊急レッスンです。(レッスンが不要な方は飛ばしてね!)


 ・レッスン1「魔法陣とは?」

 田中さん(仮)を呼ぶ場合は、田中さんを表す魔法陣を描く必要がある。感覚的には地図記号のようなもので、形に法則性はあまりない。魔法陣を描く材料は水・墨・血なんでもいい。落ち葉を並べて魔法陣にすることも可能だ。世間で知られているような、地面を掘りながら掘った痕に魔力を籠めて描くのはただの体力と魔力の無駄であるためやめるべきだ。先ほどのように指で薄く魔力の痕跡を残せば楽でいい。

 

 ・レッスン2「呼び出す前の注意事項」

 次は田中さんを呼ぶ段階だ。呼び出すには制約がいくつかある。田中さん家のドアにあたるのが魔方陣であるが、ただ魔法陣を描くだけでは田中さんを呼び出せない。田中さんを呼ぶには田中さん家を知らなければいない。微妙な説明になるが、体感としてはそれに近い。ドアを知っていても、そのドアがどこの国のどこにあるの町のどの通りの家の何階にあるかを知らなければいけない。どうやって知るのかはひたすらに慣れである。一度分かれば後は同じ住所を尋ねればよいだけである。


 呼び出す前に注意することがある。消費魔力の問題だ。田中さんに直接家を教えてもらっていればペナルティなく呼び出せる。具体的には1度召還した後や、相手と面識がある場合がそれにあたる。だが、大抵は田中さん家を知っているが、直接教えてもらっていない場合が多い。魔導書に描かれたものをそのまま写して魔法陣描いたときがそれにあたる。このときは田中さんの約4~5倍の魔力を持っていないと呼び出すことができない。1度呼べれば次からは魔法陣を写し描きしてもペナルティが掛からなくなる。


 ・レッスン3「呼び出してみよう!」

 田中さんが持つ魔力と同じ量を魔方陣に籠めると、田中さん家のドアが開くようになる。ペナルティが掛かっている場合はその4~5倍だ。頑張って魔力を送り込め。必要な魔力を送り込めまれると魔法陣が淡く発光するためそれ以降は送り込まなくていい。魔方陣に魔力が籠められた時点で(正しい魔法陣が描かれ、住所をはっきりと認識していれば)田中さんにはピンポンが聞こえている。後は開くようになっているドアを開けるかどうかは田中さん次第。開けたら召還者のところに田中さん登場というものである。


 ・補足

 そのため、肉体派の方は比較的簡単に呼びやすい。ただ呼んでも言うことを聞かない。でてくるのも自由だが、帰るのも自由。それ以外は『被召還者は召還者に「意図的には」危害を加えられない』『召還者は強制的に被召還者を帰還させられる』という拘束力しかないのが、この魔方陣で何かを召還する行為なのである。


 なぜこんな話をするかといえば、人間が人間を魔方陣で呼び出して、(手段は構わず)脅して隷属を誓わさせれば、一生涯自由に出来る使い魔の完成だからだ。魔方陣で相手を呼び出すだけの力がありさえすれば、(加えて事前に召還に応じるようおく点を除けば)いつでも行えるお手軽ブラック魔法である。そんな事情から、この世界で生まれた子供にまず教育することは『魔法陣に触れちゃいけません』である。


 人間同士でなくても起こりうる事態のはずだが、なぜか人間同士もしくは人間と多種族の間でしか起きていない。原因は多々あるが、ひとつあげるなら下の話が多い部分でもある。人間の肉欲にはげんなりする。特に人間のオスの性欲の強さには辟易する。…マァ、男だからその欲求もワカランでもないがな。


 脱線した上、今の状況には関係なかった。確かにこの世界で一番大きな社会問題(?)ではあるが、今この場では何の関連性も無かった。


 そもそもこの駄狐と専属契約を結んだ記憶はない。こんな駄狐を使い魔にしたら、いつ不慮の事故で死んでもおかしくない。こいつは無自覚に召還者を殺すスペシャリストだ。きっとこの場で再び会うまでにも、様々な召還士がこの駄狐の味方殺しの攻撃に巻き込まれて犠牲となったことだろう。狐に代わって謝罪とお悔やみを申し上げます。なーむー。


 「あんっ♪つれない主殿にございまする。わたくしは主殿に呼ばれるのを今か今かと、待ち続けておりましたのに」

 「いきなり元に戻ったな。最初の態度はなんだったんだ」

 「それは……主殿に呼ばれるまでにも他の殿方に召還されることがございました」

 「当然だな」

 「しかしながら、わたくしを見る目がいやらしく下卑たもので……。戦闘が終われば濁った目で契約を結べと迫るのでございます。それゆえわたくしはあのような言葉遣いをするようにいたしました」

 「自業自得だ」


 駄狐の服装は着物を肩がはだけて見えるほどに着崩したものだ。着物の色は燃える赤。深みあるえんじ色。華やかさの際立つ薄紅色。赤系統の色で統一されたもので、はだけて見える色白の体が透けるように白く輝き艶めかしい。

 

 豊満な肉体を隠すこともせず、あわや零れ落ちそうになる並び立つ肉丘がこれ見よがし見せ付けるように主張している。2つの山の間に出来る谷は深く、隙間に落ちたものなら這い上がれぬほどだ。長くさらさらとした黒髪が風でなびけば、白いうなじがしっとりとした風情で見え隠れする。くっきりと浮かび上がる鎖骨は、実る体が決して余分なものをつけずにいることを示すようだ。


 狐であるゆえ頭に生えている獣耳。腰の下、尾てい骨からは当然。ふさふさとした毛並みの尻尾が獣らしさをアピールする。尻尾が着物の外へと見えるためには着物退かさねばならず、そのためすらりとした脚線美が余すことなく目に映る。

 

 そして何より切れ長でスッとした双瞳が妖しく潤み、こちらの瞳をみて離さない。その瞳が語りかける内容は溢れる情感で埋め尽くされている。しかしながら、不思議なことにを下卑た印象を与えず、気品に溢れ高潔さを保っている。

 ここまでいってあれだが。


 「お前は無駄にエロイのを直せ。そうすれば面倒事は減るだろう」

 「いつもはこうではありませぬ」

 「普通にしても駄目なら痩せろ。もしくは太れ」

 「ああっ♪殺生な。お慈悲の無いお言葉でするが、そんな主殿も素敵にございます」

 「この変態狐(メンヘラ)が……」


 メンヘラ狐は俺の手に余る。以前はここまで酷くなかったはずだ。数年の間にここまで残念なヤツ(ておくれ)になっているとはな。時の流れとはこうも残酷なものか。精神面さえ見た目に追いつけば間違いなく使い魔にしていただろう。惜しいな。天は二物を与えなかったか。神も残酷なものだ。


 「さて、お話は済んだかな。こんな美しい方がが会話しているんだ。邪魔するのも失礼だろう?でも、それもおしまいだ。聞いていればこんな偽物にご執着のようだね。こんな愚物なんかに…」


 「黙れ下郎」


 先ほどまでの惚けた表情はどこへやら、強者特有の静かながら濃密な威圧感を身にまとい、切れ長な目が放つ視線はインコを射殺さんとする。語られた言葉は二言を許さぬ断言的な命令。黙せねば命は無いと思わせる圧倒的な態度。桁違いの実力をそのまま飾り無く見せ付ける。相手を悦ばせる整った容姿が丸々相手を恐怖に凍りつかせる物へと反転する。


 (こうしていればいいやつなんだがな)


 目の前で俳優顔負けの変わり身を見せたメンヘラ狐に、多少の失望と物惜しさを感じる。常時この状態でいてくれたのなら、俺にとってどれだけ魅力的なのかを理解していないのか。顧客のニーズに対応するのがプロだろう。力説したところでメンヘラ狐にはできないのが目に見えているため伝えない。


 「ああ、かわいそうにこんなものに心を奪われるだなんて。大丈夫だ。僕が目を覚まさせてあげよう。物語の王子様のように素敵な…」


 「囀るな。即刻この場を去れ」


 生き物のごとく燃ゆる炎が火狐たるゆえんか。怒りの感情が膨らんでゆくにつれ、比例して火狐が纏う炎が膨張してゆく。体に纏う炎が一定まで膨らみきると、塊から離れて何本かのヘビのように動きだすものがでる。幾本ものヘビが火狐の周りで舞いを舞う。ヘビ達が火狐を中心に渦を巻き、赤々と燃える体を波を打たせ、炎嵐を巻き起こす。炎嵐の中をヘビはどんどんと数を増やしてゆく。


 (俺も熱いんだけどな。これ)


 味方殺しの原因はこいつである。敵を狙った攻撃が綺麗そっくりそのまま召還者へ攻撃してるのだからたちが悪い。他の奴らは召還者を巻き込まないよう努力するが、この炎舞は召還者が完全に射程内にいるのに発動する。こっちが対応しなければ攻撃対象と一緒に焼かれてお陀仏である。炎舞の特徴としては火狐を中心に円状に攻撃範囲が指定されている。円形と入っても爆弾を投下したような広範囲の技。なので、大概巻き込まれる。

 まだ、完全には発動していないためさほど熱くはないが、じきに本番が来る。


 「僕が悪魔から君を救ってみせるよ。こんなゴミクズなんか僕の手にかか…」


 「主を愚弄したこと許しがたし。焔滅するがよい。愚か者」


 いそいそと炎の嵐を耐えるために持っている耐熱スキルを全発動。これでも熱くなるのだから、威力はおのずと知れる。耐熱準備を済ませた上で察する。またこれ失敗だなと。俺も1回目はインコの囀りで腹を立てやり過ぎた。火狐のことを強く批判できないため苦笑いしながら眺めている。インコの様子は推しはかれる。始めのうちは耐熱(デファイ)を使うなり、魔盾(マバリア)であがいていたものの、


 (本番が来たら終わりだな)


 である。炎嵐が過ぎ去った後には様々な赤色の桜吹雪が舞う。一面を赤色で染め上げ、桜の花びらの形を借りて織り成す色彩と濃淡のコントラストが幻想的に流れる。この景色は見る者を魅了する。オーロラよりも花火よりも一面の銀世界よりも美しい。炎による躍動感溢れる力強い美が繰り広げられる。


 見た目こそ綺麗なものだが、火力は完全耐熱モードの俺でも桜の花びらに触れれば、アッツアツのおでんに触れたくらいの熱さを感じる。花びらに触れる回数を少しでも減らそうと必死で回避しながら、時々花びらに当たって体を仰け反らせ、連鎖的に当たってしまいキリキリ舞いをする姿は、爆竹が足元で爆発している人の図である。それを遠くから見れば美しい景色も相まって、酷く情けなく映ってみえるだろう。だから、嫌いなのだ。


 火狐は執拗にインコへ追い討ちをかけている。既に人型の炭が出来上がっているのだが、攻撃の手をやめない。こういった場合、お決まりの止め方がある。


 「もういい。火狐(かあこ)


 そういいながら、後ろから優しく抱きしめてやることだ。……やってて恥ずかしい上、火狐が纏う炎に焼かれてものすごく熱い。その代わりに効果はてきめんで火狐はビクッと体を震わせた後、力を抜き炎舞を解除。ひらひらと桜の花びらが舞い落ちる中で、火狐は体をこちらに預けてくる。男としても俺の代わりに本気で怒っている火狐を姿を見て満更じゃない。それにビクつきながら潤んだ瞳でこちらの様子を伺う火狐が不覚にも可愛い。だから、火狐を呼びたくないんだ。


 「主殿……」


 火狐は体を俺の正面に向きなおし、じっと見つめてくる。抱きとめた状態のままで向きなおしたため顔が近い。火狐は目を細めてゆき、ゆっくりと目をとじる。そのまま動かずにこちらが動くのを待っているようだ。心なしかあごを上に向けている。俺はそれを軽く見下ろす形になる。ぷっくらと膨らんだ薄紅色の唇が火狐の心を代弁する。切なそうに求めてくるその……


 「また失敗。やり直し」


 無機質な声で失敗を通達する魔道士さん。若干呆れているようにも聞こえる。声色は変わっていないはずだが、今の状況だとこんな心の声も聞こえて来るようだ。


 魔道士(公衆の面前でいちゃつくな。目障り)


 ごもっともです。自覚症状はあります。でもそれ以上に火狐が回りを見えなくさせるんです。俺は悪くない。弁解にならぬ言い訳を心の中で繰り返す。魔道士さんの声が一気に現実へ目を覚まさせた。ありがとう魔道士さん。あなたのおかげで火狐と契約を結ばずに済んだ。妖狐はこれだから困る。理性を溶かして、本能を揺さぶる攻撃を無自覚で行ってくる。これで契約結ぶなというほうが常識外れってものだ。


 火狐のせいで妙に上がった心拍数を落ち着けるついでに、魔道士さんにインコをポアしてしまった言い分を聞いてもらう。


 「こっちの言い分も聞いてくれ」

 「何?」

 「火狐が手をくだしたのだから(インコをヤッチャッテも)セーフだろう?」

 「空狐を呼んだ時点で駄目。ソレは要警戒指定の魔物」

 「……!?」


 空狐:妖狐の中でも優れたごく一部のものだけがなれる位。仙狐が3000年ほど修行を積めば到達するかどうかのもの。金色九尾の狐が有名だが、その何十倍も偉いお方。妖狐の位付けは人によって異なるが、低く見積もっても上の中は堅い。そこに至るには数千年単位での修行が必須で、決して数年で到達できるようなものではないハズ。

 

 空狐は使役できる魔物ではかなり上位のものだ。基本的には召還に応じず、気に入ったものにだけ力を貸すような自分勝手な連中に属する。本来ならば特定の者と契約を結んでいるか、召還などされないほど強大な力をもつ実力者であるにもかかわらず、わざわざ『呼び出すのに必要な魔力を自主的に下げたり』『無理矢理別の召還に割り込んたりして』気まぐれで現れては力を見せ付けて帰る性悪な奴らの代表格の一柱である。

 これは本人の口から聞く必要がある。両手で肩をつかみ、切れ長の目をじっと見据えて話しかけた。


 「火狐(かあこ)。お前、前呼んだときが初仕事だったよな?」

 「はい!そうでございます」

 「そのときは仙狐だったよな?」

 「もちろんでございます」

 「今も仙狐だよな?」

 「いえ、今は空狐を名乗らせていただいております」


 ……。ここに来て頭の中に電流が走る。次の瞬間、ある答えがくっきりと浮かび上がった。


 (そっかぁ……火の女神って火狐(かあこ)のことだったんだぁ……)


 虚ろになるのを辛うじて押さえ込む。そのためには両手で頭を抱えるほかなかった。ここ2~3年の間で語られるようになった火の女神の大災厄。もとい、焼け野原事件簿。その原因であることは間違いない。なぜならこの題材は怪事件特集などでよく扱われ、そのなかで事件の内容を知る―という風に扱われている―人間はこう語るからだ。


 「力を望むものの前に忽然と現れる。力を欲する理由は問わずに、必要になれば呼ぶがよいと言い残して去る」

 「その姿は妖艶。あまりの美しさに男なら間違いなく魅了される」

 「ひとたび力を振るえば、人間では歯が立たない。相手に与えられるのは確実な死」

 「桜吹雪が舞うとき、その後には何も残らない。敵も味方も自然も人工物も全て焼かれ土に還る」

 「貪欲に力を振るう場面を渇望し続けその目的は不明。ただ一言。主殿に相応しくなるためと呟く」

 

 どうみても火狐(かあこ)です。どうもありがとうございました。頭が痛いし、胃が痛い。心も痛いし、今すぐこの場から去ってお家に帰りたい。頭を抱えていた両手が、今は泣きそうになっている顔を覆っている。

 

 事の顛末だけいってしまえば、火狐(かあこ)が召還されることで街1つが消滅は当たり前、日によっては3つも。国:国の大規模戦争も火狐(かあこ)一人で焼け野原、敵も味方も灰になる。火狐(かあこ)が一度微笑めば、国民全員―男限定―が忠実な僕になった。そんな逸話を大量に残している。多少の誇張は含まれているだろうが、似たようなことをやらかしている姿が目に浮かぶ。


 全ては最初あったときに火狐(かあこ)と契約を結ばなかったせいで、生まれたような犠牲者達である。その罪の重さに耐え切れずに出した結果は


 (火狐(かあこ)の面倒みよう)


 だった。アホの()は目を離しちゃいけない。そんな教訓を胸に秘め、顔を覆っていた両手の平を胸の前に合わせて、黙祷を見知らぬ犠牲者に捧げた。その犠牲者達の屍が火狐(かあこ)を仙狐から空狐まで導いた。どれだけの犠牲者がでたか計り知れない。そんな天災lvの生物だしたらだめだな。ここに来て魔道士さんのお言葉を嫌というほど理解した。

 その上でまずするべきことはひとつである。


 「火狐(かあこ)。今日からお前は俺の使い魔になれ」

 「!!」

 「それでだ。しっかり調教してやるから覚悟しとけ」

 「はいっ♪」


 嬉々とした表情で尻尾をぱたぱたと振ってはしゃいでいる。年端も行かない少女のようだ。喜びのあまり飛びついてきた火狐(かあこ)の顔面を右手でキャッチする。右手で顔面をがっちりとロックして、ギリギリと万力のように締め上げて握りつぶす。その間に契約を手短に済ませる。契約を結ぶ呪文をパッパッと唱えると、残念な顔になっている火狐(かあこ)の手の甲に赤い桜の花びらが刻まれた。顔面ロックから逃げ出そうとじたばたとしていた火狐を開放する。

 ひとまずはこれでいい。早速試してみよう。


 「火狐(かあこ)

 「はい!」

 「帰れ」

 「あっ……」

 

 っというまに消えてゆく。火狐のことは後で外にでた時に何とかしよう。忘れぬようしっかりと心に刻んだ。まさか火狐を出しことで、こんなに面倒なことになるとは想像もつかなかった。インコ<越えられない壁<火狐である。アホの狐に比べればインコなど話にならない。次はうまくやれる。


 「終わった?」

 「ああ、終わった。この経験のおかげで次は成功する予感がする」

 「火狐との契約。英断だった」

 「ここはVRフィールドだろ?現実に影響がないだろうしな」

 「使い魔との契約はそのまま現実に反映する」


 ……。ウソみたいなホントの話を聞かされて混乱する。追い討ちをかけるように魔道士さんが言葉を続ける。


 「スキルも魔法も覚えれば手元に残る。使い魔との契約が有効なのも当然」

 「……」

 「VRフィールドには次元に揺らぎがある。使い魔を呼ぶのは最高位の召還士でも、下位の魔物を呼ぶのがやっと」

 「つまりは最高にやらかしたわけか」

 「そう。だから空狐を呼んだ時点で駄目」


 観客席の皆様が固まっているのはそういうことだったか。VRフィールドで召還の訓練しないのもそういうことか。全然知らんわ。今日中に終わらせられる自信がなくなった。前の学校じゃ決められたことをこなせばよかった。いざ自由にやればこの体たらくである。もう程よい戦闘が分かりません。魔道士さんに視線―遠くて伝わらないかもしれないが―で助けを求める。


 「20回。全部オーバーキル。普通が分からない?」

 「ああ、そうだ」


 伝わって喜ぶとともに、心の中では半泣きの状態で答える。カリキュラムに仕込まれたとおりにやれば、中の上・上の下程度の結果しか出せてなかった。俺にすれば何故あんな面倒なことをするのか疑問でしかなかったが、その手順や発動法や用法を真似することは苦手だった。結果、普通の称号をものにしていたのだ。今はひたすら魔道士さんを頼るほかない。

 見かねた魔道士さんのお言葉をまとめると、


 ・初級でも詠唱破棄は禁止

 ・使える魔法は最大でも中級まで

 ・身体能力のみで押し切るのも厳禁

 ・一般学生が打てる魔法は中級5~6回分


 となる。そしてその中で何より驚くべきことは、


 ・一般学生ならばインコに勝てない

 ・教員でもインコに手間取る(負けるような人は居ないが)


 ことである。大丈夫か最高学府。駄目だ、もっといいのを頼む。いや、そんなことよりも。火狐(かあこ)をどうするべきか。縛りでインコを倒すのなら問題ない。さっさと終わらせてしまおう。もうインコは見飽きた。こんなことに手を煩わせている暇は無い。火狐(かあこ)はそれほどに早急に対応すべき難事だった。

 火狐(かあこ)で頭がいっぱいになっていると視界がゆがみ。元に戻る。数えて21度目。この台詞も聞きなれた。


 「ふん!僕に怖気づいたのかい?それは当然だね。なにせ僕は聖剣に選ばれた高貴なる勇者の血筋を引き継ぐ第2の勇者としてこの世界に生を受けているのだからね。あまりにも神々しくひれ伏したくなるのも分かるが、君が悪いんだよ。あろう事かこの学院の生徒の前、特にこの勇者である僕の前で勇者であるなどと馬鹿馬鹿しいことを口にして(ry」


 21回聞き続けた先に残った印象は、


 (火狐(かあこ)とどう付き合っていけばいいだろう)


 だった。もはやインコは記憶に残っていない。これから起こる出来事は盛大な作業でしかない。

ほぼ火狐(かあこ)さんのための回。話が進まない恐怖。

次回縛りプレーで頑張る。

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