第3話「聖剣(かたな)狩」
オブラートに包んでお送りいたします
この学院の訓練場はやけに金が掛かっている。この学院内でも2・3を争うほどにいろんなものが詰め込まれた場所だ。だが、1番は決まっている。授業や行事などで実施訓練を行うための仮想空間だ。
ここ17年の間で急速に進化・発展した。今では|高等教育機関《15歳以上が対象の学校》を名乗る場所ならば必ず1台は置かれている。逆を言えば、置かれているVR関連の機器の型が古かったり、置かれていない学校の教育の質は…お察しである。
だからこそ、VR機器には力を入れる学校も多く、こことそん色ないものを使っているところも―数少ないが―ある。だが、訓練場にも同様の設備を備えて、生徒個人がいつでも使えるようにしているのはここだけだ。他の学校がそこまで手が回らない理由は多々あるが、どこにも共通して原因の大半を占めるものがある。それは、
『Rエネルギー不足』
である。
Rエネルギーとは説明するのも面倒なほど―一般人でも出来ないわけではないが、起源から語ればアホみたいに長くなるもの―独自の言葉をふんだんに使って語られる素敵エネルギーのことである。人によってはアレルギーが出るほどに格式ばったえらい学問でもあり、時代の最先端を行く流行の学問でもある。
とはいったものの、その学問の実体をぶっちゃけてしまえば、
「17年前に唐突に現れたのでどんなものか全く分かってませんが、非常に利便性が高く、全てのものに親和性を持つ夢のようなエネルギーなので、誠心誠意研究中です^^」
という残念なものになっている。
…。17年かけてこれである。地方では17年前といえば勇者様が現れた年もでもあるため「勇者様が残した奇跡」などといわれたままになっている。そうではないことぐらいは既に判明しているが、地方と中央都市とで極端な格差が出来てしまい、生活様式であるとか教育や経済活動でもバラバラ。もはや、未来人と現代人と原始人―は言いすぎだが―とが一緒の世界で生活しているほど混沌とした状態である。それが17年という月日を得て磨きが掛かっていっているのだ。
面白いが現実にある笑えない冗談である。勇者様の伝説が廃れずに今でもある一定の評価を得ているのは、こういった土壌によって支えられているおかげである。そのせいでこのアホが増長する。
「ふん!僕に怖気づいたのかい?それは当然だね。なにせ僕は聖剣に選ばれた高貴なる勇者の血筋を引き継ぐ第2の勇者としてこの世界に生を受けているのだからね。あまりにも神々しくひれ伏したくなるのも分かるが、君が悪いんだよ。あろう事かこの学院の生徒の前、特にこの勇者である僕の前で勇者であるなどと馬鹿馬鹿しいことを口にして(ry」
うるせぇ、誰かこのおしゃべりインコの口を黙らせろ。訓練場入り口にある機械を動かしてコロッセオをイメージしたVRフィールドに空間設定。その後、脇にあるシャボン玉のまくのようなものを抜けると設定された空間が広がっていた。
その中央部分が1:1の訓練スペースになっている。仮想空間は広いが、入り口もそこまで広いわけでもなく、教員と生徒の移動に時間が掛かっている。そのため、移動が終わるまで待たなければならないのだが…。(ちなみにバーさんは見ないで帰るらしい。うまいこと逃げられた気がする)
フィールド内のリングに入ってからというものの、このアホインコがずっと喋りっぱなしである。狂ったようにピーチクパーチク…。勇者たるものの心構え第1章から始まり、自分がいかに勇者足りえるのかの説明をし、今は確か「勇者はなぜ尊いのか。いや望まなくとも尊くなってしまうのだ。それが勇者の素質だからだ」の第2章目だった気がする。
タイトルも長いわ、要所要所で人をけなしてくるわ、気がついたら話が脱線してるわ、章わけしてるはずなのに同じ内容が繰り返されるわ、いちいち「見たまえ、これが勇者の力だ」とかいって攻撃してくるわ、こいつアホだわ、馬鹿だわ、決闘のルールを守らないわ、おしゃべりインコ過ぎて癇に障るわ、キラキラするエフェクトが目障りだわ、その鎧がまぶしくて目が疲れるわ、アホの垂らした金色の前髪が風に靡いているのが見ていてイライラするわ、人を馬鹿にしたようなその表情がイライラするわ!見ていてイライラするわ!!全てにイライラするわ!!!
教員と生徒の移動が終わったらしく、開始の合図が聞こえた。
(イライラしてルールとか合図は聞こえなかったが、ようやく…このアホインコをぶん殴れる)
アホインコの動きなど見ていない。自分がしたいことをする。
「スキル『激昂』を発動します。右手を握り締めて拳を固くします。この右手を腹の立つその顔面に全力で…」
「なんだい?武器を持たないで僕と戦おうだなんて無計画にもほどが…」
激昂の補正がついているほかは、純粋な身体能力のみで移動スキルをつかわずアホインコまでの距離を一瞬でつめる。ああ、これなら右手が届く位置だ。大きく振りかぶった右拳を
「ぶちこむんだよ!!このアホインコがぁあああああ!!」
右拳で骨(鼻とか)を砕く感触を感じる。顔面を突き破ってやわらかい中のものに触れる感触もある。なかのものを押しつぶしたあとにもう一度、骨―後頭部―に触れる感触があって貫通した。腕にアホインコをぶら下げても仕方がない。腹の辺りを蹴り飛ばし、ぶら下がっているものを引き抜く。…すっきりしたわ。アホインコ(だったもの)の残骸を見て薄笑いを浮かべてようやく溜飲が下がった。
…
…やりすぎた。
その一言でしかものをいえない。VRフィールド内で起きたことは現実へは影響がない。たとえば、俺がアホインコの顔面に風穴開けて、インコ後方の観客席で気絶している女子生徒が見えるようにしてしまっても現実へは何の影響もない。それにルール上問題ないはず。聞いていないが。
しかし、それに伴うお花畑の映像が必須な絵面はどうしようもない。顔に穴を開けているインコ(故)。インコ(物)を蹴り飛ばし満足そうな笑みを浮かべる血まみれの俺。フィールド上にぶちまけられた中のもの。インコの風穴からとめどなく流れる血。凍りつく会場。ところどころ聞こえる嗚咽。嗚咽を聞いて触発されたかのように次々と上がる悲鳴。思考停止から現実に立ち戻ったせいで一般生徒の中に巻き起こる混乱。
肉体的に問題なくとも、それを見たために起きる精神的な恐怖や、インコなら死ぬ瞬間味わった肉体的な痛みは記憶に残る。ああ、だから暴力表現ON・OFFとか痛覚50%・30%・10%とか、詳細設定で血の表現の有無、死亡表現の緩和「テロップ・光への同化、昇天演出、etc」恐怖緩和、精神干渉、|記憶の初期化(見なかったことに)などがあったわけか。
なるほどなー。俺の設定は結果のとおり、リアル100%でお送りしたわけなんだが。転入原因のサバイバルもそういう設定だったからてっきりそれが基本だと思ったら違ったんだな。へへっ…今日1番のやらかしだぜ。笑うしかないわ。だって…いろいろと絶望的過ぎるぞこの状況。
狂乱状態に陥った生徒が外へ逃げ出すように退出し始める。一般生徒達は阿鼻叫喚の地獄絵図。人生で初の殺人現場を見てしまった生徒がこうなるのは正常だ。多分。多分がつくのはやけに冷静に俺を見定めてようとしている生徒がいるからだ。朝会で気づいていた奴らがそれだ。瞬きもせずに凝視してくる。だから、一般生徒の反応は正常だ。そうであってほしい。|こいつらみたいな視線《ガンにらみ・全力の死の視線》に晒され続けたらこっちが持たない。
教員の方々でも顔をしかめている人もいる。学者肌っぽい人が特にそうだ。実践派の人たちは目を見開いて戦闘結果に驚いているようだ。拳で殴れば人は死ぬ。スキルを使えば当然の結果に見えるんだが。…今日の激昂はいつもの2倍は効果高かったけどな。
さてどうするか。完全にお手上げの状態である。こんなときは、
「おい、バーさんどうしよう」
である。念通信を送って救援要請をする。
「なんじゃい、わしはもう帰るぞ。あの自称勇者ぐらい自分で何とかせい」
「何とかしたんだよ。何とかしすぎたんだよ」
「もっとはっきりと言うがよい」
「ヤっちゃった、やり過ぎた。今、血まみれで話してる」
「…」
バーさんが絶句した。決闘するという話は聞いていたはずだが、|これくらい《あまりのことに生徒が混乱。地獄絵図》は想定内のはずだろう。皇帝たるものいかなることでも泰然としているもののはずだ。そして偉そうにHIGEを撫でながら、えっらそうに命令しているものだ。あのバーさんがこんなことで絶句するはずがない。だから、なんとかしてくれ。
「わしを持ち上げても何もでないぞ」
「心を読んでくれてありがとう。で、そういうことだからなんとかしてくれ」
「それだけ大惨事なら、既に2人が対応しとるはずじゃ」
「2人?ああ、アサシンさんと魔道士さんか」
「そういうわけじゃから、わしは帰る。これでも多忙なんじゃよ」
「学院に顔出すHIMA人の癖によく言う。気をつけて帰れよー」
そういって、念通話を終える。バーさんは駄目だが、やはりアサシンさんと魔道士さんは優秀だ。こんな状況を落ち着かせられるなんて一流も一流、超一流の領域だ。お近づきになりたいが、やはり顔と名前が分からないのが痛いな。何とか知る手段はないものか。
などと考えていたら、バーさんがら念通話が来た。バーさん人の心を読みすぎだ。最高に難しいはずだぞ距離が離れての読心術。
「わしを駄目人間扱いするんじゃない。あの2人の上司に当たるのがわしじゃぞ」
「分かってるよ。バーさんは有能な人間に違いないが、俺にとっては役に立たないってだけだ」
「とんだ言い草じゃの」
「友達だからな。友達ついでにあの二人の名前と担当科目を教えてくれ」
「カイト…。まぁよい。わしも似たようなところがあるしの。あの2人の名前じゃが」
「おう、待ってました」
「分からん」
「…」
駄目だ、このHIGE。はやくなんとかしないと。部下の名前も覚えていないなんて、痴呆だわ。耄碌してる。やっぱり爺だったか。若作りしてるがやはり歳。孫が俺と同じくらいなのだから当然か。適当にあしらっ…
「待て待て、耄碌しとらんわ。それに名前を知らないのはわしがそうしたからじゃ」
「どういうことだ」
「なんでも真名は主と決めた人間にのみ告げるものだそうで、真名を告げた時点でその相手に一生の契約を結んでしまう…らしい」
「らしいって…本人も一生に1回のことでまだ結んでいないからわからんか」
「みたいじゃの」
それならば仕方あるまい。おおよそバーさんに仕えようと現れたが、バーさんが歳を考慮して真名を聞くのははばかられた。現在はバーさんの部下として一時的に仕えているといったところか。だが、疑問もある。少なくとも、今はあのは2人教員じゃないのか?正式な名前も名乗らず、素性が怪しげな人間がこの学院の教員になれるとは思えない。
「2人は正式には教員ではないしの。一言で言えばそうじゃの。特別臨時講師じゃな。超高待遇の」
「どうして、そんな待遇を受けられる?」
「わしの推薦じゃし、実力も他の教員と比べて頭ひとつ以上ぬけておるしの。…指導は下手じゃが」
「…。なんとなくはわかった」
そんな気はしていた。他の教員とは雰囲気が違う。実践者の匂いが強すぎた。それに加えて人生の裏道くさいものをまとっている。表舞台に出てこないタイプの人間だ。そんな人間が知り合いにいるわけではないから、想像でしかない。ただ、あの2人を見ていると一般人が想像する「裏道家業の人間の要素」がぴったりと当てはまっている。スパイらしいスパイなんていないように、裏の人間らしい人間はいないは思うがそれを感じさせてしまう。
「ああ、伝言じゃ。あの2人もカイトに興味があるそうじゃ。いずれこちらから接触する…らしいぞ」
「それはいい伝言を聞いた。こちらも楽しみにしていると伝えてくれ」
「わしは伝言板じゃないがの。伝えておこう」
「ありがとな。バーさん。今度こそちゃんと帰れよ」
さて、事態は収束したか。インコの後片付けをしていた手を止めて、観客席へと目を向ける。そこには動きを完全に止めた生徒・教員がいた。灰色の世界の中動き回るアサシンさんと魔道士さん。魔道士さんが時間停止を使い、その間にアサシンさんが外に出てしまった生徒の回収作業をしたようだ。外へでてしまった生徒の数は多かったようで、観客席の一角で山積みになっている。下のほうの人大丈夫かと心配になるが、2人にお任せするほかない。
今回は出来る一部生徒も逃げることができずにつかまっている。その人たちはアサシンさんと何か交渉しているようで、そちらのほうに時間が掛かっているようだ。回収作業の早さに比べると驚きの遅さである。交渉が苦手なのかあの2人。猛毒と即死魔法で脅された時を思い返せば納得である。
物は試しとばかりに声をかけてみる。遠いが拡声なり、言霊を使うなりすれば声は届く。今回は言霊を風に乗せて送ってみた。
「何か問題でも起きたか?」
「…少しばかり」
対応したのは魔道士さん。同じ方法で送り返された機械的な声色は相変わらず。男か女かすら分からない。今は魔道士さんの観察よりも問題の解決を急ぐ。
「少し詳しく説明をお願いできるか」
「了解した」
「で、あちらの方々は何を要求しているんだ」
一部生徒を指差して尋ねる。名前が分かれば楽なのだが、知らない。転入初日で知り合いなんているはずもないか。…自称妹ならいたか。ぶるっと体を震わせて本題に集中をする。
「記憶を消すなと」
「なにやら物騒だな。おい」
どうやら、魔道士さんはアホインコを俺があれしたのをなかったことにするつもりようだ。そのために、記憶操作をしてここ数十分の出来事の記憶を消す。だが、相手さんはアレしたのを覚えていたい。何のためかは知らんが、覚えていてほしくないのは俺も同じだ。
「人間ごときにそのようなマネをさせてたまるかとも言っている」
「…なんか面倒な相手みたいだな」
「魔族や妖精族、獣人・無機物種など人間以外の種族のものが多い。数は17。どれも有名どころばかり、だから困っていた」
だがそんな連中相手なら話は別だ。さっさと折れるに限る。教員よりも優秀な方々だ。今回誤魔化したところで、いずれ何処かで俺がやらかしたのをみるだろう。俺も初日からやらかしすぎて、この程度の失態はどうせ多発すると諦めている。あのサバイバルがこの学院の基準だと思ってやってきたせいで、どの程度がふつうなのかが読めていない。しばらくはこんな事故が多発するだろう。ようは誤魔化すのは無理。
「ああ、奴らには記憶操作しなくていい」
「記憶操作?そんなことはしない」
「ならどうするんだ?」
「訓練場のシステムを使う。勝負の鐘が鳴る直前の状態に戻す。全てをそのときの状態にする」
「俺がまた同じことしちまう」
「違う。今、意識がある人間は記憶を引き継ぐようにする。だから彼らの要求にも合う」
「ほー。便利なもんだな。ならそいつを頼む」
「了解した」
変わらない機械的な返事をした後、魔道士さんがフィールド内にある機械へと移動。そのパネルに触れて操作しているのが見えた。そんな便利な機能があるとは聖マリア学院様々である。
一瞬、視界が歪む。目薬をさした後のように世界がぼやける。一呼吸置いてから世界の輪郭が戻ってくる。すると目の前に穴の開いていないアホインコが見えた。これが巻き戻し機能―名称不明のためそう呼ぶ―か、体に違和感もなく目がぼやけるだけでやりなおしとは恐れ入る。関心しているとアホインコのさえずりが耳に入ってくる。
「ふん!僕に怖気づいたのかい?それは当然だね。なにせ僕は聖剣に選ばれた高貴なる勇者の血筋を引き継ぐ第2の勇者としてこの世界に生を受けているのだからね。あまりにも神々しくひれ伏したくなるのも分かるが、君が悪いんだよ。あろう事かこの学院の生徒の前、特にこの勇者である僕の前で勇者であるなどと馬鹿馬鹿しいことを口にして(ry」
ああ、そうか。今からこのアホインコをクチャッとしないように、程よく痛めつけなければならないのか。クチャッとしないように戦う手段を先ほどの戦闘から編み出さければ。…わかんねぇ。激昂で身体能力の強化をして、右ストレートを振りぬいたら穴あきインコになってしまったのがさっきの戦闘結果。相手の攻撃手段は「みたまえ、これが僕の力だ」でみせつけられたもの以外は知らない。
なにより、
(やっぱり本気でぶん殴りてぇ…)
人間の心って難しいなとわがことながら思うのだった。
リテイクって面倒だなって思う。