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第2話「HIGE未遂」

 浮かぬ気持ちのまま歩いて5~6分。学校の敷地内で2番目に大きいセントラルホールの前へと到着する。モチーフは中世の神殿らしいが、どこにその要素があるかは謎である。レリーフが辛うじてそれを思わせるくらいで、他はいたって普通?の白い建物だ。大きな長方形の洋館を真っ白に染め上げて、少しばかし出入り口を大きく取ればこうなりそうだ。


 印象としては四角いバースデイケーキだな。屋根の部分はプレート状のチョコがMの形になるように置かれているようだし。階層の境目はスポンジで4段にわかれているようだ。1・2階は窓が一定感覚でついており、クリームの間のイチゴに見えなくもない。ただ3階の屋根の三角形に尖った部分は色がついている。イチゴカラー。


 「ないわ…」


 口に出して文句を言う。四角いバースデイケーキをいう印象を受けたが、本当にそうかもしれない。最高に悪趣味だ。こいつを建てた人間のセンスを全否定する。大半の人間が同意するだろう。

 悪趣味なケーキに入ろうとしたところで声をかけられる。


 「日島海人様でしょうか?」


 声のするほうへ顔を向けると、警備員のおじ様が警備服―藍色っぽいお巡りさん!な雰囲気のもの―から、黒のパリッした執事服に着替えて、なおかつ俺より早くケーキのドアの横に立って待っていた。

 おい、さっきまでいなかったよな。見知らぬ誰かに尋ねたくなった。ケーキに入ろうとするまではそこに誰もいなかった。にもかかわらず、中に入ろうとしたら警備員のおじ様の服がナイスミドルな執事に代わっていて、誰もいなかったはずの場所に立って俺を案内するためにいた。何この恐怖体験。


 「は、はいぃ」


 若干の恐怖で声が震えた。そして何より気がついてしまった。おじ様が素敵な笑顔をこちらに向けて涼しげにしているが、非常に荒い息遣いをしていることに。首もとが汗ばんでいることに。どう考えても全力疾走してここに来たことに。そんなおじ様を見て思うのは、


 (何してんだよこのひと)


 である。それ以外のコメントは俺には用意できない。

 何のためにおじ様がこんなことをしたのかは分からないが、その後の案内に問題はなかったので気にしないでおく。むしろ気に(したところで碌なことにならない予感しかしないので)したくない。


 何の問題なく会場に着くと、おじ様が消えた。挨拶くらいして消えてもらいたいものだ。執事のあり方として絶対に間違ってる。動きが忍者じみているおじ様が消えてからは学内のものが対応する。とのことだった。じゃあ、あのおじ様何?と考えたくなるのを精神力で押さえ込む。きっと考えてはならない宇宙的恐怖(コズミックホラー)の類。人間が考えたら恐怖に取り付かれて壊れてしまうはず。


 ああいうものには関わりを持ちたくないものだ。と、持ってしまったおじ様との関係を自主的記憶封印(なかったことに)しようとする間に応対役がやってきたようだ。


 「遅れて申し訳ありません。本日は学院始まって以来初の転入生ということで、対応させていただきます。わたくし、生徒会長を勤めております…」


 と言ったところで、話が途切れた。目をシパシパと瞬かせてこちらを改めて覗き込む。その後、両手で目をゴシゴシとこすって再度俺の顔を凝視する。そこまでしないといけないほど俺の顔って酷かったか?


 「うわぁ、ひどい顔だよぉ。現実世界にこんな顔の人っているんだぁ。ゲームのMOBでもこんな酷いのみたことないよぉ…」

 「こんなのオークとかゴブリンとかコボルドとか三下MOBと同じかそれ以下だよぉ…」

 「人型の人モドキだね。こんなのは人じゃないよ」


 …とか考えているのだろうか。確かに遠くから見てもエフェクトがキラッキラッしてるような美男美女しか、この学院では見かけていない。さっきのおじ様だって、『一見柔和そうでその実豪胆』な渋みのあるいぶし銀な顔してたし。


 現に目の前にいる生徒会長だって、生徒をまとめるにふさわしい整った顔している。全体としては目から鼻をぬけるようなスッとしたもので、聡明さが見える。鋭くなりがちな印象を和らげる笑窪もある。後ろでまとめ上げた肩より少し長いポニーテールは活発さが現れているようだ。月並みな評価をすれば、『何この完成形美少女』だろう。


 彼女なら、俺の顔をゴミクズのように扱ってもやむをえない。転入初日から散々だよ畜生と、被害妄想が入りかけてくるところで、会長様がフリーズ状態から回復なされました。


 「カイお兄ちゃん?」

 「…ハイ??」


 あなたのような妹を持った覚えはありません。そもそも、妹なんていません。俺…1人っ子なんだが。超有名校のトップの生徒会長ともなると初顔合わせの探りも高度になるんだな。うん。…。高度すぎてわけわかんねぇ(涙目)門をくぐってから10分で既に家へ帰りたくなっている。これだから転入したくなかったんだ(切実)俺はごく普通の学生なんだよ。こんなの対応できないわ。今日の夕飯どうしよう^^(混乱+現実逃避)


 「私だよ…覚えてないの?お兄ちゃん」

 

 2回目のお兄ちゃんで許容限界を超えた。…ふぅ。逆に落ち着いたぜ。『理解の限度を超えているが大丈夫か?』『大丈夫だ問題ない』と頭の中でやり取りされるほどには落ち着いた。最低限の落ち着きを取り戻したところで、彼女に言うべきことは決まっている。


 建前「この後はどうすればいいんだ?説明はこの後に来る人間が対応するって話だったんだが」

 本音(お兄ちゃんってなんだよ!何で名前知ってんだよ…そもそもお前誰だよ!!)


 「あ、す、すみません!取り乱してしまって…知り合いに似ていてつい…」


 建前「いや、気にしないでいい。それよりも時間は平気なのか?そろそろ予定時間だと思うが」

 本音(こっちが取り乱すわ!知り合いに似てるって…こっちのフレンド検索であんたが全く引っかからないわ…、後、名前!それ言えば分かるから!)


 「あぅ…時間あんまりないです。えっと…一緒に来てもらって後ろに立っていてもらえますか?後のことは流れで分かると思いますので」


 建前「ああ、わかった。よろしく頼む」

 本音(名前ぇえええええええ!)


 心の中は大時化の大嵐です。船は既に転覆済み。せめてもの救いは転覆した船が駆逐艦だったこと。心が壊されるのが俺でよかった。他の人がもし転入していたら、戦艦クラスの軍艦が大時化で大量に転覆していたに違いない。


 その人の心の中の海軍は壊滅的な打撃を受けていただろう。俺ならまだ心(艦隊)を立ち直せる。そのほかのひとだったらなら致命傷だった。

 本当に良かった。そう思うことにして俺は心の中で一人寂しく泣いた。


 ほんの短い時間で心の修復作業をしながら会場入りする。資金不足(じかんがたりない)だが仕方ない。出来る限りの平常心で案内されるままに壇上へと上がる。


 ついでにあたりを見渡す。どうやら、既に転入に至る経緯は説明されているようだ。その上で俺を見る目は好意や好奇心、物珍しさと言ったものが大半のようだ。中には不愉快そうにしているものもいる。そういった視線を向けているものは貴族的な人種が多いように見える。

 

 いわば生まれがちょっと特別な人達だ。実力で入学した人間には概ね好意的に受け入れられている。逆を言えば、それ以外で入ったものには面白くない。と、自然な反応だろう。


 (・・・でもあれは異常じゃないか?)


 一人だけ異常にどす黒いオーラをたたえてこちらをにらみつける男がいる。誰だっけ。見たことがある。だが覚えていない。こういう場合は気にする必要がないことが多いのだが…。一人唸って思い出そうとするが、出てこないのでいつも通りの気にしないを選択した。


 「説明にもありましたように学力調査の結果、聖マリア学院に来るにふさわしいとされ特例的に転入することになりました。日島海人さんです。皆さん改めて拍手を」


 大きな拍手喝采が改めて起こる。入場の時にも聞こえていたはずだが、メダパニの効果は意外なほど強かったようだ。ここまで大きな拍手を受けたことがない。他にも意外と普通の学生と変わらないと安心感を抱いた。拍手の中に驚愕や感嘆の声がちらほらと聞こえていたからだ。分かりやすいものでは


 「すっげーなおい…あのサバイバルで最後から2番目だってよ」

 「優勝したのはアホ勇者様だしな…実質1位みたいなもんだって」

 

 「天才じゃねーか。俺より学力あんぜ?流石に戦闘じゃ負けねーけど」

 「アホか…役割が違う、どこで意地張ってるのやら」

 

 「器用そうだね。料理も出来るのかな?料理部に勧誘しないと」

 「そんな時間ないと思うよー。転入生君忙しくなるだろうし」


 などが聞こえていたからだ。経緯の説明を受けている間、私語が出来なかったのを拍手に紛れて行っているのだろう。


 (これなら、普通の生活送れるかも知れない)


 一縷の望みが出てきたことに機嫌をよくする。拍手がまばらになってきたあたりで会長様が次の言葉をつなぐ。


 「それでは本人から一言いただきたいと思います。転入された目的、もしくは意気込みでしょうか。何か好きなことを言っていただけると有り難いのですが」

 「ああ、分かりました」


 それくらいは想像のついていたことだ。壇上の会長様と入れ替わり、マイクの前に立つ。音が入っているかマイクを2・3回叩き入っていることを確認したうえで喋りだす。


 「今回、ご縁があってこの場にいられることをうれしく思います。既に在学中の皆様とは違い、1年と半年近くも遅れを取ってしまっている状態です。先を行く皆様に迷惑をかけぬよう、追いつく努力をさせていただくとともに、素晴らしい指導員の方々からこの学院でしか学べぬスキル・魔法を学ぶことが出来れば幸いです。不肖の身ながら、その分学ぶことが多くあると考えております。どうぞよろしくお願いしたします。蛇足ですが、お菓子作りは得意ですのでいずれ披露する場面があればお願いします」


 当たり障りのない内容を喋り一礼した後、会長様へとマイクを受け渡す。そういえばHIGEが来ていない。いなくて良かった。いたらあのHIGEをむしりとりかねなかった。HIGEがいないことで朝会はつつがなく進行し、最後の学長の言葉を残すのみとなった。最初に行うものじゃないのか…それは。と、心の中で突っ込みを入れるほどこのときは余裕があった。


 「それでは最後に学長からの一言で今朝会を終了とさせていただきたいと思います。それでは学長お願いします」


 呼ばれてどこからともなく出てきたのは


 HIGE


 このHIGEが…学長かよ。あんた皇帝だろうが。何でそんなにフットワーク軽いの。馬鹿なの?死ぬの?死ねばいいのに、不慮の事故で。


 ここに来て、転入するハメになった元凶が 大 登 場 ☆ それと同時に鬱憤・不満が 大 爆 発 ☆ 仕方がないのではなかろうか。門をくぐった直後よりはましになったとはいえ、余計なことをしてくれたおかげでいらぬ転入をするハメになり、やけに高待遇で迎えてくれたせいでパンダのような扱いになった。それでも、既に山場を越えて普通の生活が視野に入ったところでこのHIGEである。

 ただひとえに望むのは、


 「余計なことを言うな糞HIGE」


 である。

 当然のようにそれを裏切るお言葉からHIGEの挨拶が始まった。


 「この場を借りて伝えねばならぬことがある。勇者を名乗るにふさわしい人間とは何か。ということだ。知力、胆力、筋力etc。あらゆる能力を問われる中で、勇者を勇者たらしめるものとは何か。議論がつきぬ命題だが、それにある一定の答えを得た。詳細については伏せるが、わしはそれを彼から学んだとだけ伝えておく。こればかりは言葉ではなく、彼の行動からそれを学び取っていってほしい。以上だ」


 (このHIGE…が!)


 気づいたときには、無意識のうちに右手にこめた風刀(ウインドカッター)の魔法でHIGEのひげを全部刈り取るように設定されていた。命は刈り取ったら駄目よね。ひげだけ狙い済ましている俺の無意識万歳。


 ただし、その魔力に気づいた教員の方々が総立ちでロッドを構え、なにやら物騒な魔法(デス)を俺に狙い定めているひとがいたり、アサシンの方が一瞬で距離をつめた後、猛毒の塗られたナイフを首筋に当てている。塗られた毒が首筋に垂れて冷や汗が垂れる。傷口に毒が入らなきゃいいんだよね。そういう毒なの知ってる。けど、首に引っかき傷あったら死んじゃうからやめて。


 「はっはっは。よいよい。わしに危害を加えるつもりはないようじゃからの」

 「しかし」


 反応できなかった剣技担当の教員―のように見える男―が食って掛かる。向き不向きはあると思うので、とっさの対応が取れないのは仕方がない。その点アサシンさんスゲーである。あ、ちょっと毒塗りなおさないで…服がビシャビシャになってるって。


 「よいと言っておる」


 おお、流石HIGE。伊達にひげ生やしてないな。その一言で剣士さんが剣を収める。だから早くその調子でアサシンさんと魔道士さんどうにかしてくれないか。これ、致死性のヤツだから事故―やっべ、手が滑って発動しちゃった。間違えて切り付けちゃったテヘペロ☆―らないにしても恐ろしいものがある。早めに解除するよう仕向けてください。お願いします。このときばかりは心の中でもHIGEに下手にでてお願いするほかない。


 「そこの2人もじゃ、むしろ、おぬしらが一番危ういわい。そこの青年なんぞ悪戯しただけじゃろうに…」


 HIGE△ 初めてHIGEへの評価で加点ポイントを見出した。まだ、-で地の底を這ってるけどな。


 「…」

 「了解しました」


 アサシンさんは無言でナイフを収め、魔道士さんは機械的な返答をした後に空中に浮かび上がっていた魔方陣をとく。首筋についた毒は片付けてくれない。アサシンさん…。家に帰ったら何よりこの服を処分しようと、考えていたら首筋の毒が蒸発した。便利な毒だ。ちゃんと毒も片付けてくれるアサシンさんの評価はHIGEより高い。+域でのスタートだ。ちなみにアサシンさんも魔道士さんも顔が見えない。お近づきになりたい候補1・2なのだが。


 学生の大半は何が起きたのか理解できずに固まっていた。会長様も同じようで、目を見開いて俺を見たり、教員を見たりしている。固まっていないのはそういう出し物だと考えているのか、興味深そうにしているだけだ。…中には何が起きたのか理解しているのもちらほらと見えるが、両手・両足を使えば数え切れる気がする。確認を取っていないので想像でしかない。


 「にしても、青年よ悪戯がすぎやせんか?」

 「…つい試したくなりまして」


 ウソではない。HIGEのひげをむしってやりたいと考えていた。それが開口一発目でよけいなことを言ってくださったHIGEのおかげで無意識のうちにやってしまっただけである。他意はない。


 (おかげさまで悪目立ちしすぎた)


 これまでにないほど目立ってしまった。HIGEにいいたいように言わさせて置けばよかったといまさら後悔しても後の祭りである。そしてその悔しさはHIGEへの恨みへと転嫁する。全てはHIGEが悪いんだ。俺は悪くないといい訳にすらならぬ理由を正当化するために今日もHIGEの評価を下げておく。奇しくも授与式と似たような展開である。ここまで過激ではないにしろ、HIGEのせいで余計目立つ羽目になったのは似ている。


 (はぁー…普通で平凡な学院生活の夢は潰えた)


 その実感を脱力するからだの中で嫌というほど感じ取った。教員からも目をつけられるだろう。生徒にも色々と聞かれるに違いない。万が一もの確率でも平凡ライフはやってこない。断言できるほどに遠い夢となってしまった。半ばうつろの状態でぼへーっとする。


 「なんじゃ、その顔は。わしを前にこうも脱力できるやつはおらんぞ」

 「サイデスカ」


 楽しそうに俺の不敬な態度を指摘する。俺としては心境的にどうにでもなーれーである。返事も適当に不敬罪で裁かれてもおかしくはないほど無礼な返事をする。


 「…っ」


 その様子を見て、態度を硬化させる教員達。どんどんと悪循環に陥っているのが分かる。脱力しきった精神を閉めなおす。これ以上評価を下げて恨みを買う必要はない。少なくとも1年半はお世話にならなくてはならない場所だ。こんな愚策は他にないとようやく頭に血が巡り悟る。さて、どうするか悩んでいると、HIGEが助け舟を出してくれた。でも感謝はしない。


 「その右手に準備したものをみせてくれんかの」

 「よいのですか?」

 「構わんよ。わしにも何が仕込まれているのかわかっとる」


 そういって、HIGEがさっさと打てと目で合図を送ってくる。それでも一応確認を取らなければならない。HIGEにしか聞こえない声で告げるため、念通信(テレパシー)をHIGEへ向けて発信する。


 「ひげを剃ってもよろしいのですか?」

 「よいぞ、それにお前さんにHIGEと心の中で呼ばれずに済む」

 「…心は読んではいけませんよ」

 「かっかっかっ、年寄りの楽しみじゃ許せ」

 

 右手の魔法が分かっているというからには、相当魔法に精通しているとは思ったが、なんと読心術(マインドリーディング)を俺に使っていたらしい。消費も少なく、使われたどうかも相手は知覚しづらい。便利なはずだが扱うのが難しく―すぐに使えなくなるわ、そもそも読み取れないわと不便の塊―詠唱方法も一般には広まっていない。


 そもそも、心なんか読んでも誰も得をしないことが多過ぎる。それゆえ、一部の方々以外には使われない。一部のたとえはこのHIGEとか。あ、心読まれてるのか。開き直って念通信でいってみる。


 「剃ったらHIGEと呼べません」

 「あの時と同じで無礼で面白いやつじゃのぅ。それゆえ特例を出して呼び寄せたんじゃがな」

 「そうだったんですか」

 「そうじゃよ」


 含み笑いをするHIGE。苦笑いをする俺。まさか、無礼さが気に入られてるとは思わなかった。思いも寄らないとはこのHIGEのことか。ああ、そういえばもうHIGEと呼べないのか。すこしだけ惜しまれるぞHIGE…。さて、悪ふざけもここまでに朝会を閉めよう。魔法を使いさえすれば、HIGEが後のことは丸く治めてくれるはずだ。


 「では、やりますがその前にお名前をお聞かせください。HIGEとしか覚えてませんので」

 「ふむ、ならば覚えるがよい。わしはライン=バルト=カスティーリャ、ライン国の皇帝にして…」

 「分かったよ。バーさん」

 「最後までいわせんとは、とことん失礼なやつじゃな」

 「ああ、いずれ義父さん?義祖父ちゃん?らしいのでこれぐらいは妥当だろ」

 「…心を読んだのか?」

 「バーさんが先にやってきたのでこれでおあいこだな」


 友達と会話するのと変わらぬくだらない内容を皇帝としている。はたから見れば、両者にらみ合ったまま一言も語らず、互いの目をみたまま一ミリとも動かない。ただし実体は念通信での会話。内容はこのとおり―とっても酷いもの―である。先ほど心を読まれたので仕返しとばかりに読み返した内容はこんなものだった。


 しかし、面白いのう。17歳にしてわしと同程度の力を感じ取れる。まだ荒削りで使われていない部分も多そうじゃが。昔の自分を見ているようじゃな。あわよくば、孫を娶らせて…。それはまだ早いかの。だがよい青年じゃ。物怖じせずわしをHIGE扱いとはな。俺・お前でわしを呼んだのはあいつ以来じゃな。年甲斐もなく昔を思い出して心が若返ったわ。あわよくばわしの第2の友とならんことを…。それは望みすぎじゃな。歳が離れすぎとる。義父…とは呼ばせてやりたいの。ほっほっほ。


 心を読んだ感想。バーさんが俺の想像よりも遥かに俗物でした。友達認定されているようなのでいっそのこと胡坐をかくことにしました。孫?を娶らせて取り込もうとしやがってます。初っ端から我欲が極太過ぎるぞバーさん。せめて1・2ステップ踏んでからオブラートに包んでからぶん投げろよ。初球から全力投球過ぎるだろう。


 「わしを友だというか、青年よ。ならば、名を教えてもらいたいものじゃの」

 「また心読んだな。バーさん。それはいいか…。名前くらい知ってるだろう、職務怠慢か」

 「なに知っておるよ。じゃが知っているのは転入する生徒の名前じゃな。わしの友の名は知らぬ」

 「よく言う。まぁいいか。日島海人だよ。カイトって呼んでくれバーさん」

 「よろしく頼む。カイト」


 この会話が行われるまで約3分。バーさんが右手に籠められた魔法を受けると宣言してから3分。戦場の最前線に匹敵する緊張感に包まれたなか3分。学生は胃が痛くなっているだろう。教員でも頭の血管が切れそうになっている人もいる。きっと真面目で忠誠心が強い方なのだろう。実に真っ赤で熟れたトマトのようだ。


 その点、アサシンさんと魔導士さんは違うようだ。バーさんの心のありかがわかった以上、俺に対する警戒は完全に解いている。油断をしているわけではないが、余分な力の籠め方をしないあたり一流だ。

 

 「で、バーさんどうしたらいい?どう見てもこの国が変わる運命の瞬間みたいな雰囲気なんだが」

 「わしが何とかする。堂々と宣言してわしのひげを剃ればよい」

 「なんて宣言するんだよ…今からバーさんのひげ剃ります!とでも言えと?」

 「ふむ、わしが先に問いかけるゆえそれにあわせて答えればよい」

 「あいよ」


 にらみ合いの状態―あくまでも一般生徒とアサシンさんと魔道士さん除く教員に勘付いているごく少数の生徒をさらに除いたものからみた状態。分かっている人から見れば、ただの楽しげに内緒話しているだけ―からようやく動き出す。静寂―わかってない人視点です―を破ったのはバーさんだ。


 「勇者を名乗るにふさわしいと思ったがわしの思い過ごしか」


 ぇ、なにこれ困る。俺を低く評価して挑発的な発言をしてくるあたり、これに乗っかれということだろうが、乗らなきゃ駄目なの?すごく乗りたくない。普通の夢は潰えたりとはいえ、わざわざ目立ちたいわけじゃないのに。その点バーさんは楽しげである。畜生。乗りたくないが乗るほかないだろう。


 「失礼ながらバルト帝。そのような発言は控えていただきたい。勇者を名乗るのは私をおいてほかありません」


 塵のカスにも心にもないことを堂々と勇者の貫禄でもって語ってみせた。勇者という呼び名は天下無双と言ったものよりも、すこしばかし英雄性や神秘性に裏づけされた俗称でしかない。

 誰しもが認め、伝説として語られる勇者など今までの歴史のなかで1度しかない。それも17年前、ごく最近の話だ。

 

 それ以来勇者という言葉がもてはやされるようになったのだが、今では単に各々が勝手に名乗る通り名程度の意味合いしかない。そんなものをいまさら引き合いに出してくるバーさんの狙いも良く分からない。


 「待て…!聞き捨てならないな!」


 生徒側からそんな声が聞こえてくる。声の主に顔を向けると名前の出てこなかったどす黒オーラさんがいた。そこにいたってバーさんの狙いを理解した。このアホ勇者を使って話をまとめろってことだろう。名前は出てこないが人柄は思い出した。このアホ勇者はサバイバルで最後まで生き残り、最後の最後で俺たちと戦闘した相手の1人だ。自称勇者様で聖剣に選ばれたのだそうだ。だから僕勇者。とかいっていた気がする。


 そいつを前に思い出した記憶と合わせて、緊迫した雰囲気の解決を図ろうとすると、どう考えても。さっきよりややこしくなっているじゃないか。おい、バーさん。何とかするんじゃないのかよ。そんな視線をバーさんへ向けると既に退出準備をしている。教員達も先ほどの緊張感はどこへやら、また始まったとばかりに倦怠感溢れるオーラを漂わせている。この点、バーさんの策はあたっているのだろう。

 ただ、


 (俺が面倒なことには変わりねぇよ…)


 バーさんにうまいこと逃げられた印象しか残らない。どれだけ、面倒認定されてるんだこのアホ勇者。こちらから何か言うまでもなく、勝手に盛り上がってくれそうなので相手が勝手に喋ってくれるのを待つ。


 「勇者の名を語っていいのは僕のほかはありえないね!君みたいな偽勇者は僕が直々に退治してあげるよ!そうだね、ここは分かりやすく1:1の決闘でけりをつけようじゃないか!それでこそ僕の勇姿を現すのに丁度いい。ではさっさと準備をしたまえ、僕はいつでも準備が出来ているからね。勇者たるものいつ何時襲われても対応できるようでなければ、勇者とは呼べないからね。まぁ、君みたいなのを相手するのにわざわざ決闘なんて(ry」


 ハァ…メンド。最高に面倒だけど、事を単純にしてくれてありがとう。あんたをぶっとばしゃそれであの居た堪れない空気ともおさらばだ。無い気合を入れなおしてアホ勇者へ宣言する。


 「ああ、決闘だな。場所は訓練場。今からすぐだ。さっさと終わらせようか」


 そう言い残してセントラルホールを後にする。閉会宣言も何もせずに去ってしまっていいものなのだろうか。教員や生徒も訓練場へとパラパラと移動するあたり、まだ朝会は終わっていないのか?ちゃんと司会進行しろよ…って進行役が会長様か。頭が痛い。やっぱり、転入なんてしなければ良かった。朝会をほぼ終えて、その感想だけを俺は強めるのだった。

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