電話が鳴った...
※江角クオリティです。
多少のことには目をつぶりつつ、ヒヤヒヤドキドキしながらお読み下さい^^
何気なく過ごす、日常。
そんな時、不意に鳴り出す電話。
運命が、揺るぎ出す...
「もしもし、桜海?」
「その声...もしかして、環?」
「そうよー。当たり」
そんな会話、振り込め詐欺時代の私達には最も危険な気もするが。
それでも、親友である彼女の声を聞き間違うはずはないのである。
「久しぶりだね! 急に、どうしたの?」
「今年、同窓会の幹事なのよ」
「あら、ご愁傷様」
私は笑った。
「それで、30日なんだけど...桜海、来れる?」
「30日? ...ちょっと待って」
カレンダーを確認する、私こと小坂桜海。
幸運にも、30日は空欄のようだ。
「うん、予定はないみたい」
「分かった。じゃー、忘れずに来なさいよ」
「大丈夫だって」
「そうそう、言葉も来るらしいよ。頑張ってねー」
「なっ...何のこと、かしら?」
「とぼけたって無駄よ。何なら、電話代わろうか?」
「え!? ちょっと、そこにいるの?」
環からの返事はない。
遠くから、何か話し声が聞こえた。
"え? 何だよ、浅倉"
聞き間違うはずのない、その声の主は。
日高言葉君の声だ。
"いいから、出てみなさいって。はい"
環の声がして、受話器が移動する時の空気が動く音がした。
「もしもし...どちら様ですか?」
「あ、もしもし...小坂です。小坂桜海」
少し、声が上擦った。
だがそれ以上に上擦った声が、耳に飛んで来た。
「こっ、小坂ぁ!? ...どうした、急に」
「...日高君こそ、どうかしたの?」
「あ、いや...別に。何でも、ない...あ。ごめん、ちょっと待って」
何だろう。
電話口から、彼が離れた。
彼が電話から離れただけで、彼の温もりが消えた気がして。
こんなにも切なく思えるのは、多分...私が彼を好きだから。
"なっ...何だよ浅倉!! 小坂なら、先にそう言えよ"
"良いじゃない、別に"
"しかも、ニヤニヤするな!!"
"元々、こう言う顔なんですよ〜"
"ったく..."
二人のやり取りは、相変わらず。
良いなぁ、幼馴染みって。
私も、日高君と仲良くなりたいよ。
...なんて、嫉妬深いことも言ってみたりして。
「悪い、小坂。もう大丈夫だから」
一体、何が大丈夫なんだろう。
笑いをこらえながら、私は言った。
「相変わらず、元気そうだね。二人とも」
「おう。小坂も元気そうで、良かったよ」
受話器の向こうの、笑い声。
それだけで、嬉しくなる。
「日高君も、同窓会に来るの?」
「ああ、勿論。今年は3組の元マドンナ、浅倉環様が幹事だし...あ痛っ」
ポカッ、と良い音がした。
多分...環に頭でも叩かれたのだろう。
"「元」って何よ、「元」って!!"
"悪い悪い。だってさ...もうお前は、皆の「マドンナ」じゃないだろ"
...思考が、フリーズしてしまった。
その後は、何も聞こえない。
日高君は、またコソコソ話だ。
何それ?
環は誰かの物になるの?
そう思った時、真っ先に日高君の顔が浮かぶ。
そのことが、更に私の心を抉った。
ねぇ...何で?
私は一体、どうしたら良いの?
「...小坂。小坂?」
電話口の声で、はっとする。
「あ...ごめん。何?」
「だから、場所は毎年同じだって。聞いてたか?」
日高君の、怪訝そうな声が聞こえた。
「あ、考え事してて...ぼーっとしてた」
「...そっか。分かった」
分かった?
本当に、分かったの?
私の気持ち...私の考えていること全て。
何も分からないくせに、意地悪。
「じゃあ、会場でね」
「あ、小坂。その時...ちょっと、大事な話があるんだけど」
何故か小声で、彼は言った。
「うん、良いよ」
反射的に答える私。
「じゃあ、また今度な」
「はいはーい」
ぴっ。
電話を切ると、急に淋しさが押し寄せて来た。
大事な話。
それはきっと、二人の結婚の話だろう。
そう思うと、悲しみが込み上げて来る。
どうして私、「うん」なんて答えたんだろう。
そんなの、聞く勇気さえないくせに。
「桜海ぃー。ちゃんと、飲んでる?」
「環...飲み会じゃないんだから」
私は彼女のテンションに呑まれそうになりながらも、上手くかわし続けた。
そう言えば、環は幹事なのに酔っ払って、大丈夫なのだろうか。
私は地元の友達との再会を喜びつつも、楽しむことは出来なかった。
日高君のことが、頭から離れなくて。
歯ぎしりしそうなのを、私はずっと堪えていた。
「じゃあ私、帰るね」
手を振って、笑う。
その無邪気さの裏に、悲しみを背負って。
私っていつから、心とは裏腹に笑えるようになったんだろう。
感情表現については、不器用だったはずなのに。
「小坂。駅まで送る」
その声は、最も待ち望んでいて、最も聞きたくなかった声。
「日高...君」
私は、震える声で答えた。
「ほら、行くぞ」
彼は手を差し出し、私の手を握ってくれた。
無言で歩く、二人。
夜風が気持ち良い。
酔いが醒めていく。
ちらっ、と手元を見る。
会場を出た時から、手は繋いだままだ。
このまま、時間が止まれば良いと思った。
何も言わず、何も言えず。
それでも、ただ傍に居たかった。
黙りこくったまま、二人で並んで居たかった。
「小坂...あのさ」
沈黙を破る、彼の声。
嫌だ。
聞きたくない。
何も、聞きたくないよ。
耳を塞ぎたくなる。
「ちょっと、小坂に聞きたいんだけど...」
無理。
今の私には、とてもじゃないけれど...何も答えられそうもない。
「俺のこと...どう思う?」
「...え?」
突拍子もないことを聞かれ、思わず顔をあげた。
目が合うと、彼は真っ赤な顔を背けてしまった。
「あ、いや...俺、小坂に嫌われたくないなぁって。変なこと聞いて、ごめん」
「ううん、嫌いじゃないよ。嫌いじゃない」
嫌いじゃないよ、と、また小さく呟く。
嫌いになんて、なれるはずがない。
「そっか...良かった。あのさ、俺、」
...彼は何も言わない。
私も、急かすことは出来ない。
その続きを聞くのが、何だか怖くて。
しばらくして、彼は言った。
「俺...小坂のこと、好きだよ」
...夢?
どうやら、違うらしい。
にわかには信じられないけど、でも。
いつかは信じる羽目になるだろう。
私達はこの日から、付き合うことになった。
あの日の悩みは何だったのだろう。
全て、杞憂だったのに。
ふふふ、と小さく笑いながら、私は伸びをした。
隣には、笑う貴方がいる。
それだけで、何だか幸せ。
何気なく過ごす、日常。
そんな時、不意に鳴り出す電話。
きっと、電話の相手は環だろう。
親友だし、一番に結果報告しなければなるまい。
一足先に嫁入りした、あの親友に。
運命を揺るがしたあの時と同じ、心地好いベルの音が部屋中に木霊していた。
"電話"を意識して、初めの方は会話を多めにしてみました。
皆さん、振り込め詐欺には気をつけて下さいね!?